概要
空艇士を目指す飛行士ジーンと整備士ルカ。二人ともアカデミアでは問題児として有名だった。空艇士になるにはギルドへの所属が必要だが、年に一度のコンテストレースで優勝すれば所属権が与えられる。飛ぶのがただ楽しいのだというジーンに振り回されながら、ルカは初心を取りもどす。レース当日、天候は大嵐。飛空艇には二人だけ。頼れるのは自分たちだけ。
- 所要時間：約35～40分
- 人数：2（♂1：♀1）
- ジャンル：ファンタジー、友情、ジュブナイル、スチームパンク
登場人物
- ジーン・ジェイクス
王立空艇アカデミアの学生。飛行科。「狂乱の風乗り」と噂されている。荒れた天候の日ほど燃える。飛空艇にのること自体を楽しみ、ずっと飛び続けていたいと思っている。勉強嫌いで実践で覚えてきた。コンテスト優勝による空艇士ギルドへの所属を目指す。2人上演時はコンテスト司会orギルド長を兼ねる。 - ルカ・ハーシュマン
王立空艇アカデミアの学生。整備科。「酔いどれ整備士」と呼ばれている。極度の船酔い体質。祖父が有名な飛行士。知識に対して貪欲で最新の論文雑誌などを購読しているため教師たちには嫌がられている。テストの成績は良い。2人上演時はコンテスト司会orギルド長を兼ねる。 - コンテスト司会
男女不問。 - ギルド長
男女不問。
【用語集】
- 「飛空艇」蒸気機関と浮遊石のエネルギーで空を翔ける船。ばらばらになり空中を漂う島々を繋ぐ。
- 「空艇士」飛空艇に乗る職業全般。飛行士（操舵手）、整備士、航空士（進路決定、航空記録）など。人々の憧れであり、給与もよい。
- 「王立空艇アカデミア」空艇士を育成する機関。貴族や上流階級の子女が多く入学する。
- 「空艇士ギルド」空艇士に対して仕事を斡旋する組織。人員も紹介してくれる。空艇士としてチームを組み、自由に仕事を得るためにはギルドへの所属が不可欠。
本編
□アバンタイトル
強風と飛空艇のエンジン音。
ジーン「ハン！これくらいの風、乗りこなせなくてどうするよ！」
ルカ「バカじゃないの！？ バッカじゃないの！？」
ジーン「良い風だァ！！ 飛びがいがあるぜェ！！」
ルカ「うっぷ！」
ジーン「おいバケツに吐けよ！！」
ルカ「おぇ」
ウィンドチャイムの音。
□タイトルコール
ルカＮ「それはとてもとても風の強い、軽やかな曇天の日」
□アカデミア内、カフェテリア
食器の音、学生の話し声など。
ルカの隣の空席にトレイが置かれる。
ジーン「ルカ・ハーシュマンってお前か」
ルカ「そうだけど……
あー、君、ジーン・ジェイクス？」
ジーン「おっ！ 俺のこと知ってるゥ？ なら話が早い」
椅子に座る。
ルカ「断る」
ジーン「はっや」
ルカ「噂になってるよ。
“狂乱の風乗り”がチームメイトを探してるって。
ついでに軒並み断られているとも」
ジーン「そうなんだよ！ なあ、ハーシュマン」
ルカ「断る」
ジーン「……お前の噂も聞いてるぜ？ ”酔いどれ整備士”」
ルカ「……だからなに」
ジーン「フン、俺は次のコンテストレースで絶対に優勝する。
俺より早く飛べるやつなんて今この町にはいねぇからな！」
ルカ「その自信どっからくるわけ……」
ジーン「ああ？ それが事実だからだよ。
だが１人じゃ出場出来ない。 最低でも飛行士と整備士が必要だ」
ルカ「出場資格はね。実質２人で飛ばすのは無理。
