概要
露頭なう。
- 所要時間:約10分
- 人数:不問2
- ジャンル:西部風
登場人物
- ガンマン
人生に迷っている - マスター
酒を出す。
本編
ガンマン:ふぅ。
マスター:(咳払い)
ガンマン:はぁ。
マスター:(咳払い)
ガンマン: んー。あ! ……あ、あー。はぁ。
マスター:……お客さん。
ガンマン:なんだ。
マスター:注文は。
ガンマン:マスター、人が迷ってるってのに急かすのは野暮だぜ。
マスター:酒場に来て一時間も迷う客はいないよ。
マスター:あるのは、ウィスキーか! エール! ブランデー!
ガンマン:なあマスター。俺は迷ってるんだ。
マスター:聞いて欲しけりゃ注文しな。
ガンマン:俺は仕事をするために家を出た。
マスター:まずはそのおつむに耳を縫い付けなきゃいけないみたいだな、え?
ガンマン:ところがどっこい、依頼人も、職場も、取引相手も見当たらねぇときた。一体これはどういうことだ? 俺は知らねぇ国に迷い混んじまったのか? そう思ったさ。
マスター:(テーブルにグラスを叩きつける)……注文は。
ガンマン:……冷たい水を一杯。
マスター:(鼻で笑う)水桶なら外だよ。馬が順番待ちしてるがな。
ガンマン:……ワインは。
マスター:洒落たもん飲みてぇならマカロニタウンにでも行きな。
ガンマン:そ、そうか、じゃ、俺はお暇……
マスター:あ?
ガンマン:(息)……メニューを。
マスター:ウィスキー、エール、ブランデー。
ガンマン:あー、他には?
マスター:スコッチ、ラガー、コニャック
ガンマン:シェリー?
マスター:バーボン?
ガンマン:シェリー……。
マスター:スタウト??
ガンマン:スコッチ、スコッチだ。
マスター:はいよ。
0:マスター、酒を注いだグラスを置く。
ガンマン:(飲む)……なあこれ本当にウィスキーか? 薄いんだが。
マスター:なにか?
ガンマン:これはこれは最高に旨い酒だ。うん。この町の住人は幸せだな。美味い酒に、人のいいマスター。俺も移住したいくらいだ。うん。
マスター:それで? どっから来たんだい、あんた。迷ってるみたいじゃないか。私でよければ聞くよ。
ガンマン:へっ?……あ、ああ、注文したからか……実は、職場が消えたんだ。
マスター:どういうことだい?
ガンマン:俺は朝、依頼人に会うために乗り合い馬車に乗った。
マスター:ほう。ここいらに馬車が来るとは珍しい。
ガンマン:そうなんだ。コートを羽織り、愛用の銃を下げてな。
マスター:それで?
ガンマン:依頼人は金持ちで有名な奴だった。そいつが使者もつかわず、自ら手紙を届けに来たんだ。のっぴきならないワケがあると踏んだね。
マスター:金持ちで有名な。こんな田舎じゃ縁がないね。その依頼人とやら、この街の人間かい?
ガンマン:いいや、違う。
マスター:はぁん?
ガンマン:言ったろ? 職場が消えた、って。
マスター:……つまり?
ガンマン:まあ聞け。(酒を飲み干す)ふぅ。
マスター:(溜息)……。
ガンマン:俺は馬車の中で(うっかり居眠りを)
マスター:(食って)注文は。
ガンマン:は?
マスター:注文。
ガンマン:スコッチ頼んだだろ! 見えねえのかこのグラスが!
マスター:ああ、私がさっき磨いたグラスだ。空の。な。
ガンマン:ああ? ……もしかして
マスター:続きを喋りたいなら、注文だ。
ガンマン:あんた商魂逞しいな。
マスター:ウィスキー、エール、ブランデー!
ガンマン:スコッチだ。
マスター:あいよ。
0:マスター、酒を注ぎ、水も注ぐ。
ガンマン:おい待て、今水入れたな? やっぱり薄かったよなさっきのも!
マスター:文句があるなら帰んな。
ガンマン:くっ……帰れたら、帰ってんだよッ!
