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『歌劇・亡国奇譚』【♂2:♀2】約50分

概要

かつて「リューネシア」と呼ばれた国があった。なぜ滅んでしまったのか。どんな国であったのか。どんな人たちが生きていたのか。残された記述は少ない。
天才画家、エルトン・エーカーが残した絵画「孤軍の叫び」は、リューネシアを語るにおいて数少ない資料の一つだ。のちに「ゴルドーを疑われる」という諺にまでなった裏切りの騎士、ドル・ゴルドーを描いたとされるこの絵は、その後の人々によって、城を守った「守護神」とも、主君を裏切った「堕落騎士」とも解釈される。
それでは、リューネシア滅亡とゴルドーの真実について。
語られなかった物語、騙られた物語の可能性を、覗いてみよう。

※注意※

当作品は、ライターサークル「のべるぶ」内企画、創作世界「ノベルニア」における「リューネシアサーガ」というイベントのため書き起こしたものです。
複数名の作家により、共通世界観・設定の元、「ゴルドーの真実とは何だったのか?」というテーマで作品が執筆されています。パクリではありません。

あと歌劇ってかいてありますけど歌いません。姫がアリアだからです。(?)

  • 所要時間:約40分
  • 人数:男性2、女性2
  • ジャンル:ファンタジー、中世

登場人物

  • アリア
       女性。リューネシア国の姫。もうすぐ18歳。
  • ゴルドー
    男性。アリアに仕える騎士。筋骨隆々。
  • エルトン
    男性。天才画家。エルフ族。アリアとなかよし。
  • レイチェル
    女性。侍女。アリアと共に育ってきた、姉のような、友のような存在。

本編

「歌劇・亡国奇譚(ぼうこくきたん)」

■アリア姫の居住棟、執務室。昼。

   姫の前で膝をつき、頭を垂れるゴルドー。

ゴルドー:……本日より、姫様の守護騎士として任命されました、ドル・ゴルドーと申します。
  よろしくお願いいたします。

アリア:……面を上げよ。

ゴルドー:は。

アリア:ふうん?

ゴルドー:……なにか。

アリア:脱いで。

ゴルドー:……は?

アリア:聞こえませんでしたか? 脱いで。

ゴルドー:命令、でしょうか。

アリア:ええ。そうね。ああ下着は付けたままでいいわ。

ゴルドー:……。

   胸当てやプロテクターをはずすゴルドー

アリア:ほお。

ゴルドー:……姫様? なにか、問題がーー

アリア:良い筋肉ね。

ゴルドー:はい?

アリア:鍛え上げられた良い筋肉だわ。触っても?

ゴルドー:え、あ、はあ。どうぞ。

アリア:それでは失礼して。

ゴルドー:……。

アリア:うふふ、ふふ、ふふふ、いいわあ。ふふ。

ゴルドー:あの、姫、触り方が、少々、

アリア:日々、どれほど鍛錬をしているの?

ゴルドー:……暇さえあれば。

アリア:そう。

   アリア、ゴルドーから離れる。

アリア:あなた、私に忠誠を誓える?

ゴルドー:は。おれは、リューネシア国にこの身をささげ、
  骨のひとかけら、髪の一本までも国のために使うとーー

アリア:違う違う。

ゴルドー:……。

アリア:私に、忠誠を誓える?

ゴルドー:そ、れは。

アリア:答えて。

ゴルドー:……。

アリア:……。

ゴルドー:誓います。

アリア:……家族を裏切ることになっても?

ゴルドー:おれは四男です。家は、大事ですが、おれが何をしようとも父上は意に介さないでしょう。

アリア:そう。

アリア:じゃあ、そうね、ドル・ゴルドー。……私と共に、どこまでも落ちてちょうだい。

■翌日、町。朝。

アリア:おはよう、おはようみんな。今日もいい天気ね。

ゴルドー:姫様! お待ちください!

アリア:遅いわよ、ゴルドー。

ゴルドー:荷物が……。

アリア:あぁんな立派な筋肉をもっているのに、やわねえ。

ゴルドー:剣をふるうのと荷車を引くのは別のことで……。

アリア:良いわ。先に行くから。パン屋のベイカーさんのところに来てね?

ゴルドー:姫様!

ゴルドー:はあ、はあ、なんなんだあの、姫様は。

アリア:おはよう、ベイカーさん。お城に卸すパンについてなのだけど、
  ライ麦の割合を減らせないかしら? 
  小麦はね、国庫から持ってきたの。ミラーさんにあとで届けておくから。

ゴルドー:姫様ーッ

アリア:あら、スミスさん、この間、騎士団で購入した剣ね、
  バランスが良いってとっても好評だったわ。またお願いしますね。素材は足りている?

ゴルドー:姫―ッ!

アリア:カーターさん、こんにちは! 生まれた仔馬は元気? 
  餌がたりないのね? わかったわ。どうにかします。

ゴルドー:ぜえ、ぜえ、ひ、ひめ!