で、何人集まってるって？」
ジーン「俺とお前の２人」
ルカ、立ちあがる椅子の音。
ルカ「話にならない。他当たって」
ジーン「人数だけあわせればいいんだよ！
俺が全部やるから、なんならお前は乗ってるだけでいい！
整備士なんていてもいなくても一緒さ、頼むよ」
ルカ「チッ」
ジーン「悪い話じゃないだろ？
お前だってコンテストで優勝できれば」
ルカ「断る。僕は、空を飛ぶのは嫌いなんだ」
食堂のガヤ。
ルカＮ『王立空艇（おうりつくうてい）アカデミア。
石炭と蒸気で飛ぶ船を操る技術を学ぶ場所。
飛行士、整備士、航空士のクラスに別れ、
空艇士ギルドへの所属を賭けて、僕達学生は、
日々切磋琢磨している』
□図書室
ルカのあとを付きまとうジーン。
ジーン「なあなあなあ」
ルカ「うるさい、いてもいなくても変わらないなら他を当たって」
ジーン「出られるやつはもうみんな組んじまってるよ、頼むよー！」
ルカ「図書室ではお静かに。迷惑。
……そんなに空挺コンテストが大事？」
ジーン「あたりめぇじゃねえか！ おっと、わりぃ」
ルカ「普通に、最終試験で所属できればいいじゃない」
ジーン「バカ言え、最終試験は成績順だろ、
俺がそんな頭いいわけねぇじゃん！」
ルカ「それは知ってる」
ジーン「お前だって教師に嫌われてるって有名だぜ？
コンテスト優勝して見返したいとか思わねぇの？」
ルカ「言ったと思うけど。飛ぶのは嫌いだって」
ジーン「ジャンガリ・ハーシュマンの孫が？」
ルカ「……知ってたの」
ジーン「知ってるに決まってる！
航空士一族ハーシュマン家唯一の飛行士だぞ。
俺は本は嫌いだがあの爺さんのは全部読んだ！
教科書なんて当てにならねえ。
実際飛べばハプニングだらけだ。
爺さんの本には、いかにそれに対処するかが書いてある。
まさに俺が求めてたモンだ」
ルカ「なんで、そんなに飛行士になりたいのさ」
ジーン「あ？ なんでそんなこと聞くんだよ」
ルカ「名声？ 栄誉？ 権力？」
ジーン「はっ！ くだらねぇな……
俺はな、飛ぶのが好きなんだよ」
ルカ「……はぁ？」
ジーン「風を受けるのが気持ちいい！
大荒れの嵐を乗りこなすスリル！！
飛ぶのって最高だろ！」
ルカ「……え、それだけ？」
ジーン「なんだよ、不十分か？」
ルカ「こう、もっとチヤホヤされたいとか、
人気職業だから自慢出来るとか」
ジーン「全く興味ねえな。そんな理由で空艇士になる奴いるのか」
ルカ「ここに来てる人たちの半分以上はそうだよ……」
シーン「お前もか？
というかハーシュマン家なのに整備士なんだな」
ルカ「僕は……親が……。
はぁ、整備士を選んだのは、給料がいいから」
ジーン「そうか、まあ、お前の理由はなんでもいい。
俺はいつまでも飛んでいたい。
だが資格がないと自由には飛べない。
だからその資格が欲しい。
コンテストで優勝すればそれが手に入る。簡単な話だ」
ルカ「……ジェイクス、君、噂通りバカなんだね」
ジーン「まあ否定は出来ねぇな」
ルカ「ふん。僕が乗るに値するか、みてあげるよ」
ジーン「あぁ！？ なんだその態度」
ルカ「そっちこそ。
この僕がタダで船の状態を見てやるって言ってんの、感謝して」
ジーン「……いいだろう！ 明日休みだな？
俺の船はデルタポッド、１のＰだ」
ルカ「了解」
□スカイポッド（飛空艇保管施設）
