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『カセットテープ』【♂2:♀1】20分

概要

人って、声から忘れていくんだってさ。

  • 所要時間:約20分
  • 人数:男性2、女性1
  • ジャンル:現代日本、ヒューマン

登場人物

  • 雄哉
    20代後半~30代前半くらい。元カメラマン。地元に帰ってきた。
  • 航大
    20代後半~30代前半くらい。雄哉の幼馴染。電気屋。
  • 沙紀
    小学生。雄哉と航大の幼馴染。声だけ。

本編

沙紀:おーい。

雄哉:なにー。

沙紀:ゆーくん、聞いてる?

雄哉:聞いてる。

沙紀:ちょっと。

雄哉:聞いてるって。

沙紀:何とか言ってよー。

雄哉:何とか。

沙紀:……もし何とかっていったら怒る。

雄哉:ふふ。

沙紀:何笑ってんの!?

雄哉:(小声)沙紀が可愛いから。

沙紀:ねえ、なんで笑ってるの!?

雄哉:秘密。

沙紀:教えてよー!

雄哉:教えなーい。

沙紀:もー。なんか後ろに隠してる?

雄哉:隠してない。

沙紀:見せて!

雄哉:だーめ。

沙紀:見せてよー!

沙紀:今日の雄哉絶対変だよ!いっつもおしゃべりなくせになんでずっと黙って

雄哉:……あれ。

雄哉:切れた?

■電気修理屋

航大:はぁ?

雄哉:修理屋だろ。

航大:いや、無理言うなよ。なんだよ、カセットテープ持ってきて聞くなって。

雄哉:直してほしい。けど、絶対聞くな。

航大:はー。

雄哉:航大にしか頼れないんだよ。

航大:つったってなぁ。

雄哉:頼むよ、こうちゃん。

航大:それはやめろっつってんだろ! ゆーくんって呼ぶぞ!

雄哉:やめろキモイ。

航大:ったくよぉ、何年も連絡よこさねぇくせにいきなり電話してきやがって。マルチ勧誘かと思ったわ。

雄哉:悪い。

航大:とりあえず、切れた部分は繋いでやる。

雄哉:ありがとう。

航大:……んでぇ? いつこっち帰ってきてたの。

雄哉:去年。

航大:はぁ? お前、はぁ? 

雄哉:あー、あのー、な。そのー、な?

航大:分かんねえよ。言葉を使え言葉を。

雄哉:いろいろあって、引きこもり、的な。

航大:……言いたくねぇなら聞かねぇけどよ。

雄哉:うん、ごめん。

航大:謝られる筋合いもねぇって。

雄哉:ごめん。

航大:はぁー。お前ほんとに雄哉?

雄哉:多分、こうちゃんが知ってる俺ではない。

航大:お前陽キャだったろうが。

雄哉:俺、陽キャだった?

航大:クラスの人気者。

雄哉:うそだぁ。

航大:足、速かったからな。

雄哉:あ、そういうやつ。

航大:んで、このカセット、何が録音されてんの。

雄哉:……聞くな。

航大:ちゃんと直ったか、聞かなきゃわかんねぇだろ。プレーヤーの故障で切れたかもしんないし。

雄哉:それはそうだけど。

航大:なっつ。ウォークマンじゃん。よくもったね。

雄哉:買ったの多分中学のときかな。

航大:ふぅん。カセットは。

雄哉:……小学生の、とき。

航大:ほおん。よし、繋がった。巻き直すわ。鉛筆鉛筆っと。

雄哉:なあ。

航大:なーにー。

雄哉:ここって仕事あんの。

航大:まーね。じいさんばあさん、結構ずっとおんなじもん使いたがるからさ。

雄哉:へぇ。

航大:あとはそうだな、エアコン取付とか。ぼちぼち。

雄哉:修理だけじゃないんだ。

航大:なんでも電気屋さん。

雄哉:なんでも。

航大:いやすっごいよ。実際さ……わりぃ、電話。

雄哉:どうぞ。

航大:はい、海野電気店。こんにちは。どうしたの。うん?
  ……なるほどねぇ。そりゃ大変だ。今日は寒くなるよ。うん。
  そうね。じゃあ町田のおばあちゃん。今からいうこと、一個ずつ確認してくれる?
  うん。とりあえずね。それでもだめだったら行くから。うん。
  まずね、コンセントに、プラグ刺さってる? そう。電源。ウン。
  ついた? あーそう! よかったー。うん。よかったねぇ。
  またなんかあったら電話してね。ありがとう。またねー。

航大:おう、お待たせ。

雄哉:電源? 入ってなかっただけ?

航大:そう。

雄哉:そんなことで電話かけてくんの?

航大:じいさんばあさんってそんなもんよ。

雄哉:そうかぁ。

航大:ほれ、巻き終わった。んじゃうちのデッキで再生してみっか。

雄哉:え。

航大:インサート~! がちゃこーん! ぽちっとな。

雄哉:こうちゃん!

