お引越し中につき、あちこち工事がおわっておりません(特にショップ)。ネット声劇・個人での練習以外でご利用の際はご連絡くださいませ。

『曇天に発つカナリヤ』【♂1:♀2】40分

概要

レストラ島に暮らす少女、エミリアとアレッタは友人同士だ。有名な小説、「クレイジー・ホーク号航行記」の熱心な読者だった。エミリアは飛行士になりたいという夢をもっていたが、周りの大人たちは「女は空艇士になれない」という。そんなある日、レストラ島に空賊船が停泊した。なんとしてでも飛行士になりたいエミリアは、アレッタと一緒に、空賊船への密航計画を立てる。

空艇紀行シリーズ

※最後のシーンは上演するかしないか選択してください。
空艇紀行シリーズ通しの場合は上演を推奨。単作上演の場合は非推奨。

  • 所要時間:約40分
  • 人数:男性1:女性2
  • ジャンル:スチームパンク、ファンタジー、ジュブナイル

登場人物

  • アレッタ・ジルベット
       十五歳の少女。足が不自由。工業都市から離島に療養のためやってきた。没落貴族の娘。
  • エミリア・イアハート
    十一歳の少女。レストラ島に暮らす少女。母親が営む宿を手伝う。アレッタに本を読んでもらうついでに、一緒に勉強を教わっている。
  • ミハイル
    ジルベット家の執事。アレッタのお世話係。家事のことならなんでもござれ。

本編


□アバンタイトル

エミリア:『いい風だ! 飛びがいがあるぜ!』

アレッタ:(N)飛行士はそう言って、舵輪を握る。

エミリア:『進路北西、南南東の風、十ノット!』

アレッタ:『了解、炉は温まってるよ。いつでも行ける!』
 
アレッタ:(N)機関室から、伝声管を伝わって整備士の声が響く。
アレッタ:(N)若き空艇士たちは、エンジンを低く唸らせ、大嵐の中へ飛び立った。
 
アレッタ:(N)石炭と蒸気で飛ぶ船を操り、空を自由に翔ける。
アレッタ:(N)それはとてもとても風の強い日で、しかし、二人の心は軽やかだった。大空を覆いつくす雲は厚く、行く手を阻む登り渦(のぼりうず)に、多くの飛行生物。
アレッタ:(N)その日の飛行は、全ての不安や懸念を吹き飛ばすような、力強い羽ばたきであったと、ここに記録する。
 
アレッタ:『人生の舵(かじ)は、自分でとるものだよ。そうだろう、相棒』

エミリア:『ああ。俺たちはこの船と、どこへだって行ける』

 
□タイトルコール

アレッタ:『曇天に発つカナリヤ』
 
□アレッタの病室、朝
   小鳥の鳴き声。鳥籠の小鳥を覗くアレッタ。

アレッタ:おはよう、リリー。あら、また自分の羽根を毟ったの? お医者さんに見て貰えないかしら。

    ノック。

ミハイル:お嬢様。

アレッタ:どうぞ。

   ミハイル、入室。

ミハイル:おはようございます。

アレッタ:おはよう、ミハイル。

ミハイル:お加減はいかがですかな?

アレッタ:変わりありません。

ミハイル:よろしいことです。ただいま看護師が朝食をお持ちいたします。そのあとは朝の体調チェック、それから

アレッタ:いりません。食欲がないので。

ミハイル:……アレッタお嬢様。体を大事になさらないと、お父上が嘆きますぞ。

アレッタ:勝手にお泣きになればいいんだわ。一度も見舞いに来ないくせに。

ミハイル:お忙しいのです、ジルベット家復興のために。いいかげん解っておあげなさい。

アレッタ:政治の道具である「娘」が病気で使えないだなんて一大事だものね。そりゃあ大の大人だって泣いてしまうわ。

ミハイル:こら、そのような事を言うものではありません。

アレッタ:言わせたくないなら、そこの不愉快な手紙を処分して。特に、ラドウィック家はお断り。お父様にもそう言って。

ミハイル:まったく……さあ、このようにカーテンを閉めきっていては、気が滅入ってしまいます。

アレッタ:あなたの気が滅入るのでしょう? 私は構わないわ。

ミハイル:やれやれ。お食事のあとは、お勉強ですぞ。算術と、読み書き、バイオリン。
カーテンを開けるミハイル。

アレッタ:(M)病室の窓の外には、穏やかで薄暗く、美しい朝が広がっている。
アレッタ:(M)複数の浮島からなる王国の、西の端の端。海上すれすれに浮かぶ、人口にして四百人ほどの、小島。
アレッタ:(M)丘の上。小さな病院の、小さな、小さな、病室。
アレッタ:(M)そこが、私の世界。

   ドアが荒々しく開かれる。

エミリア:アレッター!