ルカ「……一通り見させてもらった」
ジーン「どうだ、俺の相棒は！ 美しいだろ！」
ルカ「まあ、本業じゃないにしては頑張ってるほうじゃない」
ジーン「あぁ？」
ルカ「右ウィング接続部の金具の劣化が激しい。
これは変えないといつ事故るかわからないね。
左はエンジンの汚れが払いきれてない。
こういうとこで水分やオイルがほこりを含んでダマになる。
あと浮遊石も両方、変えるか研磨かけてチャージした方がいいな。
とくに船尾、細かいヒビが内側に入ってるのわかるかな。
あんまり荒いことすると割れるよ」
ジーン「んん？ なんだ文句つけんのか」
ルカ「文句つけるというか、
単純に整備がなってないって指摘だよ。……いい船なのに」
ジーン「……いい船か？」
ルカ「小型バトルシップ、
ローダー社のホッジソン・ホーク３２年モデルがベースだね。
このシリーズは今はもう生産されていないが耐久力と旋回が売り。
ローダーはいい船作るよね。
細かいところまで手作業だし、バランス感覚がずば抜けている。
コスパばっかりの大手に潰されたのが本当に残念。
機関室はだいぶ改造されているみたいだけど君がやったの？
動かしてないからわからないけど、おそらくホッジソンの弱点だった
熱伝導効率の悪さが改善されてるはず」
ジーン「譲り受けたんだ……
機関室は前の持ち主がやったんだろ」
ルカ「そう。スピード狂だって聞いてたから
てっきり最近流行りのレースシップにでも乗ってるのかと思った」
ジーン「貰い物ってのもあるが、
軽くて薄いやつじゃ俺の飛び方についてこられないんだよな。
だから、こいつは最高の相棒さ」
ルカ「少し古い型ではあるけれど名機だよ。
ホッジソン・ホークは」
ジーン「……おまえすごいな」
ルカ「なにが？」
ジーン「いや、こんな短時間で
船の状態から型番から何まで言い当てるなんて」
ルカ「僕、整備士なんだけど。これくらいできて当然だよ」
ジーン「そうか？ 今まで乗せた整備士で一番目ざとかったぞ」
ルカ「めざと…… まあ、よく言われるからいいよ」
ジーン「あ、いや、悪い悪い。いい意味でな」
ルカ「どんな不備も見逃しちゃダメなんだ、整備士は。
命にかかわるから」
ジーン「……」
ルカ「色んなチームでご自慢の船に乗ってきたけど、
大体僕が指摘するとうっとおしがるの。
そして降ろされる。うざいってさ」
ジーン「なるほどな」
ルカ「酔いどれ整備士っていうのは、まあ、体調もあるけど、
自分に酔ってるって言われたんだ。
でも僕を乗せるというなら、 最高の整備をする。
それが僕のプライド」
ジーン「なんだ、飛ぶの嫌いなんじゃなかったのか」
ルカ「飛ぶのは嫌いだよめっちゃ船酔いするし」
ジーン「……なあ、もう一度頼む。俺の船に乗ってくれないか」
ルカ「……いいよ」
□飛行場、朝
強い風の音。
ルカ「ふわぁ……」
ジーン「よお！ どうだ調子は」
ルカ「眠い」
ジーン「そうかそうか！ そりゃよかった」
ルカ「何がなのまったく」
ジーン「絶好の飛行日和だ！」
ルカ「だから何がなの。
風は強いし、空なんて年がら年中厚雲に覆われてるじゃない」
ジーン「そう言っておいた方が楽しいだろ」
ルカ「なんでもいいや。はやく飛ばそう」
バケツを数個床に置く音。
ジーン「なんだそのバケツ」
ルカ「ゲロ処理用」
