概要
こちらの台本は、KOE-NOSボイスドラマ「ZIPDOPE」の収録台本です。ボイスドラマ用の台本なので、声劇でできるか謎ですが挑戦お待ちしております。
あらすじ
- 所要時間:約80分
- 人数:男性4、女性2、不問1(少年)
- ジャンル:サイバーパンク、SF
登場人物
- ZIP
身分証を「売った」。スラム街に住んでいる。グラフィティが趣味。 - FACE
遠隔操作用のロボットを操縦している少年。本体がどこにいるかはわからない。ZIPのトタン小屋で一緒に暮らしている。 - CRCK
本名・アンナ。とある会社の社長令嬢。お嬢様やるのに疲れて逃げてきた。 - マイズナー博士
量子テレポーテーションを研究する博士。男性。 - ヨドバシ巡査部長
つかれたおっさん。 - オオクボ巡査
ナルシストの青年。 - ナツキ
デジタルシェル化した女性。元ハッカー。
モブリスト
男性1:スラム住民。50代くらい。
女性1:スラム住民。20代後半~30代くらい。
男性2:スラム住民。年齢任意。
若い男:スラム住民。ZIPの顔見知り。ヤバめの仕事を請け負う。
老人女性:スラム住民。80代くらい。
父親:ZIPの父。40歳くらい。
母親:ZIPの母。35歳くらい。
CMNA:テクノメイトCMのNA
アドNA:キュージン(女性)、ホストクラブ(男性)、ゲーム体験(男性)、夫人服(女性)
怪しい男:バーでZIPの情報を買う。
ヘッドギアシステム:ヘッドギアのシステムボイス
入室システム:入室システムのシステムボイス
ポータルシステム:量子テレポート装置のシステムボイス
職員1:DeepSea管理室の職員
職員2:同上
デジタルシェル:亡霊
アナウンサー:行方不明ニュースの読み上げ
本編
■S1 CM、ニュース
―テクノっぽい曲とジングル。
CMNA:新型メタバース「DeepSea(ディープシー)」。それは、あなたの分身であるアバターと生きる、もう一つの現実。ショッピング、行政手続き、教育、エンターテイメントなど、オンライン上であらゆるサービスを享受しましょう。(サウンドロゴ)テクノメイトカンパニー。アカウント作成には、市民番号が必要です。
―M 煽り
ニュースキャスター:次のニュースです。世界的IT企業であるテクノメイト社と、日本の大学が共同開発していた量子テレポート装置について、テクノメイト社は実験中の事故を理由に、長期研究停止を発表しました。ーー
■S2 ネオシンジュク
―電車の音(ガタンゴトン、パー…)で前M CO
―M トラップ系のhiphop曲。
―デジタルサイネージがドローンで飛ぶ。
アドNA(女性):「今すぐお金がほしいなら♪ ナイスなキュージン♪ キューキュージン♪」
アドNA(男性):「ネオシンジュク・ナンバーワンホストクラブ、クラブスペード、ついにDeep Seaに進出! 今なら初回ご来店キャンペーン実施中」
男性1:(家の軒先くらいから通りへ呼びかける)お、フードのにいちゃん! また屋根が雨漏りしちまってよお、直してってれねえか!
ZIP:先週直したばっかりじゃねーかよ旦那。
男性1:(ZIPが寄ってきたのでさっきより近めに)シャツやるからよ、お古で悪いなァ。
ZIP:おう。次はちゃんと業者に頼めよ。
―SE 鳩時計
―赤ちゃんの泣き声
女性1:(ドアの前掃除していて通りかかったZIPに)ねえちょっとあんた、うちの子2時間くらい見といてくれない? 今朝取れたトマトあげるからさあ。
ZIP:お、助かる。(赤ちゃんを受け取って)
(そーっと受け取ってあやす)(腕の中に)おー、よしよし。
何がそんなに悲しいんだ〜?
―赤ちゃんの笑い声
―柱時計の音。
ZIP:いてっ。あー。クソ。
老人女性:(ちゃぶ台挟んで向かいくらい)ここのところ目が見えにくくてねえ。針に糸なんか通せないのよ。
ZIP:ほら、ばーちゃん。ズボンの穴塞がったぞ。
老人女性:いつもありがとうねえ。お茶っ葉もっていきな。
ーー
若い男:よう。調子はどうだ。
ZIP:ぼちぼちだな。
若い男:稼ぎ話があるんだけどよ。乗らねえか。
ZIP:やだよ、お前の持ってくる話、大麻とか薬の運び屋とかいつも犯罪絡みじゃん。
若い男:今度は大丈夫だよ、なんか治験みたいなやつらしいから。ほらこれ。
ZIP:なんだこのステッカー。
若い男:このマークを追いかけた先でがっぽり稼げるって噂。
ZIP:はあ?
