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『夢幻の果てのアリス』(初稿)【♂4:♀5:不問3】180分

概要

18歳の女子高生「アリカ」は、父親をナイフで刺して拘置所に入れられた。無実を訴えるも聞き入れられず、助けを請う。すると、目の前にチョッキを着た白ウサギが現れて「逃げ道はこっち」と話しかけてくる。アリカはウサギの手を取って、長い長い穴へと落ちた。
※一部虐待の表現があります。NGの方はご注意ください。

※長すぎたんで短縮版つくるかも。

※セリフ数が酷いのでコンスタンスとチェシャは兼ねでもいいかもしれません。

  • 所要時間:約180分
  • 人数:男性4 女性5 不問3 (12人)
  • ジャンル:ファンタジー

登場人物

  • アリカ
    ♀。18歳。父親を刺して捕まった。 ナンセンス:黄金の夕暮れ(因果の逆転)
  • 朱莉
    神崎朱莉。♀。18歳。10歳のころから不思議の国に引きこもっている。 現実のシーンで「朱莉:(キャラ名)」となっているところはそのキャラクターとして朱莉役の人が読む。 ナンセンス:黄金の昼下がり(他人の能力を借りる)
  • ハーティエル
    ハーティエル・ハート。赤の女王。♀。はきはき。朱莉の一番でありたい。裁判官を兼ねる。 ナンセンス:女王の号令(クイーンズ・オーダー)(トランプ兵を操る)
  • コンスタンス
    コンスタンス・ダッチェス。公爵夫人。♀。おっとり。朱莉の母親代わり。看守を兼ねる。 ナンセンス:台所用品による変奏曲(パニック・キッチン)(武器庫)
  • マディソン
    マディソン・ハッター。帽子屋。♂。不思議の国で一人で泣いていた朱莉に、「夢見(妄想の力を具現化する能力)」の力の使い方を教える。ジャブジャブ鳥を使役する。
  • マーティン
    マーティン・ヘイヤ。三月うさぎ。不問。お調子者。 ナンセンス:狂ったお茶会(マッドティー・パーティ)(幻覚空間)
  • ウォルター
    ウォルター・ホワイト。白ウサギ。不問。外の世界と不思議の国をつなぐ「ウサギ穴」を作る。検察官を兼ねる。 ナンセンス:ウサギ穴(ラビット・ホール)(ワープホールの作成)
  • チェシャ
    チェシャ猫。♀。どっちつかず。ウォルターとなかよし。 ナンセンス:猫のニヤリ笑い(グリム・グリニング・キャット)(神出鬼没)
  • ジャバウォック
    ♂。アリカのことが大好きなおじさん。弁護士を兼ねる。 ナンセンス:炎のまなこのジャバウォック(竜化)
  • バンダースナッチ
    不問。怪物。今は人型。元気。 ナンセンス:燻り狂い(スナッチ・ア・ミニット)(高速移動)
  • ディー
    トゥイードル・ディー。♂。双子。精神科医Bを兼ねる。 ナンセンス:双子当てゲーム(シャッフル・ツインズ)
  • ダム
    トゥイードル・ダム。♂。双子。精神科医Aを兼ねる ナンセンス:双子当てゲーム(シャッフル・ツインズ)(入れ替わり)

本編

■現実・取調室

   朱莉は催眠療法を受けている。

朱莉:(虚ろ)いつも同じ夢を見るの。階段を降りる夢。周りは暗くなっていって、自分の姿もわからなくなる。あるとき、気になって数えてみた。そしたら、70段だった。その夢を見るたび数えたけど、いっつも70段。

ダム:【精神科医A】その階段をおりたら、何があるんだい?

朱莉:大きな扉。脇には番人がいるの。顔は見えない。ああ、番人さんだ、って思うだけ。

ダム:【精神科医A】扉の番人ね。

朱莉:こんばんは、って、挨拶をする。そうすると、こんばんは、って一人は返してくれるけど、もう一人は黙ったまま。

ダム:【精神科医A】番人は二人いるの?

朱莉:うん。

ダム:【精神科医A】なるほど。続けて。

朱莉:一人が可愛いドレスをくれて、もう一人からランプをもらう。着替えたら、扉を開けて、先に進む。

ダム:【精神科医A】先には何があるんだい?

朱莉:階段。

ダム:【精神科医A】下り?上り?

朱莉:降りるの。

ダム:【精神科医A】今度は何段?

朱莉:……長すぎてわかんない。途中で数えるのをやめちゃう。

ダム:【精神科医A】はぁ。それから?

朱莉:階段を降り続ける。

ダム:【精神科医A】それだけ?

朱莉:うん。降りて、降りて、降りて、降りて、降りる。……そこまで。

ダム:【精神科医A】そこ、ってどこかな?

朱莉:そこはそこだよ。

朱莉:底。

   精神科医が手元の資料に記入する。

ダム:【精神科医A】初日だしこれくらいにしようか。今日お話してくれた君の名前は?

朱莉:好きに呼んで。

ダム:【精神科医A】いいかい。君には時間が無いんだ。助かりたかったらきちんと答えてくれないと。

朱莉:(魂が抜けたように黙る)

ダム:【精神科医A】どうした?

朱莉:(ウォルター)……時間がない。時間がないんだ!

ダム:【精神科医A】落ち着いて、大丈夫か?

朱莉:(アリカ)私は悪くない、私は悪くない、私は、私は、私は! 

ダム:【精神科医A】鎮静剤を!

   耳鳴り

ウォルター:こっちだ、僕たちのアリス。

アリカ:私は! ……え?

ウォルター:僕の、僕たちの大切なアリス。さあ、手を取って。

アリカ:わ、私、私アリスって名前じゃない。

ウォルター:そうだね。名前は違う。でもアリスだ。時間がない。早くこっちに。

アリカ:……ッなんでウサギが喋ってんの!?

ウォルター:ウサギは喋るよ。

アリカ:なんでウサギがジレ着てんの!

ウォルター:ジレ……ああチョッキのこと? お気に入りだからさ。そんなことはいいから、早く手を取って!

アリカ:なんのつもり……

ウォルター:君を助けにきた。

アリカ:私を、助ける?

ウォルター:そう。

アリカ:……。

ウォルター:信じて。

アリカ:……わかった。

ウォルター:いい子だね。行くよ。

ウォルター:(詠唱)”時間がない、時間がない、遅刻をしたら首が飛ぶーー

アリカ:え、あ、穴!?

ウォルター:”アリスは兎を追いかけて、地下の国へと落ちてゆく。裁判はじまるその前に、たどり着かなきゃ首が飛ぶ。逃げ道は、いつでもここに。開け、ラビット・ホール”

アリカ:お、落ち、ええええええええええ!

■扉の間

アリカ:(覚醒)ん、うぇ、痛ッ……(起き上がる)……落ちてる間に気絶したのか……クッションあって助かっ……ひっ

    見ると、ウサギが下敷きになっている。

ウォルター:……アリ、ス、怪我、ない?

アリカ:な、何やってんのウサギ! 

ウォルター:君が、無事ならそれで(吐血)

アリカ:意味わかんない意味わかんない意味わかんない

ウォルター:道を見つけて。ふたりとも助かる道を。

アリカ:私悪くない、私悪くないよねこれ!?

ウォルター:アリカ。

アリカ:ひっ。

ウォルター:君は、悪くない。僕がそうしたかったから、君を助けたかった、から。

アリカ:なんで、名前……。

ウォルター:生きるんだよ。

アリカ:……やだ、やだ、こんなのうそだ、私、悪くない!

   アリカ、周りを見回す。反対側の壁に扉がある。

アリカ:ドア……!

   扉に駆け寄り、ドアノブを掴むが鍵がかかっている。ドアを叩く。

アリカ:開けて! 開けてよ! 誰か! 誰かいないの!? 誰かぁ……。

チェシャ:さわがしいにゃぁ。

アリカ:っ…!

チェシャ:(あくび)んなー。

アリカ:今度はしゃべる猫……

チェシャ:猫は喋るもんにゃ。

アリカ:どうやったらここから出られんの、猫!

チェシャ:(小声)騒がしい上にド失礼ときた。

アリカ:なんとか言いなよ。

チェシャ:お願いしますって言わないならなんにも教えてあーげにゃい。

アリカ:……お願いします、教えてください、どうやったらこのドアが開くのか。

チェシャ:「なんにも」

アリカ:ハァ?

チェシャ:聞こえなかったかにゃ? じゃもっかい

アリカ:おちょくってんのかこのクソ猫ッ!

チェシャ:エー? お願いしますと言わないならなんにも教えないを真とすると、「お願いします」と言ったら「なんにも」を教えるのもまた真だにゃ?

アリカ:裏と対偶の真偽は一致しない!

チェシャ:おみゃ意外と頭いいな。

アリカ:……こんな怪しいヤツに聞いた私がバカだった。っあー落ち着け落ち着け。鍵がかかってるんだから、鍵を探せばいい。

チェシャ:それか床の隙間をくぐるってのはどぅお?

アリカ:この部屋の何処かに……普通に考えて無いだろ、ああもうどうすりゃいいんだ……。

チェシャ:無っ視ぃ~。

アリカ:早く逃げなきゃいけないのに……

チェシャ:どこへ?

アリカ:どこかへ

チェシャ:どこかってどこ?

アリカ:ここじゃないどこか!

チェシャ:行き先がわからないヤツにどうやって道を示せっていうのサ。そらドアが可哀想にゃ。

アリカ:それどういう意味!?

チェシャ:行き先を考えながら開けないと。ドアだってどこに連れてけばいいかわからないにゃ。

アリカ:……どこか、外!とにかくここに居たくないの!

 ドアのノブが回る。

アリカ:開いた…!? 開いた! 助かった! 

    ドアが閉まる。

チェシャ:……あーあ、行っちゃった。なんで帰ってきちゃったにゃ、アリカ。

チェシャ:……おーい、ウォルター? 

ウォルター:(細い息)

チェシャ:まだ生きてる。……んんーどっちにつくべきかにゃあー。……とりあえず持ってかえるかぁ。んっしょ。 ”グリム・グリニング・キャット”

    ウォルターを抱えた猫は消えた。

■惑いの森
   道案内の看板が立っている

アリカ:「不思議の国まで、あと80貫(かん)」……貫って何? 寿司? いや尺貫法か? ……にしても重さの単位じゃん貫て。……ここどこなんだろ……ドアも見えなくなっちゃったし……

ダム:あれ、朱莉じゃん。

アリカ:どわぁ!

ダム:外出てるの珍しくね? 迷ってんの?

アリカ:私あかりじゃない、アリカ。人違いだよ。

ダム:アリカ……? アリカ? え、ほんとにアリカ!?

アリカ:そうだけど、私のこと知ってるの?

ダム:むしろ俺のこと忘れた?

アリカ:……あんた誰?

ダム:トゥイードル・ダムだよ!

アリカ:…………誰?

ダム:う、うそだろ、ガキのころあんなに遊んでやったのに……?

アリカ:覚えてないというか知らない。

ダム:……。

アリカ:ねえ、悪いんだけど、人のいるところに案内してくれない? 帰らなきゃだから。

ダム:帰るってどこに?

アリカ:どこにって……あれ、どこに帰るんだろ。え、てか私どこから来たんだ? あれ、私?……何も思い出せな、あれ、え

ダム:わかった、わかった。名前は覚えてるんだな?

アリカ:名前以外ダメかも……。

ダム:よし、落ち着け。俺が悪かった。今、助け呼ぶから。あんまいろいろ考えずにちょっと待ってな。

アリカ:う、うん。

ダム:(ディーに)応答せよー、応答せよー。”双子はガラガラを取り合って、ドンガラガッシャン!”

ディー:”シャッフル・ツインズ!” ……あれ、朱莉じゃん。外出てるの珍しくね?

アリカ:何、言ってんの……?

ディー:え、なになに。

アリカ:さっき言ったじゃん、私、あかりって人じゃないって。

ディー:あ、あーーー! え? じゃ、アリカ?

アリカ:そうだけど……。

ディー:なるほどなるほどなるほどな。え? じゃあなんでシャッフル・ツインズのこと知んねぇの?

アリカ:は? あんたも記憶おかしくなったわけ?

ディー:記憶? 

アリカ:もうやだわけわかんない、なんなの? わけわかんないことばっかり起きる……!

ディー:あ、あー、なんかごめんな? あれか? もしかしてこのくだりさっきやった感じ?

アリカ:そうだよ!!

ディー:おけおけ、把握把握。俺、トゥイードル・ディー。さっきここにいたのはトゥイードル・ダム。俺の双子の弟。

アリカ:へ?

ディー:そんで、俺たち場所を入れ替わったの。シャッフル・ツインズで。

アリカ:ハァ?

ディー:とりあえずそれだけ飲み込め、いいか? 深く考えるな。感じろ。ドントシンク・フィール。

アリカ:ああもう、あたま割れそう。

ディー:割るな割るな。ハンプティダンプティになりてぇのか? 今多分ダムがあっちで説明してるだろうし、そのうち助けがくっから。他には誰にも会ってないな?

アリカ:ウサギと、猫に……ウサギ、潰しちゃって……。

ディー:え。

アリカ:何。私、悪くないから。ウサギに穴に落とされて、下敷きになってて……事故だったんだからあれは。

ディー:いや、そっちじゃなくて、猫って、チェシャ猫に会った?

アリカ:チェシャ猫、って名前かはわかんないけど……ふてぶてしいしゃべる猫には会った

ディー:そりゃチェシャ猫だ。やべえな。逃げよう。

アリカ:え、なんで。

ディー:なんでもだ。だってあいつはーー

ハーティエル:あらぁ、双子の。

  大きな鳥の影。鳥の背から女王が降りてくる。

ハーティエル:どっちかしら……どっちでもいいわ。見つけてくれたのね? 罪人を。

ディー:うぇっ。

アリカ:……今度はなに

ディー:頭下げろ!

アリカ:ぐえ

ディー:これはこれは女王陛下。ちょーどこいつを連行しようと思っていたところで。

アリカ:はあ!? さっきは助けてくれるって

ディー:だあってろ!

ハーティエル:助け? お前、まさかこの罪人を助けようとしていたの?

ディー:いえいえ滅相もございません。命を「助けてほしければ」大人しくついてくるんだな、ってそう言い聞かせてたんでございますですよぉ。ハーティエル・ハート、御(おん)女王陛下~。

ハーティエル:そうよねぇ、わたくしに逆らうわけないわよねぇ? 

ディー:もちろんですぅ。

ハーティエル:わたくしとしても、もうなるべく殺したくないのよー。それに、あんたたちのこと、これでも気に入ってるんだから。

ディー:わたしはあなたの忠実なしもべですよぉー。そんな、ねえ?

ハーティエル:そうよねぇ? 二人一緒のところはとんとみないけど。ねぇ?

ディー:あーえーっとちょっと喧嘩中でして? えへへへー。

ハーティエル:あらそうなの、ほほほほほ。

ディー:おほほほほ。

ハーティエル:ま、たまには役に立つじゃないの。

ディー:へへえ。それでぇ、陛下は一体全体どうしてここに?

ハーティエル:猫がね? 可哀想なウォルターを連れてきてくれてねぇ。森に罪人がいるっていうのよ。カタキをとらないとって思って。そうしたら、不思議なこともあるのね。わたくしもちょうど会いたかったのよ。ねえ、アリカ?

アリカ:……あんたも私のこと知ってるの。

ハーティエル:パードゥン?

ディー:あー、えっと、陛下。アリカは、記憶が、ちょっこっと混濁してるみたいなんだ。

ハーティエル:……エ?

ディー:俺たちのこと、覚えてない、みたいで。

ハーティエル:……なんですって? あの約束のことも?

アリカ:約束……?

ハーティエル:……ほほ、ほほほほほほほほほ! ほんとうに? あらあらまあまあ無様なこと! それなら心置きなく、

   にっこり笑うハーティエル。

ハーティエル:死刑にできるわね。

アリカ:死刑!?

ハーティエル:さあ法廷へ行きましょう。裁判の時間よ。

アリカ:ちょっとまって、いきなり裁判って何?

ハーティエル:ウォルターを殺したでしょ。

アリカ:ウォルターって、あのウサギのこと? あれは事故なんだって! そもそも穴に落とされたの! その、ウォルターに!

ハーティエル:おだまりなさい。

ディー:あああああアリカ、おとなしくしといたほうがいいぞ……。

ハーティエル:帽子屋!

マディソン:お呼びかな? レディ。

ハーティエル:こいつとわたくしを法廷へ。

マディソン:仰せのとおりに。さあ、ジャブジャブ鳥。陛下をお連れするんだ。

  耳障りな鳥の鳴き声。(暇な人がやってもOK)

アリカ:ちょ、いった、何このデカい鳥、離してよ、鉤爪刺さってるって!

ディー:え、あの、俺は!?

ハーティエル:ああ。……褒めて使わす。

アリカ:あ、ちょっと、掴んだまま飛ぶの!? 嘘でしょおおおおおお

    巨大な鳥が飛び立つ

ディー:まじかよ。

■パンデモニウム洞窟

ダム:……っていうわけ! うぇ!?

   ダムの首を掴むジャバウォック。

ダム:うぐ

ジャバウォック:……真(しん)か?

ダム:おっ、とぉ、アリカに関して俺たちゃアンタに偽(ぎ)を言わねえよ。だからその、手ぇ離してくれねーか、ジャバウォック。

ジャバウォック:トゥイードル・ダム。おれの目を見て答えろ。真か。

ダム:真も真、すっかり芯の通った新鮮な申告だぜ

   ジャバウォックは手を離した。

ダム:(ため息)

ジャバウォック:表にいるのではないのか?

ダム:俺だってそう思ったさ。 

ジャバウォック:この国には戻らないと。

ダム:心境の変化は知らねえ。でも実際会って話したんだよ!

ジャバウォック:……バンダースナッチ。

バンダースナッチ:お呼びかい?

ジャバウォック:私たちのアリスが戻った

バンダースナッチ:マジで?

ジャバウォック:大真面目だ

バンダースナッチ:まじまじまじまじ!? ヒャッホイ! んじゃ探してくるよ!

ジャバウォック:惑いの森にいる。

バンバンダースナッチ:ひぇー。……ウチ絶対迷子んなっちゃう。 

ダム:ああ、ディーが一緒にいるから、ディーを目的地にしろ、な!

バンダースナッチ:おっけー。サンキュー、ダムダム! ”スナッチ・ア・ミニット”

   バンは高速で飛び出していく。

ジャバウォック:……ああ、アリカ。アリカ。私の、いとしい子。

ダム:あんた、抑えろよ、それ。

ジャバウォック:……善処する。

ダム:まあディーがうまいことやってくれてると思うけど、惑いの森に出ちまったもんだから、記憶無くて目的地もねえあいつじゃ出られねえよ。バンがいて助かったぜ。

ジャバウォック:……朱莉の様子は。

ダム:んあ? そういや久しぶりに起きてきて、女王が構い倒してたな。

ジャバウォック:あちらのアリスが目覚め、私たちのアリスもまたこちらにいると。では今、誰が表におる。

ダム:それは、さあ。だれだろ。

■女王の城・裁判所
   陪審員のざわめき
   早足のハイヒールの靴音。

ハーティエル:そうだわ、白ウサギは死んじゃったんだった。布告役がいないと裁判が始められないじゃない。

アリカ:何、これ。

マディソン:動くなよ。

アリカ:動きたくても動けないってば。あんたがものすごい力で握ってるから。ってか痛いんですけど。

マディソン:それは失敬。

アリカ:痛ッ! なんで力強めんの!? 耳ついてる?