アレッタ:エミリア!

ミハイル:おお、エミリア嬢。今日もお元気なことで。

エミリア:おはよう、ミハイル! ねえアレッタ、早く! 続き! 続き読んで! ホーク号はどうなったの! ハネクラゲの群れから逃げられたの!?

アレッタ:ふふ、落ち着いて。私、起きたばっかりなのよ。

エミリア:あたしも起きたばっかり!

アレッタ:朝ご飯は?

エミリア:パン!

アレッタ:あら。もう食べたかどうか聞いたの。

エミリア:持ってきた!

アレッタ:そう、私はこれから。じゃあ一緒に食べましょう。

ミハイル:お嬢様、エミリア嬢にこっそり食べさせるのはナシですぞ。

アレッタ:やだ、バレちゃった。

エミリア:またご飯食べたくないの?

アレッタ:だって療養食って、味がしないんですもの。飽きたわ。

エミリア:じゃああたしのパンあげる。ママが朝焼いたから焼きたてだよ! カワウオの塩漬けサンド!

アレッタ:カワウオ! いいわね!

ミハイル:ああ、お嬢様の体調に合わせて、このミハイルが完璧にお作りしておりますのに……。

アレッタ:せっかく街から出て田舎まで来たのに毎日毎日ポリッジばっかりじゃ良くなるものもならないわよ。ねえ、エミリア。

エミリア:んー、よくわかんないけど、アレッタもママのご飯たべたらきっとすぐ元気になるよ。でもこのお粥のやつ、あたしはすき。

アレッタ:せめて果物のひとかけらでもあればね。

   サンドに齧り付くアレッタ

アレッタ:ん! ハーブの香り。カワウオって淡白な味だと思ってたけど、美味しい。

アレッタ:ミハイル、エミリアのお母様に毎食頼めないかしら。

ミハイル:わたくし、主治医と相談して、お嬢様のためを思って……泣きますぞ。

アレッタ:勝手に泣けばいいのよ。

エミリア:ねえ! 食べ終わったらリリーに餌あげていい?

アレッタ:ええ。お願いするわ。お水も取り替えてあげてくれる?

エミリア:うん!

ミハイル:さて。お喋りは程々に。それから読書は、お勉強の後ですからね。

エミリア:えー!

アレッタ:えー?
 
□クレイジー・ホーク号航行記

アレッタ:『四時方向からワイバーンの群れだ!』

エミリア:『オーケー、下り渦(くだりうず)に巻き込んでやる!』

アレッタ:『危険だ、下り渦(くだりうず)は外周と中心の速度が違う! 乗り損ねたら持っていかれるぞ!』

エミリア:『んなことわかってんだよ! 乗り損ねる? ハッ!』
 
エミリア:『乗れねえ風は、掴めばいい!』
 
アレッタ:『はあー、わかってたよ、君はそういうやつだって』

エミリア:『頼むぜ相棒、たっぷり罐(かま)炊いとけよ』

アレッタ:『はいはい、もうやった』

エミリア:『さすが天才整備士サマ』

アレッタ:『やめろよ、その呼びかた!』

エミリア:『ハハッ! 面舵ィ(おもかじ)! いっぱあああああい』
 
アレッタ:(N)彼は舵輪を目一杯回した。その掛け声に合わせて、エンジンから熱い蒸気が噴き出す。
アレッタ:(N)ワイバーンの群れを背後に置き去りにして、クレイジーホーク号は雲を切る。
アレッタ:(N)一筋の船雲(ふなぐも)が、あとに残されていた。
 
□病院裏庭
   遠くで鐘が鳴る。

ミハイル:お嬢様がた、日も傾いてまいりましたぞ。

エミリア:あともうちょっと!