ジーン「アー…… 船酔い、って、マジで吐くやつ？」
ルカ「うん」
ジーン「大丈夫かよ」
ルカ「……じゃあ、機関室にいるから伝声管で指示して」
ジーン「あいよ」
エンジンが起動する音。
ジーン「いいか、ハーシュマン」
ルカ「（伝声管）炉は温まってるよ。どうぞ」
ジーン「よし！ 行くぞ！」
飛空艇が飛ぶ。
ルカ「（伝声管）蒸気機関異常なし、エンジン動作異常なし、
浮遊石稼働開始、異常なし」
ジーン「計器異常なし、進路北西。南南東の風、１０ノット」
ルカ「（伝声管）やっぱり右ウィングは早急に修繕したほうがいいよ。
少し変な音がする」
ジーン「わかった…… なんとかしよう」
ルカ「（伝声管）まあ、結構高額になるし、
大変なのはわかるけ…… う゛っ」
ジーン「おいどうした」
ルカ「（伝声管、小さく）……うおぇ」
ジーン「あぁ！？ 吐いたのか！？
おい！？ 大丈夫なんだろうな！？」
ルカ「（伝声管）だ、だいじょう…… うっぷ」
ジーン「お前じゃねーよ、俺のアネットちゃんを穢してねえだろうな！？」
ルカ「（伝声管）ちゃんとバケツに吐いたよ……アネットちゃんって？」
ジーン「はぁ、頼むぜおい…… この船の名前だよ」
ルカ「（伝声管）ハッ…… 女の名前つけちゃうタイプね」
ジーン「呆れてんな。ねぇちゃんの名前だよ」
ルカ「（伝声管）……シスコン？」
ジーン「るせぇ！！」
舵輪を回す音
ルカ「（伝声管）うわっ…… と、ちょっと！
旋回するなら言ってよ！？」
ジーン「へっ！！」
ルカ「（伝声管）……さすがホッジソン・ホーク、滑らかな旋回だ。
しかし君の技術もある。離陸してから揺れが少ないし、
この角度で急旋回に入るのはいくら小型艇とはいえ難しい」
ジーン「認めるかよ、俺が最高の風乗りだって」
ルカ「（伝声管）悪いけど、僕のなかで最高はじいちゃんだから。
……君はせいぜい狂乱の風乗りどまりだよ」
ジーン「くっ、ふはは！ まあ、ジャンガリじーさんには勝てんわなあ！」
ルカＮ『コンテストレース。
それは、空挺士ギルドへの所属を目指す、
全ての者達に平等に開かれた唯一の門戸（もんこ）。
優勝チームと準優勝チームは、
出自、所属、階級に関わらずギルドに所属できる。
名声、栄誉、収入。空挺士は、憧れの職業。
そして、空に魅入られた者達が挑む、最後の希望』
※ＢＧＭ、ＳＥ、連続シーンカットインのイメージ。
□シーン１ 図書館
紙をめくる音、筆記音など。
ジーン「つまり、ほかのチームをぶっ倒して、
一番にゴールすればいいんだろ？」
ルカ「まあ、ものすごい簡略化すればそうだけど、
他の飛空艇に対する攻撃は違反だよ。」
ジーン「つまんねぇなぁ。飛び方に規定はねぇよな」
ルカ「授業じゃないしジェイクスみたいな定石はずれの飛び方でも問題ない。
チェックポイントさえ通過すればね」
ジーン「嫌味か？ 酔いどれルカさん？」
ルカ「嫌味だよ。よく分かったね偉い偉い。
さて、作戦だ。 通常最低３人チームのところ
僕達は２人で飛ばさなきゃならない」
□シーン２ 食堂
ガヤ、食器の当たる音、筆記音など。
ルカ「こうやって、翼の形状を整えることで
翼の上下で空気の圧力に 差が生まれ、
飛空艇が自然に浮き上がる。
つまり、浮遊石の消費エネルギーを抑えられる」
ジーン「はぁー。ぜんっぜん理解出来ねぇんだが、