マディソン:だって逃げるでしょ? 君は。……力で屈服させないと。

アリカ:はぁ?

ハーティエル:ウサギ! ウサギはどこ! 早くウサギを探して!

コンスタンス:まあまあハーティエル。そんなにカッカしないの。女王ならどんと構えたらどう? タルトでも食べて落ち着きなさいな。

ハーティエル:タルトどころじゃないのよ、コンスタンス! 私の可愛いアリスが脅かされてるってのに、裁判が進まなきゃ首を刎ねられないわ!

コンスタンス:それで、なんでウサギを探しているの?

ハーティエル:布告役はウサギじゃないといけないの! そう決まってるのよ、法律で。

コンスタンス:それを作ったのはあなたでしょうに。はぁ。ウサギならなんでもいいの?

ハーティエル:この際なんでもいいわ。

コンスタンス:なら三月ウサギに頼めばいいじゃない。(拍手x2) マーティン!

マーティン:はいな! およびでっか~コンスタンス公爵夫人~!

コンスタンス:マーティン。あなた白ウサギの代わりはできて?

マーティン:あたし三月ウサギだけどいいのぉ?

ハーティエル:ウサギならなんでもいいってば。早く裁判をすすめてちょうだい。

マディソン:要るかな? 裁判。さくっと殺せばよくないかい? 私がやろうか?

ハーティエル:おやめ帽子屋。裁判をしなけりゃただの殺人よ。それはアリスが嫌うことだわ。

マディソン:はぁ〜。鏡の国で虐殺しといてどの口がいう。

ハーティエル:反省したのよ。わたくし。それに、ただ殺すだけじゃだめ。きちんと消滅させないと。

アリカ:離せ、離せよ、このヒョロヒョロ!

マディソン:ンッン~。それは禁句。

アリカ:痛ッッて!

ハーティエル:三月ウサギ!

マーティン:はいはい。えー。被告、アリカ。判決は……

アリカ:ちょっと待って、いきなり判決だなんておかしいでしょ!

ハーティエル:おだまり! 判決が先! 評決は後!

アリカ:だからそれおかしいだろって!

ハーティエル:ウサギ!

マーティン:声が大きいな〜女王様は〜。 被告、アリカ。えーっと罪状は?

コンスタンス:殺ウサギ罪。

アリカ:アレは事故だって言ってるじゃん!

マディソン:それにアリスを騙った罪。

アリカ:アリスを騙った……? そんなことしてない!

マディソン:じゃあどうしてこの国に入れたんだい? アリスを辞めた君が。

アリカ:はあ? 国? ここがどこだか知らないけど、あのウサギに引っ張られて穴に落ちてーー

コンスタンス:まあ。じゃあこの子を連れ戻したのは白ウサギなの?

ハーティエル:裏切ったな、あのチビ。

朱莉:ねえ、どうしたのみんな。お茶会はまだ?

  間

アリカ:私と同じ顔……? どういうこと、う、頭、いた……。

朱莉:あの人、だれ? ねえ、コンスタンス、ハーティエル。

コンスタンス:ごめんなさいねえ、アリス。うるさくして。

アリカ:アリスじゃねえだろ、そいつは、朱莉だ! ……え?

マディソン:黙れ。彼女はアリスだ。(小声)……現実を思い出させるな。

アリカ:現実?

ハーティエル:判決! 

マーティン:被告、アリカ! アリスを騙りウサギを殺した罪で有罪!

アリカ:ちょっと

ハーティエル:”女王の命のまま、兵は進む。1番から4番、罪人を抑えよ。処刑人、愚かな罪人の首を刎ねよ。……クイーンズ・オーダー”

   トランプのカードが舞う

アリカ:(驚く)

ハーティエル:うふふ。トランプ兵たち、首だけとは言わず、切り刻んでおしまい。

朱莉:ハーティ、酷いよ。切り刻むなんて。

   間

ハーティエル:あああああ、ごめんなさいアリス! でもあいつは罪人なの。罪人は処刑しなければならないのよ。賢いあなただったらわかってくれるわよねー?

朱莉:アリスを騙った罪ってなに? それって悪いこと? 同じ名前の人くらいいると思うけど。

コンスタンス:ねえアリス、あっちでお茶会をしましょう? マディソンとマーティンも一緒に。ね。ね。そうしましょうよ、ハーティエル。

ハーティエル:そうね、速攻で首を刎ねるわ。

アリカ:これのどこが裁判なんだよ! 判決ありきじゃん! ……離せ、離せって! まじで死んじゃう!

マディソン:判決が先。評決があと。ここでの裁判はそういうものだ。可哀想そうだね。

アリカ:嫌だ、し、死にたくない、死にたくない! 

    トランプ兵の槍が腹に刺さる。

アリカ:(悲鳴)

朱莉:ひっ

アリカ:う、ぐ、あ、朱莉! こいつら止めてくれ! お願いだ!

朱莉:……。止めてって、言ってるけど。

マーティン:アリスぅ~、久しぶりに起きたねぇ~!あっちで遊ぼ~。

朱莉:止めてほしいって言ってるの、マーティン。なんで止めてあげないの?

マーティン:そりゃあ、もう、あたしが判決を言って、ハーティエル女王閣下が命令したからさ、止まんないよ。

ハーティエル:そうよ、あいつを消さないとわたくしたち大変なことになる。だから処刑するの。ね。アリスのためなのよ。

アリカ:私は、悪いことなんてしてない! 私は悪くない!

朱莉:悪いことをしたって証明できてないのに処刑するなんて、そんなの裁判じゃないよ。

アリカ:朱莉、助けて……。

朱莉:…………”全ては私の夢。それは黄金の昼下がりのできこと。” ”クイーンズ・オーダー”

ハーティエル:ちょっ、アリス!?

マーティン:んなっ!?

朱莉:トランプたち、おやめ。

アリカ:(荒い息)

コンスタンス:アリス……。

朱莉:裁判、やり直して。本当にあの人が悪いことをしたのか、ちゃんと調べて。

ハーティエル:あ、アリス、そんな、だって。

朱莉:じゃないと、嫌いになるよ。

   間

ハーティエル:やり直す! やり直すから! 嫌いにならないで、お願い、お願いよ

朱莉:ちゃんとやって。私の国で、そんな横暴は許さない。たとえハーティでも。許さない。

ハーティエル:ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

コンスタンス:落ち着いて、ね、アリス。あの人はね、ウォルターを殺したのよ。だから有罪でいいじゃない。ね?

アリカ:あれは事故だ!

朱莉:事故だって。なんでコンスタンスも決めつけるの? あなた公爵夫人でしょう。貴族らしくしたら?

コンスタンス:うっ。ふぇ、そ、そんな、アリス、そんな言い方しなくても……。

マディソン:ストップ。

  朱莉の目を手で覆う。

朱莉:マディ。見えない。手ぇどかして。

マディソン:君は起きたばっかりで、状況を把握できていない。そうでしょ? その状態で女王と夫人を責めるのも、君の大嫌いな「理不尽」じゃないのかな?

朱莉:……そう、だね。

マディソン:いい子だ。落ち着いてきたかな、私たちのアリス。

朱莉:……ぎゅってして。

マディソン:いいとも。おいで。

ハーティエル:きいいいいいい! なによなによなによ帽子屋のくせに!! いっつもいっつもアリスとハグしてぇええ!!

コンスタンス:ずるいずるいずるいわ~! 私もアリスとぎゅってしたいのに~!

アリカ:(痛みに耐えながら)何、見せられてんだ、これェ……。

バンダースナッチ:呼ばれてなくてもバビュンと登場! 不思議の国のみなさーん!こーーんにーーちわーーー!

アリカ:(うめき声)

バンダースナッチ:あれあれあれぇ? 返事なし! って足元にアリカじゃーん! 会いたかったよー!

アリカ:さわんないで

コンスタンス:バンダースナッチだわ!

ハーティエル:どうしてここに!?

バンダースナッチ:あんれまあお腹から立派な槍が生えてるよ? ちょっと担ぐのに邪魔だなぁ、折るね。そいや!

アリカ:(悲鳴)

バンダースナッチ:ごめんねえ!! なるべく揺らさないように運ぶから!首に手ぇ回して。

アリカ:あんた、だれ

バンダースナッチ:それはあと。死にたくなかったら言う事訊いて。

アリカ:……(首に手を回す)

ハーティエル:”女王の命のまま、兵は進む! 総員、バンダースナッチを逃がすな!”

コンスタンス:”今日の味付けは塩コショウ。かけすぎ厳禁、道具は新品”

バンダースナッチ:”バンダースナッチは捕まらない! 一分より速く! 一歩でも遠く! ”

ハーティエル:”クイーンズ・オーダー!”
コンスタンス:”パニック・キッチン”
バンダースナッチ:”スナッチ・ア・ミニット”

  バンダースナッチはアリカを抱えて高速で走り去る。
  間

マーティン:あーあ……行っちまったネ。

マディソン:マーティン、お前……。

マーティン:あたし全然動けなかったヨ。アハ。みんな4フレーズも使ってるのに詠唱速いねー。

マディソン:お前が遅いんだよ。

マーティン:だって疲れるじゃあん。

ハーティエル:……総員、命令変更よ。なんとしてでも探し出しなさい! あの小娘を!

コンスタンス:あ~ん、せっかく新しい武器出したのに~!

マーティン:夫人、夫人、なんでスかァ? それ。

コンスタンス:ペッパーミル。ほら、これ機関銃になってるの。

マーティン:ひゃあーかっけーすね。

マディソン:……意外と早かったね。ジャバウォック。

■現実・とある会議室

ウォルター:【検察官】判事、いかがなさいましたか。

ハーティエル:【裁判官】神崎朱莉の事件についてですが、弁護側から精神鑑定の請求がありました。

ウォルター:【検察官】鑑定留置ですか。

ハーティエル:【裁判官】はい。検察側は捜査資料を精神科医に提出してください。鑑定結果が出揃い次第、起訴を取り下げるか否か話し合います。

ウォルター:【検察官】……承知いたしました。

■現実・取調室

ディー:【精神科医B】やあ、神崎朱莉さん。

朱莉:(ハーティエル)昨日と違う先生ね。今日もやるの?

ディー:【精神科医B】やるよ。話を聞かせてほしい。さて、調子はどうだい。

朱莉:全く最悪も最悪だわ。

ディー:【精神科医B】なにかあったのかな?

朱莉:わたくしはね、この子を守りたいのよ。一緒に生きていくべきだって、今でもそう思っているの。一緒に成長して、支え合って。それでいつか、わたくしたちが必要なくなったら、そのときはこの子に体を返したらいいって、そう思っていたのよ。それなのにあいつときたら。

ディー:【精神科医B】この子と、あいつ、というのは?

朱莉:(魂が抜けたように黙る)

ディー:【精神科医B】朱莉さん。

朱莉:(マーティン)何の話ィ? お茶会?

ディー:【精神科医B】……君は、初めて会うかな? 誰だい?

朱莉:あたし? あたしはー、マーティン!

ディー:【精神科医B】マーティンさんね。それで、続きを聞かせて欲しいんだけど、守りたいのに、あいつときたら、と君が言ったんだ。

朱莉:あたしは言ってないけど。

ディー:【精神科医B】失礼、君の前にいた人。

朱莉:なるほど? あいつ、あいつ。ああ、処刑しそこねた人かな?

ディー:【精神科医B】処刑?

朱莉:逃げちゃったんだよねー。バンダースナッチに連れていかれて。不思議の国の外へ。

ディー:【精神科医B】不思議の国……。

朱莉:あれ、知らない?

ディー:【精神科医B】君たちが住んでいるところ、だろう。

朱莉:大正解!

ディー:【精神科医B】不思議の国の外には何があるんだい?

朱莉:外はねえ、あたしはあまり行かないけど、行く価値もないっていうか。

ディー:【精神科医B】どうして?

朱莉:だって、

朱莉:だいぶ昔に滅ぼしちゃったからさ。鏡の国は。

■パンデモニウム洞窟

アリカ:(目覚める)……いっ、あ、あああ、あああああ!

ダム:うぉ!? おい! バン! ジャビー! アリカが起きた!

バンダースナッチ:ええっ、お湯まだ湧いてない!

ダム:アリカ、アリカ、俺だ、わかるか。

アリカ:双子の……ダム?

ダム:そうだ、すまねえ、俺が遅かったせいで……!

ジャバウォック:どけ、小僧。

ダム:ジャビー……。

アリカ:(荒い呼吸)

ジャバウォック:今お前の腹には、風穴が開いている。出血が止まっていない。そしてここに医療器具はない。

アリカ:(細い息)

ジャバウォック:この国での物事の起こり方を教えよう。生きたかったら、一度で成功させろ。いいか。

アリカ:(うなずく)

ジャバウォック:ここでは一定の条件を満たすと、結果のあとに原因が来る。腹に穴が開いたのは、私がお前の腹に爪を突き立てるからだ。原因が過ぎ去ると、その前の状態が訪れる。理解したか?

アリカ:わかんない

ジャバウォック:理解できないなら信じ込むことだ。ダム、布を解け。

ダム:え!? あ、わ、わかった。

アリカ:(悲鳴)

ダム:ごめん!

ジャバウォック:さあ、アリカ。腹の傷を見ろ。槍の太さより大きい穴だ。

アリカ:(荒い息)

ジャバウォック:この傷を作ったのは槍ではない。他の原因があって大きな風穴が開いている。その原因は私の爪だ。行くぞ。

アリカ:!?!?

   ジャバウォックが手刀をアリカの腹の穴に突き立てる。

アリカ:(言葉にならない悲鳴)

ジャバウォック:穴の原因が訪れた。この穴は私の爪によってできた。認識したか?
アリカ:(うなずく)

ジャバウォック:私が腕を引き抜くと、原因が起こる前の状態が訪れる。理解できなくても認識しろ。信じ込め。

アリカ:あ、あぁ、う

ジャバウォック:それ。

   ジャバウォックが手を引き抜く。

アリカ:(悲鳴)

ジャバウォック:繰り返せ。「黄金の夕暮れ」

アリカ:お、うごん、のゆう、ぐ、れ

   間

ダム:傷が消えた……! 成功だ!

アリカ:(荒い息)

ジャバウォック:……よくやった。いい子だ。

   アリカの頭を撫でるジャバウォック。

アリカ:(息を整えようとする)

バンダースナッチ:お湯ーー! とタオルーー!

ダム:ナイスタイミング! バン、拭いてやってくれ、俺はなんか食えるもん取ってくるわ。

バンダースナッチ:あいあい!

ジャバウォック:体を拭くのは私がやろう

ダム:ほら、ジャビーも出るぞ。

ジャバウォック:なぜだ。

バンダースナッチ:デリカシー!!

ジャバウォック:なに?

バンダースナッチ:体をッ……見られたらはずかしいでしょ!

ジャバウォック:……茶を淹れる。

バンダースナッチ:まったくー。……記憶ないんだって? ウチ、バンダースナッチ。長いからバンって呼ばれてるよ。

アリカ:バン、ダー、スナッチ。

バンダースナッチ:さっきのおっさんはジャバウォック。ウチらのリーダーみたいなもん。

アリカ:……。

バンダースナッチ:ああ、汗びっしょりだ。よく頑張ったね。シーツも変えよっか……。

  バンダースナッチは黙ってアリカの汗と血を拭き、血まみれの布を回収する。

バンダースナッチ:(鼻をすする)

アリカ:……なんで泣いてんの。

バンダースナッチ:……な、ないてない。

アリカ:……。

バンダースナッチ:う、うちが、もっと速く走れたら、アリカは傷つかずにすんだのにッ……ごめ、ごべんねえええええ

アリカ:泣いてんじゃん

バンダースナッチ:ないてなーい~~!!

アリカ:……あんた、たち、味方だって、思っていいの?

バンダースナッチ:えぇ!? 助けたのに!?

アリカ:だって、腹に手ぇ突っ込まれたし……

バンダースナッチ:あー……

アリカ:どうして傷が治ったんだろう。

バンダースナッチ:治ったと言うより、傷ができる前の状態になった、かなあ。

アリカ:どういうこと……?

バンダースナッチ:アー、えと、ウチ、アリカのチカラのことよくわかってなくて、ごめん。

アリカ:私の力、なの?

バンダースナッチ:うん。

アリカ:……そっか。じゃあ、あとであの人に聞くよ。

バンダースナッチ:それがいいかも。お水飲む?

アリカ:飲める、水?

バンダースナッチ:大丈夫大丈夫。涙の滝の水だから綺麗だよ。

アリカ:……よくわかんないけど、ありがとう。

   アリカ、水を飲む。

アリカ:……。

バンダースナッチ:……どした?

アリカ:……怖かった。死ぬかと思った。死にたくなかった。死ななくてよかった。
バンダースナッチ:よく頑張った……ね。

アリカ:ウサギを、殺しちゃった……どうしよう。

バンダースナッチ:あー、うー、えと。

アリカ:(泣く)……。

バンダースナッチ:あ、泣いちゃった!?

ダム:よう、おわったか。パントバタチョウとスナップトンボ、捕まえてきた、ぜ……えっと、どういう状況?

バンダースナッチ:アリカ泣いちゃった!

アリカ:(泣きながら)いきなり穴に落とされて、記憶も飛んでてわけわかんないのに、誰もまともに喋ってくんないし、わけわかんないまま殺されかけて、私なんか悪いことした?

ダム:おおお、ほおらアリカーふわふわタオルだぞー。バン!なんかしろ!

バンダースナッチ:何かってなに!?

アリカ:(酷い泣き声)

ダム:アリカが泣き止むなにかだよ!

バンダースナッチ:あっえっ、ほーらアリカ〜! ダムの変顔だよぉー!

ダム:(頬掴まれてる)俺を使うな! 早く泣き止ませないとジャビーに殺されーー

ジャバウォック:アリカを泣かせたのはどちらだ。

ダム:ひっ。

バンダースナッチ:ダム。

ダム:いや、俺じゃないって! クソッ! ”シャッフル・ツインズ!”

アリカ:出てって!
  
    枕を投げる

ジャバウォック:ぐふっ。

ディー:うぉ、なんだダムのやつチェンジが早……えっと、どういう状況?

■惑いの森・白うさぎの家

ウォルター:あ、あ、う……

チェシャ:ううん、内臓も肋骨もイッちゃってるわぁ。そんなちっさい体でよくあの子受け止められるなんて思ったねぇ。

ウォルター:だ、って、僕がつれて、きたん、だ。

チェシャ:……麻酔なんて便利なもんはないし、僕、裁縫は苦手だけどいいかにゃ。

ウォルター:うん、繋げるだけ繋いで……飛び出ないように……。あとは、服で隠すから……。

チェシャ:時間ちゃんがすぐに見つかってよかったにゃホント。

   風鈴のような音

チェシャ:んん? 喋らせるな? わかったよ。

ウォルター:ありがとう、時間ちゃん。

   風鈴のような音

   チェシャ猫はウォルターの内臓を縫い合わせている。

チェシャ:ちくちく。

ウォルター:(押し殺した悲鳴)

チェシャ:体の時間を止めていれば死にはしないけど、回復もしないから痛みもおさまらない。それで、耐えられるにゃ?