アレッタ:もう五回目よ、それ。

エミリア:いっつも気になるところで止めるんだもん。

アレッタ:そっちの方が面白いでしょ?

エミリア:んー、ドキドキして寝られなくなっちゃうんだよ。

ミハイル:エミリア嬢もおおかたの文字は読めるようになってきたでしょう? ご自分で読んでみては?

エミリア:アレッタに読んでもらいたいの。

アレッタ:どうして?

エミリア:だってアレッタが読んでくれるとね、本当に冒険してるみたいだからさ。

アレッタ:そうかしら。

エミリア:うん、一緒に飛んでるみたい。

アレッタ:ならいいけど。

ミハイル:やれやれ。

エミリア:あーあ、あたしも空艇アカデミアに行きたいなあ。

アレッタ:……そうね。

エミリア:パパもママも、お客さんたちも、女の子はだめって。なんでダメなんだろう。

アレッタ:……危ない仕事だから、きっと心配なんじゃないかしら?

エミリア:お兄ちゃんはいいのに?

アレッタ:お兄さんは、ほら、力持ちでしょう?

エミリア:じゃあ あたしも力持ちになる。

アレッタ:ふふ、筋肉ムキムキになっちゃうの?

エミリア:うん! ムキムキになるまでは、本でいっぱい飛行練習しなきゃ。

アレッタ:そうね、そうだわ。飛行練習。ふふ。

エミリア:そーぞーのつばさでね!

アレッタ:想像の翼でね。

エミリア:……絶対、飛行士になる。なんか方法ないかなぁ。

アレッタ:エミリアなら本当になれちゃいそう。

エミリア:そう思う?

アレッタ:うん。ね、もし本当に、飛行士になれたら……。

エミリア:ん?

アレッタ:私の代わりに、世界を見てきてね。

エミリア:え?

アレッタ:なんでもない、忘れて。

エミリア:一緒に行くでしょ?

アレッタ:え?

エミリア:あたしが飛行士になれたら、迎えに来る。
エミリア:そのころには、きっと歩けるようになってるもんね!

アレッタ:……そう、ね。

ミハイル:さて、エミリア嬢。お嬢様はもう休まなくてはなりません。病室に戻りますぞ。

アレッタ:エミリア、明日も遊びに来るわよね? また一緒に飛びましょ。

エミリア:うん! ミハイル、あたし車椅子押すね!
 
□病室、夜
   小鳥の鳴き声
 
ミハイル:お嬢様。エミリア嬢に、夢を見せるのはそろそろお止めなさい。

アレッタ:あら、どういうこと?

ミハイル:空艇士は男性の仕事。女性は、飛行士にはなれないのですよ。

アレッタ:そんなの、大人が決めたことよ。私たちには関係ない。

ミハイル:しかし、いつかは現実と向き合わねばなりません。

アレッタ:……まだ、いいじゃない。好きな所へ冒険にでかけたって。私たち、子供なんだから。

アレッタ:それにあの子が大人になるころには、女性空艇士が生まれてるかもしれないわ。

ミハイル:女性の仕事、男性の仕事。適切に分担してこそ、世の中は回っておるのです。

アレッタ:そう、じゃあ私の仕事は、クソつまらないラドウィック家の長男に媚びて、取り入って、機嫌を取って、我がジルベット家の首の皮を繋ぐことね。まあ、なんて素敵な仕事なんでしょう。私にピッタリだわ。

ミハイル:しっかり立場を分かっておられる。それでこそ淑女。まっこと、左様でございますぞ。

アレッタ:一生治らなければいいのに、こんな病気。病気持ちなんてあちらも嫌でしょうからね。

ミハイル:もう回復しても良い頃ですのになぁ。主治医が言うには、心理的な要因が回復を妨げていると。

アレッタ:心理的な要因まで取り除いてこそ名医なんじゃなくて?

ミハイル:ふむ。一理ありますな。
 
 
ミハイル:気づいておられますかな?
ミハイル:お嬢様は、かつての自分にあの子を重ねておられる。
ミハイル:夢は夢のままであることをわかった上で、夢を見せ続けている。
ミハイル:それは優しさと言えるのでしょうか?
 