アリア:ゴルドーったら、全然追いついてこないじゃない。

ゴルドー:……姫様が速すぎるんです

アリア:あははは!早く回らないと一日なんてあっという間に過ぎてしまうわ。

ゴルドー:どうしてあなたが、こんなことをなさっているのですか。

アリア:……休憩にしましょうか。

■町の中央、噴水

アリア:さっきベイカーさんのところで買ったの。ベルニー魚のサンドよ。あなたもどうぞ。

ゴルドー:え、いや、おれは。

アリア:どうぞ。

ゴルドー:はい。……ライ麦のパン、ですか。姫様が口にするようなものではーー

アリア:この酸味が癖になるのよねー。
  ベルニー魚は淡泊な味だからちょうどいいでしょう。
  ベイカーさんはレーヴ出身だから、いつかドリウェルフッドを焼いてほしいのだけど……
  今年のリューネシアは、全土で凶作ぎみなの。
  だから国庫をあけるように大臣たちにお願いしてるんだけどね。
  そろそろジジイども、ボケ始めているのか知らないけど、
  自分たちのことしか考えていないのよ。
  凶作だってわかっているのに税を上げたりして……
  昔はそんなことなかったのに。

ゴルドー:じじ……姫様は、少々お口が悪いですね…。

アリア:あら。「お姫様」というものに幻想を抱いていたようね。
  公務のときはちゃんと「オヒメサマ」をやってあげているのだから、
  誰もいないときくらいただのアリアでいたいわ。

ゴルドー:……。

アリア:あ、そうだわ! ゴルドー、あなた、姫様呼び禁止ね。アリアって呼んで。

ゴルドー:そ、そんな、恐れ多い……。大臣たちに後ろ指を指されてしまいます。

アリア:私がそう呼ぶように命令しているのよ。
  どうして大臣たちの反応を気にすることがあるの。
  ほら、さんはい、アリア。

ゴルドー:……ウッ。

アリア:あーりーあ。

ゴルドー:……。

アリア:あーーーりーーー・・・あ?

ゴルドー:む、むりです。

アリア:……じゃあ私もあなたのこと名前で呼ぶわ。
  ね、ドル。これでおあいこでしょう。

ゴルドー:およしくださいませッ、騎士を名前で呼ぶなどッ

アリア:名前で呼んでくれるまで呼び続けるわよ。ドル――――!

ゴルドー:ッ!!

アリア:ああなんて素敵な筋肉の持ち主、ドル!
   騎士団一屈強な戦士ドル、私のドル。

ゴルドー:アリア様!! もうやめてください!

アリア:できるじゃないのー。

ゴルドー:ふー、ふー。

アリア:真っ赤になっちゃって。りんごみたいね。

ゴルドー:……。

アリア:拗ねた? 拗ねたの? やだあ、かわいい〜!

ゴルドー:姫様!

アリア:ダメ、きかなーい。

ゴルドー:子供のようなことを!

アリア:きーこえなーい!

ゴルドー:アリア、様!

アリア:なあに?

ゴルドー:そろそろ城に戻りましょうッ!

アリア:あ、だめよ、小麦を川辺の水車小屋に運ばなきゃ!

ゴルドー:おれが運んでおきますから!

アリア:ああ~、まって、おいていかないでドルー!

■夜・アリアの寝室

ゴルドー:では。本日はこれで。おやすみなさいませ。

アリア:うん。ありがとう。……ねえ、待って。

ゴルドー:はい。

アリア:あなたは私の味方よね。

ゴルドー:はい? ええ、もちろん。

アリア:……いいわ。下がって。

ゴルドー:(M)姫様はその後も、頻繁に「自分の味方かどうか」を確かめなさった。
  おれが頷けば、やっと縋るような表情を緩めて、安心したように笑うのだ。
  何が姫をそうさせるのか、なぜ姫が政務を行っているのか、
  おれにはとんとわからない。わかりたい。
  もっと、姫、アリア様のことを知りたい。

■朝・執務室

ゴルドー:おはようございます。

   資料を読んでいるアリア。

アリア:ああ、うん。おはよう。

   紙をめくる音だけが響く。

ゴルドー:……。

アリア:……。

   ※次のセリフは同時。

ゴルドー:あの、アリア様

アリア:ねえドル

   間

ゴルドー:失礼しました……。

アリア:いえ、いいわ。何?

ゴルドー:朝食もとらずに働かれて、腹が、空いていませんか、と……。

アリア:ふ、ふふ。

ゴルドー:なにがおかしいんです。

アリア:なんでもないわ、そうね、食事にしましょう。
  厨房に行ってなにかもらってきてくれる?もちろんあなたの分もよ。
  そうね、レイチェルに頼んでちょうだい。あの子は「私の味方」だから。

ゴルドー:はあ……?

アリア:ああそれから、途中に財務大臣の部屋があるでしょう。
  この書類を届けてくれる? 城内の間取りは大体覚えたわね?

ゴルドー:まあ、はい。

アリア:じゃ、よろしく。

   * * *

ゴルドー:アリア様、お食事をーー

アリア:ふふふ、それで? もっと聞かせて?