そんなの聞いた事ねえぞ」
ルカ「一か月前に刊行された論文雑誌で発表されたんだ」
ジーン「すげぇなルカ」
ルカ「自分で言ってたじゃない、教科書なんて役に立たないって」
ジーン「いや、俺はほとんどトライアンドエラーの独学だからよ……
素直に尊敬するわ」
ルカ「……君の口からそんな言葉が出ると気持ち悪いね」
ジーン「ほめてんだろ！？」
□シーン３ 飛空艇内
ルカ「おえっ」
ジーン「おいバケツッ……」
ウィンドチャイムの音。
ジーン「あ」
ルカ「……ごめん」
ジーン「ふ、ははははは！」
ルカ「……なにさ」
ジーン「いや、ふふふ、今までの整備士はよぉ、
俺の操舵が乱暴だって文句言うんだけどよぉ」
ルカ「（小声）そのとおりだけど」
ジーン「お前は俺を責めねえなって思ってさ」
ルカ「船酔いは僕の問題だし、あんまりに酷ければ怒るけど、
はぁ、 操舵手の飛び方に耐える調整をするのが、
うぷ、仕事だし」
ジーン「……くっ、あーあー、次はちゃんとバケツに吐けよ」
□スカイポッド、夜
整備の物音。工具の音など。
ジーン「なあ、気になってたんだけど」
ルカ「なに。大きいレンチとって」
ジーン「ああ……」
ジーン「ほい。
その、いつも見てるノート、だいぶ古くねえか？って」
ルカ「……見る？」
ジーン「ん？」
ルカ「気になるなら見ていいよ。青いパーツとって」
ジーン「えっと……ほい。いいのか？」
ルカ「ん。大声出さないでね」
ジーン、ルカの古いノートを手に取り開く。
黙って読み進める。
ページを捲る音と工具の音。
ジーン「あ、こ、これって爺さんの？」
ルカ「そうだよ」
ジーン「すげえええ」
ルカ「大声出すなって言ったでしょ！」
ジーン「えええ！？ なんだこれ、知識の宝庫じゃねえか……」
ルカ「なにかヒントがないか、見返してるんだ」
ジーン「でも爺さんは飛行士だろ？」
ルカ「じいちゃんはどこのポジションもひととおり全部できたよ。
僕も幼い頃、色々と教えこまれたし」
ジーン「……まじか」
ルカ「それでもチームだから、人の仕事を取ったりしない。
チームがいるから自分の仕事に集中出来るって、いつも言ってた」
ジーン「……やっぱすげぇな、ジャンガリじいさん」
ルカ「……新聞では、嵐に巻き込まれて墜落、って報道されたけど」
ジーン「あぁ……覚えてる。酷かったな、あの日は」
ルカ「あの程度の嵐でじいちゃんがヘマするわけない。
……じいちゃんが死んだのは、整備ミスのせいだよ」
ジーン「そうなのか」
ルカ「回収された機体を見せてもらった。
大破してはいたけど、内部機関に異常があった。
甘いよねぇ。 信頼がなにさ。
慢心したんだ、同乗してた整備士が」
ジーン「……それで整備士に？」
ルカ「もともとは飛行士になりたかったんだけど。
……高いところから落ちれば人は簡単に死ぬ。
だから、整備が一番大事なんだ」
ジーン「……なるほど」
ルカ「君が整備士なんていてもいなくても変わらないって言った時、
正直ひっぱたいてやろうかと思ったよ」
ジーン「それは、悪かったよ」
ルカ「……もういいよ」
ページを捲る音。
ジーン「このスケッチ」
ルカ「あぁ…… 雲の上の風景と、浮遊大陸」
ジーン「……雲の上、なんてあるのか」
ルカ「父さんも母さんも想像じゃないかって言うけど、僕は信じてる。
じいちゃんは、この世界を覆うあの灰色の天井を、突破したんだって」