若い男:俺はやるぜえ!
ZIP:まあ、頑張れよ。
―M out 環境音:住宅地
―車の音。ゆっくり。
ヨドバシ:(遠距離)ねえ、そこの君!
ZIP:げ。
―走って逃げる音。
―パトカーの中、オオクボが運転席、ヨドバシが助手席。
無線:ネオシンジュク4丁目にて、ひったくり事件発生。犯人は逃走中です。
ヨドバシ:なぁんで逃げるのお!
オオクボ:逃げるってことは、悪いことしたんじゃないですか、ね!☆
ヨドバシ:ちょっとオオクボ巡査、追っかけて。
オオクボ:了解ですヨドバシ巡査部長!
―パトカーのサイレン、車の走行音。
オオクボ:このネオシンジュクの治安はボクが守ります、よ!☆ イケメン警官であるこのボクが、ね☆
―車の窓を開ける。
ヨドバシ:(拡声器を持って、開けた窓から身を乗り出している)君、君! フード被った、そこの男性!
ZIP:ちっ。
―タタッと足音。スラムへ消えていくZIP
―サイレン止まり、車止まる。
ヨドバシ:(拡声器おろして)あーあ、また話聞けなかったなあ。
オオクボ:あいつなんなんです?
ヨドバシ:(窓から中に戻る)よっと。最近カブキチョウスラムでよく見かけるんだよね。
オオクボ:汚くて臭くてどんよりしてて犯罪まみれのカブキチョウスラム??
ヨドバシ:言いすぎね。そのとおりだけど。(タバコを出す)
オオクボ:犯罪者っすかね? 火、どーぞ。(ライター差し出す)
ヨドバシ:あんがと。(咥えて火つけ、煙を吐く)ふー。かもしれないし、そうじゃないかもしれない。顔認証システム一回通したんだけど、市民番号と紐づいてなかったんだよね。
オオクボ:それもう犯罪者っすよ。
ヨドバシ:うーん。そうは見えないんだけどねえ。いつも人助けしてるみたいだし……
オオクボ:市民番号が出ないってことはですよ、「売って」、「顔をいじられたヤツ」確定ですよ。それはもう……ブ男ってことですよ! ボクと違って、ね!☆
ヨドバシ:まあ、なんらかの事情があるんでしょう。オオクボ巡査も見かけたら気にかけてあげて。
オオクボ:イケメン警官のボクが? えー?
―走り去る車の音。
■OP曲
■S3 回想
―ピアノのクラシック曲。
―ZIPの実家、リビング。父親、不採用の手紙を握りしめてテーブルに叩きつける音。
ZIP:父さん、あの−−
父親:馬鹿者が!
―ZIPをひっぱたく音
ZIP:ッ…
母親:あなた、やめて!
父親:なんのために良い大学に入れてやったと思ってる!
ZIP:……すみません。
父親:テクノメイト社に入るには英語は必須だと何度も伝えていたはずだ。
ZIP:……。
父親:お前には失望した。ハシモト家の恥だ。顔も見たくない。
ZIP:……すみません。
父親:全く。役に立たん息子だ。落書きなんぞにうつつを抜かすからそうなる。
ZIP:あれは落書きじゃなくてグラフィティーー(口答え。去っていく背中に。バンとドア閉められる)
―父親、退室する。(足音・ドアの閉まる音)
母親:ナツキ。
ZIP:(笑そこねて)ごめん母さん。期待に応えられなくて。
母親:いいのよ、別に、テクノメイト社じゃなくても、いい会社は他にもあるんだから。母さんも父さんも、普通に就職して、普通に結婚して、普通に幸せな人生を送ってほしいだけなの。
ZIP:普通に、ね。普通……
―ふらつく足音。
母親:ナツキ、ナツキ!
―SE 大雨。前Mとクロスフェード。
―SE バーのスウィングドア。雨音下げ。
怪しい男:(カウンター中から入口に向かって)よお。あんたの市民番号と戸籍データ。良い買い手が見つかったぜ。
ZIP:そうですか。対価は。
怪しい男:50万。即金だ。必要だろ?