アレッタ:……。
 
□アレッタの独白
アレッタ:(幼少) おじ様! お父様! 私、整備士になりたい!
アレッタ:(幼少) どうしてダメなの? 足が悪いから?
アレッタ:(幼少) ……女の子だから?
 
 
アレッタ:天蓋(てんがい)つきの、大きなベッド。

エミリア:硬い木と重ねた毛布。

アレッタ:それが私の飛空艇。

エミリア:ランプ、机、椅子、カーテン。

アレッタ:それが襲ってくる飛行生物たち。

エミリア:床に投げた枕は浮島。

アレッタ:真っ赤な絨毯は酸の海。

エミリア:落ちないように、そうっと渡って。

アレッタ:そら、空賊だ!

エミリア:砲撃準備!
 
アレッタ:本を開けば、そこに空がある。

エミリア:目をつぶれば、風が頬を撫でる。
 
   出会った頃の二人の記憶。

エミリア:あのう、それ、飛空艇の本、ですか?

アレッタ:え? ええ。

エミリア:字を読めるんですか?

アレッタ:まあ、少しは。

エミリア:すごい!

アレッタ:そうかしら。

エミリア:もしよかったら、なんだけど、あたしにも聞かせてくれませんか?

アレッタ:……もちろん!
 
 
アレッタ:さあ、想像の翼を広げて
アレッタ:あなたは、どこへだって行ける
アレッタ:「真っ白な雲海」「緑の国」
アレッタ:「島を柱に繋ぎ止める鎖をなぞって」
アレッタ:「青く輝く氷の世界」
アレッタ:「真鍮(しんちゅう)とガラスと錬金術師たち」
アレッタ:「飛空艇の機関室」
アレッタ:ほら、オイルの匂いがしてきた
アレッタ:ささくれだった舵輪(だりん)を握って
アレッタ:行きたいところへ、舵(かじ)をとれ!
 
 
□病室
   強く開かれるドア。
 
エミリア:アレッタ!

アレッタ:ど、どうしたの、そんなに急いで。

ミハイル:エミリア嬢。お嬢様は検診中ですぞ。外でお待ちなされ。

エミリア:うわわわ、ごめん!

   外に出てドアを閉めるエミリア。

ミハイル:様子がおかしいですな。

アレッタ:いつにも増して騒々し……元気ね。

   ミハイル、ドアを小さく開ける。

ミハイル:エミリア嬢、終わりましたぞ。

エミリア:入っていい?

ミハイル:どうぞ。

エミリア:うん……さっきはごめんなさい。

アレッタ:いいのよ。それで、何かあったの?

エミリア:あのね、うちの宿にね、昨日、空賊が来た!

アレッタ:空賊? まあ、怖い……。

エミリア:全然怖くないの! 優しかった!
エミリア:ケガした人の治療と、補給で何日か泊まるんだけどね、ちゃんとお金払ってくれたし、乱暴なことしないし! それにね、船の中見せてくれるって!

アレッタ:大丈夫なの……?

エミリア:大丈夫だよ! ほかにも見たいって子たちと一緒に行くから! 明日見せてもらうの!

アレッタ:だめ!!

エミリア:え?

アレッタ:……え?

エミリア:……そっか、ごめん、アレッタも見たいよね!

アレッタ:あ、え、うん、そう! ずるいわ!

エミリア:車椅子でも乗れるかなー? 聞いてみるね!

ミハイル:お嬢様。

アレッタ:……ミハイル。

ミハイル:なりません。

エミリア:なんで? 空賊だけど、いい人たちだよ!

ミハイル:お慎みなされ。婚約に響きます。

アレッタ:……。

エミリア:こんにゃく?

アレッタ:……エミリア、私は、やっぱりやめておくわ。

エミリア:えぇ!?

アレッタ:車椅子の世話をさせるのも悪いしね。

エミリア:あたしがやるのに。

アレッタ:見学は、夜までかかるの?

エミリア:わかんない。でも朝から見て回るって。

アレッタ:そう、じゃあ夕方ここに来てくれる? 何を見たか教えて欲しいの。

エミリア:……わかった! じゃあいっぱい見てくるね!

