概要
【#声劇夢十夜 参加作品】この作品はyukaさん企画「声劇夢十夜」参加のために書き下ろした作品です。
声劇夢十夜
「巡るは、十人のライターが綴る『夢十夜』」
不朽の名作、夏目漱石『夢十夜』を十人のライターがオマージュ。
全作品、ライター陣による書下ろし。
上演スタンプラリー《夢廻り》、台本クイズ《夢解き》等の参加型企画あり。
SNSでは是非、「#声劇夢十夜」をご利用ください。
あらすじ
厚い雲に覆われ、太陽を失った世界。
飛空艇に乗せられた少年ニコは、商人として生きる未来を当然のように与えられながら、その世界に息苦しさを感じていた。
行き先のわからない船、説明を拒む大人たち、信仰と科学の矛盾。
やがて少年は、雲の向こうにある“煌めき”の存在を知り、衝動のまま空へ身を投げる。
そこで一度だけ見た光は、彼の生き方を静かに変えていく。
- 所要時間:約10分
- 人数:男性1、女性1、不問1(少年)
- ジャンル:スチームパンク、ファンタジー
登場人物
- ニコ
少年。 - 男
父親/水夫/船長/歌手の男▶演じ分けてもいいし、「少年にとって全て同じ声に聞こえる」という演出でもOK。※船長と歌手の男は歌があります。適当にメロディをつけてください。
- 女
すすり泣く女/竜人/歌手の女▶演じ分けてもいいし、「少年にとって全て同じ声に聞こえる」という演出でもOK。歌手の女は歌があります。適当にメロディをつけてください。
本編
■船の上
男:(父親) どうだニコ、楽しいだろう。ショーレストラン、バー、カジノ!
ニコ:別に楽しくない。酒は飲めないし、カジノは勝ちすぎちゃうし。
男:(父親)なんだ、またやったのか。まったくお前はポーカーだけは強いな。
ニコ:ポーカーは確率のゲームだからさ・・・。
男:(父親)ほどほどにしておけ。さて、夜には本命のオークションだ。お前も商人として、しっかり勉強しなさい。
ニコ:……面白くないんだ。物を、売ったり買ったりするの。
男:(父親)お前の人生はもう決まっている。農民の子は農民に、商人の子は商人に。船乗りの子は船乗りになるもんだ。余計なことを考えるな。私は他の客に挨拶してくる。
ニコ:母さんは?
男:(父親)ふん。あの女はエステルームから出てこんよ。
ニコ:(ため息) 甲板にいるよ。
ニコ:(独白)大きな船に乗っている。この船が毎日黒い煙を吐いて、少し下に見える白い雲を切って、空中を進んでいく。これだけ施設と人とモノを詰め込んだ船を浮かせるには、どれだけのエネルギーが要るんだろう。
男:(水夫) ぼっちゃん、ぼっちゃん! ちょいとどいてくんな。そこにモップをかけねえと。
ニコ:あ、すみません。・・・う、(鼻を摘む)なんですか、それは。
男:(水夫)タールでさ、これを端正に塗り込めるのが俺のお仕事ですぜ。さぼったら船長に怒られちまう。木が腐ったらてえへんでしょう。
ニコ:客がいない時にやれよ。
男:(水夫)まわりをごらんみなさい、ぼっちゃん。こんなとこでぼんやり雲を眺めてるのはあんただけさ。
ニコ:(独白) 僕がひょい、と避けてやると男はガチャガチャとバケツを鳴らしながら舳先(へさき)の方へモップをかけていった。
女:(すすり泣き)
ニコ:(独白)なんだ、他の客も居るじゃないか。適当な水夫め。
女:(すすり泣き)
ニコ:お姉さん、どうしたんですか。何がそんなに悲しいんですか。
女:(すすり泣き)
ニコ:(狼狽えて) なにか、貰ってきましょうか。ブランケットか、強い酒か。
女:(すすり泣き、激しくなる)
ニコ:(独白)話が通じない。僕は対話を諦めて船尾へ向かった。
ニコ:(独白)船の後ろに雲が伸びていくのを見つめる。人はそれを『船雲(ふなぐも)』という。蒸気エンジンが残していく黒い煤と、白い雲。浮島のない空は途方もなく広く、そして厚雲に覆われて灰色だった。もっと下には、紫色や緑色をした海が見えた。
ニコ:(独白)この時間。船尾から空と海の境界を見つめていると、きまってオレンジ色の光が広がって消える。それが太陽であるということを、僕は知っている。
男:(船長) おや。少年。親御さんは?