エルトン:ああ、そのときは大量の酒を土産にもっていったんだ。
  ドワーフは大の酒好きだからね。エルフの里で作る最も強い酒にした。
  私たちは当然、ドワーフだって酔いつぶれると思っていたのさ。
  潰してしまって、良い条件を引き出そうとした。
  だがわが友は予想を超えた酒豪だったんだ。
  五樽があっという間に空になったというのに、やつは上機嫌に笑っていた。

アリア:すごい。いつかドワーフにも会ってみたいわ。

エルトン:エルフの友がいることは隠したほうがいい。私とわが友は特殊でね。

ゴルドー:姫様?

アリア:あら、お帰り。エルトン、紹介するわ。彼はドル・ゴルドー。私の守護騎士。
  ドル、彼はエルトン。様々な才能があるのだけど、
  そうね、今は画家をしていらっしゃるの。

ゴルドー:はあ、エルフ、ですか、初めて見ました。

エルトン:やあ、君は人間だね。どうぞよろしく。

アリア:じろじろ見ては失礼よ、ドル。食事を運んでくれてありがとう。
  ここに置いてちょうだい。

ゴルドー:……おれは召使ではないのですがね。

アリア:そうね、でも暇でしょう?

エルトン:……良い。

ゴルドー:ん?

アリア:え?

エルトン:良いな。君。

ゴルドー:な、なんだ。近いぞ。

エルトン:これは相当鍛えてるだろう。

ゴルドー:当たり前だ、姫を守る騎士が鍛錬を怠るわけにはいかない。

アリア:……気づいてしまったわね。

エルトン:アリア、こんな逸材を手元に置いておいて、どうしてすぐに連絡してくれなかったんだ?

アリア:だって、だって、私のだもん。教えたらもってっちゃうでしょ。

エルトン:そんなことはしない。数時間借りるだけだ。

ゴルドー:何の話だ!?

エルトン:ちょっと失礼。

ゴルドー:うお、ちょ、どこをさわっている!

エルトン:はー。盛り上がった筋肉。浮き上がった筋。
  ごつごつとした関節。かといって俊敏さを失わないよう無駄はない。
  中でもふくらはぎの形が最高だ。案外足首は細い。
  理想的な逆三角形。はー。君、ゴルドーと言ったか。

ゴルドー:嫌だ。

エルトン:まだ何も言ってない。

ゴルドー:姫様と同じ眼をしている! ろくなことにならない!

エルトン:いやだなあ、ちょっと絵を描かせてほしいだけさ。そうだな、4刻ほど。

ゴルドー:姫様!

エルトン:アリア! 貸してくれ!

アリア:んー。……エルトン、2枚描いて、私にもちょうだい。

ゴルドー:姫様!?

エルトン:承知した! さあいこうゴルドー君!

ゴルドー:え、ほそっこいのに力つよ、え、姫様、姫、アリア様ーーーーッ

■空き部屋

エルトン:動くな。デッサンが出来ないだろう。

ゴルドー:ウッ。

エルトン:……本当にいい筋肉だ。

ゴルドー:そんなに筋肉が好きなら、自分で鍛えればいいだろう。

エルトン:エルフは筋肉が付きにくい。
  それに大抵のことは魔力でどうにかしてしまうから、
  筋力はいらんのだ。あと……

ゴルドー:……あとなんだ。

エルトン:筋肉でごつごつしたエルフなんてイメージ的にアウトだろう?

ゴルドー:そ、そういうものか。

エルトン:そういうものさ。

ゴルドー:……。

エルトン:……。

エルトン:アリアとは、うまくやっているのか。

ゴルドー:さあ、どうだろうか。

エルトン:エルフ族は長命でな。私はアリアが小娘だったころから知っている。

ゴルドー:随分親しげだと思ったが。そういうことか。

エルトン:ああ、種族は違えど、娘のように思っている。
  こうしてたまにしか会うことができなくてもね。

ゴルドー:……幼い頃は、どんな娘だった?

エルトン:興味があるのか。

ゴルドー:……。

エルトン:ふふ。いいだろう。彼女は病気がちで、引っ込み思案だった。

ゴルドー:引っ込み思案ンン?

エルトン:信じられないだろう? 私はそのころ医者をしていて、
  彼女の病気を治療するためにこの城を頻繁に訪れていたのさ。

ゴルドー:なぜ今は画家なのだ。

エルトン:長命というものは、つまるところ、暇なのだよ。若造。

ゴルドー:……。

エルトン:病は気から、ともいうが。
  幼少のころから王女となるべく教育をうけていたようでな。
  厳しい教育係の元で食事は管理され、
  きついコルセットをしめ、稽古と王女教育の日々だ。
  それで私は王に進言した。アリアには療養が必要だと。
  エルフの里へ引き取って3年ほど過ごさせた。
  見違えるほどに元気になったよ。里では誰も彼女を姫と呼ばない。
  姫としての役割を求めない。