ウォルター:耐える……。アリカと、朱莉、を、現実に戻すまででいいんだ、裁判に、間に合わせないと。

チェシャ:裁判、裁判ねぇ。

■鏡の国辺境・パンデモニウム洞窟

ジャバウォック:気分は落ち着いたか、アリカ。

アリカ:ひっ。

ジャバウォック:大事ないか? ふむ、腹の傷はすっかり戻ったようだ。どれどれ、頭、正常。腕、正常。腰、正常。背骨、正常。足……

アリカ:ちょちょちょちょっと! 乙女の体を撫で回すとかどういう神経してんの変態!

ジャバウォック:……。

バンダースナッチ:あーヒャヒャヒャヒャ! 泣く子がさらに泣くジャバウォック様を、へ、変態呼ばわり! アヒャ、ヒヒヒ……

ジャバウォック:私は変態ではない。お前の無事を確かめたかっただけだ。

アリカ:初対面の女性に許可なく触るのはマナー違反だと思うけど。

ジャバウォック:ふむ。お前と私は初対面ではない。であれば許可は必要ない。では。

アリカ:ちょ、やめ、離して! (抱きしめられる)ふぎゅ。

ジャバウォック:疲れてはいないか? 腹は減っていないか? 向こうは辛くなかったか? ん? なんでも話してみろ。久しぶりの再会だ。時間はいくらでもある。

アリカ:んー! んー!

ジャバウォック:喜んでいるのか。私も嬉しい。お前をまたこうやってこの腕に抱くことができる。ああ。大きくなった。艶瑞しい(つやみずしい)肌は健在だ、それに

バンダースナッチ:ちょっとジャビー。気絶してるよ。

ジャバウォック:お?

***


   粗末なテーブルにつき、食事をしている。

アリカ:それで、今、私がいるのが鏡の国ってとこで、さっきまでいたのが不思議の国で? それぞれの国にはアリスっていうのがいて? 私が鏡の国のアリス?

バンダースナッチ:(食べながら)そそ。ディー、パンおかわり。

ディー:俺はオカンじゃねえんだが。

バンダースナッチ:ねえー、うちここから惑いの森まで一往復したんだよ? 普段ならうさちゃんにラビットホールしてもらう距離だよ? ねえ! 労ってくれてよくない? 

ディー:ああー! わかったわかった! 皿よこせ。

バンダースナッチ:バターたっぷりのやつね!

ディー:へーへー。

アリカ:バンダースナッチ、さんに連れて来られる途中で……

バンダースナッチ:バンでいいって!

アリカ:あー、バンに、連れてこられる途中で見た限り、少し、いや、ものすっごく荒れてたけど、鏡の国に何があったの?

ジャバウォック:こちらのアリスは、つまりお前のことだが、長いこと不在だった。その間に不思議の国は、我々を排除すべく攻撃を仕掛けてきた。もちろんこちらも黙ってやられはしない。かくして白の女王を筆頭に、反旗を翻したわけだ。

ディー:アリスのいない鏡の国は圧倒的に不利だった。俺たちは所詮駒に過ぎねえ。指揮官がいなけりゃ戦えない。そんでボロ負けして白の女王は首を刎ねられ、大多数の住民は死んだって訳。そんで生き残った俺たちはこーんな地下に追いやられた。

アリカ:そう、なんだ……。なんかごめんなさい、記憶なくて何に謝ればいいかわかんないけど……。

ジャバウォック:謝る必要はない。不思議の国も鏡の国も、増えすぎた住民を減らさなければならなかったし、お前は、この国を切り捨てる必要があった。私たちもそれは分かっていた。

アリカ:え?

バンダースナッチ:うちらは、うちらのエゴで、この国を守りたかっただけ。あなたがいつ戻ってきてもいいように。居場所があるように。

アリカ:居場所……。

ジャバウォック:我々は、お前が大切なんだ、アリカ。

アリカ:……ごめん、ちょっと、あの、今からすっごい嫌なこと言う、助けてもらったのに、でも……。

ジャバウォック:なんだ。

アリカ:全然知らない人に、大切とか、守りたいとか、言われても、怖いっていうか。

   間

アリカ:正直、気持ち悪い、って、言うか。

   間

バンダースナッチ:……そりゃそうだよねー! 記憶ないんだもんね!! 全然! 気にしなくていいよ〜! ごめんごめん押し付けがましかったよね! 今はぁ、そうそう! ご飯ご飯! 干し葡萄とほらプラム・プディングも食べるぅ〜!? さっきディーが解体したばっかりだから新鮮だよ〜!

アリカ:あ、うん、もらおうかな。解体って?

バンダースナッチ:あー。スナップトンボって言ってね〜頭は燃えてる干し葡萄、体はプラムプディング、羽は柊の、虫だよ〜。

アリカ:虫?

バンダースナッチ:虫。

ディー:(小声)おいジャバウォック。

ジャバウォック:どうした。

ディー:(小声)どうすんだよ。使い物になんねぇぜ。

ジャバウォック:そうさなぁ。

ディー:さっきは成功したけど、自分の力だって忘れちまってるだろ。本当にあいつ連れて不思議の国に乗り込むのか。

ジャバウォック:そうさなぁ。

ディー:おい。聞いてんのかよ。

ジャバウォック:荒療治。

ディー:あ?

ジャバウォック:なあ、トゥイードル・ディー。お前、ピクニックは好きか?

ディー:ピクニック……は、嫌いじゃねえけど。なんだよこんな時に呑気だな。

ジャバウォック:それはよかった。船頭を任せる。明日は楽しい楽しい、「スナーク狩り」だ。

■現実・取調室


ダム:【精神科医A】今はどういう状況ですか。

朱莉:(コンスタンス)あの子が酷く怒ってしまって、みんなで機嫌をとっているの。

ダム:【精神科医A】それはどうやって?

朱莉:お茶会よ。私が美味しいお菓子や料理をふるまって、みんなでパーティするのよ!

ダム:【精神科医A】お茶会ね。どんなお茶を飲むんです。

朱莉:なんでも。紅茶、緑茶、烏龍茶、ハーブティ。

ダム:【精神科医A】紅茶だけじゃないのか。

朱莉:ふふ。不思議の国とは言っても、イギリスじゃないもの。

ダム:【精神科医A】それで、あの子と言う人はまだでてこられそうにありませんか。

朱莉:そうね。まだね。というか、私達が出さないわ。

ダム:【精神科医A】ううん。話を聞いてみたいのだけど。

朱莉:そんなことしたら思い出してしまうでしょう。それとも、思い出させようとしているの?

ダム:【精神科医A】いやいや、単純にお話したいだけですよ。こちらとしても、あなたの中に何人いるのか知りたいので。

朱莉:何人、ねえ。だいぶ殺したから今はとっても少ない、とだけお伝えしようかしら。

ダム:【精神科医A】それはええと、鏡の国との衝突で?

朱莉:そうよ。アリス不在の国なんてクイーンのないチェスと一緒。

ダム:【精神科医A】そのー、戦争のとき、鏡の国のアリスさんはどこにいたんです?

朱莉:そんなの簡単じゃない。現実にいたのよ。

ダム:【精神科医A】その人が主人格ということ?

朱莉:いいえ。彼女はもっとも古い住民。あの子から初めに別れた、半身のようなものだわ。

ダム:【精神科医A】それなのに戦争をしている?

朱莉:(魂が抜けたように黙る)

ダム:【精神科医A】朱莉さん?

朱莉:(ハーティエル)話しすぎよ。コンスタンス。

朱莉:(コンスタンス)あら、ごめんなさい。楽しくなってしまって。

朱莉:(ハーティエル)こいつ、わたくしたちを全員消そうとしている。わかってるわ。

ダム:【精神科医A】コンスタンス、さんと、もうひとりは誰かな。

朱莉:(ハーティエル)答える必要はない。

ダム:【精神科医A】いい加減分かってくれないかな。私達は神崎朱莉さんを助けられるかもしれないんだ。

ジャバウォック:【弁護士】またせたね。

ダム:【精神科医A】ああ、どうも。こちら、弁護士の小野田先生。先生、こちらが神崎朱莉さんです。

ジャバウォック:【弁護士】やあ。「はじめまして」。

ダム:【精神科医A】じゃあ、先生、説得のほう、お願いします。

朱莉:ふん。弁護士なんて呼ぶお金はないはずよ。

ダム:【精神科医A】君の叔母さんから連絡があってね。

朱莉:叔母さん……

ジャバウォック:【弁護士】いま、心神喪失で無罪にできるように動いている。

朱莉:……。

ジャバウォック:【弁護士】それには君たちの協力が必要なんだ。

朱莉:協力したら、この身体は助かるの?

ジャバウォック:【弁護士】そうとも。まあ、確約はできないがね。そうなるよう全力を尽くす。

朱莉:そう……。

■不思議の国・お茶会


マーティン:何でもない日バンザイ!

マディソン:いいや、マーティン。今日は珍しく、何かある日さ。

マーティン:え!? そうなの? なんの日?

コンスタンス:アリスが起きた日よ!

マーティン:ああ! ね! アリスが起きた日、バンザイ!

朱莉:むすー。

コンスタンス:ほぉら、アリスが大好きなメレンゲたっぷりのレモン・タルトに、モンブラン、それからチェリーパイよ〜!

朱莉:うー。イヤ。赤福がたべたい。

コンスタンス:和風の気分なの!?

ハーティエル:赤福、みたいなのってここで作れるの?

コンスタンス:どうかしら、小豆はあるけど。おはぎじゃだめ?

朱莉:おはぎでもいいけど、なめらかなこしあんじゃないと。

コンスタンス:分かったわ!作ってくるわね!トランプ兵を借りてもいいかしら、ハーティエル?

ハーティエル:はいはい。 “6番から9番、コンスタンスを手伝いなさい。クイーンズ・オーダー”

コンスタンス:ありがとねぇ〜(去る)

マーティン:ナンセンスの使い所、絶対間違えてるね。

マディソン:マーティン。お前にも仕事があるよ。

マーティン:ん~? なになに?

マディソン:飾りを和風にしないと。

マーティン:なるほど?

マディソン:お前のナンセンスが最適だろう?

マーティン:えへへー! まかせろってー!

マーティン:”立ち上る湯気に映して狂え! マッドティー・パーティ”

朱莉:わあ、畳だ!

マーティン:それにぃ、和室には囲炉裏だよねー

マディソン:それから、ええと、フトン?

マーティン:座布団のことー?

マディソン:それかな。

ハーティエル:せっかくだから服も変えてちょうだい!

マーティン:はいなはいな! ほれお着物〜

朱莉:素敵!にあってるね、ハーティ!

ハーティエル:あなたも素敵よ〜! なんでも着こなしちゃうんだから! さすが、わたくしたちのア

リス~

マディソン:こういうのなんて言うんだっけ?ヤマトナデシコ?

ハーティエル:よく知ってるわねー。

マディソン:アリスのことを知りたくてね、勉強したのさ。

朱莉:マディ、ケーキ並べて!

マディソン:すっかり機嫌も治ってきたようだ、私たちのお姫様は。

ハーティエル:ああっ!わたくしがやるわ! あと畳のヘリは踏んじゃだめよ!

朱莉:へり? おっ、と、っと、わあ!

   朱莉はケーキを持ったまま転けて顔から突っ込む。

マディソン:おやおや。

ハーティエル:もう、いわんこっちゃない〜!

朱莉:あはは、あははは

マーティン:ケーキまみれだよ、アリス! 食べちゃいたいナァ。

マディソン:やめなさい。

朱莉:楽しいねっ!

   間

朱莉:みんなと一緒で、とっても楽しい!

ハーティエル:アリス〜〜〜!

朱莉:うわ、ついちゃうよ!

ハーティエル:なんていい子なのぉーーー!……わたくしが、わたくしが守るからねぇ……。

朱莉:へ?

ハーティエル:あなたの一番はわたくしよね? こんなに守ってきたんだもの。

朱莉:ハーティ?

ハーティエル:コンスタンスでも、帽子屋でも、三月ウサギでもなく、わたくしが一番よね?

朱莉:……。

ハーティエル:……。

朱莉:そうだよ、ハーティが一番だよ!

ハーティエル:そうよね! 大好きよ!

朱莉:うんっ!私も大好き!

マーティン:っかー! あめぇーーーあめぇよぉーー

マディソン:砂糖も多すぎれば毒になる……。

コンスタンス:ごめんなさいねぇ~今小豆を炊いてるからちょっとかかりそうなの……あら!? せっかくのケーキが……。

朱莉:ごめんね、コンスタンス、せっかく作ってくれたのに……。

コンスタンス:いいの、いいのよ〜! また作ればいいんだから。

朱莉:いつもありがとう

コンスタンス:……なんていい子なのぉーーーー! 聞きまして? いつもありがとうって、はあ、やっぱりうちの子が一番だわ。

マーティン:あんたの子じゃないデショ。

コンスタンス:私が育てたと言っても過言ではないわ!

朱莉:あの、私も一緒に作っていい?

コンスタンス:ええ、ええ! いいに決まってるじゃない!

マディソン:食べられるものができるといいけど。

朱莉:あ、そ、そうだよね……

コンスタンス:最初は誰でも失敗するものだわ。

朱莉:え?

コンスタンス:それも思い出なのよ。だから頑張りましょう?

朱莉:うん、わかった。

ハーティエル:なら今日はおはぎとケーキ作りパーティにしましょう! いいアイディアだと思わない?

朱莉:そうする!

マーティン:チェー。せっかく和風の部屋作ったのに。”お茶会終了。”っと。

マディソン:女性陣は意見がコロコロと変わるね。

マーティン:はぁ。手伝いに行くかあ。お前は? どうすんの?

マディソン:いかない。

マーティン:ノリわるぅ

■鏡の国・外縁

アリカ:それで、どこに行くって?

ディー:最終目的地はここ、「嘆きの湖」。涙の滝の源流だな。

アリカ:なんかネーミングが厨二くさいね。

ディー:お前が言うか?

アリカ:え、なんで?

ディー:いや、いいわ。

アリカ:?

ジャバウォック:旅の目的は三つ。1。道中で記憶の扉を開ける。2、ナンセンスの再習得。3、スナークを捕獲する。

アリカ:ごめんどれもピンと来ない。スナークとナンセンスって何? あと、その、記憶の扉ってのを開けると、全部思い出せるわけ?

ジャバウォック:さあ。

アリカ:さあ、て。

ディー:記憶っていうのは、忘れても消えるわけじゃねぇ。リンクが外れて、アクセス出来なくなるだけだ。お前は今、全部の記憶とのリンクが切れてる状態ってことだな。

アリカ:ほーん。でなんで私の記憶が鏡の国にあんの?

バンダースナッチ:この国を作ったのがアリカだからだよ!

アリカ:え?

ジャバウォック:説明は歩きながらだ。

***

バンダースナッチ:よっと、安全確認!  ロープ下ろすよォ!

アリカ:険しすぎない!? ピクニックってか山登りだけどこれ!

ディー:そりゃあ誰も整備するやつがいなかったからな、丘も育てば山になるだろ。

アリカ:丘が育つって何

ディー:よっと。わあー、でけーキノコだなー。

バンダースナッチ:ほら。アリカ、手。引き上げるよ。

アリカ:ありがと。んしょ、っと。んで、続きは?

ジャバウォック:見るのが早いだろう。記憶の扉だ。

アリカ:きのこだけど。

ディー:軸のとこ見てみろ。

アリカ:ドアついてる。ドアついてる!きのこに!!え!?何それ!?

バンダースナッチ:いちいち驚いてたらキリないよ、慣れな。

アリカ:え、記憶の扉ってこんな適当なとこにあんの!?もっとこう、神聖なっていうか、神殿みたいな感じかと思ってたのに!

ジャバウォック:扉の使い方は知っているな?

アリカ:扉の使い方……?

ジャバウォック:行き先を思い浮かべて、開け。

アリカ:ああ、チェシャ猫も言ってたね、それ……。この場合行き先って

ジャバウォック:知りたい記憶だ。

ディー:頑張れー。

アリカ:えっと、じゃあ、知りたいこと。「私は誰か」

   

   ドアを開ける

■記憶

アリカ:あえ、普通の家だ。

朱莉:(可能なら七歳) (泣いている)

アリカ:朱莉?

朱莉:やだ、やめて、痛い、痛いよ、お父さん!

アリカ:……!

朱莉:いや、いやあああああ、やだああああああ

アリカ:これ、って、

朱莉:痛い痛い痛い痛い気持ち悪い離して、やめてぇええええ

朱莉:ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、あかりが悪いこだから、

アリカ:……

朱莉:これは朱莉じゃない。これは朱莉じゃない。これは朱莉じゃない。

アリカ:そうだった。私、朱莉の身代わりになったんだ。

■きのこの森

ディー:アリカ!

アリカ:(吐く)

バンダースナッチ:わ、わああ! 水! 水!

アリカ:はぁ、はぁ、さいあく

ジャバウォック:何を見た

アリカ:言いたくない

ジャバウォック:ふむ。

アリカ:最悪、なんで忘れてたんだろこんなの、クソみたいな記憶だ

バンダースナッチ:アリカ……!(抱きしめる)

アリカ:私、人間じゃないじゃん

バンダースナッチ:違うよ、アリカはアリカ、朱莉とは違う、一人の人間だよ

アリカ:違うじゃん、私ただの、朱莉が作った人格だ。朱莉が、嫌なことを押し付けるために作った、人格……

ディー:落ち着け。俺とダムもそうだ。

アリカ:え

ディー:不思議の国の住民は、みんな朱莉の人格か、朱莉が作った想像の友達なんだ。

アリカ:どういうこと?

ディー:それは、えっと、ここがそういう場所だからさ。

アリカ:バンと、ジャバウォックも、人格なの?

バンダースナッチ:うちらは違う。アリカを助けるためにいる。

ジャバウォック:そうとも。

アリカ:質問に答えて。人格なの。違うの。

バンダースナッチ:ああう。ジャビー……

ジャバウォック:次の扉を見に行こうか。

■氷の洞窟

ディー:(寒さで歯が鳴る)うううううう。

バンダースナッチ:氷の洞窟だよ。

アリカ:さっむ。

ジャバウォック:私が温めようか。

アリカ:触んないで。

ジャバウォック:む。

バンダースナッチ:扉はーと、ちょっと見てこよっかねー。バビュン

ディー:行っちまった。あいつ寒くねえのか。

ジャバウォック:鈍感なんだ。

ディー:あー。

バンダースナッチ:ビュバン!あったよー!最奥!

ディー:最奥!?