ZIP:……。
怪しい男:IDカードよこしな。パスワードもここに。
―カードを置く音。筆記音。
怪しい男:それから、この首輪つけて。
ZIP:は?(犬かよ……)
怪しい男:顔認証システムに引っかからないようにするジャミング装置さ。一度つけたらよっぽどのことがないと外れない。
ZIP:なるほど。
怪しい男:あと、ここにサインね。
―筆記音。
怪しい男:これでお前はもう、「誰でもなくなった」
ZIP:誰でも……
―足音
怪しい男:毎度ー。
―SE スウィングドア。
怪しい男:いるんだよなあ、50万ポッチで人生棒に振るバカってやつは。
―大雨煽り、下げ。
ZIP:(M)あの日。俺は自分を失った。
ZIP:(M)始めからそんなもん無かったのかもしれない。習い事も進学先も就職先も、親に言われるままで……。
ZIP:(M)物わかりが良く、手がかからなくて、いつも笑顔で、…相手が求める言葉を吐く。
ZIP:(M)人生ってそういうゲームだ。
―SE 電車(ゴトンゴトン、パー……)
ZIP:(N)繁栄と貧困が共存する街、ネオシンジュク。富裕層が住むウェストサイドからステーションを跨げば、「普通」からこぼれたものたちが「普通」に暮らすイーストサイドが広がっている。中でも、排気ガスとネオンで霞むこのカブキチョウエリアで、俺は未だ、死に損ねている。
ZIP:ああでも。ここのほうが、少しは息がしやすいかな。
■S4 ZIPの住処
―トタンの板がキイ、と鳴る。
ZIP:(入り口から中へ)ただいま。
―ロボットの動く音。
FACE:おかえりZIP。トタン板、カットしておいたよ!
ZIP:まじか、助かるわ。サンキュー、FACE。
FACE:切り口結構鋭いからさ、生身で触るなら気を付けて。
ZIP:おう。了解。充電は?
―FACEの動作音。(ロボット的な)
FACE:まだ大丈夫。ねえ、少しは休んだら?
ZIP:ああ……
FACE:そりゃさ、スラムで生きるのって大変だけど
ZIP:いや、たまに、わからなくなるんだ。俺は今、ここにちゃんと存在しているかどうか。
FACE:うん……
ZIP:誰かに声かけられて、見つけてもらっていれば、実感できるから……
FACE:そっか…。(切り替えて)ねえ、その赤いのなに?
ZIP:(暗い空気を取り繕うように)トマト。3丁目のねえちゃんからもらった。
FACE:いいね。ZIP、最近野菜食べてなかったでしょ。
ZIP:まあな。ねえちゃんとこの畑、調子いいらしいよ。
FACE:よかった。こないだあげた肥料が効いたんじゃない?
ZIP:そうかもな。
―鶏の鳴き声。(こけこっこー)
ZIP:FACEぅ(遠めに)、こいつら、今日生んだ? 卵。
FACE:まだ。(遠め)
ZIP:くそーーータンパク質―――
FACE:気長に待とうね。ちょっと他のレプリカ動かしてくる。
ZIP:おう。
FACE:しばらくこっちのレプリカには接続しないかも。
ZIP:わかった。
―FACE、三角座りになってスリープモードになる。(電源オフになる的な音)
―鶏の鳴き声(こっこっこ)
ZIP:お、生む? 生む?
―鶏の鳴き声(こけー!)
ZIP:えらいぞーーー! よおし偉い子には 餌をやろうなぁ! たんと食え!
―穀物をざざーと餌入れに入れる。
■S5 夜、カブキチョウスラム(声劇でやる場合はこのシーンは飛ばしてもOKです)
―夏の夜の虫の音など。
―スプレーの音、カラカラ。から、シューっと。
―Hiphopの曲。スプレーの音がだんだんリズムに乗る。
※ここのZIPは昼と違って、他人といるときの演技をしていない、感情の抜け落ちた、自分が誰か分かってない空虚なZIP。
ZIP:(歌)夜の静寂(しじま)【に】 一人蒸す(ふかす)【スプレー(い)】
壁に残す雄【叫び(たけび)】 さながら【幽霊】
ここにい【るのに】 いねえらしい【実際】
良いヒトのフ【リ】 は終わり 【Good Night(ぐっない)】
眠・らな・いま・ち【カ・ブキ・チョウ】 ネオ・ンの・毒・が刺【さる・にち・じょう】
腹・の・底の・怒り【か・くす・よう、】ZIP(じーあいぴー)DOPE(どーぷ)【さけぶ・きょう】も
―カラカラとシューというスプレーの音と曲、FOしていく。
■S6 朝、カブキチョウスラム
―ちゅんちゅん。
ZIP:(あくび)深夜までボムりすぎた……またスプレー缶くれねえかなあ、おっちゃん……
CRCK:助けてえええ!
ZIP:あ? どこだ?
CRCK:わああ!
ZIP:上ぇ!?
―上から落ちてきた少女をキャッチしガラクタ山に突っ込む(ガラガラガラ・・・)。リズム合わせたBGMフェードアウト→効果音+静寂→会話開始
CRCK:た、たすかっ――
ZIP:っぶねーなクソガキ!