アレッタ:楽しみにしてるわ。さあ、今日のお勉強をはじめましょ。
 
 
□翌日、病室
ミハイル:お嬢様。お嬢様。

アレッタ:……何?

ミハイル:今日はずっと、心ここにあらずのご様子。そんなにドアを見つめて、視線で穴でも開けるおつもりか。

アレッタ:いいえ。サラマンダーでもあるまいし。

ミハイル:外にでられますかな? お体のためには、薄くても日光を浴びないと。

アレッタ:そうね。車椅子はいいわ。あなたが運んで。それから、リリーの籠も持って来て。

ミハイル:畏まりました。それでは、失礼。(抱き上げる)
 
ミハイル:今日は勉強はおやすみにいたしましょう。そのような調子では頭に何も残りません。

アレッタ:……せっかくエミリアが居ないのだから、少し難しい内容をやりたいわ。

ミハイル:……。

アレッタ:ミハイル?

ミハイル:承知いたしました。
 
□裏庭
   小鳥の鳴き声
 
アレッタ:(M)つまらない。
アレッタ:(M)ああ、つまらない。
 
   小鳥の鳴き声
 
アレッタ:(M)エミリアは今頃、他の子達と楽しく船の中ではしゃいでいるんでしょう。
アレッタ:(M)私には、あなたしかいないのに。
 
アレッタ:ねえ、リリー。また、私とあなた、二人ぼっちの世界に逆戻りしたみたいね。
 
   小鳥の鳴き声
 
□翌日
エミリア:アレッタ、ごめん。昨日……。

アレッタ:怒ってないわ。

エミリア:でも、来られなかったのはね!

アレッタ:聞きたくない。

エミリア:怒ってるじゃん……。

アレッタ:怒ってない!

エミリア:……。

アレッタ:ごめんなさい。大きな声を出して。
 
アレッタ:別に、あなたを止める権利なんて私にはないんだから。楽しんだんでしょう? ならいいじゃない。

エミリア:ごめんなさい。

アレッタ:……。

エミリア:ミハイル、大きいほうの黒板借りていい?

ミハイル:何をなさるので?

エミリア:かくの!

ミハイル:ふむ。どうぞ。
 
   チョークが黒板に当たる音
 
ミハイル:おお、エミリア嬢は多才ですなあ。

エミリア:練習したの!

ミハイル:ここはどうなっているのです?

エミリア:ここは、こことつながって、こう!

ミハイル:おお! よく覚えていらっしゃる。

エミリア:へへへー。
 
アレッタ:む。
 
ミハイル:上手いものですなあ。

エミリア:ここはね、挿絵といっしょだった!
 
アレッタ:んんん。
 
ミハイル:すばらしい!

エミリア:もうちょっと、こう、して……。
 
アレッタ:もうっ、 二人とも! 私を置いて盛り上がらないでよっ!
 
エミリア:じゃーん!

アレッタ:え?

エミリア:見て! 空賊船の中の絵!

アレッタ:……すごい。

エミリア:昨日ね、船の中でずっと絵を描いてて、それで気づいたら夜になっちゃってたの。

アレッタ:練習したって?

エミリア:だって紙なんてうちには無いもの!

エミリア:文字を練習するときのチョークと黒板しかなかったから。……アレッタに、見せたくて。

アレッタ:……この部屋は?

エミリア:……機関室!

アレッタ:計器に、伝声管。

エミリア:これが罐(かま)! ここに石炭があって、スコップで投げ込むの!

アレッタ:とっても熱いんでしょうね。このレバーは?

エミリア:これで左右のエンジンにどのくらい蒸気を送るか操作するんだって。

アレッタ:そう、そうなの……。

ミハイル:仲直りは出来たようですな。

アレッタ:……怒ってごめんね、エミリア。

エミリア:ううん、あたしこそ、約束破って、ごめんね。

ミハイル:……さて、わたくしは昼食の準備に参ります。また後ほど。

エミリア:いってらっしゃい!

アレッタ:いってらっしゃい。
 
   暫し間。
 
エミリア:アレッタ。

アレッタ:なに?

エミリア:あたし、飛行士になりたいの。

アレッタ:うん。知ってるわ。

エミリア:ほんとにほんとになりたいの。

アレッタ:うん。でもアカデミアには行けないでしょう?