ニコ:親は・・・楽しんでます。その帽子、あなたは船長ですか。
男:(船長)いかにも。私は船長だよ。船の長、キャプテン、一番偉い人だよ。
ニコ:この船は、東に向かっているんですか。
男:(船長)どうして?
ニコ:沈む太陽から逃げるように飛んでいるから。
男:(船長)・・・君は太陽が怖くないのか?
ニコ:え?
男:(船長)我々はみな罪人。太陽は嘆き隠れた。罪を贖うまで、恵みは与えないと。灰色の天井は閉じて、空の高さを知らず、哀れなノームの子ら。その過ち(あやまち)を知らず。
ニコ:ソレル教の教えですか。僕は、信じてないですけどね。
男:(船長)朝と夜の狭間だけ、太陽神ソレルは我々を見る。『見られている』というのは、存外怖いものだ。
ニコ:あなたのような、空の男でも?
男:(船長)おれのような、空の男でも。
ニコ:・・・くだらない。
男:(船長)(歌いながら去っていく) 俺たーちゃ空を漂う、船とー雲を道連れに、風にー流されいずこへ、舵を切る定め・・・ヨー・・・舵を切る定め・・・
ニコ:(独白) どこへ向かっているのか、いつ島につくのか答えを得られず、心細くなった。オレンジ色の光がとぷんと海に沈んで辺りに夜の帳(とばり)が降りる。灰色の天井は相変わらず空を覆っていて辺りは暗黒に包まれた。
ニコ:(独白)この船の上は息苦しい。誰も彼も、何かを演じていて、相手を品定めしていて、眼の前の人間が自分にとって有用かどうかを『見ている』
女:(竜人) 少年。こんなところで何を見ている?
ニコ:(独白) たくさんの乗客は色々な顔をしていて、異人も多かった。話しかけてきた女は、肌が鱗に覆われ、鼻面が長かった。
女:(竜人) はは、竜人を見るのは初めてか?
ニコ:竜人?
女:(竜人)竜人。ドラゴネル。古の種族。
ニコ:・・・・・・初めて見ました。
女:(竜人)だろうね。何を見ている
ニコ:・・・たまに、海と空の間に、煌めくものがあって。それが見たくて。
女:ほう。星か。
ニコ:星? 星って、航路の目印にする、光る石じゃなくて?
女:(竜人)それも今は星という。しかし元々は、空に輝く天体を示す言葉だった。
ニコ:天体?
女:(竜人) かつて。この夜空には、君が言う『海と空の間に煌めくもの』が溢れていて、船乗りを導いた。
ニコ:え? 空には天井が・・・
女:(竜人) 天井がもっとずっと薄く、光を通した時代さ。
ニコ:・・・そんな時代があったの?
女:(竜人)柄杓(ひしゃく)の形をした七つ星。『大熊の足を北に 五つのばしたところ 小熊の額の上は そらのめぐりの目当て』……古い唄だ。かつて存在した島国の人間が残したもの。今はもう、国ごと沈んだ。
ニコ:くま?なんで?くま?
女:(竜人)かつて人は、星を繋いで絵を描いた。大熊と小熊を目印に、その目印の星を見つけた。大海原で迷った時は、その星が北を教えてくれる。
ニコ:何言ってるかわからない。
女:(竜人) 君にとっての『北』、あるいは、『そらのめぐりのめあて』はなんだ?