CRCK:ごめんなさいッ
ZIP:ったく走るなら前見て元気よく飛べ! いてて……
CRCK:ええ!?
ZIP:…怪我ねえならさっさと行けよ。
CRCK:あたし、追われてるの! 助けて!
ZIP:あ?
―遠くのパトカーの音。
ZIP:……犯罪者は助けない。
CRCK:悪いことなんてしてない!
ZIP:はあ。
―ZIPは少女をガラクタの山に隠す
CRCK:なにすんの!
ZIP:だあってろ!
CRCK:ひっ
―近づいてくるパトカーの音。
ZIP:よお、巡査部長サン。
ヨドバシ:やあ、フードの君。女の子がこの辺を通らなかったかい?
ZIP:女?
オオクボ:一番星のように輝く瞳の可憐な少女、さ!☆ ああ! イケメン警官であるボクの輝きには及ばないけど、ね!☆
ZIP:……あっち。
ヨドバシ:ご協力、感謝する。
オオクボ:グッバイ、ナイトシンガー!
―パトカー、去る。
ZIP:ナイトシンガー……? (少女に)おい、行ったぞ。
CRCK:うひゃーー。たすかったあ。ありがとう! おじさん!
ZIP:おい、おじさんはやめろ。
CRCK:え!?
ZIP:おにいさん。
CRCK:おじさん。
ZIP:なんでだよ、そんな老けて見えるか?
CRCK:ひげが。
ZIP:……あー(納得)。
CRCK:(お腹の音)
ZIP:……飯、食うか?
CRCK:うんっ!
■S7 ZIPの住処
―ポータブルガスコンロに火を付ける音。
―なんか炒める音。
FACE:(中距離)で、拾ってきたの?
ZIP:(ひげそりしながら。中距離、後ろにかける。)腹、空かしてたから。
FACE:ZIPってばお人好しなんだから。
CRCK:ご飯まだー?
ZIP:待 て だ ガキ。
CRCK:ガキって呼ばないで! わたし、アンナって名前があるの!
ZIP:アンナァ?
CRCK:おじさんは?
ZIP:あー、名前、無い。(たらいにためた水で顔を洗う音)
FACE:そのおじさんはZIPだよ、アンナちゃん。
ZIP:(咎める)FACE!
FACE:僕はFACE。よろしくね。
CRCK:じっぷと、ふぇいすぅ? 変な名前だね。
ZIP:(シャツで顔を拭いながら)……お前どっからきたんだよ。
CRCK:えーっと、ウェストサイド。
ZIP:ああ、通りで。そんなカッコでこのあたりうろついてたら、襲ってくれって言ってるようなもんだぞ。
CRCK:なんで?
FACE:その綺麗なワンピースでいいとこのお嬢様だってすぐわかっちゃうから心配だって意味だよ。
ZIP:心配なんかしてねえよ!
CRCK:そうなの?
ZIP:んなことも分からねえでイーストサイドに来るな。
CRCK:だって、初めて一人で家、出たから……
FACE:家出?
CRCK:うん。
ZIP:うわー。
―皿を置く音。
FACE:はい、焼きそば。召し上がれ。
CRCK:うわー! 食べたこと無い! 美味しそう! いただきます!
ZIP:ウェストサイドでも食うだろ焼きそばくらい。
CRCK:(もしゃもしゃ)おいしいこれ!(言えてない)
FACE:ほんとにどこの子なんだろうね。DeepSeaでニュース検索してみようか。
ZIP:ああ、頼む。
―FACEの顔部分が黒くなる(SE)。
CRCK:んえ!?(飲む) か、顔、顔が、なくなった!
ZIP:(鼻で笑う)レプリカも見たこと無いか?
CRCK:レプリカってなに? ヒトガタと違うの?
ZIP:レプリカは遠隔操作用のロボットだよ。AIが乗ってる自律型じゃない。簡単に言うと、レプリカは人間が操縦してるんだ。
CRCK:(興味津々で)中にヒトが入ってるの……?
ZIP:ちげえわ。インターネットつかってアクセスしてるだけ。FACE本人はどこぞの病院にいるんだと。
CRCK:へえ……。
ZIP:ヒトガタは知っててなんでレプリカは知らねんだ。
CRCK:だってヒトガタはうちで作ってるから。
ZIP:あ? うちで?
CRCK:レプリカはテクノメイトの商品じゃないでしょ?
ZIP:ん?
―レプリカの起動音。
FACE:ハロー、ワールド。レプリカ、スタンバイ。接続(ジャック・イン)
FACE:ZIP、わかったよ。
ZIP:なあ今こいつめっちゃ変なこと言って――
FACE:テクノメイト社の社長令嬢が行方不明、名前はアンナ。
ZIP:……。
CRCK:FACEぅ、焼きそばおかわりほしいー。
ZIP:社長令嬢?
