クリエイターズマッチングプロジェクト(https://sdr-cmp.com/) のストーリー部門に投稿した作品です。
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「浮上準備を行え!」
艦内に響き渡る号令。
「一昨日放した鳩が一羽、枝を咥えて帰ってきたんですって」
「陸があったってこと?」
ざわめく居住区を背に、息を弾ませながらハッチへと急ぐ。
「まだ開かないの?」
「なんだ、自分の仕事は終わったのか?」
「まだだけど」
2083年。
進行した地球温暖化は南極の氷床を溶かし、78%の地表は海へと沈んだ。
人類は「フネ」をつくり、海底へ沈んだ資源を採取しながら存続している。
「上げ舵一杯!」
「艦橋ハッチ開け!」
伝声管から飛び出る合図。
「お、来たな」
「開くの? もう出られる?」
「そんなに外が見たいのか?」
「だって、出たことないんだもん! いいところなんでしょ、陸って」
フネの中は狭く、重く、薄暗い。
ここでは誰もが仕事を与えられる。
仕事を上手にできれば褒めてもらえる。
何時でも労働力は足りていないから
誰もが必要とされ、食べ物という報酬があり
みんな満足そうに暮らしている。
艦内の生活は、毎日同じで、
少し、息苦しい。
私はフネの中で生まれたから陸を知らない。
両親や、大人たちの嘆きを、憧憬を、郷愁を共有できない。
「お前はそのままでいい」とみんなは言うけれど。
ハッチが悲鳴にも似た音をたてる。
「あっ、お前、こら!」
職員の手をかいくぐり、光の中へ飛び出す。
「青い」
見上げれば、海とは違う、明るく、陰鬱でない青。
それを反射した海水は、艦内の窓から見る色とずいぶん違って見える。
父から黙って借りた双眼鏡を目に押し当てる。
水、水、水。
「陸ってどれ?」
「貸してみろ」
循環機によって綺麗にされた空気ではなく、新鮮な、と言えばいいのだろうか、
新しい空気によって確かに肺は満たされているのに、
空気以外の、胸を膨らませていたなにかがしぼんでいく。
双眼鏡を渡し、振り返る。
水。青。
きらきら。
跳ねるサカナ。
水。水。
空、雲。
私は何を探していたんだろう。
陸を見つければ、もう息苦しくないと思ったのに。
喉を詰まらせるものを壊してくれる何かがそこにあると思っていたのに。
「お」
「陸!?」
「いや、他の鳩だ」
職員が口笛を吹く。
何かを咥えた鳩が降りてくる。
「青い花?」
「こりゃ、アイリスだな」
「アイリス」
「つーことは、陸は」
「向こうの方角」
フネの中は狭く、重く、薄暗い。
ここでは誰もが仕事を与えられる。
仕事を上手にできれば褒めてもらえる。
艦内の生活は、毎日同じで。
「私、自分の仕事に戻る」
最後にもう一度、潮香る空気で肺を満たす。
少しだけ息が楽になった、そんな気がした。
<おわり>
2021.8.20.