アリカ:はあ、行こう……

***

アリカ:これだ

ディー:はははは早くいっでごいよ

アリカ:うん。えっとじゃあ、「この国の始まりの記憶」

■記憶の扉

バンダースナッチ:(汚い声ならなんでもOK)ぎゃっぎゃっぎゃ

アリカ:(可能なら七歳)あはははは、くすぐったい、離して、ねえ、はな、はなしてぇ!

ジャバウォック:小娘。人間か?

アリカ:(息切れしつつ)だれ?

ジャバウォック:小娘を離してやれ。

バンダースナッチ:ぎゃっぎゃっ

ジャバウォック:……どうやってここに来た。

アリカ:お昼寝したらここにいた。

ジャバウォック:夢歩きか。幼児ならよくあることだが。さっさと帰れ。ここは人間の来るところではない。

アリカ:やだ。帰りたくない。

ジャバウォック:何?

アリカ:起きたら、痛いことされる。

ジャバウォック:誰に?

アリカ:お兄ちゃんと、お父さん。お母さん助けてくれない。

ジャバウォック:ふむ。

アリカ:……遊んで! おじちゃん!

ジャバウォック:おじちゃん

アリカ:だってお髭あるからおじちゃん!

ジャバウォック:これならどうか。

アリカ:お髭無くなった!! でもおじちゃん!

ジャバウォック:変わらんか。

アリカ:魔法使い?

ジャバウォック:違うが、まあ、そうかも知れぬ。

アリカ:じゃあ、魔法使いごっこね!アリカ勇者!

ジャバウォック:……魔法使いごっこではないのか。

アリカ:ていやー! 悪いドラゴン・ジャバウォック! かくごー!

ジャバウォック:ドラゴンなのか私

アリカ:倒れて! 剣(けん)で切ったの!

ジャバウォック:む。こうか。

アリカ:倒したー! アリカ強い!

ジャバウォック:何をやらされておるのだ。

アリカ:アリカ、強いもん。

ジャバウォック:……

アリカ:……強い、もん。

ジャバウォック:……おいで。ごっこ遊びの続きをしよう。

アリカ:遊んでくれるの?

ジャバウォック:ああ。

アリカ:じゃあ次は、アリスごっこ!

■洞窟の外

ディー:うぉおおあああ日差しあったけえええ

バンダースナッチ:そんなに寒かった?

ディー:鈍感にも程があるだろ……

アリカ:この世界は、私とあなたで作った。

ジャバウォック:そうだ。

アリカ:じゃあなんで私が知らないもので溢れてるの?

ジャバウォック:朱莉がこちらに来て、お前が戻らなくなったからだ。朱莉の想像力によってこの空間は書き換えられていった。そして幼いお前が作った鏡の国は、現実のお前の感情を餌に、無秩序に、勝手に育った。

アリカ:……私が現実に出てる間、朱莉はここで過ごしてたってこと?

ジャバウォック:そうだ。

ディー:なあ、そろそろ飯にしようぜ

バンダースナッチ:いいね〜お腹ぺこぺこ〜。

チェシャ:おやぁ?

アリカ:ああ! ふてぶてしい猫!

チェシャ:みなさんお揃いで。おや、トゥイードル、どっち?

ディー:ひっ、え、あ、ディー、だけど。

チェシャ:おみゃさん、こっち側だったのかにゃ?

ディー:た、頼む! 女王には言わないでくれ! ダムが殺されちまう!

チェシャ:お前、スパイか。

ディー:くっ……

チェシャ:まあいいにゃ、僕ァどっちの味方でもないし。

ディー:は? じゃ、なんでアリカのこと女王にチクったんだよ!

チェシャ:そりゃあ、あぁ〜喋るのめんどいにゃぁ。ついて来な。

■チェシャ猫の隠れ家

ディー:こんなとこに住んでたのかよ?! 公爵夫人の猫だと思ってたぜ。

チェシャ:そりゃ朱莉がつけた設定だにゃ

ウォルター:チェシャ、誰か来た、の

アリカ:白ウサギ!!

ウォルター:アリカ? ああ、よかった無事だったんだ……!

アリカ:お、怒ってないの? その、

ウォルター:僕が庇ったんだよ? 怒るわけないでしょう? 

アリカ:ごめん、ごめんね、逃げて

ウォルター:いいんだよ、逃げるべきだった。ほんとに、無事でよかった。

アリカ:うん……あれ、今日はジレじゃないんだね。

ウォルター:ああ、そう、だね。ポンチョも似合うでしょ?

ディー:なんで猫がウォルターと一緒にいるんだ……?

チェシャ:だって、門の使い手が死んだら困るし。女王たちには死んだって思わせといた方がいいでしょ? と、主人がおっしゃったから。

ジャバウォック:全く、勘のいい女だ。お前の主人は。

ディー:ウォルターたちも飯食うか?ちょっと足りないかもだけど

ウォルター:ありがとう。僕はお茶だけでいいよ。チェシャにわけてあげて。

バンダースナッチ:ねえねえ!キッチン借りていい!?

チェシャ:勝手にしろにゃ

バンダースナッチ:んじゃ勝手にします〜! お勝手だけに

チェシャ:ガクッ

アリカ:……それで、ウォルター。なんで私をこの世界に連れてきたの。

ウォルター:君を助けるためだけど……あれ、まだ思い出せてない感じ?

バンダースナッチ:ちょうど記憶を巡る旅の途中。

ウォルター:そうか。ならその答えは、見た方が早いね。おいで、アリカ。

アリカ:何?

ウォルター:ここにも扉があるんだ。

アリカ:え!?

ウォルター:ほら。

アリカ:暖炉、のなか? こんな小さなドアにどうやって入れと?

ウォルター:このクッキーを食べて。

アリカ:え、あ、うん。(食べる)

   アリカ、小さくなる

ウォルター:うん。いいサイズだね。今、外がどうなっているかを見ておいで。

アリカ:服まで小さくなったんだけどどういう仕組み!?

ウォルター:魔法かな。

アリカ:ま、まあ、いいか。えっとじゃあ、んー。……「私の現実の記憶」

   ドアを開ける

■記憶の濁流

アリカ:小学生の記憶、中学生の記憶、そうだ、中学卒業して叔母さんのところに逃げたんだ……!

アリカ:高校、げ、クソ荒れてる、そうだ、喧嘩ばっかりしてて……って違う違う、必要なのはもっと最近の!

アリカ:これか?

アリカ:え、お父さんと、お兄ちゃん……? なんで叔母さんの家に

朱莉:いやああああああああ! やめてええええええ!

アリカ:……ああ、そういう、ことか。

■取調室

ウォルター:【検察官】神崎朱莉さん。十八歳。父親と兄を包丁で複数回刺して逃走。間違いないですね。

朱莉:(アリカ)……やってません。

ウォルター:【検察官】意識が戻ったお兄さんが証言しています。妹がやったと。

朱莉:私、やってません。私、私っ、記憶がないんです、気づいたら服に血がついてて、手も血まみれで、外にいたんです。でも、私は本当にやってないんです! 信じてください……。

ウォルター:【検察官】そうは言っても…… 現場にあった包丁からあなたの指紋が検出されてます。

   手錠がガチャガチャと鳴る

朱莉:本当に、覚えがないんです! 昔からなんです、たまに記憶がなくなるんです、私。記憶が繋がってなくて、学校にいたのに気づいたら家に帰っていたり、電車に乗った記憶はないのに遠くの場所にいたり、そういうことがあるんです! 自分でも訳がわからなくて、友達からも話したことのない内容とか、記憶にない約束を言われたりするんです…。

ウォルター:【検察官】はぁ……たまにいるんですよね。そういう嘘ついて言い逃れしようとする人。

■回想・独房
コンスタンス:【看守】あなたの居室はここです。

朱莉:(アリカ)私、私、やってません。

コンスタンス:【看守】私はただの看守ですよ。

朱莉:警察は聞き入れてくれませんでした。なにかの間違いです、だってそんなことした覚えがないんです!

コンスタンス:【看守】弁護士をつけて、そう訴えてください。私に言われてもなんにもしてあげられないんですってば。

朱莉:高校生なのにどうやって弁護士を呼べっていうんですか!

コンスタンス:【看守】18歳ですから成人です。ご自分または親御さんから呼んでもらうこともできますが。

朱莉:親は……だって、誰も助けてくれない……

コンスタンス:【看守】まあ、裁判まではここで静かに過ごしてくださいね。問題を起こさないように。では失礼しますよ。

朱莉:……ヤバい、ヤバい、ヤバい。死にたくない、どうしよう。……朱莉を、起こさなきゃ。

アリカ:そうだ、それで、ウォルターが助けに来てくれた。ウォルターだけが、助けに来てくれた。

■チェシャ猫の隠れ家

バンダースナッチ:お〜! 時間かかったねえ。ディーがうるさいから先食べ始めちゃったよ。

ディー:俺のせいにすんなよ! お前も腹鳴らしてたろ!

バンダースナッチ:なんでバラすの!

ウォルター:おかえり。今度はこっちの薬を飲んで。

アリカ:うん。(飲んだ) わ、戻った。

チェシャ:数少ない不思議要素だにゃ。

ディー:アリスっぽいわ。すげーアリスっぽい。

ジャバウォック:記憶はどうだ。

アリカ:細々したとこは、わかんないけど、だいぶ埋まったとは思う……

チェシャ:そんでおみゃどうするにゃ。これから。

アリカ:私、朱莉を起こしに来たみたい。だから、とりあえずそれをやる。

ウォルター:うん。

アリカ:……なんか、さ、私って朱莉を守るために生まれたのかな。

チェシャ:にゃ?

アリカ:朱莉の代わりに痛みを引き受けるために生まれて、それから私は借り物の人生を生きてきた。ずっとずっと、ここにいるって実感がなかった。そりゃそうだよね、私ただの人格だもん。それで、父親刺して、私は今、捕まってる。朱莉を守るため……違うな、自分が助かりたかったんだ、だから抵抗した。死にたくなかったんだよ、痛いのは嫌だったんだ。すごく怖かった。ただ生きたかった。それだけなんだよ。私、消えたくない、死にたくない、生きたい。

ディー:アリカ………

ジャバウォック:落ち着け。

アリカ:……

ジャバウォック:お前はずっと耐えてきた。朱莉の代わりに、苦しみや痛み、悩みを、全て背負ってきた。私は知っている。ずっと見てきた。こちらの世界から。

バンダースナッチ:そうそう、そうだよ! 運動会とかずっと応援してたんだよ!

ディー:今いいところだからそういうのやめようぜバン。

ジャバウォック:お前があの体の人生をずっと送ってきたのだろう? ならば、そのままお前の人生としてしまえば良かろう。

アリカ:そんなこと、して、いいのかな。

ジャバウォック:他の人格を全て消して、朱莉が消えて、最後にお前が残ったところで、外の人間の誰がそれに気づく?

アリカ:……

ジャバウォック:私はお前が大切だ。朱莉ではなく、アリカが生きるべきだと思っている。お前の健やかな人生を願っている。だから……

ジャバウォック:朱莉に罪を着せ、お前が主人格となれ。

バンダースナッチ:そうだよ、それがいいよ!  そしたらもう現実の体はアリカのものだよ?

アリカ:そんなこと、できる?

ジャバウォック:証言させればよいのだろう? 朱莉自身に。私がやりました、と。

アリカ:どうやって……?

ジャバウォック:やり方などいくらでもある。

アリカ:……私が、主人格に、なる。

バンダースナッチ:てなわけで、アリカがよければ、不思議の国に殴り込みにいこう!!

アリカ:殴り込み!?

バンダースナッチ:ね、ジャビー!

ジャバウォック:お前は……。

アリカ:その、前の戦争?っていうので、死んでしまった鏡の国の他の住人たちは……それでいいの?

ジャバウォック:それも所詮、朱莉の人格のひとつだ。

アリカ:そんなに人格がいたの……?

ディー:朱莉はさ、まあー、めちゃくちゃ酷いことがあったのは確かだけど、ことあるごとに人格作ってたから。そのうち自分でも何人いるかわかんなくなってたと思うぜ。

アリカ:ディーとダムも人格だって言ってたよね?

ディー:俺たちはー、なんだったかな、母親に物置に閉じ込められた時に生まれたかな。2日くらい。

アリカ:えっと………消えるの、怖くないの?

ディー:んー。まあ、ずっと考えてたよ。いつか朱莉か、アリカにとって俺たちが要らなくなったら、そのときは消えようって。

バンダースナッチ:鏡の国のみんなはさ、アリカがどんな選択をしたってついていくよ。いなくなっちゃった人は文句とか言わないし!大丈夫大丈夫!

ディー:こいつ……
ウォルター:アリカ。よく考えるんだよ。何が最善か。僕はアリカも朱莉も大事だから、二人とも助かる道を選んでほしいと思ってる。

アリカ:二人とも助かる、道。

ウォルター:でもね。決めるのはアリカだ。

アリカ:……私、あの、わかんないけど、みんなのこと、信じられると、思う。だから、えと、手伝ってほしい

バンダースナッチ:……アリカーーーー!(飛びついた)

アリカ:うわっ、バン!  重いよ!

ジャバウォック:ふん。

ウォルター:ふふ。

チェシャ:んなー。お茶が冷めるにゃ。

ディー:そうだな、飯食おうぜ、飯!

チェシャ:そんでぇ、おみゃらどこまで行く?

ディー:嘆きの湖だ。

チェシャ:……スナーク狩りにゃ?

ウォルター:ヴォーパルソード?

ジャバウォック:その両方。

■ハートの城

マーティン:そこであたしはこう歌ったのさ!「キラキラ光るこうもりさん、お前は一体何してる?」

マディソン:「この世をはるか下に見て」だろう? 

マーティン:マディソン、マディー、マッド! 話の腰を折るんじゃないよぉ!

マディソン:腰が折れただなんてああ大変だ、この国に整体師はいたかな? マーティン。

マーティン:うるせー太子ならいたけどね。ほぅら、公爵夫人の息子を婿入りさせるってさぁ。

マディソン:ああ、豚の。

マーティン:豚の。

マディソン:(笑う)

マーティン:(笑う)

マーティン:あの子豚ちゃん、太子じゃなくて鍋の具材になっちゃってさぁ!

マディソン:ショックで王も死んだわけだが。

マーティン:ショックってか間引きの一環デショ?

マディソン:いやぁアレは楽しかったね。時間潰しにはもってこいな話題だ。

マーティン:おおっとこれ以上「潰した」りしたら今度は心臓止められるよ、時間に。

マディソン:おお怖。いやだね、短気は。ほらマーティン、もっとクッキーをお食べよ。あれ、どこだったかな。

マーティン:いやクッキーはもう全部食っちまったろ。ビスケットならあるよ、あれ、どこだったかな。

マディソン:お前さっき狂ったように割りまくったじゃないか、このクソッタレウサ公。

マーティン:記憶にございませんねえ、さっきとはいつのことでございましょうか? え? その帽子食いちぎってやろうか?

マディソン:それはお前、6時に決まってるだろう。

マーティン:オメェの時計はずっと6時だろうがよぉ。

マディソン:私の時計が壊れてると?

マーティン:壊れてんのはオメェの腹時計だっつの。

マディソン:やるかい?

マーティン:お? やってやるよぉ。

コンスタンス:ちょっとふたりとも?アリスの前で喧嘩は無しよ。

マディソン・マーティン:アリス!

マディソン:(同時)ああ、やっときてくれたねえ、何通も招待状を送ったというのに!
マーティン:(同時)昨日ぶりだねえ! そんなにあたしのウサ耳が恋しかったのぉ? いくらでも撫でてくれて構わないよン?

朱莉:ふふふ、一人ずつ喋ってくれる?

マーティン:もちろんさ。あたしが先ね。ンンッ。大変失礼いたしました、アリスお嬢様。お茶の準備はできておりますことよ、お好きなお席にお座りしゃんせ。

マディソン:本日のラインナップはグリーンティー、ウーロンティー、ジャスミンティー、ルイボスティーにミントティー。

コンスタンス:あら、今日は紅茶はないの? スコーンを焼いてきたのだけど。

マーティン:ティーパーティーなんだから色んなお茶さんをご招待しないと不平等デショ? 今日は紅茶さんにはお休みいただいたのさ。

朱莉:そうなんだ。じゃあ、ジャスミンティーをお願い。

マディソン:おおっと、ルイボスじゃないのか。淹れかけてしまったよ。

朱莉:今日はジャスミンの気分なの。

マーティン:ルイボスじゃない日だってあるんだよ、バカだなあ、マディー。

朱莉:ごめんね、ルイボスでもいいよ?

マディソン:いいや、可愛いアリスのご希望どおり、どうだい、ティーポットの中で開くジャスミンティーさ。

朱莉:わあ、素敵!

マーティン:いちゃいちゃしやがって……。

コンスタンス:クロテッドクリームにブルーベリーのジャム。さっきアリスと作ったのよ。ね。

朱莉:うん! 2人も食べて?

マーティン:なんだって!? 最高のアフタヌーンティーじゃないか~!

コンスタンス:それにね、今日はお鍋を焦がさなかったのよ。

朱莉:コニー!

マディソン:成長してるじゃないか。 

ハーティエル:帽子屋! 三月ウサギ!

コンスタンス:あら、ハーティエル。

マディソン:なんだい、お茶会に参加したいなら参加費を払うんだね。

朱莉:参加費?

マーティン:朱莉もやる? 参加費500円、プラス300円でスコーンがつきます!

朱莉:えっと、500円と300円で……

マーティン:ゆっくりでいいよぉ~

ハーティエル:ヴォーパルソードを探してきてちょうだい。

マディソン:なんで私が。

ハーティエル:もしジャバウォックが乗り込んできたら、ヴォーパルソードじゃないと殺せないのよ。そういう設定だから。

マディソン:それは知っているが……問題は「どうやって」だろう。

ハーティエル:ヴォーパルソードはふさわしいものの手に訪れる。ジャバウォックの詩は鏡の国にあるんだから、鏡の国のどこかに現れるわ。ジャブジャブ鳥で行けるでしょう?

マディソン:アリスとのお茶会は?

ハーティエル:わたくしが代わりにやっておくわ。

マーティン:いってらっしゃァい!

マディソン:お前も行くんだよ。

マーティン:えっえっ、えー!

ダム:おおっとこりゃ、やべえぞ!

■チェシャ猫の隠れ家

ダム:ってわけなんだよ! ジャブジャブ鳥が来る!

ジャバウォック:ほう。悠長にはしてられんか。

ウォルター:早く出発した方がいい。嘆きの湖はここから近いし。

チェシャ:んーむ。僕もついていくかにゃ。

アリカ:手伝ってくれるの?

チェシャ:んにゃ、ご主人が手伝ってやれと仰っている。

ウォルター:アリカ。

アリカ:何?

ウォルター:僕は着いて行けないから、これをもっておゆき。

アリカ:箱? 何が入ってるの?

ウォルター:さっきのクッキーと薬の1セットだ。使い方は覚えたね?

アリカ:ああ、うん。クッキーで縮んで、薬で戻る。

ウォルター:そう。使い所を間違えないように。

アリカ:……ありがとう。

■涙の滝・渓谷

少し先で滝が流れ落ちる

バンダースナッチ:ほあああああ!

ダム:橋が!

アリカ:これじゃ向こうに渡れない……別の道を探す?