沙紀:おーい。

雄哉:う。

沙紀:ゆーくん、聞いてる?
沙紀:ちょっと。
沙紀:何とか言ってよー。
沙紀:……もし何とかっていったら怒る。
沙紀:何笑ってんの!?
沙紀:ねえ、なんで笑ってるの!?
沙紀:教えてよー!
沙紀:もー。なんか後ろに隠してる?
沙紀:見せて!
沙紀:見せてよー!
沙紀:今日の雄哉、絶対変だよ! いっつもおしゃべりなくせに

    音声途切れ、数秒の沈黙。

航大:お前、まじか。

雄哉:……。

航大:沙紀じゃん。この声。

雄哉:うん。

航大:女々し。

雄哉:だな。

航大:テープ止まってるな。さっき切れてたのってこのへん? 

雄哉:うん。

航大:んじゃ中で引っかかってんのかな。分解すんね。

雄哉:うん。

航大:これさぁ、何分とってんの?

雄哉:……三十分。

航大:両面?

雄哉:いや、片面。

航大:六十分テープかこれ。

雄哉:うん。

航大:キモ。

雄哉:ごめん。

航大:懐かしいな。

雄哉:キモくてごめん。

航大:お前さー。何で聞けなくなる前にスマホとかで録音しなかったわけ?

雄哉:あ。

航大:バッカだなぁ。思いつかんかったん。

雄哉:思いつかなかった。

航大:あーこりゃ、リール割れてるねー。

雄哉:直る?

航大:どうだろ。

雄哉:……こうちゃん?

航大:何でこんなもん大事に持ってんの。

雄哉:忘れたくなかった、から、かな。

航大:なんでさ、今さら、持ってきた。俺の前に。

雄哉:だから、聞くなって言ったじゃん。

航大:せっかく忘れてたのに。

雄哉:ごめん。

航大:……あー、これ、磁性体(じせいたい)剥がれてるわ。
  一晩預かる。ついでにウォークマンも掃除しとくよ。

雄哉:あ、うん。よろしくお願いします。

■夜、航大自室

沙紀:おーい。

航大:おー。

沙紀:ゆーくん、聞いてる?

航大:ゆーくんは寝てます。

沙紀:何とか言ってよー。

航大:何とか。

沙紀:……もし何とかっていったら怒る。

航大:ぷっ、え、はは。

沙紀:何笑ってんの!?

航大:まって、あれ、こんなこと言ってた? さっき。

沙紀:ねえ、なんで笑ってるの?

航大:いやー、発想ガキの頃から変わんねぇんだなって。

沙紀:教えてよー!

航大:教えたじゃんかー。

沙紀:もー。なんか後ろに隠してる?

航大:……隠してた。

沙紀:見せて!

航大:……。

沙紀:見せてよー!

沙紀:今日の雄哉、絶対変だよ! いっつもおしゃべりなくせになんで黙ってるの!
  あ、録音? え? うそ!?
  なんで!? なんで言ってくれないの!?
  とめて! 止めてよ! 恥ずかしい!

航大:ストップストーップ。……何を聞かされてるんだ、俺は。
  あいつ、馬鹿だな。ほんとに。B面なに入ってんだろ。

    数秒無音で流れる。

航大:……なんだ、無音か

沙紀:ゆーくん、こうちゃん。

航大:ひっ。

沙紀:仲良くしてくれてありがとう。
沙紀:学校にいかなくなっても、病院まで来てくれて、
沙紀:いっぱい遊んでくれて、ありがとう。
沙紀:このテープは、あとで焼き増ししてくれるって。

航大:はあ? もらってねぇけど。

沙紀:だから、こうちゃんはちゃんと風邪治してね。

航大:あ、そか。俺一週間インフルだったわ……。

沙紀:沙紀は、明日手術です。

航大:沙紀……。

沙紀:元気になったらまた遊んでほしいな。
沙紀:もうおわり? まだあるの?
沙紀:えー、でももう言うこと無いよ。

航大:ふ、有れよ。みじけーよ。

沙紀:んー。じゃあ、続きは

   途切れる

航大:……雄哉、隠してやがったな。

■次の日、電気屋。

雄哉:え、なに、これ?

航大:B面。

雄哉:知らない。

航大:なわけねぇだろ。

雄哉:しらない。ほんとに。

航大:嘘つくな。

雄哉:だって当時B面録音できるって知らなかったんだ。

航大:はぁ? じゃあ誰がコレ録音したんだよ。

雄哉:……前日、病室に忘れてったんだ。

航大:じゃあ、このとき一緒にいたの、お前じゃないの。

雄哉:多分、沙紀のお母さん、かなあ。

航大:……。

雄哉:勝手に録音してたんだ、沙紀。

航大:……何でコレ、俺に教えなかったわけ?

雄哉:え、だって、隠し撮りなわけじゃん。自分でもキモいって思うし。

航大:めちゃめちゃキモいな。

雄哉:あと……怒んないでね?

航大:あ?