ニコ: ・・・・・・ないよ、そんなもの。
女:(竜人)いかんな。見つけろ。
ニコ:は?
女:(竜人)・・・・・・迷子になる。それに、つまらないぞ。
ニコ:(独白) どき、と心臓が跳ねた。ずっと感じていた心細さを見透かされたような気がした。
女:(竜人) 君は、神を信じるか。
ニコ:(独白)わけのわからない話に付き合うのに疲れて、僕は彼女を無視して、両親がいるかもしれないサロンに戻る。
男:(歌手の男)ルララー!ルララー!
女:(歌手の女)ララルー!ララルー!
男:(歌手の男)ラララール、ルララー!
女:(歌手の女)ルルルーラ、ララルー!
ニコ:(独白) 歌手の男女が手を取りあって歌っている。両親はそれをつまらなそうにみていた。歌手の男女は二人の世界にいて、それだけで幸せそうだった。僕はいっそうつまらなくなって、また甲板に戻った。
ニコ:(独白)さっきの女性のすすり泣きが耳に残っていた。手すりに手を添えて下を見れば、底のない暗闇が広がっている。……海に呼ばれている。・・・・・・いっそ、飛んでしまおうか。
ニコ:(独白)手すりを乗り越えて、暗闇に身を投げてみた。船から足が離れた瞬間、怖くなった。よせばよかったと思った。酸の海は肉を溶かすという。生きながら溶けるのは、痛いだろう。船の光と黒煙が遠ざかる。高高度を飛行していただけあって、なかなか海にはたどり着かない。目的地のない船でも、つまらない大人たちしかいなくても、のっていればよかった。ああ、波の音が近づいてくる。
ニコ:(独白)・・・その時。背中が、柔らかく滑らかなものに着いた。蒸気エンジンのように血流を回している心臓を抑えて起き上がる。動く島? 島にしてはすべすべしている。
ニコ:(独白)その大きなものが、コオォォ、と鳴く。
ニコ:・・・鯨?
ニコ:(独白)本でしか読んだことのない生き物。名前と絵しか見たことの無い生き物。かつて島を喰い、空を旅する、翼のない生き物。
ニコ:(独白)鯨はもうひと鳴きして、上昇しはじめる。僕は振り落とされないように、その背中にしがみついた。やがて天井に近づいて、ぶつかる、と、揺れに備えて目を瞑った。・・・しかし衝撃は訪れず。鯨は天井の中を突っ切った。
ニコ:・・・・・・・・・・・・煌めき、が。
ニコ:(独白)天井を抜け、鯨が水平になると、周囲が明るくなった。見上げれば、空と海の間の煌めきだと思っていた光が、頭上一面を覆っている。
ニコ:柄杓の形をした七つ星・・・ッ
ニコ:(独白) 大熊小熊はわからなかったが、ひときわ輝く星をみつけた。あれが、あの煌めきが。
ニコ:(独白)息が苦しい。寒い。僕はガタガタと震えた。鯨が下降を始める。僕はまたしがみついて、目を瞑った。目を瞑っていると、鯨は横に傾く。滑らかな背中から滑り落ちて、硬い板の上に落ちた。
ニコ:・・・・・・・・・・・・船、の上?
ニコ:(独白) 目を開けると、もくもくと黒煙が上がり、灰色の天井を分厚くしていた。
ニコ:そらのめぐりのめあて。
男:(父親)ニコ、ニコ、どこにいってたんだ? まったく。ほっつき歩いていないで。一緒に来なさい。商談の勉強だ。
ニコ:・・・・・・父さん。僕は、商人にはならないよ。
男:(父親)何?
ニコ:(独白) 僕は黙って、厚雲の天井の向こうへ、手を伸ばした。
(おわり)
2026.02.03.
※作中に登場する詩句「大熊の足を北に~」は、宮沢賢治『星めぐりの歌』より引用しています。