ジーン「……すげぇや」
ルカ「あー、そうだ、これが見たかったんだよ、最初は。
はは。 幼い頃の純粋さゆえだね」
ジーン「……」
□コンテストレース会場、朝
強い雨と風の音。
トランペットファンファーレ。
司会「おあつまりの皆様、お待たせいたしました。
あいにくの天候ですが、 空艇士にとって嵐は日常茶飯事。
第５６回空艇コンテストレース、開催いたします！
今回出場いたしますのは、王立アカデミアより１５チーム、
一般参加７チーム。計２２チーム、７６名でございます。
例年通り、国内５か所のチェックポイントを回り、
一番目、二番目にゴールしたチームに空艇士ギルドへの所属権が与えられます。
チェックポイントを通りさえすれば、ルートは自由。
空艇士を目指す皆様方。健闘を祈ります。」
観客の歓声。
ジーン「……チッ」
ルカ「（伝声管）なにイライラしてんの」
ジーン「いや…… さっきクラスのやつに絡まれて」
ルカ「（伝声管）はぁ、もしかして 、エレクトロウス家のご子息？」
ジーン「ああ。お貴族様のボンボンぼっちゃまめ。
俺のアネットちゃんを オンボロ呼ばわりしやがって。
なにが最新の電気エネルギー機関搭載だよ、パパの功績じゃねーか」
ルカ「（伝声管）電気エネルギーはまだまだ不安定だ。
実装にはもうすこし時間がかかるだろうね。
この天候だし、 雷に打たれて誤作動をおこすのがオチだよ」
ジーン「雷？」
ルカ「（伝声管）雷も電気だよ」
ジーン「そうなのか！？」
ルカ「（伝声管）そうだよ。だから自分の仕事に集中してジェイクス」
ジーン「……なあ、そのジェイクスってのいい加減やめねえ？」
ルカ「（伝声管）ふん。君を認めたら名前で呼んであげる」
司会「それでは、各機準備はよろしいでしょうか。
５、４、３、２、１」
鐘。空砲でも可。
ジーン「よっしゃ！ いい風だ！！」
ルカ「（伝声管）最初から飛ばしすぎるなって昨日言ったでしょ！！」
ジーン「いやぁ！ 楽しくて！」
ルカ「（伝声管）作戦忘れてないでしょうね！？」
ジーン「低空飛行だろ！？ 任せときなぁ！」
エンジン音。
ルカ「右舷（うげん）から一機接近。たぶんぶつかってくる！」
ジーン「（伝声管）おっと！ あぶねえ！
攻撃は違反じゃなかったのかよ！」
ルカ「ナイス回避、不慮の事故は攻撃にならない！」
ジーン「（伝声管）くそが！」
ルカ「石炭と水の消費が激しい！ 落ち着いて！」
ジーン「第一チェックポイントが見えてきた！」
ルカ「（伝声管）了解。エンジンダウンに入る。
ポッドについたら僕はすぐ整備に入るから君は燃料を」
ジーン「ラジャー！」
□第一チェックポイント
ガヤと工具の音。
ジーン「積み終わった！」
ルカ「船体とくに異常なし。すぐいける…… おえっ」
ジーン「おいおいおい」
ルカ「だ、だいじょうぶ」
ジーン「離脱チームなし、俺たち今６位だと」
飛空艇に乗り込む板上の足音など。
ルカ「１位との差は？」
ジーン「５分」
ルカ「ならいい。すっ飛ばしてるチームは必ず息切れする。
第４までに３位につけばいい」
ジーン「はいよ」
□飛空艇内
雷雨と風の音。
ルカ「……はぁ、はぁ。うっ」
ジーン「（伝声管）生きてるか！ 水飲んでるか！」
ルカ「大丈夫だって。ルートは」
ジーン「（伝声管）外れてないはずだが、