ゴルドー:あ……。

エルトン:本来の彼女は、そう、好奇心旺盛で、天真爛漫で、笑顔が美しい少女だったのだ。
  きちんと食事をさせ、日光を浴び、他のエルフの子供たちと転げまわっていた。

ゴルドー:そのまま、そこにいさせることはできなかったのか。

エルトン:ああ。私もそうしたかった。
  だが、王妃がアリアを生んですぐに亡くなってしまい、
  王はあらたに妃も側室もめとる気がないから、
  後継者であるアリアを一刻も早く手元に戻したかったのさ。
  3年引き留められたのでもよいほうだ。

ゴルドー:それで、今の姫さ、アリア様が出来上がったのか。

エルトン:彼女は聡明で、したたかだ。この国の歪さにも気づいている。

ゴルドー:だから自ら……。

エルトン:ゴルドー。君は彼女に忠誠を誓ったのか?

ゴルドー:何を急に。

エルトン:答えてくれ。君は、国や、王でなく、アリアに忠誠を誓ったのか?

ゴルドー:当たり前だ。おれはアリア様の守護騎士だ。……リューネシアではなく。

エルトン:……ならば、一つ頼みを聞いてくれ。

ゴルドー:……なんだ。

エルトン:私がいない間。彼女を守ってやってほしい。

ゴルドー:あなたに言われなくてもそうする。

エルトン:いやいや、ちゃんと聞き給え。君を信頼して話すんだ。誰にも漏らすな。

ゴルドー:なんだ。

エルトン:私がたまにこうして城に出入りしているのは、内情を探っているからだ。
  昨年あたりから、城内で働く数人が、
  人が変わってしまったようにおかしな挙動をしている。

ゴルドー:原因は?

エルトン:調査中だ。問題は、そやつらとアリアが今、対立関係にあるということだ。
  アリアさえ派閥に取り込んでしまえば、王を操ることができるからね。

ゴルドー:私の味方、とはそういうことか。何、政治的対立はどの国にもよくあることだ。

エルトン:それが、ただの政治的派閥の対立ではないかもしれない。

ゴルドー:どういうことだ。

エルトン:挙動がおかしくなるものは初め、なんというか、人間らしからぬ動きをする。

ゴルドー:……どういうことだ。

エルトン:説明しがたい。四足で歩いたり、虫を食したり。
  それは数日で収まる。そのあとは一見、元に戻る。
  その後、対立派の派閥に加わる。

ゴルドー:洗脳……か?

エルトン:あるいは、感染、はたまた寄生か。

ゴルドー:恐ろしい予想だな。

エルトン:ああ、だから、ゴルドー。

エルトン:おかしくなったやつらを、アリアに近づけるな。

■アリアの執務室

アリア:……。

レイチェル:ご報告申し上げます。
  ここ数日の観察の結果、新たに、徴税長と法務大臣の2名に異常行動が見られました。

アリア:ご苦労様、レイチェル。

レイチェル:アリア様。大丈夫ですか。

アリア:大丈夫よ。あなたは?

レイチェル:私は……怖いです。身近な者が、どんどん変わっていってしまう。
  異常行動が消えた後も、よくよく観察していれば、言葉にならぬ音を口走ったり、
  歯をカチカチならしたり、視線が合わないなど、
  どこかおかしいところが残っているように思うのです。
  彼ら、彼女らは、治ったのか、それとも異常を残しているのか。
  不安で、不安でたまらない……。

アリア:そうね。私も、怖いわ。

レイチェル:アリア様、姫様。もし私が、彼らと同じような行動をとったら、その時は……。

アリア:いや。いやよ。あなたは大丈夫だわ。

レイチェル:この広がり方は、病の感染に似ています。
  厩舎番(きゅうしゃばん)の男が馬を食い殺したと報告があってから、
  徐々にお城の中へ広まっています。
  一手ずつ、駒を進めるように、中心へ近づいているのです。ついに大臣までも……。

アリア:騎士団がいるわ。エルトンも調べてくれているし。

レイチェル:もう、私、私、誰を信じたらいいか……。

アリア:レイチェル……ごめんなさいね、辛い仕事を頼んでしまって。

レイチェル:……いえ、すみません。弱音なんか。

アリア:いい知らせもあるわ。不思議なことに、
  やっぱり町ではこの現象は起こっていないみたいなの。

レイチェル:そうなのですか?

アリア:ええ。昨日も様子を見にいったのだけど、
  人々に聞いてみても、おかしな行動をとった人はいなかった。

レイチェル:それなら、よかったです。

ゴルドー:戻りました。

アリア:お疲れ様。絵はどう?

ゴルドー:今日は、デッサンだけだと。

アリア:あら、そうなの?

レイチェル:仕事に戻ります。

アリア:ありがとう、レイチェル。

ゴルドー:はあ……。

アリア:……ねえ、エルトンばっかりずるいわ。

ゴルドー:は?

アリア:私もドルの筋肉を堪能したい! ねえ! 
  いいでしょ! 私にだってご褒美が必要だわ!

ゴルドー:何をおっしゃるのです!?

アリア:えい!