ジャバウォック:ふむ。いい機会だ。アリカ。ナンセンスの練習をしよう。

アリカ:ああ、そうそうそのー、ナンセンスって何?

ダム:お前腹の傷直したろ?

アリカ:うん。

ダム:あれだよ。

アリカ:うん?

ダム:あれだよ。

アリカ:1ミリグラムでも覚えてると思う? あの状況で。

ジャバウォック:ナンセンス。この空間、つまり不思議の国と鏡の国の領域のことだが、で発動するトンデモ能力だ。

アリカ:すっごい分かりやすいけどそれでいいの?世界観。

バンダースナッチ:アリカが作ったんだよ?

アリカ:おぉ……黒歴史……

ジャバウォック:ナンセンスの本質は「詩」と想像力だ。

アリカ:えポエム? やばい恥ずかしいがすぎる殺して。

ダム:慣れればいける。フレーズ数が多いほど、強い効力を発するんだ。例えば俺たちのシャッフル・ツインズは、入れ替わる距離が遠いほど長いフレーズが必要だ。対象者は俺たち自身だから、俺たちが「俺あっちにいるかも?」って認識できればいい。ってことであんま凝ったフレーズは必要ないって感じかな。

バンダースナッチ:うちはいっぱい走りたかったら長いフレーズがいるね。うちも対象者は自分自身だから「うちめっちゃ足速い!」って思い混むだけでいいからいつも同じフレーズ使ってる。

アリカ:チェシャ猫は……?

チェシャ:……神出鬼没。認識対象者は「僕のことを見ている人」だから周りに人が多いほど「僕が消えた」ってことを認識させるのが大変になる。ま、知り合いは「猫は消えるもの」って思ってるから基本ワンフレーズで問題ないにゃ。

アリカ:え、みんな急に頭良くなるじゃん。なにこの厨二病設定の嵐。ジャバウォックは?

ジャバウォック:私は今ナンセンスを使えない。使えないものを語る必要はない。

アリカ:なんで使えないの?

バンダースナッチ:前の戦いで帽子屋さんに負けて首輪はめられちゃったから。プクク。

アリカ:え?

バンダースナッチ:帽子屋さんってねえ、なんかこう、ルールを無視してくるんだよね。ナンセンスじゃない力使ってるし。

ダム:ジャバウォックの首にあるだろ、あれで封印されてるってこった。

アリカ:あれオシャレか趣味でやってるのかと思ってた。

ジャバウォック:そこまで悪趣味ではない。さて。理解したか? 対象者に認識させることでナンセンスは”メイクセンス”、つまり実現する。そして鏡の国のアリスのナンセンスは、「黄金の夕暮れ」

アリカ:タイトルから中身がわからないラノベかて。

ジャバウォック:黄昏時。光が傾き、すべての境界線が曖昧になる時間。夢と現の間。マジックアワー。原因と結果すらあべこべになり、事象がひっくり返る。

チェシャ:今、目に見えている事象は結果にゃ。たとえば、橋が落ちている、という結果。その結果には原因がある。でもアリカはその原因を知らない。僕たちも知らない。しらないものは想像して創造すればいい。「そうぞう」した原因が再現され、最終的にそれが起こる前の状態が訪れる。

アリカ:原因を知っているものは?

チェシャ:まあできなくもないがにゃあ、知っているものの認識を変えるのは難しいにゃ? 食べかすの残った皿を睨みつけてどんだけ犯人を想像したって、「でもさっきこのケーキ自分が食べたしな」ってうっすら思うにゃ。

アリカ:わかったようなわからんような。

ダム:実践したほうが速いぜ。

ジャバウォック:さあ、考えてみろ。あの橋はどうして落ちた?

アリカ:え、えぇ? 普通に老朽化、とか?

ジャバウォック:その原因を想像すると、復元に数十年かかるということだ。まあいい、やってみるか?

アリカ:やめとく。

ジャバウォック:そうしろ。

アリカ:ううーん。うーん?うーん……

ジャバウォック:頭が固くなったか。

アリカ:うっさいなあ

アリカ:雷が、落ちた、とか?

ジャバウォック:やってみろ。想像して、認識して、信じろ。どのくらい大きい音だったか。衝撃は? 熱は? 信じ込めたら詩で語れ。

アリカ:この場合、誰が認識すればいいの?

ジャバウォック:この場にいる全員。

アリカ:難しいこという。

ジャバウォック:私たちは慣れている。お前の言葉を信じて想像することができる。

アリカ:まあ、じゃあ、やってみるか。

アリカ:えっと、じゃあ、この橋は、雷に打たれて焼け落ちた。”黄金の夕暮れ”!

   間

チェシャ:何もおきにゃい。

アリカ:くっそはずかしいんだが!? ねえみんなちゃんと想像した!?

チェシャ:人のせいにすんにゃ。

バンダースナッチ:まあなんかいろいろやってみなよ! ね!

アリカ:ううう~!悔しいッ

アリカ:じゃあーーー竜巻に巻き込まれて吹き飛んだ!”黄金の夕暮れ!”

   間

アリカ:……。

アリカ:ぐぬぬぬぬ……誰かが火をつけた! ”黄金の夕暮れ!”

   小一時間経過。

バンダースナッチ:はい、あがり。
ダム:お前、どれがジョーカーか見えてるのか!?
バンダースナッチ:だってダムってば顔にでるんだもん。

アリカ:モンスターがぶっこわした! ”黄金の夕暮れ!”

チェシャ:革命にゃ。

バンダースナッチ:革命返し。

チェシャ:んなぁああああ!

バンダースナッチ:八切、6のペア。あがり。

チェシャ:くそくそくそぉ!

ダム:悪いな、チェシャ。4のペア。あがるぜ。

チェシャ:なんでそれ残したにゃ。

アリカ:……大洪水でながされた! ”黄金の夕暮れ!”

   しーん。

アリカ:私、センス無いのかも。

ダム:これがほんとのナンセンス。

チェシャ:どっちかってーとノー・センス。

アリカ:おまえらあああ!! 悠長にしてる暇ないってさっきいってただろーが協力してよ!! 

バンダースナッチ:えーだってこればっかりは焦ってもねえ。

ダム:なあ。

アリカ:呑気!!

ジャバウォック:仕方ない。アリカ。橋の残骸の上に立て。

アリカ:え? あ、うん。えっと、こう?

ジャバウォック:私の方を向け。

アリカ:うん? うん。はい。

   ジャバウォックはアリカを小突いた。

アリカ:ひゅ

バンダースナッチ:えええええええ!?

ダム:なにやってんのおおお!?

ジャバウォック、アリカが落ちる前に手を掴む

アリカ:ここここ殺す気!? 早く引き上げてよ!

ジャバウォック:みんな、大変だ、殿(しんがり)のアリカは間に合わなかった。

アリカ:何いってんの!?!?

ジャバウォック:想像してみろ。私達は元々向こう岸から、この橋を渡ってこちらに来たのだ。しかし全員で渡ったために運悪く縄が切れてしまった。

バンダースナッチ:ダム! チェシャ! アリカ引き上げるよ!

ダム:耐えろよジャビー!

チェシャ:どんくさいにゃあ。

ジャバウォック:私はお前の手を絶対に離さない。だがもし落ちるならば、共に落ちよう。

アリカ:いいから、はやく、ひきあ、げ、て!

ジャバウォック:これが橋が壊れた原因だ。さあ、想像しろ。

アリカ:~~~~! 想像、想像ッ……”黄金の夕暮れ”!

   谷底の水の中から板が上がってきて橋が復元する。

アリカ:ひっ……あれ、板がある……

ダム:おぉおおおお!
ジャバウォック:想像とは、こうやるものだ。他人事(ひとごと)だから実感がない。
アリカ:だからって毎回死ぬ思いしなきゃいけない!?

ジャバウォック:慣れだ。

バンダースナッチ:びっくりしたーー! アリカのこと愛しすぎてついに心中するのかと……

ジャバウォック:ふむ。それもまた……

アリカ:絶対やめて。

ダム:感覚わかったか?

アリカ:まあ、なんとなくは……。でもこれ、難しすぎない……?

ダム:まあ、朱莉とアリカのやつが一番むずかしいとおもうぜ。

アリカ:朱莉も使えるの?

ダム:ああ。”黄金の昼下がり”。 ほかの全てのナンセンスを使える。条件は、自分と相手が同一人物であると認識すること。

アリカ:あ。

(回想)
朱莉:…………”全ては私の夢。それは黄金の昼下がりのできこと。” ”クイーンズ・オーダー”
朱莉:トランプたち、おやめ。
(回想終了)

アリカ:あれは、女王のナンセンス……?

ダム:見たのか? 

アリカ:それ、強すぎない?

ダム:なんせ不思議の国のアリスちゃんだからな。

■現実・取調室

朱莉:(ハーティエル) なんですって。

ハーティエル:【裁判官】神崎朱莉が無罪になる条件は2つです。ひとつ。父親である神崎雄三を殺した人格を見つけ出し、消去すること。ふたつ。釈放後、治療を継続し、全ての人格を統合、社会復帰に務めること。

朱莉:私たち全員に、消えろというの?

ハーティエル:【裁判官】そうです。

朱莉:……朱莉は、ひとりでは生きていけないわ。

ハーティエル:【裁判官】では実刑判決を受けさせますか? 貴方の大切な、朱莉さんに。

朱莉:……父親を刺したのはアリカよ。そうに決まってる。

ハーティエル:【裁判官】証拠は?

朱莉:ないけど……

ハーティエル:【裁判官】では最後の精神鑑定までに、アリカにそう証言させてください。そしてその後、消してください。

朱莉:……わかったわ。それにしても、裁判官がそんなこと被疑者に指示していいわけ。

ハーティエル:【裁判官】だから、この話は貴方と私の秘密です。

■嘆きの湖


アリカ:ここが、なんだっけ?

バンダースナッチ:嘆きの湖。

アリカ:……静かだね。

バンダースナッチ:ここね。アリカの涙でできてるんだ。

アリカ:え?

バンダースナッチ:アリカが現実で泣くと、ここに水が貯まる。そういう場所。

アリカ:……こんなに泣いたかな。

バンダースナッチ:そうだよ。いっぱいがんばったね。

アリカ:……。

ダム:おーい、ボートあったぞ!

   ボートで漕ぎ出す一行。

アリカ:それで、なんだっけ、スナ?

チェシャ:スナーク。

アリカ:それ、捕まえるって言ってた?

ダム:ああ。言い伝えはこうだ。「とある種類のスナークは羽毛があり、噛みつく。とある種類のスナークは髭が生えていて、ひっかく。一般的なスナークは無害だが、そのスナークがブージャムの場合は、見たものは消えてなくなる」

アリカ:ごめん最後の何て?

ダム:「そのスナークがブージャムの場合は、見たものは消えてなくなる」

アリカ:そのー、え? ブージャムって種類だったときは、見た人が、消える?

ダム:そう。

アリカ:ん? え? で? 私たちはスナークを捕りにきたんだよね? なんのために?

チェシャ:この話には2つ続きがあるにゃ。一つは、「だれもスナークを見たことがない」そして、もう一つは「三度同じことを言うと本当になる」

アリカ:えーと、つまり?

ジャバウォック:すべてのスナークは、ブージャムでもあり、無害なスナークでもあるということだ

アリカ:????

チェシャ:やっぱこいつアホにゃ。

アリカ:ま、まあ、とりあえず、いいや、あの、そんなもんどうやって捕まえるの?

ダム:スナークは指ぬきと希望で探す。ほれ。

アリカ:指ぬき。うん。指ぬきね。

チェシャ:この瓶に入れるにゃ。

アリカ:はい。いれたね。

チェシャ:振る。

   カランカランという音が響く。

チェシャ:んじゃ、あ、アリカがいるんだったにゃあ……。アリカ。

アリカ:ん?

チェシャ:猫は消えるもの。さんはい。

アリカ:え?

チェシャ:猫は消えるもの。さんはい。

アリカ:ね、ねこはきえるもの……?

チェシャ:よし。”夜空に浮かぶ、猫のない笑み。笑わない猫。ニヤニヤ笑いがその場に残り、猫はすっかり消え去った。” ”グリム・グリニング・キャット”

アリカ:消えた!

ダム:猫は消えるものだろ?

アリカ:ねこはきえるもの。

チェシャ:ほおれほおれ、かかってこいにゃ~。

アリカ:声と音だけ聞こえる。なんか不思議。

バンダースナッチ:来た! 

ジャバウォック:「そのスナークは無害なスナークだった」

アリカ:え? え?

ダム:「そのスナークは無害なスナークだった!」 続け!

アリカ:「そのスナークは無害なスナークだった!?」

バンダースナッチ:猫! 2時の方向!

チェシャ:ほにゃあ!

バンダースナッチ:もうちょい右!

チェシャ:どにゃああ!

バンダースナッチ:もっと深く深く!

チェシャ:そいにゃあああ!

バンダースナッチ:よし! 蓋!

チェシャ:ふにゃああ!

アリカ:え、とれたの? 私たち見ても消えない?

ジャバウォック:無害なスナークだと3度唱えただろう。

アリカ:あ、ああ! そういうこと?

チェシャ:ぜえ、ぜえ、猫使いあらいにゃよ。

アリカ:おかえり、チェシャ。

ダム:ほー。これがスナークか。おっ、2匹いるぜ!?ラッキーだな。

ジャバウォック:まるで魚。確かに羽毛がある。

ダム:ってことは噛むやつだ。

アリカ:綺麗、だけど、ちょっと不気味。出目金みたい……。

バンダースナッチ:いい仕事したね!! ナイス猫!

アリカ:ねえ、なんでバンには見えたの?

バンダースナッチ:同類だから……?

アリカ:……?

バンダースナッチ:あ、距離取らないで! 人型とってるから! バケモンじゃないから今は!

アリカ:今は

バンダースナッチ:あ

   しょぼんとなるバンダースナッチ。

アリカ:ごめん、冗談だって。あんたが優しいこと、十分わかったから。

バンダースナッチ:~~~! アリカーーーー! いっぱい好き!

アリカ:うわっちょ

ダム:こら、ボートの上で暴れんなひっくり返るだろが!

アリカ:あいたた……で、これ、何に使うの?

ジャバウォック:消す。

アリカ:えーと、何を。

ジャバウォック:(ニタリ)

アリカ:あ、えっと、いいや。うん。話したくないことってあるよね。うん。

ダム:(船を漕いでいる)んで? もう一つの目的は、このへんであってんのか?

ジャバウォック:嘆きの湖の中心。

アリカ:もうひとつの目的ってなんだっけ……いろいろありすぎて……

ジャバウォック:ヴォーパルソードだ。

アリカ:また出た中二病ネーム……

バンダースナッチ:ジャビーの弱点だよ。

アリカ:弱点?

バンダースナッチ:ジャバウォックは、ヴォーパルソードで貫かれて死ぬことになってるからさ。アリカが持ってれば安心でしょ?

アリカ:死ぬことになってる……

ジャバウォック:……ヴォーパルの剣がさっくりすっぱり貫いた。ジャバウォックは死に至り、勇者は怪物の首を手に、勝利に飛び跳ね帰路につく。

アリカ:あぁ、鏡の国のアリスか……。あったね、ジャバウォックの詩。

ダム:逆にヴォーパルソード以外で死なねえから、向こうもとりにくるんだよ。

■ジャブジャブ鳥の上

マーティン:ひゃああああ高いよー、怖いよー。もうちょっとゆっくり飛べない?

マディソン:我慢しなさい。

マーティン:ちぇー。お茶いる?

マディソン:もらおうか。

マーティン:はーい。しっかしこのだだっぴろい廃墟から剣一本探せって無茶言うよね?

マディソン:剣を探す必要はない。

マーティン:ほえ

マディソン:ヴォーパルソードはアリカが必ず手に入れる。それを奪えばいいだけだ。

マーティン:!?!?!?

マディソン:なんだい?

マーティン:マディってもしかして天才?

マディソン:今頃気づいたの?

■嘆きの湖

ジャバウォック:さあアリカ。ナンセンスの時間だ。

アリカ:うぇ、またやんの、あれ。

ジャバウォック:なんのために再習得させたと思っている。

アリカ:えぇー。まあ、やってみるか。えっとじゃあ、想像、想像。

   アリカは目をつぶり、手を握ったり開いたりしている。

アリカ:あー、それ、どんな剣なの?

ジャバウォック:鋭い。細身の剣だ。美しい装飾がある。柄はシンプルで、軽い。

アリカ:んー。それを、私が、落っことした。船が揺れて、バランスを崩したから。

   アリカには、ぽちゃん、という音が聞こえた。ボートから手を出し、剣を落としたような手の形にする。

アリカ:”黄金の夕暮れ”

   水底から剣が上がってきてアリカの手に収まる。

ダム:うわ!!

バンダースナッチ:ひぃ!

アリカ:わ、わ!

ジャバウォック:おっと。

アリカ:……できたわ。

ジャバウォック:上出来だ、アリカ。よくやった。

アリカ:えへ。もっと褒めろ。

ジャバウォック:……。

アリカ:……あ、今のナシ

ジャバウォック:よーしよしよしよし。

アリカ:ジャバ五郎さん……。

チェシャ:顔気持ち悪いにゃよ、ジャバウォック。

   岸に戻る一行。

ダム:あーーーー腕がぱんぱんだぜ、まったく。

アリカ:ずっと漕いでてくれてありがとね、ダム。

ダム:……いやあ漕ぐのにもコツがいるからなトーシローには任せらんねえからよ。

アリカ:嬉しそう。

ダム:へへ。

   上から降ってくる声。

マーティン:やっほおおおおおおおおお!

ダム:んあ、どこから……上えええええええ!?

マーティン:みーなさーん!!こーんにーちわーーーー!

ジャバウォック:さっそくか。猫。

チェシャ:あいよ。”グリム・グリニング・キャット”

マディソン:よっ、と。

マーティン:ナイス着地。

アリカ:あ、あんときの、クソイケメン野郎……!

マディソン:お褒めに預かり光栄だね。

アリカ:褒めてない!

マディソン:単刀直入に。その剣。渡してくれない?

アリカ:絶対無理。

マディソン:残念。

アリカ:すこしは残念がれ。

マーティン:ねー。あたし早くお茶会に戻りたいんだよね。だからごめんけど、すぐ終わらせるね。 ”狂ったお茶会、楽しい死合(しあい)、カップの液体、絞った死体、不要な忍耐、諦めバンザイ!”

ダム:6フレーズ……!

マディソン:あれ、双子の。

ダム:あ、やべ。

マーティン:”マッドティー・パーティ”

アリカ:んえ!?

バンダースナッチ:わわわわわ、アリカ!

マーティン:知らない? アイアンメイデン。 あたしこれお気に入りなんだよね。

アリカ:ひぃ! 棘やば! ちょ、だれか助けて……!

ジャバウォック:4対2だ。勝てると思うか? マディソン・ハッター。

マディソン:そのうち1人は入れ替わるしか能がない裏切り者。もう1人はなにもできない御老体。そしてもう1人は、想像力のない小娘。さあ、何対何かな?

バンダースナッチ:”スナッチ・ア・ミニット”

マーティン:早く走れたところで壊れないよ?