FACE:ちょっとまってねアンナちゃん。
ZIP:テクノメイトの?
CRCK:うちのコックより料理上手いよ、FACE!
FACE:それは嬉しいなあ。これ母さんのレシピなんだ。
ZIP:うーわー。
■S8 夜。
CRCK:(寝ている)すぴーーーー
ZIP:あー、こいつマジどうすっか。一晩は泊めてやるっつったものの。
FACE:警察に届けたら? ウェストサイドの、しかもテクノメイト社の箱入り娘がスラムに何日もいるなんて危なすぎる。
ZIP:だよな。よし起きろアンナ。
CRCK:ふえ。なに…?
ZIP:お前明日お家に返すからな。
CRCK:いいいい嫌!
ZIP:なんっでだよ!
CRCK:パパと喧嘩したの! もうしゃちょーれーじょーなんかやってらんないから!
ZIP:はあ!?
CRCK:食事中は音を立てない、足は閉じて斜めに揃える、ものをとるときは指先を意識する…丁寧な言葉づかいで男性を立てつつ一歩後ろにもーーーーたくさん! スタイル維持のためにお菓子も炭水化物も食べられない! 婚約者も勝手に決められるし! 分かる!? この苦しみが!!(ちょっと涙声)
ZIP:お、おう……。全然わからん。
CRCK:だから逃げ出してやったのさ! 絶対(ずえったい)戻らないからね!
―しばし沈黙。
FACE:いやー。前言撤回するよ。こりゃ箱入りじゃなくてじゃじゃ馬だ。
ZIP:……アンナ、お前、イーストサイドで生きる覚悟ある?
CRCK:ある!
ZIP:働かざる者食うべからず、だぞ?
CRCK:働く!
ZIP:……なら、ここに置いてやってもいい。
FACE:ZIP!?
CRCK:ほんと!?
ZIP:約束しろ。一人で出歩くな。俺か、FACEと必ず行動するんだ。
CRCK:はい!
ZIP:(若干茶化して)それから、その小綺麗な服は捨てて、もっとダサくて汚え服を着ろ。明日、……そうだな、3丁目のばーちゃんに服を譲ってもらえないか頼んでみるわ。
CRCK:了解!
ZIP:それから、名前。アンナじゃバレるな。
FACE:たしかにね。
CRCK:ええ…どうすればいい…?
ZIP:……CRCK(クラック)。お前、今日からクラックな。スケブスケブ…
CRCK:え?
ZIP:(真顔でスケブにペンを走らせながら)俺の日常にヒビを入れた女、クラック。よし。我ながら良いネーミングセンスだ。タグを書くなら、Aは省略して、CRCK(しーあーるしーけー)、四文字でバランス良いな。
―マーカーのキュキュという音。
CRCK:ねえFACEぅ…ZIPは何を書いてるの?
FACE:タグだよ。君の。サインみたいなもん。
CRCK:タグ?
FACE:町に落書きがあるでしょ? アレ、グラフィティ。ZIPはグラフィティが好きだから。君のタグを考えてる。僕もZIPに名前とタグを考えてもらったんだ。
ZIP:できた。よおしCRCKの初仕事は、これを真似して書けるように練習すること。FACE、明日は子守頼んだ。
FACE:了解。
CRCK:え? え?
ZIP:わかったらとっとと寝ろCRCK。
CRCK:(きょとん)(気づく)……起こしたのあんたじゃない!!
■S9 連続シーン 曲
―屋根修理、電動ドライバーの音。
ZIP:おいCRCK、そっち押さえてくれ。
CRCK:え? どっち? わあ!(落ちそうになる)
ZIP:ばか!
FACE:(腕伸ばす音)キャッチ。
CRCK:ひええええ…ありがとFACE…
FACE:いえいえ。
ZIP:はああああ
―裁縫
CRCK:いったあ! また刺しちゃったあ…難しいな、ボタンつけるの…
老人女性:おやおや、ばんそこはどこだったかねえ…
CRCK:大丈夫よおばーちゃん。舐めときゃ治るから。
老人女性:そうかい? じゃあ休憩にしようかねえ。
―冷蔵庫修理
男性2:どう? 治りそう? 冷蔵庫…。
ZIP:よしCRCK、やってみろ。
CRCK:えっ
ZIP:まずここのキャップとって、ネジ外す。
CRCK:う、うす……
ZIP:マイナスドライバー使え。
CRCK:え、どっちがマイナスだっけ!? あ、これか!
―運搬
―軽トラックのバックの音。
CRCK:オーライ、オーライ、ストップ!