エミリア:うん。だからね。
 
エミリア:空賊になる。

アレッタ:……は?
 
アレッタ:待って、エミリア。冗談よね?

エミリア:うちに泊まってる空賊さんたちの、キャプテン、女の人だった。
エミリア:空賊だったら、女でもなれる!

アレッタ:空賊って、犯罪者よ。国からは空艇士として認められていないわ。

エミリア:あの人たちはいい人だもん。

アレッタ:落ち着いて。どういう人達かは関係ないの。制度として、認められてないのよ。

エミリア:それでも……!
 
エミリア:あたしは、飛びたい。

アレッタ:……そんな、ダメ、空賊なんて。危ないし、間違ってるわ。

エミリア:これはチャンスなんだよ。助けてアレッタ。

アレッタ:え?

エミリア:危険でも、間違ってても、そこに欲しいものがあったら、飛び込んでいくのが、彼らでしょ。

アレッタ:……。

エミリア:どうしても、あの人たちに、ついていきたい。
 
エミリア:アレッタ、お願い。一緒に作戦、考えて。
エミリア:こんなこと頼める友達、アレッタしかいないの。
エミリア:友達なら、助けて。
 
アレッタ:………………わかった。まずはミハイルを遠ざけましょう。
 
□連続シーン
□シーン1

アレッタ:出発はいつなの?

エミリア:四日後の夜明け。

アレッタ:それまでの動きをそれとなく探れるかしら?

エミリア:お酒を沢山飲んでる時は色々話してくれるから、やってみる。
 
□シーン2

アレッタ:そもそも、連れて行ってくれるよう頼むのはダメなの?

エミリア:もうやった。小さすぎてダメだって。

アレッタ:うーん。じゃあ、既成事実を作るしかないわね。

アレッタ:一日前から積荷に紛れるのはどう?

エミリア:いいね。

アレッタ:倉庫の絵をもう一度描ける?

エミリア:描ける。
 
□シーン3
アレッタ:隠れるところはあるかしら。

エミリア:この大きな箱は本当にあったよ。

アレッタ:中身はなに?

エミリア:「氷の風」って書いてあったけど、なんの事だか……。

アレッタ:これ、そんなに重たくないんじゃないかしら。

エミリア:どうして?

アレッタ:飛空艇は、石炭と水を積まなくてはならないでしょう? そのほかに船員の食料なんかも。そうすると荷物はそんなに沢山運べないはずなのよ。

エミリア:浮かべなくなっちゃうからか!

アレッタ:ええ。だからこの箱、中身はたとえば、割れやすいもので、緩衝材で埋めているとか、軽いものだと思うの。

エミリア:入れ替えちゃえば……!

アレッタ:中身を出さなくても、あなたが潜めるスペースがあればいいわよ。

エミリア:そっか。でも蓋は釘で止まってるよ。

アレッタ:お家から工具を拝借できない?

エミリア:馬屋にじいちゃんのがある!

アレッタ:釘を真っ直ぐ抜いて戻せる?

エミリア:練習する!
 
□シーン4
アレッタ:船が出発して戻れないところに離れるまで、見つかってはダメよ。

エミリア:そうすると、どのくらい隠れていればいいの?

アレッタ:さあ……半日くらいかしら。

エミリア:食べ物は、持っていくとして……丸一日以上箱の中か……トイレをどうしよう。

アレッタ:水は控えめにしましょう。でも脱水症状になるわけにはいかないから……。

エミリア:クレイジーホーク号航行記に、書いてなかった? ほら、トイレのタンクがいっぱいになってしまった時の……。

アレッタ:あれ!? あなた、女の子なのよ!?

エミリア:やるよ! なんだってやる!

アレッタ:わ、わかったわ……。
 
□シーン5

エミリア:これが、出発までの動きだって。

アレッタ:事細かに教えてくれるものね……。あなたの才能かしら。

エミリア:んーん。おじさんたちって、お酒入るとなんでも喋るの。

アレッタ:なるほど。

エミリア:この作戦で、本当に行ける?

アレッタ:あとは、あなたのお母様をどう騙すかね。

エミリア:病院にお泊まりすることにする?