バンダースナッチ:加速して、蹴る!

   がいーんと、鉄の音。

バンダースナッチ:いったあああああああ

マーティン:だから言ったじゃん。じゃ、閉めるね~

アリカ:ちょっとちょっとちょっと!!!

マーティン:なんだよぉ、うるさいなー。

アリカ:あんたら、この剣とりにきたんだよね? 閉めたら折れちゃうんじゃない? ほら、こんなに細いし! このーえっと、アイアン・メイデン?の中って、逃がす空間もなさそうだし!

マーティン:別に幻影だし剣は折れな

マディソン:お前はバカか?

マーティン:あー……そっかあ。じゃあそれこっちにちょうだい?

アリカ:いや無理。

マーティン:なんでよ、けちー。

アリカ:無理無理。渡したら閉めるじゃん。

マーティン:閉めるよ?

マディソン:さっさと殺して奪え。

マーティン:剣折れるっていうんだもん。

マディソン:じゃあ別のやり方で殺せ。

マーティン:せっかく6フレーズもかけてつくったのに!?

マディソン:知らないよそんなの。

ダム:(小声)おいっ! おいジャビー! なんとかしてアリカ助けねえと!

ジャバウォック:(小声)ならやつの気を引け。

ダム:(小声)なんで!?

ジャバウォック:(小声)この配置だとアリカの視界に入る。いいからやれ。

ダム:(小声)だあもう!

ダム:お、おい帽子屋! 

マディソン:ん? ああ、裏切り者。

ダム:俺と勝負だ……!

マディソン:何ができるの、お前に。

ダム:何ができるんだろう、俺に。

マディソン:何で出てきたの?

ダム:……ここにトランプがありますっ!

マディソン:ハァ?

ダム:この一枚にサインを書いて…!

マディソン:付き合うわけないんだけど。

ダム:デッキの真ん中に差し込むーーーそんでぇーーー俺がぁーーーこっちの指を鳴らすとぉおおお

マディソン:一番上に上がってくるんでしょ。

ダム:!?!?!?!???!?!??!??!?

マディソン:何がしたかったの。

ジャバウォック:猫。

チェシャ:どろん!ぱ! 

マディソン:うわ

ジャバウォック:そのスナークはブージャムだった

マディソン:!!(振り払う)

チェシャ:ぎにゃ!!

マディソン:「深海の吐息」

ジャバウォック:そのスナークは、がぼ(肺から水が上がってくる)

   ジャバウォックは咳き込んでいる

マディソン:またやっかいなものを。

   マディソンはスナーク入りの瓶を踏みつけて割る。

チェシャ:んにゃ! 苦労して見つけたのにぃいい!

マディソン:全く。「時間の無駄」だ。いつまで「時間潰し」をしてるマーティン。

マーティン:もーわかったよぉ…。

アリカ:や、折れるよ!?閉めたら!

マーティン:もういいよこの際。折れた剣先でもジャバウォックを殺せるでしょ。

   風鈴の音(時間ちゃん)

ジャバウォック:(咳き込みながら)……アリカ。剣を渡せ。

アリカ:ジャバウォック!

ジャバウォック:良い。

マディソン:諦めた?

ジャバウォック:剣はくれてやる。アリカはこちらへ渡せ。

マディソン:ふぅん。自分が死ぬってのに殊勝だね。

マーティン:だってさ。

アリカ:……。

ジャバウォック:大丈夫だ。私は死なない。

アリカ:信じる、よ?

ジャバウォック:ああ。

   アリカ、剣を渡す。

マーティン:はいどうも。じゃ、閉めまーす!

アリカ:ちょっ、渡したじゃん!

マーティン:馬鹿だね!剣は奪ってお前は殺す! もともとこの状況で取引成立してないの、分かる!

アリカ:ジャバウォック!

ジャバウォック:バンダースナッチ!  ダム!  退け!

バン:承知

ダム:見捨てるのか!?

チェシャ:いうこときくにゃ!

アリカ:嘘でしょ!?

マーティン:かわいそーーー!  じゃーね!

アリカ:いや、やだ、死にたくない!痛いのはいや!

   風鈴の音

アリカ:………あれ、え、止まって、る?

ウォルター:(小声)アリカ。

アリカ:ウォルター? どこ?どこにいるの!?

ウォルター:いま時間ちゃんが、「時間を侮辱する言葉」を検知してね。それで怒って、マーティンとマディソンの時間を止めている。

アリカ:え、あ、うん。とりあえず、飲み込むわ。

ウォルター:すこししたら時止めが解除される。

アリカ:うん。私、どうしたらいい?

ウォルター:クッキーは持っているね?

アリカ:持ってる

ウォルター:飲み込むタイミングを間違えないように。早すぎても、遅すぎてもいけない。

アリカ:……死んだと思わせてからってことね。

ウォルター:いい子だ。

アリカ:(クッキーを口に含む)

ウォルター:さあ、時が動くよ。

風鈴の音

マーティン:じゃーね! ひとりぼっちのアリカちゃーん!

アリカ:(クッキーを飲み込む)

   アイアン・メイデンが閉じる。

マーティン:あーーーっはっはっは! バカみたいだねぇ! マディー!

マディソン:……そうだね。

マーティン:まさか、まさか、まさか、見捨てるなんて!まあでも? ヴォーパルソードは手に入ったし、アリカは殺したし? あれ?これってあたしたち褒められ案件じゃない!?

マディソン:ああ。あとはその剣でジャバウォックを始末して終わりだ。来い、ジャブジャブ鳥。

マーティン:つかなんで呪文で殺せないの?

マディソン:「ジャバウォックはヴォーパルソードで死ぬ」とアリカに設定されたからさ。ただそれだけ。他の手段では痛めつけることはできても殺せない。まったく厄介だ。おー、よしよし、さ、私たちを朱莉の元へ連れ帰ってくれ。

マーティン:(鳥に乗る)よっと!さー、帰って朱莉と楽しいお茶会の続きだー!

マディソン:解除していけよ。

マーティン:あ、そーだった。”お茶会終了”

   ジャブジャブ鳥が飛び立つ

アリカ:……行った?

ウォルター:正しい使い所だったみたいだね。

アリカ:ウォルター!(抱きつく)

ウォルター:い゛

アリカ:ごめん!おなじサイズだったからつい

ウォルター:だ、大丈夫、だいじょぶ

アリカ:……ウォルター、ありがとう。あんただけだよ、本当に必要な時に助けてくれるのは。

ウォルター:そんなこと、ないよ。皆だってそうさ。

アリカ:ううん。ウォルターは特別。

ウォルター:……そう?嬉しいな。

アリカ:それで、どうやってここまでこられたの?

ウォルター:ラビットホールで、ほら。

アリカ: ちっちゃサイズ!

ウォルター:詠唱中にアリカの様子が見えて慌てて食べたんだよね、クッキー。

アリカ:そんなことできるんだ……

ウォルター:さ、チェシャの隠れ家に帰ろう。皆も戻ってくるはずだ。

アリカ:……うん。

■不思議の国

コンスタンス:アリス、危ないわ! 包丁を持ってない方の手は、猫の手よ。

朱莉:猫の手……こう?

コンスタンス:そうそう! 指を刃の下に出さないように……

ハーティエル:遅いわね、気狂いコンビ。

コンスタンス:出来たじゃない!

朱莉:……大きさが、全然違う。コニーみたいに綺麗じゃない

コンスタンス:いいの、いいのよ。初めから全部できなくて大丈夫。何度も挑戦して、出来るようになるの。

朱莉:でも、失敗したら怒られる

コンスタンス:アリス。もちろん絶対失敗しちゃいけないこともあるわ。命に関わる、取り返しのつかないことはね。でも、包丁で人参を切るなんて、何度失敗したって誰も困りゃしないの。この切り方だと上手くいかないってやり方を一つ手に入れた。そういうことなのよ。

朱莉:……じゃあ、もう1本やってみていい?

コンスタンス:もちろんよ〜!

ハーティエル:人参だけカレーになりそうね。

朱莉:……ごめん。

ハーティエル:違う違うそういう意味じゃないのよアリスの作ったものならなんでも美味しいに決まってるわぁ!!!

コンスタンス:ハーティったら!

マディソン:戻りましたよ、女王陛下。

ハーティエル:待ちくたびれて一人ポーカーしてたわよ。

マーティン:え、寂し

ハーティエル:(睨む)

マーティン:ひんっ

ハーティエル:それで、ヴォーパルソードは手に入ったの?

マディソン:ここに。

ハーティエル:あらあらまあまあ。じゃあこれでやっとジャバウォックを殺せるわけね。

マディソン:左様でございますねぇ。

マーティン:ついでにアリカも消してきたよん。

ハーティエル:確認したの?

マーティン:はぇ?

ハーティエル:ちゃんと、死体を確認したの?

マーティン:アイアンメイデンに閉じ込めたんだからショックで死ぬデショ。

ハーティエル:三月ウサギ。アリカが死んだのを見たの?

マーティン:……見てない。

ハーティエル:そう。

マーティン:何その反応。褒めてくれたっていいじゃん。

ハーティエル:コンスタンス、これ武器庫にしまっておいてくれる?

コンスタンス:カレーのあとでいいかしらー? 今手が離せないのよー。

朱莉:コニー!なんか煙でてきた!

コンスタンス:きゃー!焦げてる!焦げてるわ!!

マーティン:ちょっと女王!……チェーっ感じわりー!

ディー:まさか、アリカたちは失敗したのか……? いきなり交代しちまったから状況がわかんねえな。一旦戻るか……いや、武器庫……。

■チェシャの隠れ家

ダム:離せー! バカジャビー!  お前、アリカのこと大事なんじゃないのかよっ!

バンダースナッチ:見損なったぞー!

ダム:そうだそうだ! ってバン! お前もわりとスッと逃げてたじゃねえか!

バンダースナッチ:いやあ命令されると体が勝手に!

チェシャ:おみゃらうるさいにゃ!せっかく見えなくしてやってるのにバレたらどうする!
バンダースナッチ:ひん

ダム:……

   チェシャ、ドアを開ける

アリカ:あ、みんなおかえり

バンダースナッチ:!?!?!?!!!!?

ダム:お前、生きて、いや、どうやってアイアン・メイデンから出たんだ!?

アリカ:あ、うん。ウォルターのラビットホールで。

ウォルター:間に合ってよかったね。

ダム:おま、おまぁ、死んだかとおもったぞ!!

アリカ:私も死んだと思ったよ。うん。

チェシャ:んなー、上手くいってよかったにゃ

アリカ:……ジャバウォックに見捨てられたかとおもった。

ジャバウォック:時間の声が聞こえてな。

アリカ:読めてたってこと?

ジャバウォック:もちろん。

アリカ:……

ジャバウォック:スナークが失敗した時点で逃げるしかなかった。

アリカ:……

ジャバウォック:敵の真ん前で作戦を説明するバカがどこにいる。

アリカ:……

バンダースナッチ:ジャビー。ほんと、デリカシー。

ジャバウォック:なんだ。

ダム:こういう時は、ごめん、って言うんだぜ。

ジャバウォック:…………すまなかった。

アリカ:何に対して謝ってんの

ジャバウォック:………

チェシャ:……泣く子がさらに泣くジャバウォックがたじたじにゃ。

アリカ:……もういい

ダム:アリカ!

バンダースナッチ:あーあ。今のはジャビーが悪いよ

ジャバウォック:分からん。全員無傷なのに何が問題なんだ。

ウォルター:無傷じゃないよ。アリカは傷だらけさ。心がね。

チェシャ:追いかけた方がいいと思うにゃあ。

■外

アリカ:……

ジャバウォック:あー、なんだ、その

アリカ:何に対して謝ればいいかわかってないのに言葉だけで謝らないで。

ジャバウォック:……。

アリカ:あんた、私の事大切大切って言ってるけど、ほんとは大切になんか思ってないでしょ。

ジャバウォック:それは違う。

アリカ:大切なら、心まで守ってよ……

ジャバウォック:……

アリカ:ごめん、私が悪かったね。期待通りに動いてくれないからって勝手に失望して傷ついた。それだけだよ。ごめんね。

ジャバウォック:私は、お前の存在を守りたい。だが、人の心というものは、理解することが難しい。

アリカ:……そうだね、人の、心……

ジャバウォック:……

アリカ:人の心じゃなくてさ、私の心を見てよ。

ジャバウォック:何?

アリカ:人って大きく括らないで、私だけ見て。そしたら、分かりそうじゃない? 私がどんな事で喜んで、どんな事を嫌がるか、それだけでいい。

ジャバウォック:……そうか。私は、お前が嫌がる選択をしたんだな。

アリカ:そう。私は、見捨てられるのが、本当に嫌。

ジャバウォック:ならば、私はお前を二度と見捨てるようなことはしない。

アリカ:フリでもね。

ジャバウォック:わかった。

■チェシャ猫の隠れ家

ダム:お、戻ってきたな。

バンダースナッチ:ごめんねアリカ、ジャビー、心無いから。

アリカ:ああ、うん。なんか分かったよ。その感じ。

ジャバウォック:お前にはあるのかバンダースナッチ。

バンダースナッチ:あるフリはできるよ?

アリカ:バン……?

バンダースナッチ:冗談冗談!

ウォルター:仲直り出来たみたいでよかったね。

ダム:お前らな……ん? ディーが交代したがってる。 “シャッフル・ツインズ”

ディー:どわあああ!

アリカ:どうしたの? ディー

ディー:お前らぁあああ無事かああああああ!……あ、あれ? 結構元気そうだな?

ウォルター:その剣、ヴォーパルソード?

アリカ:え!?

バンダースナッチ:マジ!?

ディー:ああ、帽子屋たちが帰ってきて宝物庫に運ぶっつーから先回りして隠れてたんだ! 失敗したのかと思って……俺は、おれはあ……グスッ

バンダースナッチ:心配してくれたんだね!! ディーいいやつ!

アリカ:あんた最高だよ! 天才!

ディー:俺がいて良かったな! 感謝しろよ!!

アリカ:ありがとう、ディー!

ディー:へへ、へへへ……

ウォルター:ということは今、ダムは……?

ディー:宝物庫に閉じ込められてんな。

バンダースナッチ:あぁ、可哀想なダム……

アリカ:早く助けに行かないと……!

ウォルター:いや、今日は体を休めよう。

アリカ:でも

ディー:やつら剣は宝物庫にあると思ってるからすぐにはバレねえよ。それに俺たち入れ替わった先での状況把握は慣れてんだ。ダムのことは心配すんな。

バンダースナッチ:アリカは向こうの部屋つかっていいから! ね!

チェシャ:僕の家なんだけど? まあ、部屋は余ってるから勝手に使うにゃ……

アリカ:……じゃあ、お言葉に甘えて……

■現実

ダム:【精神科医A】調子はどうかな?

朱莉:(ハーティエル)昨日はコンスタンスが包丁の持ち方を教えたわ。

ダム:【精神科医A】順調みたいだね。

朱莉:それでも朱莉の精神はまだ10歳よ。……わたくしたちが消えるのはちょっとまってもらえないかしら。

ダム:【精神科医A】……それは私には判断できない。

朱莉:分かってるわよ……それに……

ダム:【精神科医A】……どうしたんだい?

朱莉:どうせアリカがわたくしたちを消しに来るわ。マーティンは殺したっていうけど、わかるの。あいつは絶対生きてる。だって、一番ひどいときに生まれた人格だもの。生にしがみついている。自分が死ぬくらいなら、相手を殺す。そういう考え方が根っこにある。あいつは朱莉を不思議の国に閉じ込めた張本人。自分はもう戻らないから、わたくしたちで朱莉に幻覚を見せ続けろって、そう言ったの。それなのに、今更、戻ってきて……

ダム:【精神科医A】………。

朱莉:先生、わたくしたち、どうすればいいの?

ダム:【精神科医A】私には、なんとも……。

■宝物庫

ウォルター:”ラビット・ホール”

ディー:(小声)ダム! ダム!

ダム:(目覚める)ん、ぇ、ディー……?

ディー:ダムぅう! 兄弟! よぉ!

ダム:ディーぃい! やっと会えたなおい!

ディー:お前そんな顔だったか?

ダム:お前こそそんな顔だったか?

ディー:鏡で見るのとちょっと違うような。

ダム:そんな日に焼けてたか?

ディー:(同時)まあいいやまた会えて嬉しいぜ!

ダム:(同時)やっとお役御免ってやつだな!

アリカ:わあ、騒がしさ2倍。

ウォルター:(荒い息)

アリカ:ウォルター?

ウォルター:ごめん、ちょっと痛みが……

バンダースナッチ:ここに隠れてたら?ね?

ウォルター:いや、これで最後だ、アリカを現実に返すまでは、耐えるから

アリカ:大丈夫。休んでて。全部終わらせて迎えにくるから。無理しないで。

ウォルター:……すぐに追いつく。

アリカ:うん。よし、みんな。

バンダースナッチ:うん。

ディー:おう

ダム:ああ

アリカ:私は、朱莉と話がしたい。多分その前に、女王をどうにかしなきゃいけない。……もし、すんなり通してくれなかったら、その時は、戦う。から、えっと、手伝ってほしい。

バンダースナッチ:ガッテン!

ディー:任せな。

ダム:もちろん。

アリカ:ジャバウォック、私は、朱莉を殺さない。話をする。いい?

ジャバウォック:好きにしろ。

アリカ:じゃあ、行ってくるね、ウォルター。

ウォルター:うん。行ってらっしゃい。

チェシャ:……。

ウォルター:言うなよ、チェシャ。

チェシャ:言わんよ。限界なんかとっくに超えてるなんて。

ウォルター:君は優しいね。

チェシャ:バカウサギ。

***

ジャバウォック:扉の使い方は?

アリカ:わかってる。扉よ、導いて。女王の下に。

ディー:開くぞ……!

マディソン:やあやあ待っていたよ、鏡の国の諸君。

ディー:マディソン・ハッター!?

アリカ:女王のところへ繋がるように願ったんだけど。あんたじゃなくて。

マディソン:女王はアリスのお守り中でね。私たちがお相手しよう。

マーティン:……生きてたんだねぇ?アリカ。

アリカ:その節はどうも。

マーティン:ムカつくなあ。殺し直してあげる。

ジャバウォック:フムゥ。素直に通してはくれまいか、混沌。

マディソン:それは無理な願いだ、深淵。

ダム:なんだこれ、まるでパーティ会場じゃねえか。

マーティン:その通り! 丁度ね、お茶会の準備が整ったところなんだ、ね、公爵夫人?

コンスタンス:ええ! キチンとおもてなしするわぁ〜!

バンダースナッチ:ハン、どうだか。一緒に楽しもうって目つきじゃないじゃんね。

ダム:あのー、それにしては料理とかなんにも揃ってないようだけど ……

ディー:あ〜あははー……俺たちも何か手伝おうか? なあダム。

ダム:そそそそうだなディー。

コンスタンス:それは助かるわねぇ。ちょうど、ひき肉が足りなかったのよ〜。

ダム:ひき、肉?

ディー:えと、つまり?

コンスタンス:あんたたちをミンチにするってことぉ〜! うふふふ!