―CRCKトランク開け、前ドア開けZIP降りて来る。
ZIP:じゃ、荷下ろしな。
CRCK:あたしなるべく軽いの…
ZIP:そっち持てよ。せーの
CRCK:うぐ!お、おもぉ…
■S10 曲終わり夕方。
CRCK:(床に倒れる:仰向け)あーー疲れた・・・
ZIP:この程度で音ェあげてたらスラムでやってけねーぞ(着替えてたりなんかしながら)
CRCK:ええーー。(体勢を変えてうつ伏せ)そういえばさ、みんなZIPのこと、「にいちゃん」とか「あんた」、とか呼んでるけど、名前、教えないの?
ZIP:前も言ったろ、名前はないって。
CRCK:ZIPは名前じゃないの?
ZIP:ZIPはライターネームだ。グラフィティ用の。
CRCK:名前がない人なんていないよ。本当の名前はなんていうの?
ZIP:本当の名前は……
■S11 夜。
―夜環境音。
CRCK:(寝ている)すこーーーーー。
FACE:仕事、大分慣れてきたんじゃない?
ZIP:多少はな。使えるようになった。なったが…
FACE:が?
ZIP:食料が足りん。
FACE:いっぱい食べるもんね、CRCK。
ZIP:ガキ一人増えるだけで、こんなに飯が減るとは……。
FACE:畑増やす?
ZIP:いや。グラフィティ辞めるわ。
FACE:え。
ZIP:そんで雑貨屋のおっちゃんに、今までスプレー缶でもらってた分、食料にしてもらえるか交渉する。
FACE:ZIPはそれでいいの?
ZIP:まあ、しゃあねーだろ。ガキが腹すかしてんのはみたくねーしな。
FACE:そっか。
ZIP:あと、稼ぎ話思い出してさ。
FACE:稼ぎ話?
ZIP:(ポケットをごそごそ)…これ。前に仲間から押し付けられたステッカー。
FACE:……これ、は。
ZIP:なんか知ってる?
FACE:…知らない。
ZIP:そうか。金が必要になったらこれを追えってさー。そのあとそいつの姿みなくなったからよ、上手いこといってどっかで楽しく暮らしてんのかなって思うんだ。
FACE:……。
■S12 朝。
ZIP:てなわけで今日はスプレー缶を使い切りまーす。
CRCK:どんなわけ? FACEは?
ZIP:別のとこにあるレプリカで作業中だってさ。スプレーが残ってるうちにお前に色々と教えとかないといけないからなー。
CRCK:良いよ別に、あたしまだタグぅ?しか書けないし。
ZIP:いいぃーやお前はまだグラフィティの可能性を知らないだけ……ん?
CRCK:どしたの?
ZIP:このグラフィティ…。
―ポケットからステッカーを取り出す。
CRCK:いっしょじゃん。そのシールと。
ZIP:ああ。
CRCK:これがどうしたの。
ZIP:稼ぎ口。
CRCK:え?
―曲in
ZIP:これを追えってことは、どこかにヒントがあるはずだ。CRCKわりい、予定変更。これを探したい。
CRCK:まーいーけど。んじゃ探すからそれ写真撮って良い?
ZIP:おう。あ?
―スマホカメラの音。
ZIP:お前っ、デバイス持ってたらGPSで居場所がバレるだろ!
CRCK:GPS切ってるよ。あたりまえでしょー。
ZIP:お、おお、そうか。
CRCK:あれ、これARじゃん。
ZIP:そうなのか?
CRCK:見て。グラフィティを読み取ると、
―デジタル音がざざっと走り、光の軌跡が描かれる。
CRCK:ほら、矢印が。
ZIP:お手柄だぞCRCK!
CRCK:へへっ
―曲変更
ZIP:こっちだ!
CRCK:次はこっち!
ZIP:見失ったか?
CRCK:上上!
―読み取り音。
CRCK:これどこに誘導されてるの?
ZIP:地下だな。
CRCK:怖ぁ。
ZIP:帰ってもいいんだぞ。
CRCK:一緒に行く。
ZIP:……ここが最後か? どうやって開けるんだ?
CRCK:見て、封筒がある!
ZIP:中身は、カードキー…?
CRCK:扉にカードリーダーはあるけど……
ZIP:まさかなー!
CRCK:まさかねー!
ーピッ→ウィン(扉開く)
CRCK:開くんだぁ…
ZIP:開いたなあ…
―中に入る足音。
CRCK:(先に入って奥へ)わー! 秘密基地~!?
ZIP:なんだこれ、なんの装置だ…?
FACE:やっぱり来ちゃったか。
ZIP:(見つける)ぉ、FACE? 着いてきたのか?