嵐が強くなってきた！ 荒れるぞ！」
ルカ「うっぷ…… りょーかい」
ものが転がる音。
ルカ「うっあ、あいつっ」
ジーン「（伝声管）ひゃっはあああ！！ いい風だぁ！！
飛びがいがあるぜえ！」
ルカ「だからどこがなの！ バカ！！ 死ぬっ…… う」
ジーン「(伝声管)これくらい乗りこなせなくてどうするよ！」
□第４チェックポイント
ルカ「うぷ…… やっと第４ポイント」
ジーン「ルカ、お前休んでろ」
ルカ「はぁ？ ……チェック、しなきゃ、」
ジーン「こっからが長くてきついんだよ、
一番やべえときにぶっ倒れられたら困る。
ここは全チーム強制で１時間休憩だ。寝てろ」
ルカ「……左右ウイング、可動部にオイルさして、
船尾浮遊石の台座のボルト締めて。
水と石炭の補給も。 あと、２０分前に必ず起こして」
ジーン「あぁ、わかった」
ルカ「ミスったらぶんなぐる」
ジーン「わぁったよ！」
□飛空艇内
ジーン「どうだ調子は」
ルカ「眠い」
ジーン「そりゃよかった」
ルカ「何がなの」
ジーン「絶好の飛行日和だ」
ルカ「だから何がなの。大嵐でしょうが」
ジーン「そっちのほうが、燃えるだろ？」
ルカ「なんでもいいや。はやく飛ばそう」
嵐と雷の音。
ジーン「ははははは！！ まぁた一機落ちた……あっぶね！」
近い雷の音。
ジーン「やべぇ！？ 雷当たったか！？ ルカ！」
ルカ「……」
ジーン「おい、起きてるか？」
ルカ「……」
ジーン「……おい！ ルカ！ 大丈夫か！ 生きてんだろうな！？」
ルカ「(コンコン)」
ジーン「こりゃやべぇな…… ちょいと辛抱しろや！」
ルカ「(コン)」
ジーン「嵐なんてなあ！ 俺の敵じゃねぇんだよ！」
□雲の上、甲板
静かな風の音とエンジン音。
ルカ「……ん、え」
ジーン「目ェ覚めたかよ」
ルカ「僕死んだ？」
ジーン「というか気絶」
ルカ「ここどこ、眩しくて目が…… 整備、整備しなきゃ」
ジーン「ジャイロ飛行中だ、安心しろ。そんなことより見ろよ！」
ルカ「へ……嘘」
ジーン「これが、灰色の天井の上だ」
ルカ「……海？」
ジーン「雲だろ」
ルカ「……あついね」
ジーン「太陽が近いからな」
ルカ「青い…… 青と、白しかない」
ジーン「じいさんのスケッチ、こんな色だったんだな」
ルカ「雲の、上」
ジーン「はっはぁ！ 最高だろ！！」
ルカ「……最高だ」
ジーン「……いいだろ、飛ぶのは」
ルカ「いいね」
ジーン「だからやめられねんだよなあ！」
ルカ「これが、じいちゃんがみた景色」
ジーン「命かけたくなるのもわかるよなぁ」
ルカ「まあ、わからなくもない」
ジーン「素直じゃねえなあ」
笑いあうアドリブ。
ルカ「うっ」
ジーン「ちょ、まてまてまてバケツバケツ」
ジーン「そろそろ第５チェックポイントのはずだ。降りるぞ」
ルカ「(伝声管)わかった」
ジーン「つかまってろよっ」
再び嵐の中へ。
バチバチ、ガタガタ、ボッボッボッなど
何かが壊れているイメージの音。
ルカ「(伝声管)揺れおかしくない！？」
ジーン「おい、アネットちゃん頼む持ってくれッ！」
ルカ「(伝声管)計器はどうなってる！？」
ジーン「船体バランスが崩れてる！
右舷エンジンがおかしいみたいだ！」
ルカ「(伝声管)なんだって」
ドアを強く開ける音。
ルカ「ロープと酸素マスク！！」
ジーン「何する気だよ！？」