ゴルドー:ちょ、抱きつくのはおやめください! 姫!

アリア:聞こえなーい!

ゴルドー:どこ触って、アリア様ーっ!

■訓練所

ゴルドー:(M)おれが姫の守護騎士になってから、半年が過ぎた。
  城の中は騒がしく、騎士団演習に招集されることも増えた。
  なんでも、とある大臣が王に隣国との戦争を進言し、
  王が乗り気であるため、若い兵たちの訓練を強化しているのだとか。

ゴルドー:そこ、剣の握りが違うぞ。力で振るのではない。
  剣の重みで叩き切るんだ。そんなに力まなくていい。

エルトン:やあ、ゴルドー。精が出るな。

ゴルドー:エルトン。

エルトン:……戦か?

ゴルドー:ああ、今日の午後から、部隊を振り分けるための面接があるらしいんだ。
  兵士長と一対一でな。それで若い兵どもが奮起していてな……。

エルトン:妙だな。王は温和な性格で戦は好まず、
  近隣諸国と友好関係を築く政策を長年とってきたはずだが……。

ゴルドー:心変わりじゃないか?

エルトン:ふむ。直接話してみるかな。アリアは元気か。 

ゴルドー:ああ。相変わらず町を走り回っているが、そうだな、ここのところは心配事があるようだ。

エルトン:何、体は大丈夫なのか。食事はちゃんととっているのか。

ゴルドー:あ、ああ。食事や睡眠の方は大丈夫だ。

エルトン:じゃあなんだ。何が問題だ。

ゴルドー:あー、あのー、えー、筋肉を……

エルトン:筋肉?

ゴルドー:触らせろと、毎晩……。

エルトン:ああ……君の肉体の造形は素晴らしいからな。
  この間もアリアと君の筋肉について語り合ったさ。

ゴルドー:やめてくれ。

エルトン:私も、君の姿をぜひ後世に残したいと思っている。
  最高のシチュエーションでね。そんな時が訪れれば良いのだが。
  なあ、宴などはないのか?

ゴルドー:やめてくれ。描かれるために鍛えたわけではーー

レイチェル:や、やめて! 離して!

エルトン:ん?

ゴルドー:この声は、レイチェル?

■廊下

   とある大臣に部屋に連れ込まれようとしているレイチェル。

レイチェル:違うんです、そんなつもりじゃなかったんです、いや、ごめんなさい、ごめんなさい!

ゴルドー:レイチェル!

レイチェル:ゴルドー様!

ゴルドー:手を離せ。嫌がっている。

エルトン:やあ、デレック大臣じゃないか。
  戦のことでちょっと聞きたいことがあるんだがいいかな? 向こうで話をしよう。

レイチェル:エルトン様! だめです! 二人になっては……!

エルトン:大丈夫。任せなさい。

エルトン、デレックを連れて去る。

ゴルドー:何があった。

レイチェル:ここでは少し……アリア様に、ご報告をしないと……。

ゴルドー:わかった。姫の執務室へ。共に行こう。

レイチェル:ありがとうございます……。

■アリアの執務室

アリア:部屋に連れ込まれそうになったですって?

レイチェル:はい……。

アリア:デレック大臣、クビね。下劣だわ。全く!

レイチェル:後をつけていることを勘付かれて、気があるのだろう、と……。
  すみません、私がうまくできなくて……。

アリア:いいえ、違うわ、謝るのは私よ。
  怖い思いをさせてごめんなさい、レイチェル。
  デレック大臣の監視からは外れていいわ。

レイチェル:でもっ!

アリア:あなたの身の方が大事なの。

レイチェル:アリア様……。

ゴルドー:レイチェルはアリア様の命で大臣を見張っていたのか。

レイチェル:はい……。もうおさまってはいるのですが、ここ数日、異常行動をとっていたので……。

アリア:それも法務大臣と密会をした後よ。
  その法務大臣は兵士長と夜中に飲んだらしいって後からちょっと様子がおかしかったし……。

ゴルドー:それはいつ頃です?

アリア:先週くらいかしら。

ゴルドー:先週……そういえば半月ほど前に兵士長が体調を崩されて数日休んでいたな…。
  普段から体を鍛えているから珍しいと思ったんだが……。

レイチェル:兵士長は、マークしてなかったですね。

アリア:ええ……徴税長と法務大臣で手一杯だったから……。

ゴルドー:異常行動をとっているものを全て見張らせているのですか?

アリア:全ては無理よ……私は動けないし……

レイチェル:私を含め、信頼できる数人で秘密裏に行っているんです。

アリア:でも、これで予測が確信に近づいたわ。

ゴルドー:予測?

アリア:この異常行動の「感染」は、密室かつ、二人きりの時に起こるってことよ。

レイチェル:でも、どうして私に……ただの侍女ですのに……。

アリア:私に近しいことが知られているから、かもしれないわ。

レイチェル:え……。

アリア:……レイチェル、これを渡しておくわね。

レイチェル:こ、これは……! いやです、私は、仕事を辞めたくないです!
  アリア様のおそばにいさせてください!