FACE:これには関わらないほうがいいんじゃない?
ZIP:いやー……使われてなさそうな研究室の割に電気は通ってるし、謎の装置はあるし…怪しさ満点なのは確かなんだよな。
FACE:なら……
ZIP:でも、俺達には金が必要だ。
CRCK:ZIP! これ見て!
ZIP:どうしたー?
FACE:……どうしよう、僕。
CRCK:これって量子テレポート装置じゃん!
ZIP:りょ、なんだって?
CRCK:量子テレポート装置。瞬間移動する機械だよ!
ZIP:瞬間移動? そんなことできるのか?
CRCK:うん。まあ、今はほら、仮想空間で打ち合わせしたりできるからさ、あんま需要ないかもね。 量子テレポートって…パパが開発停止したって言ってたけど、なんでこんなところに…?
―スマホをかざすと、AR情報が浮かび上がる(なんか音)
CRCK:助けてって、書いてある。
ZIP:救助願う。この装置の修復方法を記載する。報酬あり。(読んでる感)
CRCK:どうする?
ZIP:……やるか。そんでたんまり報酬をもらう。
CRCK:よし。まずは――
■S13 時間経過
ZIP:これで装置は修復完了だ。
―レバーをガシャンと上げる。装置に電気が通る。(SE)
ZIP:動いたか?
CRCK:ZIPって何でこんなものまで直せるの?
ZIP:機械工学科で勉強してロボット作ってたんだ。父さんが…テクノメイト社に入れって言うから……
CRCK:うちに? なんで入らなかったの?
ZIP:いいだろ、なんでも。次の指示は……げ、プログラム修復かよ…。
CRCK:ZIP、もしかしてプログラムできない?
ZIP:英語が。
CRCK:英語?
ZIP:英語をみると鳥肌が立つ。
CRCK:へえーー何でもできると思ってた! ああ、それでか。うちの社内公用語、英語だもんね。
ZIP:うるせえ。おいFACE、見てないで手伝ってくれよ、得意だろ、プログラム。
FACE:……。
CRCK:FACE?
FACE:(感情を見せずに)あ、うん。やるよ。
―FACEが近づいてくる足音。
―タイピング音。
CRCK:最後の指示。「装置を起動すると、君はこちらにある同じ装置に転送される。そちらの装置の故障で、私は戻れなくなってしまったのだ。親切な人よ、修理が完了次第、私を助けに来てほしい。」信じらんない。
ZIP:相当参ってるな。……だけど、どっかに行っちまって、どうやってここにARを置いたんだ?
CRCK:DeepSeaに接続できれば位置情報でAR置けるよ。
ZIP:あ、ああ……そうか。
FACE:プログラム修復完了。じゃあZIP、中に入ってチェックしてくれる?
ZIP:わかった。(機械に入りかけて振り返る)なあFACE。
FACE:(バレたかと驚き)何?
ZIP:もし俺が戻ってこなかったり、なんかトラブルがあったら、CRCKを連れて隠れ家へ戻れよ。
FACE:……うん。任せて。
CRCK:大丈夫だよね?
ZIP:さあ。
CRCK:やめてよ!
ZIP:(笑い)じゃ、行ってくる。
FACE:起動。テレポート開始。
自動音声:解析開始
―ピーという音がとともに、ZIPの体がスキャンされる。
自動音声:解析完了、量子分解を開始します。
―その後、レーザーが照射され、ZIPの体が消える。装置の中には光の粉が舞い、やがて消える。
CRCK:消えた! これどういう仕組みなんだろう……
FACE:人体を、原子よりさらに小さな量子にまで分解する。量子状態は揺らぎ、複数の状態が同時に存在するようになる。その量子は「観測」により、固有状態に収縮する。
CRCK:ちょっと、何難しいこと言ってんの?
FACE:父さん、戻ってきて。
―自動音声「再構築開始」ぼこぼこぼこという音が鳴って、光の粉が肉体を形作り始める。
―そこに現れたのは一人の男だ。
マイズナー博士:……うん? これは…肉体だ…
CRCK:え、誰? (狼狽え)
マイズナー博士:これは、成功? 成功した? 私は戻ってこられたのか?
FACE:父さん。
マイズナー博士:ああ、お前がやってくれたのか。さすがは私の息子だ。
FACE:あ、会いたかった…
マイズナー博士:感じる、感じるよ、寒い。あれからどれくらい経った?
FACE:もう秋だよ。ほら、これを着て…
CRCK:FACE!
―静寂
CRCK:その人、誰?
FACE:僕の、父さんだよ、CRCK。帰ってきた、帰ってきてくれた、父さんが!