アレッタ:そうね。そうしましょうか。夕方までここにいて、普通に帰ればミハイルには怪しまれないでしょうし。
 
 
 
□空賊船出発一日前

ミハイル:そろそろ日が暮れますぞ。病室に戻りましょうか。

アレッタ:ええそうね。

エミリア:うん! 車椅子持ってくるね!
 
   悩んでいるアレッタ。
 
ミハイル:そう言えば今日はエミリア嬢、随分と大荷物でしたなあ。

アレッタ:……。

ミハイル:お嬢様?

アレッタ:……え? あ、ええ、そうね。

ミハイル:体調が優れないのですか? でしたら主治医を(呼びましょう)

アレッタ:いいえ、大丈夫。

ミハイル:ならばよろしいのですが……。
 
   長い沈黙。
 
アレッタ:ミハイル。

ミハイル:はい?

アレッタ:……エミリアの、お母様に、至急、伝言があるのだけど。
 
 
□翌日、病室
   廊下でミハイルとエミリアの母親が話している。
 
ミハイル:いえいえ。それほどのことでは。謝礼など! お気になさらないでください。
ミハイル:いつもアレッタお嬢様と仲良くしてくださっていて感謝しております。しかし、本当に見つかってよかった。
ミハイル:まったく、子供はとっぴなことを考えるものですな。うちのお嬢様も昔は……。
 
アレッタ:……。

エミリア:……。
 
エミリア:話したの。

アレッタ:知らない。

エミリア:……。

アレッタ:何処かでミハイルに聞かれていたのね。残念だわ。

エミリア:嘘。ミハイルに話したでしょう。

アレッタ:私を疑うの?

エミリア:家と違う方向に向かったから気になって後を着けたって?

アレッタ:……。

エミリア:あたしはちゃんとやった。途中までいつもと同じ方向に歩いて、病院から見えないところまで行ってから行き先を変えた。
 
エミリア:あなたの作戦通りに。
 
エミリア:応援してくれてると思ってた。

アレッタ:私、私……。

エミリア:なに。

アレッタ:あなたを失いたくなかったの。

エミリア:……。

アレッタ:い、家ではずっと一人で、リリーだけが友達で……
アレッタ:この島に来て、初めて友達ができたの。わた、私の友達はあなただけなのよ。

エミリア:…………。

アレッタ:計画だって、どこかで破綻するって思ってた!
アレッタ:あなた、ほんとに全部やるなんて、そんな、うまくいくなんて、そんな勇気があるなんて思ってなかった!
アレッタ:だから協力したのよ! 友達を犯罪者にしたいだなんて誰が思うの!?

エミリア:……失敗するって思ってたんだ。
 
アレッタ:(深呼吸)エミリア、女の子は、飛行士になれないの。

エミリア:……アレッタもそれを言うの?

アレッタ:言うわ。言うわよ。私だって整備士になりたかった。

アレッタ:でも、ダメなのよ。
アレッタ:私たち、女に生まれたの。
アレッタ:だから、想像の翼で飛ぶの。
アレッタ:本の中を旅して、飛んだ気持ちを体験するの。
アレッタ:そうやって、凌いでいくのよ。
アレッタ:それが、大人よ。
 
エミリア:なんで女は飛行士になれないの。

アレッタ:だから

エミリア:これからもずっと、女は飛行士になれないの。

アレッタ:それは……。

エミリア:そんなの、誰かが決めたことでしかない。

アレッタ:エミリア

エミリア:あなたの都合で、私の翼を折らないで。
 
   小鳥の鳴き声
 
エミリア:アレッタ。あたしは、あなたの友達だから、あなたの夢も、叶えたかった。

アレッタ:……え?

エミリア:あたしが、先に世界を見てくる。あなたの足が良くなったら迎えに来る。

アレッタ:……。

エミリア:少しだけ寂しい思いをさせてしまうけど、この約束は、絶対守る。

アレッタ:待って。

エミリア:このまま家に帰って、寝たフリをして、明け方ギリギリにもう一度抜け出す。あたしはやる。

アレッタ:ね、ねえ、それもあなたの都合じゃないの?