アリア:いいえ、あなたには危険な仕事を任せ過ぎたわ。
  さっきも言ったけど、私にとってあなたは大事な人なの。
  この推薦状があれば、どこでも雇ってもらえるわ。危なくなる前に逃げて。

レイチェル:まだ、まだ大丈夫ですっ! まだやれます!

アリア:わかったわかった。あなたに預けておくから、
  いつでも城を出られるように準備をしておくのよ。

レイチェル:わか、り、ました……。

ゴルドー:あの……アリア様は、一体何と戦っておられるのですか。
  教えてください。今回だって、先に知っていればレイチェルを気にかけることができたのに。

アリア:……そうね。話すわ。

    ノック。

エルトン:私も混ぜてくれないかな。

レイチェル:エルトン様! 大丈夫だったのですか!?

エルトン:ああ。私はエルフだからね。守りの魔法がある。

アリア:レイチェルを助けてくれてありがとう。

エルトン:礼には及ばないさ。それに、土産話もできた。

アリア:どういうこと?

エルトン:奴らの正体がわかったということさ。

レイチェル:え!?

ゴルドー:待ってくれ、初めから話してくれないか、なんのことかよくわかっていないんだ。

エルトン:そうだな。

アリア:最近、国の方針が大きく変わり始めていることには気づいている?

ゴルドー:ああ、温厚だった王が急に戦争志向になったり、
  領地への課税が重くなったりしていることでしょう。

アリア:そう。大臣も、王、お父様も、思慮深くて優しい人たちだったの。
  だからこそこの国は平和で、栄えてきたのよ。

ゴルドー:いつから変わり始めたんだ?

エルトン:異常行動と対立派閥の話は以前したが覚えているか?

ゴルドー:ああ。覚えている。

エルトン:王へ大臣たちがおかしな進言をするようになったのは半年ほど前からだったか。

レイチェル:その少し前から、場内に異常行動を見せるものが現れていたんです。
  それでなんらかの感染症ではないかとアタリをつけて、感染経路を探っていたところ、
  時系列的に最初の感染者は厩舎番の男だろうということがわかりました。
  異常行動を起こした者は、治まった後に、決まって変なことを言い出すようになるのです。

ゴルドー:なるほど……。

アリア:お父様に感染したら大変なことになるからね。
  それで、エルトン、奴らの正体と、さっき言ったのはどういうことなの。

エルトン:ああ。私たちはこれを感染症または寄生虫か何かだと予想して動いていた。
  だがあれは違うな。あれは、”乗っ取り” あるいは ”なりすまし” だ。

    間

アリア:ちょっとよくわからないのだけど。

エルトン:ああ。もっと簡単に言おう。
  ……あれは、ヒトの皮を被った、バケモノだ。

レイチェル:ひっ。

アリア:なんですって……?

ゴルドー:二人きりになった後何かあったのか。

エルトン:そうだな。あの後デレック大臣の部屋に行くと、
  やつは部屋に鍵をかけ、私に酒をすすめた。
  私はドワーフほどではないが、人間に比べれば酒には強い。
  なかなか酔い潰れない私に痺れを切らしてやつは襲い掛かってきたというわけだ。
  その時に、なんというかな、口の中からこう、
  名状しがたい形状のものが飛び出してきてな。私の体に巻きついた。

レイチェル:なんでそんなに冷静なんですか!?

ゴルドー:よく死ななかったな!?

エルトン:いやだって、私、エルフだから。

アリア:エルフだからっていう絶対の自信。それで?

エルトン:それで、何をするのかと思って見ていたら、接吻されそうになったから

レイチェル:接吻!?

アリア:接吻!?!?

ゴルドー:男と!?

エルトン:いや男と接吻したい者もいるだろうよ。
  バケモノと接吻するのはごめんだが。
  と言ってもそんなにロマンチックなものではない。
  どっちかというと、ああそうだな、タコに吸われるような。
  ガラガラというか、ものすごい吸引音を立ててな。
  あれに口づけられていたら中身を根こそぎ吸われていただろうな。

レイチェル:それで、そこからどうやって助かったのです!?

エルトン:いやだから魔法で意識を奪っって……。殺すのはまずいだろう?

アリア:そ、そうね……デレックさんは財務大臣だから……
  いきなり死体になっていたら城中大騒ぎになるわ。

エルトン:デレック・もどきは私に正体を見られてしまったから、私を殺しにくるだろうね。

ゴルドー:つ、つまり、今城には、人間のふりをした化け物が、何体もいる、と?

エルトン:ああ。そうなるな。

レイチェル:逃げましょう、アリア様!

アリア:……これ、これって、ねえ、いやな想像なんだけど。

エルトン:ん?

アリア:今、お父様たちが、近隣の国を攻めようとしているのって、
  その、化け物たちが、他の国へ広がろうとしているってことじゃないの?

レイチェル:まさか……そんな……。

ゴルドー:……。

アリア:エルトン、どうにかならないの? 
  その、みんなの体から、化け物を追い出す魔法とか!