バンダースナッチ:アリカ!先に行って!

アリカ:え!? 私も一緒に戦う!

バンダースナッチ:いいの! うちらがこいつら引き受けるから! 女王のところへ!

アリカ:そんな、バン!

ダム:いいから行け、アリカ!

ディー:そうだぞ! カッコつけさせろ!

ジャバウォック:私もこやつに話がある。先に行け。

アリカ:みんな……無理しないで!

コンスタンス:行かせないってば! ”じっくり炒めた玉ねぎにんじん、セロリの香りが漂うボウル、ひき肉加えて塩コショウ、トマトとスパイスでじっくり煮込み、マッシュポテトで蓋したならば、きょうのおやつはミートパイ!” 行きますわ!  “パニック・キッチン”

ダム:どえええ!

ディー:俺たちだって戦うんだぞ!

ダム:やんのぉ!?

ディー:”双子はガラガラを取り合って!”

ダム:”ガラクタの鎧を身につけた!”

ディー:”いざいざ決闘、いざ決闘!”

ダム:”断固絶対!”

ディー:”逆も逆!”

ダム:”ツイン・ミラージュ”

ディー:”ツイン・ミラージュ”

コンスタンス:あらまあ、あなたたち、四つ子だったの?

ダム:さあどうだろうね

ディー:見分けがつくかな

コンスタンス:別に見分けなんて必要ないわね。”ペッパーミル”

   SE ガトリング

コンスタンス:ほぉらほらほらほらほら〜!

ダム:わああああああ!

ディー:ひええええええええ!

コンスタンス:一度に当てればいいじゃない!

ダム:”シャッフル!”

ディー:ヒィーあぶねえ〜。

コンスタンス:……何で当たってないのぉ?

ディー:当たったよ!! あっぶねぇな!

ダム:言ったろ? 見分けがつくかなって!

コンスタンス:じゃやっぱり一人ずつ潰しましょうか? ”肉叩き棒”

ディー:ありゃやべえぜ

ダム:柔らかステーキにされちまう

コンスタンス:ステーキじゃなくて、ミンチだって、いってるで、しょ!!

ディー:”ミラージュ”

ダム:”シャッフル”

   SE 大槌を振り下ろすような

コンスタンス:……確かに潰したのに。あぁ、もしかして、デコイ?

ディー:あったりー。しかも俺たちゃ好きな位置の分身と入れ替われる!

ダム:ちゃんと見極めないと、増え続けるぜぇ〜!

コンスタンス:へぇ。片方が入れ替えて、片方がデコイを作る。クソガキかと思ってたけど、面白いじゃないの。

ダム:へっへーん。雑魚だと思ってただろぉー!

ディー:入れ替わるしか能がないって思ってただろぉー!でもぉ!

ダム:俺たち二人なら

ディー:最強だからさ

コンスタンス:イラつくわ。ま、結局? 二対一でないとかかってこれないならやっぱりざぁこってことね。

コンスタンス:いいわ。おいしく調理してあげる。

***

マーティン:アンれまあ血の気が多いこっ

バンダースナッチ:(蹴り)

マーティン:でえええええ! フライング!フライングだよ!

バンダースナッチ:うるせえ。お前の相手はうちだよクソうさぎ。

マーティン:ひっでぇなあ。ちょっとは楽しもうヨォ。パーティをー。

バンダースナッチ:パーティはパーティでも、血祭りっつーんだよ。

マーティン:こわやこわや。”キラキラ光る、コウモリさん、お前は一体何してる?”

バンダースナッチ:”スナッチ・ア・ミニット”(蹴り)

マーティン:どわぁ!

バンダースナッチ:詠唱なんかさせないよ。お前のナンセンスはチョー厄介。幻影型なんてバカなうちには破れないからね!

マーティン:速いのずるくない!?

バンダースナッチ:ずるいのはそっちで、しょ!(蹴り)

マーティン:がっ!

バンダースナッチ:うらららららららららららら!

マーティン:グゥウウウウウ!

バンダースナッチ:ラストぉ!

マーティン:(ぶっ飛んだ)

バンダースナッチ:あんたのソレは確かに最強格だけど弱点が一つ。

マーティン:(咳き込む)

バンダースナッチ:複雑なナンセンスは発動フレーズ数が決まってる。あんたのは6フレーズ以上歌わないと成立しない。だろ? 蹴り続ければ息もまともにできないねぇ?

マーティン:(早口小声で)”キラキラ光る、コウモリさん、お前は一体何してる?”

バンダースナッチ:対してうちは1フレーズで発動できる。足が速いだけだから。

マーティン:”(だんだん大きく)この世を遥か下に見て、全てを操り書き換える。茶会の時間は午後6時。立ち上る湯気に映して狂え! マッドティー・パーティ!!”

バンダースナッチ:え

マーティン:ようこそ、狂ったお茶会へ。

   BGM あるなら音程の狂った楽しげな曲

バンダースナッチ:しまっ……何、この空間……! 平衡感覚が……おええ、ぎもぢわる

マーティン:(息切れ)自分の弱点くらい、対策してるに決まってるだろぉ? 発声滑舌は基本のキだよ。

バンダースナッチ:何で、うちの耳には聞こえてなかったのに……!

マーティン:あたしのナンセンスはねぇ、認識対象が空間なんだよ。

バンダースナッチ:だからうちが詠唱を認識してなければ意味ないって

マーティン:違うちがーう。「空間」つまり「不思議の国」それ自体が、あたしの詠唱を聞いてれば応えてくれるってワケェ。

バンダースナッチ:そんなのアリなの!?

マーティン:ナシだったら耳栓すりゃいいことになっちゃうじゃん。ばーかちん。ヤマネの群れ、食い尽くしちゃいな。

バンダースナッチ:ヒィ!! ヤダヤダヤダ気持ち悪い! こない、で、うわ!(こけた)

   ネズミの群れがバンダースナッチに群がる。

マーティン:こーんな歪んだ空間じゃ、まともに走れやしないデショ?

バンダースナッチ:いだいいだいいだいいだい!

マーティン:生きたまま齧られてく感触、どう?

バンダースナッチ:ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!痛い! 痛いの!やめさせてよぉおお!

マーティン:朱莉もいたかったんだよ。謝っても、やめてって言っても、聞いてくれなかったんだ。ダァれも、助けてなんかくれなかった。だからあたしが助けた。全部全部、痛いことはあたしが引き受けた。恐怖も痛みも塗り替えた。楽しい空間に意識飛ばして、終わるまで耐えるだけ。そうやって、乗り越えたらいいんじゃない?あんたも。

バンダースナッチ:う、が、あ、あう、あ

マーティン:あれ、死んだ?

バンダースナッチ:あ、あ……主(あるじ)様……

マーティン:あっははははは! はぁ〜。なぁ〜にが怪物バンダースナッチだよ。クソ雑魚じゃん。怖がって損した〜。

バンダースナッチ:……。

マーティン:あっれぇ、いい顔すんねぇ? うわあ。ちょっとぉ。意外~。えぇ〜? そそる〜。

   マーティン、バンダースナッチにキス。

マーティン:ご馳走様。いい絶望だったよ。”お茶会終了”

   空間が元に戻り、バンダースナッチの体も元に戻る。

マーティン:不思議なもんでねー。たとえ幻覚でも脳みそが「本当だ」と認識したら痛みを感じる。逆もまた然り。さ、どこに加勢に行こうかなー。

バンダースナッチ:(以下汚い音なら何でもいい)ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、

マーティン:え

バンダースナッチ:ギャぎ

マーティン:なんで動けんのあんた。てか何その、黒い翼。

バンダースナッチ:グギギギギギギギ(掴みかかる)

マーティン:ちょ、やめ、おとなしく死んでろよ!

バンダースナッチ:(笑い声)ギャッギャッギャッギャッギャ

マーティン:(くすぐられている)な、あ、なに、ひひ、ひひひひひ、くすぐった、んあ、あっ、あっ、だ、やら、やっ、ひう、なん、何で、ははははは

   バンダースナッチはマーティンをくすぐりながら空へ飛び上がる。

マーティン:あはははは!はあ、はあ、離せよ死に損ない!

バンダースナッチ:グギ

マーティン:え、いや、やめて、離さないで、いつの間にこんな高いとこに

バンダースナッチ:ゲゴ

マーティン:やめ、(落とされた悲鳴)

バンダースナッチ:(汚い笑い声)

■マディソン vs ジャバウォック

マディソン:元気だったかい? ジャバウォック。随分と、顔色が悪いじゃないか。

ジャバウォック:元気だとも。ハツラツさ。地下は涼しく過ごしやすいのだよ。

マディソン:ああ、日に当たらないからそうなったのか。ドラゴンごっこがきいて呆れる。さながら、トカゲだね。いや、もっとジメジメした、ああ、ミミズかな?

ジャバウォック:ククク。相変わらず品のない口だ。マディソン・ハッター。本当のご主人様は躾ができぬと見た。ああ、仕方ないか。主人は白痴だったな。

マディソン:残念ながらその通り。ゆえに父をなんと言おうと私にダメージはないんだ。

ジャバウォック:さて、この首輪は、貴様を殺せば外れるのかな?

マディソン:殺せると思うか? ヴォーパルソードはこちらにあるんだ。

ジャバウォック:本当に?

マディソン:何?

ジャバウォック:確認したか?

マディソン:この時代遅れのおい、ぼ、れ、が。(だんだん喋れなくなる)

ジャバウォック:舐めるなよ、童(わっぱ)。

マディソン:”解、呪”

ジャバウォック:ほぉ。見破るか。

マディソン:「魅惑する銀の舌」とは。また古い呪文を。君が私と呑気におしゃべりだなんておかしいと思ったんだ。

ジャバウォック:では次だ。「深海の吐息」

マディソン:ジャブジャブ鳥。ジャバウォックを殺、ガボ(肺から水が溢れる)

ジャバウォック:鈍い(のろい)な。

マディソン:(水が口から溢れ出る)がは、がぼ、

ジャバウォック:意趣返しだ。ナンセンスなど使わずとも呪文はある。アリカがいないならば偽る必要もなし。

マディソン:(咳き込む)

ジャバウォック:もっと速い方法もある。首を捻捩じ(ひねじ)切るというのはどうだ。

マディソン:(首掴まれた)ウグ

   ジャブジャブ鳥が奇声をあげて突っ込んでくる(暇な人がやってもOK)

ジャバウォック:クッ

マディソン:(解放された)よく、やった、そのまま殺せ!

ジャバウォック:ひよこめ。(嘴をつかんで投げる)ふん!

チェシャ:”グリム・グリニング・キャット” はぁいジャビー。あんたのペットが暴走してるにゃ。

ジャバウォック:ペット?

チェシャ:黒いの。

ジャバウォック:ほお、ちょうどいい。「この鳥を追い払え、バンダースナッチ」

バンダースナッチ:ギャッギャッギャッギャ

   ジャブジャブ鳥、奇声をあげて離れていく。

マディソン:ああ、その、それ、ああ! そういうことだったのか!! クククククハハハ! おやおやなるほど、それ、アリカの創造物だと思っていたけれど、どうやら違うみたいだね。

ジャバウォック:やっと気づいたか。おろやかなことよの。

マディソン:どうやって喋れるようにしたの? その化け物。

ジャバウォック:何、旧友に少し。

マディソン:ふふ、そういうことか。君もバカだねえ深淵。

チェシャ:なぁん。帽子屋、いや、混沌。なぜ朱莉に関わろうとする。手出しが目にあまる。と、我が主人は仰っている。

マディソン:そんなの、楽しそうだからに決まってるじゃないか。それに、うまく朱莉を使えば地下について探れそうだったし?

ジャバウォック:快楽主義者よの。

マディソン:かわいそうな女の子を慰めて何が悪い? いいことをしただろう、私。

チェシャ:お前が余計なことをしたせいで不思議の国は膨張し、住民たちもあのように歪んでしまったのだろうが。と、我が主人はおっしゃっている。

マディソン:心外だな。そもそも魔法の森の中に仮初の国を作ったのは深淵、それから、君の主人、猫の仕業だ。そしてアリカが朱莉をあの場所に閉じ込めた。私は一人ぼっちの寂しがり屋の女の子に、想像力の使い方を教えたに過ぎない。

ジャバウォック:もういい。猫、やるぞ。

チェシャ:はいにゃー。”猫のない笑み、笑わない猫、笑いだけ残して体は消える。””グリム・グリニング・キャット”

マディソン:二度も同じ手は食わないって。「萎びる足」

ジャバウォック:グァ!

   ジャバウォックの右足が萎びて縮む。

マディソン:猫はどこかな〜。……おーつーぎーはー「萎びる腕」

ジャバウォック:(左腕が萎びて縮む)ぐ、

マディソン:ああ、つまんない。悲鳴が聞こえないとつまらないんだよ。これだからおっさんの相手は嫌なんだ。我慢しなくていいんだよ? 痛いでしょ? わざと痛い呪文選んでるからね。

ジャバウォック:……。

マディソン:ああ、黙っちゃった。ほら、見せてみなよ、苦痛に歪む顔

   マディソンがジャバウォックに近づき顔を上げさせた。

ジャバウォック:「不浄の締め付け」

マディソン:(心臓への痛み)う、ぐあ、あ!

ジャバウォック:気を抜くのがはやいな、小僧。今だ、猫。

チェシャ:ほい、こっち見な、帽子屋。

マディソン:スナーク!?

チェシャ:二匹目にゃ。

マディソン:ぐっ

チェシャ:スナークはブージャムだった。スナークはブージャムだった。スナークはブージャムだった。

マディソン:このっ

   ブー……

チェシャ:ほんとに消えたにゃ。この場合、奴は「死んだ」のかにゃ?

ジャバウォック:いや、あやつは死にはしない。宇宙のどこかで蘇るはずだ。

チェシャ:ふーん。お、首輪外れたにゃ。

ジャバウォック:ふむ。

チェシャ:あんたこんなことしなくても強いにゃ。なんでわざわざナンセンスを使うことにこだわる? と、主人は仰っている。

ジャバウォック:……私が始めたアリカの夢を、壊さないためだ。

■コンスタンスVS双子戦(続き)

コンスタンス:はぁ、はぁ、やるじゃ、ないのー、ガキども。

ディー:もうミソ回んね
ダム:俺も。血ぃ出過ぎた。

コンスタンス:”肉切り包丁”

ディー:ゲェー、まだ動けんのかよ

ダム:案外タフだなおばさん。

コンスタンス:まだ、消えるわけにはいかないのよ。

ダム:ディー、行けるか?

ディー:あと一体か、二体か、ってとこ

ダム:……よし、次でラストだ。頼んだ。

ディー:んぁ? おう。

コンスタンス:朱莉に、教えてないことが、まだまだたくさんあるの。宅配受け取る時はハンコ押すとか、ホットケーキの焼き方とか、洗濯の仕方とか……私たちには、もっともっと時間が必要なの。

ディー:”ミラージュ!”

ダム:(突っ込む)うぉおおおおお!

コンスタンス:それはもう見飽きた!(振り下ろす)

ダム:(悲鳴)

コンスタンス:さあ、あとは本体だけよ、どこに入れ替わったの?

ダム:ここ、だよ、バァカ

コンスタンス:まさか、

ダム:(コンスタンスの腕を掴む)つ・か・ま・え・た

コンスタンス:離せ、離せ、離しなさいよ!

ダム:ディー!

ディー:……ぁ、クソッ!

ディー:だああああああ!

   コンスタンスの胸にディーの剣が刺さる

コンスタンス:ごふ、あ、朱莉、ハーティ、ごめんね、ま、けちゃ、った

ディー:ダム! ダム!

ダム:(荒い息)

ディー:なんで、お前、ばか!!!

ダム:わり、バカだから、もう、これしか思いつかなかっ(吐血)

ディー:いやだ、嫌だよ、死ぬな、死んじゃだめだ

ダム:(細い息)

ディー:アリカが戻ってくれば、ほら、無かったことにしてもらえるから、耐えろ、な、

ダム:(頷く)

ディー:大丈夫、大丈夫、みんな頑張ってんだ、大丈夫、俺たち、勝てるって、

ダム:……ああ

ディー:お前も大丈夫だし、みんなきっと無事だし

ダム:……

ディー:やっとスパイとか、報告係とか終わって、俺たちまた二人で、

ダム:……

ディー:近くに、いられるのに

ディー:……ダム? ダム、ダム!

ディー:(ダムを抱きしめて泣く)

■女王戦

ハーティエル:ごきげんよう。アリカ。一人できたの? 随分と自信がおありなのね。

アリカ:バンとディーダム、ジャバウォックが頑張ってくれてる。あんたは、私がやる。

ハーティエル:かかってらっしゃい。おや、ヴォーパルソード……やっぱりアンタが持ってるわよね、そうよ、宝物庫にしまったくらいじゃあね。だってアンタ鏡の国のアリスだもん。

アリカ:私アリスって名前じゃないんで。

ハーティエル:ああ、あんたアリス辞めたんだっけね。

アリカ:朱莉に会わせて。

ハーティエル:約束を、思い出してないの?

アリカ:だからその約束って何?

ハーティエル:……あんたがわたくしに頼んだんじゃない。朱莉をよろしくって。

アリカ:何言ってーー

ハーティエル: “私は女王、この国の法律ーー

アリカ:ッ! そのクソなげー詠唱、させるわけないじゃん! でえい!(切りかかる)

ハーティエル:(避ける)ーー罪人は逃げた。処刑が先で判決はあと。タルトを盗んだのは誰? こまどりを殺したのは? ハンプティダンプティを突き落としたのも?全ておまえ!お前のしわざ! 総員、小娘の首を刎ねよ!”

アリカ:10フレーズ……!

ハーティエル:”クイーンズ・オーダー”

   トランプたち(暇な人はガヤしてもOK)飛びかかる

アリカ:くっそ、多いな!

アリカ:(剣を振るうAD)

ハーティエル:54枚だけだと思った?  残念!  3デッキぶんよ!!

アリカ:(剣を振るう)キリが、ないっ!(槍が肩に刺さる)ああっ!

ハーティエル:そのまま首を落とせ!

アリカ:!

ジャバウォック:”ヘルファイア”

   火炎放射(小)
   トランプたちの悲鳴

アリカ:ジャバウォック!?

ジャバウォック:すまなんだ、手間取った。

アリカ:首輪は取れたの!?

ジャバウォック:ああ。

ハーティエル:(舌打ち)”女王の入城” “メイト・オブ・ホワイト”

アリカ:チェス駒!?

ハーティエル:これはね、白の女王のナンセンスよ。勿体ないからわたくしが貰ってあげたわ!

アリカ:石のコマじゃ炎が効かない!

ハーティエル:ご存知かしら? チェスで大事なのは、犠牲を払うことだって。さあ、ナイト、ビショップ、狩りの時間よ! 叩き潰しておしまい!

アリカ:壁かよ! 退却!

ハーティエル:あーっはっはっはっは! 好きなだけ逃げ回ればいいわ!

ジャバウォック:ふむ。

   ナイトが追いついてくる

アリカ:ひぇ!

ウォルター:アリカ、こっち!

アリカ:ウォルター!