マスター:どうした?話してみな。
ガンマン:急に親身になるなよ。
マスター:いいか、兄さん。この世には、二種類の人間しかいねえ。
ガンマン:あ?
マスター:客か、それ以外だ。
ガンマン:あんた、ほんとに逞しいな。
マスター:で?
ガンマン:実は続き気になってんだろ?
マスター:べ、別に、ちげぇよ、迷える客の話を聞くのもマスターの仕事だ。
ガンマン:はぁ。
マスター:で? で? で? で?
ガンマン:話すよ、話すって……駅馬車に乗った俺は。
マスター:うんうん。俺は?
ガンマン:(急かされて嫌そうに)んん、依頼が取り立てか、護衛かはしらねえが、予想される激戦に備えて体力を少しでも温存するために、眠りについたんだ。
マスター:ほう。馬車のなかで?
ガンマン:ああ。
マスター:ははあ、読めたぞ。
ガンマン:なんだ? 先がわかったのか?
マスター:あんた、職場が消えたと言ったな?
ガンマン:ああ。
マスター:消えたのは職場じゃねぇ、あんたの方だ。
ガンマン:(息をのむ)…………!
マスター:ビンゴ。
ガンマン:……ふ、さすがだ。よく人を見ている。
マスター:伊達に旅人の話を聞いてないからね。
ガンマン:ああそうだ。居眠りをしちまった俺は、身ぐるみひっぺがされて馬車からほ放り出された。愛銃も、一張羅(いっちょうら)のコートもどっかにいっちまったさ。一文無しってやつだ。
マスター:そりゃ災難だったな。
ガンマン:いや、そうでもない。
マスター:ん?
ガンマン:銃を手放して、分かったことがある。
マスター:分かったこと?
ガンマン:俺はずっと迷っていた。依頼されるままに命のやり取りをする日々。依頼人は現場、ああ、俺は職場と呼んでるが、そこには、来ない。
マスター:安全圏から高みの見物ってやつか。
ガンマン:そうだ。ベットされるのは俺の命。そんな生活に意味があるのかと、迷っていたんだ。
マスター:あんた……。
ガンマン:銃がないと気づいたとき、ほっとしちまったんだよ。情けない話だ。銃を無くしたガンマン。はっ、笑ってくれ。
マスター:笑わねぇさ。
ガンマン:マスター?
マスター:いいんだ、いいんだよ。あんた、それでいいんだ。
ガンマン:いいのかな。俺……ガンマン辞めて、いいのかな。
マスター:本当は、やりたくなかったんだろう?
ガンマン:マスター……!
マスター:いいか。人はいつだって、何度だって、やり直せるもんさ。
ガンマン:……ああ、そうか、そうだな。
マスター:いいか。人はいつだって、今日が一番若いんだ。
ガンマン:あ、ああ、そうだな。
マスター:いいか。人はいつだって、
ガンマン: マスター! 勇気が出た! ありがとう本当に。
マスター:だろう。さあ、新しい道を行け。若人(わこうど)よ。
ガンマン:ああ。(二杯目を飲み干す)ぷは。……ふう。じゃあ、俺は行くよ。サンキュー、マスター。
マスター:お客さん。待ちなよ。
ガンマン:……。
マスター:……お勘定。
ガンマン:マスター。
マスター:お勘定。
ガンマン:嫌だぜマスター、俺、言ったよな?
マスター:お勘定。
ガンマン:一文無しだって。
マスター:お勘定!
ガンマン:……アリマセン。
マスター:ほお?
ガンマン:ゴメンナサイ!!
マスター:帰ってとってきな!
ガンマン:ええ、でも……
マスター:何迷ってんだい!ぶち抜かれてぇか!
ガンマン:でも、一文無しで、どこでほおり出されたかも帰り道もわからねぇ……もはや何に迷えばいいかも、わからねぇ!!
マスター:……ふぅ、お客さん
ガンマン:……な、なんだ
マスター:教えてやるよ。あんたが迷ってるのは
ガンマン:俺が迷ってるのは……?
マスター:路頭だよ。
ガンマン:…………。
マスター:うちで働きな。
ガンマン:(食い気味)ありがとうございますッ!!
21.02.21.