エミリア:友達だと思うなら。

アレッタ:やめて、いかないで、お願い。

エミリア:今度は、誰にも言わないでね。
 
□病室 夜
小鳥の鳴き声
 
アレッタ:(M)あんな事が言いたいんじゃなかった。
アレッタ:(M)リリーと、本だけしかなかった私の世界に、踏み込んできたあなた。
アレッタ:(M)私の側にいて、一緒に空想の中で飛びながら、いつか現実に気づいて、働いて、毎日同じように生活して、そうやって、過ごしていくんだって。
アレッタ:(M)この島で、この鳥籠のなかで、一緒に大人になってくれるんだって思っていた。
アレッタ:(M)本当に飛び立って行ってしまうなんて。
アレッタ:(M)私を、捨ててまで、なんて。
 
   小鳥の鳴き声
 
アレッタ:(M)一声呼べば、深夜だろうがミハイルは飛んでくる。
アレッタ:(M)声をだせ。
アレッタ:(M)声を、出せ。
アレッタ:(M)ミハイルが全部上手くやってくれる。
アレッタ:(M)いかないで、いかないで、ねえ。
 
   夜明けの鐘。
   小鳥の鳴き声。
 
   ノック。
 
ミハイル:お嬢様。

アレッタ:どうぞ。
 
   ドア開き、ミハイルが入室。
 
ミハイル:おはようございます。

アレッタ:おはよう、ミハイル。
 
ミハイル:お加減はいかがですかな?

アレッタ:変わりありません。

ミハイル:よろしいことです。昨日は大変でしたな。まさかエミリア嬢が、密航しようとしていたなんて。

アレッタ:そうね。驚いたわ。

ミハイル:様子がおかしかったのはそのせいでしょうか。お嬢様がお気づきになってよかった。

アレッタ:……きっと、昨晩はお母様にたっぷり怒られたでしょうから、今日は、来ないかもしれないわね。

ミハイル:ではお勉強の内容を見直しますかな。朝食を用意してまいりますぞ。昨日は仕込めませんでしたので。
 
 
アレッタ:エミリア。
アレッタ:私の代わりに、世界を、見てきてね。
 
エミリア:ごめん、アレッタ。

アレッタ:え……エミ、リア?

エミリア:約束、また破っちゃった。

アレッタ:どうして、あなた、行ってしまったんじゃ……。

エミリア:やめた!

アレッタ:……へ?

エミリア:私が空賊になると、アレッタは悲しい、んだよね?

アレッタ:そうね。

エミリア:それって友達のすることじゃないなって。

アレッタ:……。

エミリア:だからね、どうにかして、ちゃんと空艇士になる!

アレッタ:ええ!?

エミリア:ふふーん!

アレッタ:諦めたんじゃないの?

エミリア:諦めない!
エミリア:ちゃんと空艇士になって、アレッタと、世界を見に行く。
エミリア:ね!

アレッタ:エミリア……。

ミハイル:おや、エミリア嬢。

エミリア:おはよう、ミハイル! 昨日は迷惑かけてごめんなさい!

ミハイル:無事でようございました。

エミリア:うん! お母さんの手伝い途中で来ちゃったから、午後にもう一回来るね!

アレッタ:え、ええ!
 
 
アレッタ:エミリア!

エミリア:ん?

アレッタ:待ってる!

エミリア:うん!
 
おわり。
 
 
■■■以降のシーンは上演するかしないか選択してください。■■■
 
 
□島の端の端
海の音
エミリア:あーあ、もう、あんなにちっちゃくなっちゃった。
エミリア:乗りたかったな。飛空艇。
エミリア:あ、この柵、 脆くなってる。修理してもらわないと。ん?
エミリア:えっ? えっ? なにこの揺れ……っ!
 
鎖の切れる音
 
エミリア:え、落ちる!(水に落ちるSEを使う場合は、「え」のみ)
 
海に落ちるエミリア。
 
アレッタ:(N)王国歴、一九一四年。国中を文字通り震撼させた、大災害が起こる。
アレッタ:(N)原因不明の衝撃波、「空震(くうしん)」によって、各地にて柱と島を繋ぐ鎖が切れたことが判明。
アレッタ:(N)後にその日は「大鼓動(だいこどう)」と呼ばれ、歴史に刻まれることとなる。
アレッタ:(N)かくしてレストラ島は「漂流島」となり、地図上から姿を消したのであった。
 
本当におわり。
2022.04.24.

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