エルトン:アリア、心して聞いてくれ。
  実は、気絶させた後に、デレック大臣の体を調べた。
  ……彼の心臓は、動いていなかったんだ。

アリア:え。

レイチェル:え、で、でも、直前までエルトン様に襲い掛かっていたのでしょう?

エルトン:ああ。私も殺してしまったかと一瞬焦ったが、私が使ったのは眠りの魔法だ。
  それで、化け物は確かに眠ったのだ。

ゴルドー:人の皮を被った化け物、と言ったのは、そういうことか。

エルトン:残念ながら。彼、いや、彼らを救う方法は、ない。
  死んだものを生き返らせる魔法は、存在しない。

アリア:……嘘、そんな、遅かったの、全て。

レイチェル:アリア様、お気を確かに……!

アリア:みんなに手伝ってもらって、この病気の原因を突き止めて、
  みんなを助けなきゃって思って、私、私!

ゴルドー:アリア様……!

   泣くアリア。

エルトン:さて。姫よ。気持ちはわかるが、残された時間は少ない。王を救わねばならない。

アリア:お、お父様は、まだ、生きているのよね? まだ、大丈夫よね……!?

レイチェル:王様には執事がついていますから、誰かと二人きりになることはそうそうありません!

アリア:誰が乗っ取られていて、誰が無事なのか、見分けがつかない……
  全てを追えているわけではない……。どうしたらいいの。

ゴルドー:酒、酒を……。エルトン、デレック大臣は酒を飲んだのか?

エルトン:ん?どういうことだ?

ゴルドー:エルトンに酒を勧めたと言ったが、本人は酒を飲んだのか?

エルトン:ああ、そういえば、良い酒が入ったと言って、
  勧められたが本人は口をつけていなかったような。

ゴルドー:アリア様、宴を開き、酒に口をつけなかったものが化け物、
  という予測は立てられないでしょうか。

アリア:……確信できるほどの情報はないけど、やってみるしかないわね。レイチェル。

レイチェル:は、はい!

アリア:ちょうど一週間後、私の誕生日よ。その名目で宴を開くわ。
  そうね、あなたが把握している人だけでいいから、
  確実に化け物じゃないと思える使用人のリストを頂戴。
  その日までに全員分の転職推薦状を用意する。……いやな予感がするの。

レイチェル:承知、いたしました。

アリア:さっきは逃げていいって言ったのに、ごめんね。もうちょっとだけ、力を貸して。

レイチェル:はい!

アリア:エルトンは、危ないから宴の日まで城に来ない方がいいわね。

エルトン:……そうだな。一対一ならなんともないが、徒党を組まれたらそうはいかない。
  だが宴の日には手を貸そう。

アリア:ありがとう。頼りにしているわ。
  ……ドル。あなたには、とても酷いことを頼まなきゃいけない。

ゴルドー:なんなりと。おれは、あなたの騎士ですから。

アリア:……宴の当日、酒を飲まなかった者たちを一部屋に集めて、焼き払うわ。

レイチェル:そ、そんな、もし本当に酒が飲めない者がその中にいたりしたら……!

アリア:そうね、間違える、かもしれない。それでも。
  他の国に、世界に、あいつらが広まってしまうくらいなら、
  リューネシアの中でけりをつけた方がいい。
  だからね、不測の事態が起こった時は、ドル、あなたがあいつらを、始末するのよ。

ゴルドー:アリア様……。

アリア:お願いね。

■宴当日・裏門

アリア:レイチェル、他の使用人たちはもう?

レイチェル:ええ、私が最後です。みんな、突然の休暇に驚いていました。
  しかも今日は宴なのに。
  会場の用意だけして居なくていいなんて、ちょっと無理矢理でしたが。

アリア:そうね。我ながら下手くそな嘘だと思うわ。推薦状は渡してくれたんでしょうね?

レイチェル:はい。ちゃんと説明もしました。長年勤めてくれた皆へ、姫からのプレゼントだと。

アリア:みんな、優秀で賢く、優しい人たちだったわ。
  作戦がうまく行って、城に平穏が戻ったら帰ってきてほしいけど。

レイチェル:みんな転職などしないのに!って言ってましたよ。

アリア:それは嬉しいことね。さ、あなたももう行って。

レイチェル:……姫、アリア様、アリア、ちゃん。

   アリアを抱きしめるレイチェル。

アリア:レイチェル、私、本当は怖いの。

レイチェル:怖いよね。だって、ただの女の子だもの。

アリア:でもみんなのことが本当に大切なのよ。あなたのことだって。

レイチェル:わかってる。わかってるよ。
  ごめんね、私には力がなくて、アリアちゃんに任せっきりで。

アリア:いいの。私の、仕事だから。ね、幸せに暮らしてね、レイチェル。

レイチェル:何事もなかったら、必ず戻ってくるわ。

アリア:うん。

レイチェル:また会いましょう。

アリア:また。

   レイチェル、アリアの髪にキスを落とし、去る。

ゴルドー:アリア様、宴が始まります。

アリア:今、行くわ。

■宴会場

アリア:お集まりの皆様! 
  本日はわたくしの誕生日を祝う会にご出席いただき本当にありがとうございます。
  皆様のご尽力のおかげで、この美しく、平和なリューネシアで、
  私は十八の歳を迎えることができました。
  今日はそのお礼に、お食事と、上質なベルベリーワインをご用意いたしましたわ。
  存分に、お楽しみくださいまし! それでは、乾杯!