雄哉:俺も、沙紀のこと好きだったから。

航大:……お前さぁ。

雄哉:こうちゃんも好きだったろ。

航大:お前さあ。

雄哉:だから聞かせたくなかったんだよね。ごめん。
  でも他の修理屋に持ってっても下手に言い訳できなさそうでさ。
  てかこの町に修理できそうなのってこうちゃんしかいないし、それに

航大:あのさ。お前もしかして、まだ引きずってんの。

雄哉:……。

航大:小学生のころだよ。これ。

雄哉:そ、だね。

航大:俺は、正直忘れてたよ。

雄哉:うん。

航大:顔はほら、なんとなく、覚えてたけど。

雄哉:俺は、忘れたくなかったんだよ。

航大:雄哉。

雄哉:全部全部忘れたくなかった。写真もいっぱいとった。アルバムあるし。
  声は、テープに残しておいてさ。それ以外は、どうやれば残せるかわかんなかったけど、
  普通に思い出になるとおもってやってたよ。当時は。

航大:それで、カメラやってたわけね。

雄哉:……忘れたら、いなくなっちゃいそうでさ。俺だけは覚えておかないとって。

雄哉:幸せだったなあって、この頃は。

航大:それで? ヤなことあって、家に引きこもって
  ガキの頃の思い出に縋りついてしがみついてたってこと?

雄哉:そっ、こまで言わなくても。

航大:忘れろよ。

雄哉:……こうちゃん?

航大:忘れたほうがいいよ。

雄哉:いやだ。

航大:雄哉。

雄哉:なんでこうちゃんは忘れられたの。

航大:……。

雄哉:よく忘れられたね。

航大:ちげぇよ。

雄哉:好きだったくせにね。

航大:ちげえんだよ。

雄哉:何がちげぇんだよ。

航大:忘れないと、進めなかったんだだよ。

雄哉:忘れて……進めた?

航大:いいか、雄哉。大切な人がいなくなっても、どんだけお前が沈んでも、
  どんだけ俺がバカで大学にいけなくても。……人生は進んでいく。

雄哉:説教やめろよ。

航大:お前昔から頭いいのに馬鹿だよな。

雄哉:よくわかんない。

航大:このテープ。俺は、捨てたほうがいいと思う。

雄哉:……直せないってこと。

航大:ぶっちゃけ、うちでは無理。ってのもある。
  あと、再生すればするほど、まあ、再生しなくても劣化で、
  磁石の粉がはがれて、どんどん聞けなくなる。

雄哉:……貸して。

航大:おい。

   雄哉、テープをデッキに入れて再生。

沙紀:おーい。……ゆーくん、聞いてる?

雄哉:聞いてる。

沙紀:ちょっと。

雄哉:聞いてるって。

沙紀:何とか言ってよー。

雄哉:(同時)何とか。
航大:(同時)何とか。

沙紀:……もし何とかっていったら怒る。

雄哉:ふふ。

航大:ふ、

沙紀:何笑ってんの!?

雄哉:沙紀が可愛いから。

航大:あ?

沙紀:ねえ、なんで笑ってるの!?

航大:お前、え? いつもそうやってんの?

沙紀:教えてよー!

雄哉:教えなーい。

沙紀:もー。なんか後ろに隠してる?

雄哉:隠してる。航大が。

航大:何言ってんだよ。

沙紀:見せて!

雄哉:航大、どうする?

航大:はぁ?

雄哉:俺は言うよ。

航大:何言ってんだよ。

沙紀:見せてよー!

沙紀:今日の雄哉絶対変だよ! いっつもおしゃべりなくせになんで黙ってるの!

   雄哉、テープを止める。

雄哉:沙紀、大好きだったよ。ずっとずっと。

航大:……。
航大:お、ま、え……。

雄哉:航大、多分、航大もやっといたほうがいいよ。

航大:いやキモイわ。

雄哉:禊(みそぎ)、禊。

航大:意味わかんねーし。

雄哉:じゃあ続き再生すんね。

航大:へぁ!?

沙紀:あ、録音? え? うそ!?
  なんでぇ!? なんで言ってくれないの!?
  とめて! 止めてよぉ! 恥ずかしい!

雄哉:かわいい。止めてあげない。

航大:お前ほんとキモいぞ。

沙紀:絶対こうちゃんに聞かせたらだめだからね!

航大:え。

沙紀:こうちゃんの前ではこんなアホなことしないの!

航大:は?

沙紀:もっとほら、おしとやかーでいたいの!

航大:ふ、おしとやか? 誰が?

雄哉:隠せてなかったよね、雑なの。

沙紀:その目はなぁに? ゆーくん。

航大:いちゃついてんなよ。

雄哉:うるせぇ。

沙紀:もー、いいからこうちゃん連れてきてよ。

雄哉:……この日はこれで終わり。

航大:ハブられてた事実つらいわ。なにこれ。復讐?

雄哉:うん。……こうちゃん。

航大:なに。

雄哉:声に出して、具現化するのって怖いよね。

航大:難しい言葉使うなって。俺馬鹿なんだから。

雄哉:言っといたほうがいいよ。

航大:……俺も、好きだった。沙紀のこと。

雄哉:うん。

航大:でも、それよりも、三人で遊んでるのが好きだった。

雄哉:うん。俺も。

航大:……墓参り、行くか。

雄哉:うん。行こっか。

<おわり>

2021.11.11.

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