ウォルター:遅れてごめん。僕に任せて。”逃げ道はここに””ラビット・ホール”

ハーティエル:裏切り者め、穴を掘るだけのお前になにができるっていうの!

アリカ:これどこに繋がってるの!?

ウォルター:しっ! ほら

アリカ:……分かった

   穴に飛び込むアリカ

ハーティエル:どこに逃げても同じ。トランプ兵もチェス駒も補充できるもの。さあー!楽しいアリスもどき狩りよ!獲物はどこかしらぁ!?

   アリカ、女王の上空のラビットホールから飛び出す

アリカ:上だよ!(剣を振り下ろす)

ハーティエル:(悲鳴)

アリカ:ふー、ふーっ、

ハーティエル:あ、あ、切ったわね、わたくしを……ポーン! トランプ!私を守りなさい!

アリカ:さようなら、女王様。

ハーティエル:(息を飲む悲鳴)

   首を刎ねる

アリカ:(荒い息)

ウォルター:や、やった、うっ

アリカ:ウォルター!

ウォルター:(痛みを堪える)……。

アリカ:助けてくれてありがとう。私、朱莉と会ってくる。

ウォルター:アリカ、聞いて。

アリカ:なに?

ウォルター:道を、誤ってはいけないよ。二人とも助かる道を、選んで。

アリカ:……それは、約束できないかな。

ウォルター:アリカ……。

アリカ:だって私が消えないと、朱莉を助けられないんだもん。

ウォルター:え?

アリカ:考えてみたんだ。朱莉に罪を着せて、私が「神崎朱莉」として生きる未来。

アリカ:でもさ、しっくりこないんだ。

アリカ:私は法廷で、自分の罪を告白する。それで、朱莉に体を返す。

ウォルター:アリカ、ダメだ、僕は、君も大事なんだ、自分を犠牲にしちゃダメだ!

アリカ:違うんだよ、ウォルター。

アリカ:私は、アリカなの。父親を刺して、殺して、逃げた。自分の意思で、そうした。私の罪は私のもの。朱莉にはあげない。私が贖う。犠牲じゃないんだ。それが、私の人生。

ウォルター:アリカ!

アリカ:みんなが、アリカって、呼んでくれたから。それでいい。私はアリカとして幕を引く。

ウォルター:だめだ…!

アリカ:いこう、ジャバウォック。最後の扉だ。

ジャバウォック:……ああ。

■最後の扉

アリカ:扉よ、道を教えて。朱莉に続く道を。

   ドアが開くと、真っ白い、何も無い広い空間が広がっている。

朱莉:……どうやってここに?

アリカ:こんにちは、朱莉。

朱莉:あなたは誰。なぜ私を朱莉と呼ぶの?

アリカ:覚えてないかな。私、アリカ。朱莉はあんたの本当の名前。

朱莉:アリカ……私が助けた人だ。

アリカ:あの時はありがとう。

朱莉:みんなは? ハーティは?

アリカ:……女王は、消滅した。

朱莉:うそ、そんな、いや、ハーティ!  いやあああああああ!

アリカ:これで、やっとあんたと話すことができる。

朱莉:私は、朱莉じゃない、朱莉は、私じゃない、話すことなんてない!

ジャバウォック:その通り。話す必要は無い。

アリカ:は?

ジャバウォック:さあ、最後の仕上げだ。その剣でソレを刺し殺せ。

アリカ:何言ってるの?

ジャバウォック:ああ、怖いなら私がやろうか?

アリカ:いやいやいやちょっと待ってよ。

ジャバウォック:いくらでも待とう。今この空間には私とお前とソレしか居ないのだから。

アリカ:ねえ、さっきの私の話聞いてた?  私の人生だって。自分の罪は自分で贖うって。

ジャバウォック:聞いていたとも。

アリカ:ならどうして

ジャバウォック:私はお前を見捨てはしない。たとえお前が自分自身を諦めようとも、私だけはお前を見捨てない。罪を告白したいのならそうしろ。裁判を切り抜けるためだけにソレの抜け殻を使えば良い。その後、 おまえが主人格となれ。そうすれば、不安定な感覚も、焦りも、全てなくなる。おまえの存在は肉体が保証してくれる。物質は何よりも強い存在感だ。奪い取れ。その権利がある。

アリカ:権、利……

ジャバウォック:そうだ。ソレのせいでお前は8年間苦しんだ。終わらせよう。私と共に。その苦しみを。

アリカ:ジャバウォック、それ、私のためだと思って言ってるの?

ジャバウォック:ああ、そうとも。嬉しかろう?

アリカ:本当に、人の気持ちがわからないんだね、あんたって。

ジャバウォック:なぜだ? お前は見捨てられることが一番嫌だといった。 可愛いアリカ、愚かな娘よ、私はお前を絶対に見捨てない。

アリカ:心も守って、とも、言ったよ。

ジャバウォック:……おまえがやらぬなら私がやろう。そこをどけ。

アリカ:嫌。

ジャバウォック:アリカ。

アリカ:嫌!

ジャバウォック:どけと言っている!

アリカ:朱莉を殺したいなら、私を殺してからにしなよ

ジャバウォック:頑固なところも美徳ではあるが。まあいい。ふむ……この姿は見せたくなかったのだがな。少々ブ男になってしまう。

アリカ:……なにをしようって

ジャバウォック:”炎のまなこのジャバウォック”

   龍化するジャバウォック

ジャバウォック:どきなさい。アリカ。

朱莉:ど、ドラゴン・・・!?

アリカ:……ッ

ジャバウォック:……。

アリカ:あんたは、ここに来てから私をずっと助けてくれた。だけど、だけど、私の「道」の邪魔はさせない

ジャバウォック:(掴み上げる)

アリカ:うぐ

ジャバウォック:なぜアリカではなく朱莉なのか。 この体の、苦しみを全て背負ってきたのはアリカだ。アリカこそ生き残る権利がある。全てを放棄し、人生を他人に押し付けてみじやか(※みじめでひそやか)に生き長らえただけの人格など、この体には相応しくない。

アリカ:……離、して
ジャバウォック:傷を負っても諦めず、虐げられても立ち向かい、自らの力で勝ち取ってきた、アリカにこそ相応しい。

アリカ:(握られる悲鳴)

朱莉:…ッ、お、”…黄金の昼下がり” “クイーンズ・オーダー!” ……え!?

ジャバウォック:ははははは!

朱莉:なんで、なんでなんにも起こらないの……! “黄金の昼下がり””パニック・キッチン!”

ジャバウォック:ほんに、おろやかなる小娘よの。

朱莉:”マッドティー・パーティ!” なんで、なんでなんで!

ジャバウォック:借りる先が誰もおらんのだ、借り物の力が使えるわけがなかろう。そんなこともわからんか。

朱莉:……ッ!

アリカ:朱莉、逃げ、て

ジャバウォック:どこに逃げようというのだ、不思議の国は崩れ去った!おれたちの勝ちだ!

アリカ:朱莉!

朱莉:なら、あんたのを借りる!……”黄金の昼下がり” “炎のまなこのジャバウォック”

   朱莉、龍化する(ちっちゃい)

朱莉:がう!

ジャバウォック:はっはっはっは、愛い愛い。かように弱(よわ)ぼらしい体で何をしようというのだ。ん?

朱莉:ぴぃ

ジャバウォック:なに、一瞬だ。痛みもない。

アリカ:飛んで!避けて!!

朱莉:うがう!

ジャバウォック:この、ちょこざいな。”怒(ど)めきずる吐息、捉縛(とらしば)る渦” “ヘルファイア”

   火炎放射

朱莉:ぎゃ

アリカ:朱莉! やめて、ジャバウォック!

朱莉:ぐぁ、ヴぁ、うぁ、”ヘルファイア!”

ジャバウォック:なに、目が!目がぁぁぁ!

アリカ:(落ちる悲鳴)

朱莉:アリカ!

アリカ:だ、大丈夫

ジャバウォック:見えぬ、見えぬ! どこだ、アリカ!

アリカ:くそ、剣先すら届かない……!

ジャバウォック:(呻く)

アリカ:なにか、なにかないか……あ、

   アリカ、ヴォーパルソードを落とす

ジャバウォック:なんだ、なんの音だ

アリカ:聞いたね?

ジャバウォック:何

アリカ:……認識して

ジャバウォック:まさか

アリカ:この剣は、ジャバウォックの心臓に刺さっていて、今そこから抜け落ちたの。”回儀(まわりふるま)い、錐穿(きりうが)てヴォーパルソード”

ジャバウォック:やめろ、やめろ!

アリカ:”黄金の夕暮れ” !

  ヴォーパルソードは回転してジャバウォックの胸に突き刺さる

ジャバウォック:……ごふ

アリカ:……やっ、た

ジャバウォック:なぜだ、アリカ。体が、居場所が、欲しくないのか。

アリカ:……

ジャバウォック:こいつさえ殺せば、朱莉になり代われるというのに。

アリカ:……違うんだよ、ジャバウォック。私は私の人生を生きたいんだ。

ジャバウォック:あ、あ、アリカ、私の、いとしい子、おれは、おれくらいは、おまえの存在を、願ってやらねばと、おまえのために……

アリカ:私のためを思うなら、私の大切なものを奪わないで……お願い。

ジャバウォック:お……おれは、お前を、あいしている。

アリカ:……ありがとう

■クライマックス

朱莉:はあ、はあ

アリカ:朱莉、ちゃんと戻れたの?

朱莉:戻っちゃった

アリカ:そう……あの、助けてくれて、ありがとう

朱莉:助けた気は無い。私が死にたくなかっただけ

アリカ:……

朱莉:……

アリカ:なんだ。私たち、結構似てるじゃん。

朱莉:は?

アリカ:自分で、戦えんじゃん。

朱莉:何を言ってるの……皆を、どうして皆を殺したの!?

アリカ:……邪魔だったから。

朱莉:……思い通りにならなかったら、暴力を振るっていいの?

アリカ:だって、だってそうしないと、奪われるじゃん。

朱莉:それでも……。

アリカ:私はね、あんたを守るために生まれたんだよ。

朱莉:……守ってくれなんて頼んでない!

アリカ:7歳のあんたを、クソ親父が組み敷いて、絶望したその瞬間に。

朱莉:そんなの知りたくない。

アリカ:私はあんたのかわりに、その痛みを味わった。

朱莉:聞きたくない!

アリカ:ねえ、朱莉。現実はね、クソなんだ。

朱莉:……。

アリカ:戦わないと、自分の身は守れないんだよ。

朱莉:やだ、言わないで……。

アリカ:これからは、自分で戦って。さっきみたいに。

朱莉:……

アリカ:私、間違った戦い方をしてきたのかもしれない。いま現実の朱莉は、拘置所にいて、殺人の罪で裁かれようとしてる。

朱莉:な、なんでそんなことに

アリカ:私がクソ親父を刺したから。

朱莉:ひっ……

アリカ:怖かった。今度こそ殺されるとおもった。好き勝手にされて、尊厳を奪われて、ボロボロにされると思った。だから、先に殺した。

朱莉:……なんでそんな、平然としてるの、気持ち悪い

アリカ:ごめん。でも、殺人を犯した私が消えれば、あんたは助かる。

朱莉:いや、現実は嫌、ここで楽しく暮らしてたのを、あなたが壊した。

アリカ:違うよ。もともと無かったんだよ。私という存在も、不思議の国も。もともと無かったの。みんなが優しくしてくれる理想の世界を、あんたが勝手に作ったの。

朱莉:それでいいじゃん、ここでずっと暮らせばいいじゃん! そっとしておいてよ!

アリカ:バカ言わないで。ご飯を食べて、人と関わって、体を動かして、そうしないと生きられないんだよ、人間って。あんたの代わりに、私が、いや、他の人格たちが体を生かしてきたんだよ。

朱莉:もう、そのままやっててよぉ……

アリカ:こんのクソガキ!(頭突き)

朱莉:いたぁ!!ま、また暴力!

アリカ:うだうだと子供みたいに!私たち、もう18歳なんだよ。大人になるの。夢ばかり見てちゃダメ。夢を見たいなら、叶えられるように努力しなきゃいけないの。苦しいこともある。辛いことばっかり。正直嫌になる。でもみんなそうやって歯くいしばって生きてる! あんたは苦しいこととか、痛いことがある度にほかの人格にそれを押し付けて、逃げ続けてきた!だから痛みに耐えられない! 耐えるにも、避けるにも、やり過ごすにも、立ち直るにも! 自分で考えて、感じて、そういう試行錯誤をしないといけないの!

朱莉:……。

アリカ:……今回の裁判は、私という、殺人を犯した人格が消えなきゃ罪は軽くならない! お願い

だから、現実に戻ってきて、自分で戦ってよ……!

朱莉:……。

アリカ:……私もう、ひとりじゃ頑張れない。

朱莉:わかんないよ、どうしたらいいのか。

アリカ:……私だって、分かんなかったよ。

朱莉:だって私、10歳のときからずっとここにいて、成長してないんだよ。

アリカ:知ってるよ。

朱莉:学校も、行ってないし、ほかの大人と喋ったことないし、友達もどうやったら作れるかわかんない。

アリカ:それは、あー、私が全部やっちゃったから……記憶なら渡せるけど……

朱莉:なんにも、なんにもわかんないんだ……

   しばし沈黙

朱莉:あ

アリカ:……朱莉?

朱莉:そういうことか。

アリカ:?

朱莉:マーティンがお茶会参加費とか言い出したり、コンスタンスが、一緒に料理をしてくれたり……遊びの中で教えてくれてたんだ、現実で、私が困らないように。

アリカ:そんなことしてたのかよあいつら。

朱莉:それでも……知らないことの方が多い。そんな中で、さ、1人で生きていけなんて、言わないでよ。責任取って。続きを教えて。

アリカ:でも私は、消えないと……それが私の人生、だから……

朱莉:騙そう、その、警察の人? を。

アリカ:え?

朱莉:アリカはもう消えたって、そう言う。バレないように、隠し通す。

アリカ:そんなこと出来るの、あんたに。

朱莉:やる。私の想像力、舐めないでよ。だから、あの、一緒に生きて、ほしい。

   間

アリカ:……私、あんたのこと嫌い。

朱莉:え。

アリカ:だから、困ってても、助言はしてあげるけど、交代は絶対しない。それでもいい?

朱莉:え、あ、うん。

アリカ:じゃあ、いいよ。

ウォルター:話は、まとまったかな?

アリカ:ウォルター、大丈夫なの?

ウォルター:うん、まあ、ね。君たちを現実の体に戻して、それで最後だ。

アリカ:あれ、片方が眠ってる時はここにくるんじゃ……

ウォルター:”ラビット・ホール”

朱莉:ウォルター。

ウォルター:僕はね、朱莉も、アリカも大事なんだよ。

朱莉:うん。……ありがとう。

アリカ:結局、ウォルターのいう通りになっちゃった。

ウォルター:ふふ。さあ、二人とも。行っておいで。

アリカ:行ってきます。

朱莉:行ってきます!

ウォルター:…時間ちゃん。もういいよ。僕の時間を、動かして。

   風鈴の音。

ウォルター:うん。さすがにもう、疲れたや。じゃあ、おやすみ。良い、夢を。

■エピローグ

ダム:【精神科医A】以上、神崎朱莉の精神鑑定の報告を終わります。

ハーティエル:【裁判官】なるほど。主人格である「朱莉」には責任能力が無かったと。

ジャバウォック:【弁護士】うむ。朱莉は10歳のころからずっと眠ったまま、というよりも……頭の中で過ごしており現実で日常を経験していなかったようだ。

ウォルター:【検察官】解離性同一性障害の原因が父親からの虐待にあるという点も考慮しないとなりませんね。

ハーティエル:【裁判官】本人に更生の意思はありますか?

ダム:【精神科医A】はい。7人の人格とも話し合い、統合することに了承を得ています。いくつかの人格は既に消滅したようですが、引き続き治療を進める必要はありそうです。
ウォルター:【検察官】殺人を犯した人格はどうするのですか? 統合すれば記憶や性格が共有されてしまうのでは?

ダム:【精神科医A】記憶を渡さずに消えることを選びました。

ハーティエル:【裁判官】そのようなことができるのですか?

ダム:【精神科医A】具体的には、主人格がもともと眠っていた「部屋」と呼ばれる部分に引き籠り、主人格が忘れるまでそこに居ると。

ジャバウォック:【弁護士】完全に消えるまでには時間がかかるだろう。

ウォルター:【検察官】あの、弁護側の主張なんですが……これが本当なら正当防衛ではないですか? 被告の兄の証言と食い違っています。兄と父の2人がかりで性的暴行を受けそうになったって…。

ハーティエル:【裁判官】実行犯の「アリカ」という人格が嘘をついているのか、証人である兄が嘘をついているのか、ですが……。

ジャバウォック:【弁護士】証明できぬなあ。近隣住民からも争う声を聞いたとまでしか情報を得られておらん。

ウォルター:【検察官】神崎朱莉が無罪になった場合、この兄という人物が逆上して再び危害を加える、といったことも起こり得ますね。

ジャバウォック:【弁護士】そうならない為にお前たちを呼んだのだろうが。愚か者共。
ハーティエル:【裁判官】わかってるわよ、うるさいわね。いま考えてんだからおだまり。

ダム:【精神科医A】えっ? 裁判官?

ハーティエル:【裁判官】とりあえず、不起訴でいいわね? ウォルター。

ウォルター:【検察官】ええ、ハーティエル。もちろんです。検察側は起訴を取り下げます。神崎朱莉に責任能力は無かった。治療として精神病院にあずけ保護しましょう。その間に兄と父親の暴行について証拠を集めます。

ジャバウォック:【弁護士】朱莉はくれてやる。アリカは私がもらう。

ハーティエル:【裁判官】構わないわよ。好きにしたら?

ウォルター:【検察官】僕はアリカと朱莉が元気に暮らしてくれたらそれでいいので。

ダム:【精神科医A】あんたたち、何を言ってるんだ?ハーティエル? ウォルター?それは神崎朱莉の人格の名前で……

ハーティエル:【裁判官】先生? あなたも行ってみる? 不可思議千万、すべてが幻想、想像と創造で因果すらひっくり返る、不思議の国へ。

ダム:【精神科医A】わ、悪ふざけはやめてくださいよ裁判官。

ウォルター:【検察官】大丈夫、すべて冗談、ナンセンスな言葉遊びですよ。ねえ、ダム?

ダム:【精神科医A】ダム? 今、私をそう呼んだのですか? 
ハーティエル:【裁判官】まだ自覚してないんじゃない?

ダム:【精神科医A】みなさん、何を言って、あ、え、頭が、

ハーティエル:【裁判官】じゃ、審議は終わり。リアルの朱莉を愛でてくるわぁ。

ジャバウォック:【弁護士】私は向こうに戻る。器を用意せねば。

ウォルター:【検察官】お疲れ様でした。

ウォルター:【検察官】何はともあれ、「裁判に間に合って」良かったですよ。

“アリスはウサギを追いかけて、地下の国へと落ちてゆく。多くの愛を受け止めた、重たいからだを引きずって、いつまでも幸せに、幸せに、暮らしましたと、さ。”

   会議室のドアが閉まる。

-FIN-

2024.01.03.

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