エルトン:実に美しく育ったものだ。アリア。十八歳、おめでとう。

アリア:ありがとう。幼い頃、あなたがエルフの里に連れて行ってくれたおかげよ。
  あの日々がなければ、私はとうに枯れていたでしょう。

エルトン:いいや、君の生命力さ。

アリア:エルトン。大丈夫かしら。この、やり方で、私、間違っていない?

エルトン:それは終わってみるまでわからないよ。誰にも決めることはできない。
  しかしどのような結果になっても、私は見届けよう。
  そうやってこれまで何人もの人、いくつもの国を見届けてきたんだ。

アリア:じゃあ、そうね。今日のことを歴史に残すために、絵を一枚、描いてもらおうかしら。
  あなたが一番美しいと思ったシーンでいいわ。

エルトン:いいだろう。会場中に「魔法の目」はすでに仕掛けてあるからね。
  さてアリア。気づいたかな。誰がシロで、誰がクロか。

アリア:……本当に、嫌な予感って、どうしてこうも当たるのかしら。

   広間を見渡して。

アリア:……誰のカップも、減っていない。

エルトン:……残念だ。

アリア:ドル・ゴルドー!

ゴルドー:はっ。

アリア:……別室に集める必要はない。全員、殺して。

ゴルドー:全員、とは、王も、ですか。

アリア:そうよ。エルトン以外、ここにいる全員。

ゴルドー:承知いたしました。

アリア:(M)そこからは阿鼻叫喚だった。大臣たちを斬り殺していくゴルドー。
  気づいた化け物どもは一斉に本性を表し、ゴルドーに襲いかかる。
  叫び声を聞きつけて、騎士団がなだれ込んでくる。
  その騎士団も、全員もれなく化け物だ。
  ここに人間はいない。ゴルドーを除いて、人間は、いない。

アリア:ねえ、お父様。

エルトン:(M)アリアは王の前に立つ。
  王の口から、肉色をした蔦(つた)のような、
  蔓(つる)のようなものが飛び出し、アリアを拘束した。

アリア:こんな、臣下を皆殺しにし、王を、親を殺すような姫は、人間じゃあないわよね。

エルトン:(M)隠し持ったナイフを化け物の口へ突き立て、押し込む。

アリア:いつ? いつから、お父様は、化け物だったの?
  気づかなかったのよ。私。まだ、お父様は大丈夫だと思って、いたの。

エルトン:(M)姫の腹を、王から出た触手が貫く。

アリア:この国の、ごふ、不始末は、王女であるわたし、かは、
  が、片付けます。お父様、ね、一緒に、逝きましょう。

エルトン:(M)美しい。美しい光景だ。

ゴルドー:ああああああ! アリア様! アリア様!

エルトン:(M)事態に気がついたゴルドーは、姫君の元へ向かおうとする。
  それに群がる騎士たち、の、皮を被った化け物。
  を、ゴルドーは切り捨てていく。積み上がる屍の山。

ゴルドー:離せ! 化け物ども! 死に損ないが! 

エルトン:(M) 躍動する筋肉。飛び散る汗。必死の瞳。生命の輝き。
  斯(か)くも命は、散り際が最も美しい。

ゴルドー:アリア様!!

アリア:ドル、わた、しの、騎士、ごふ

ゴルドー:喋るな! 今、血を止める!

アリア:いいの、こんな、親殺しの化け物は、死んだ方がいい。

ゴルドー:死んだ方がいい人間などいない!
  あなたは、化け物などではない! 死んではいけない!

アリア:わたし、きっと、あなたのことが、好きだったわ。
  あなたの、体、も、優しさも。

ゴルドー:姫、いやです、おれは

アリア:最後に、お願いが、ある、の

ゴルドー:最後だなんて言わないで……

アリア:名前を、呼んで、姫じゃなく、ただの、女の子として

ゴルドー:……アリア。

アリア:私のドル、ごめんね。ありが、とう。

ゴルドー:アリア、アリア……!

ゴルドー:あああああああああ!!

エルトン:(M) 血と死臭の中、美しい姫を抱き慟哭(どうこく)する男。
  ああ、ここだ、このシーンが最も美しい。構図を決めた。後ろから描くのだ。
  ゴルドーの表情は見せない。姫のドレスも写さない。
  城門の中、屍の山を築き、悍(おぞ)ましさを背負い、
  魂を燃やしつくした、悲しみ迸る(ほとばしる)この背中が、最も美しい。

エルトン:(M)エルトン・エーカー。渾身の一作。この絵のタイトルは、そう。

ーー『孤軍の叫び』

Fin.

2023.5.26.

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