ルカ「直すんだよ！」
ジーン「こんな中でかよ！」
ルカ「やんなきゃ死ぬんだ！」
腹にロープを巻き、柱に括り付ける 。
ドアを開ける。強く風が吹く。
ルカ「くっ」
ルカ「どこ、どこだッ！ オイル漏れ？ それとも」
ルカ「浮遊結晶にヒビ…… エンジンも……。さっきの落雷か！」
暴風の音。
ルカ「ジーン！」
ジーン「どうした！？」
ルカ「終わった！！」
ジーン「まだ傾いてるぞ！」
ジーンがロープを引き操舵室に戻ってくるルカ。
ルカ「浮遊結晶にヒビ、右舷蒸気エンジン部がやられた！
今完全に修復するのは不可能、
とりあえずワイヤーとパテで 固定してる。
いまのところ出火はないけど 蒸気機関との接続不良可能性あり。
どうする」
ジーン「ジャンガリ爺さんならどうする」
ルカ「右舷エンジンを止めて左舷のみで飛行する」
ジーン「よし」
ルカ「できるの？」
ジーン「やんなきゃ死ぬんだろ」
ルカ「(伝声管)右舷エンジンへのパワー供給停止、左舷の出力は？」
ジーン「２０ノット」
ルカ「(伝声管)了解」
ジーン「左舷エンジンを下向きに」
ルカ「(伝声管)了解、もうしてる」
ジーン「さすがだぜ！」
ジーン「証明してやる、俺が最高の風乗りだってな！」
ジーン「見えた！！ 第５チェックポイントだ！！」
ルカ「(伝声管)止められるの！？」
ジーン「通常着陸は無理だ！！
旋回しつつ高度を下げ 一度着水してからポッドに入る！」
ルカ「(伝声管)了解！ 左舷エンジン一時停止、
浮遊石稼働率上昇」
蒸気の音、魔法っぽい音。
ジーン「左舷逆噴射用意、タイミング合わせろ！」
ルカ「(伝声管)まかせて」
エンジン音 。
ジーン「いくぞ！」
大きな水音。
ジーン「う……いきてる」
ルカ「(伝声管)……生きてる」
ジーン「……はぁ」
ルカ「……」
ジーン「ぷっ」
ルカ「(伝声管)くっ、ふふふ」
ジーン「あっははっはははは！ はーーーーー生きてる」
ルカ「(伝声管)生きてるね……うぇっ」
ジーン「……おい」
ルカ「(伝声管)早く船を上げないと酸が、おえぇ」
ジーン「はぁ……」
□最終地点
ファンファーレ。 拍手や歓声など。
ジーン「いやぁ、信じらんねえな」
ルカ「なにが。ニヤケ顔キモイ」
ジーン「しかたねぇだろ〜」
ルカ「準備されてたリペアパーツで
応急処置できたからよかったよほんと。
まぁ、そもそも、
第５ポイントまでたどり着けたのが僕たちだけって、
アホみたいだよね」
ジーン「気概ねえなあ、あれくらいの風で」
ルカ「わりと稀に見る大嵐だったけど」
ジーン「ふっ、狂乱の風乗りたあ俺の事よ」
ルカ「プロは安全運転するんだよバカジーン」
ジーン「おっ、おっ！？ 今ジーンって」
ギルド長「ジーン・ジェイクス、
ルカ・ハーシュマン、前へ。」
ギルド長「第５６回空挺コンテストレースにおいて、
優秀な成績を収めた貴殿らを,
王立空挺士ギルドの一員として ここに認める。
貴殿らの今後の働きに期待する。おめでとう」
大きくなる拍手。ＦＯ。
飛空艇上の二人。
ジーン「浮遊大陸、見たいんだろ？」
ルカ「……うん」
ジーン「連れてってやるぜ。俺は、飛びたい。それだけだ」
ルカ「……しょうがないなあ、付き合ってあげる」
ジーンN『それは、とてもとても風の強い、軽やかな曇天の日』
《おわり》
18.10.13
検索用：それかろ