マイズナー博士:ちょうど私の肉体と同じくらいの量子量の人間だったようだな。……不思議な感覚だ、全身麻酔から覚めたときのように記憶が連続している。
CRCK:ねえ、ZIPは? その人助けて、一緒に戻ってくるんじゃなかったの?
マイズナー博士:ZIPとは、誰のことかな?
CRCK:ちょっと待ってよ。FACE!
FACE:……。
マイズナー博士:ああ分かった。この量子の提供者か。その人はね−−
CRCK:やめて、いやだ……
マイズナー博士:消えたよ。彼の肉体を構築していた細胞は量子にまで分解され、私の生体データをもって再構築された-そして、私の体になった。分かるかな?
CRCK:嘘だ!
マイズナー博士:この女の子は被験体か? ちょうどいい、早速実験を始めよう。
FACE:え?
マイズナー博士:どうした? さあ、装置にその子を入れなさい。
FACE:……(しばらく黙って、目を伏せる)
CRCK:FACE…
FACE:(小さく)ごめん。
FACE:あのね父さん! この子は、行方不明になっていたテクノメイト社の社長令嬢で、ぼくが保護してたんだ。社長に届ければ謝礼金が出るよ、そしたら研究を再開できる! ね、そうでしょ?
CRCK:……あんた、さいってー。
マイズナー博士:そうか! さすがは私の息子だ。研究のことをいつも一番に考えてくれる。そうだ、私はこの装置を完成させなければいけないんだ。それが私の使命! (楽しそうに笑う)
FACE:頼む、アンナ、今は大人しく従って。
第一部完。
第二部
■S14 CM
―テクノっぽい曲。
NA:DeepSeaへは様々な機器からアクセスできます。フルダイブ型デバイスを用いることで、より現実に近い経験が可能に。新しい人生を、Deep Seaで。(サウンドロゴ)テクノメイトカンパニー。
■S15 CRCKの自室
―ヘッドギアをつける衣擦れ。電源をいれる音。
―デバイスの起動音。メニュー選択するUIシステム音。
ヘッドギアシステム:ようこそ、DeepSeaへ。市民番号とパスワードを入力してください。
―コントローラーの操作音。
ヘッドギアシステム:認証。ログイン成功。ヘッドギア使用時は、2時間ごとの休憩を推奨します。
CRCK:よし。接続(ジャック・イン)
―SE 波のような音。
―BGM。
アドNA:パシフィックエリアにて、新作ゲーム体験イベント開催中!
アドNA:上質な布地と、肌になじむ着心地。静かに品格をまとう、大人の服。アトランティックエリア、ショップモール内3階、婦人服エリアにて。
CRCK:FACEは、「ZIPの生体データをDeepSeaのサーバーに隠した」って言ってたけど……。どうやったら企業の、しかもセキュリティ万全なテクノメイト社のサーバーに「間借り」なんてできるわけ?
―システムUIを操作する音。(スイ、スイ、ピ、ポ)
CRCK:えっと……管理者エリアは、「人魚の国」の地下だから……
―シュン、とアバターが消える音。
■S16 アミューズメントエリア、「人魚の国」
―テーマパークのような音楽。
―アバターが現れるシュンという音。
CRCK:入口は……あった。
―パネルにアバターで触れる。(ピピ)
入室システム:入室コードを入力してください。
CRCK:A0003ANNA(えーゼロゼロ/ゼロサン/えーえぬ/えぬえー)
入室システム:認証。こんにちは、アンナ様。入室を許可します。
CRCK:パパが娘に甘くて良かった……。
―自動ドアが開いて閉まる音。テーマパークの音楽消える。
CRCK:小学生の頃はよく見学にきたっけ。/懐古 (話し声が聞こえて)やばっ
―話し声。遠ざかる。
職員1:ねえ、聞いた?(なあ、聞いたか?)ショップモールに新しく誘致するブランドの件だけど
職員2:ああ、ストレージ増やせって文句来てるやつでしょ?(やつだろ?)
職員1:それそれ。海外のショップってなんであんな強気なんだろうね(な)……
CRCK:職員にバレないようにしないと……。
―自動ドアが開いて閉まる音。
―ぴ、ぴ、というような継続した環境音。
―UIを操作する音。
CRCK:うげえ……これぞデータの海。下手に触ると怒られるなあ。気をつけなきゃ。
―シュン、シュン、とフォルダを開けて中身を確認したりする音。
CRCK:あー! わかんないよう!
―クスクスという笑い声のようなかすかな音。
CRCK:あのFACEが、アクセス記録が残るとこには隠さないと思うんだよね。うちで研究してたときのセキュリティコードはもう停止されてるだろうし……もしかして抜け穴を作ってたり?
―クスクスという笑い声のようなかすかな音。幽霊が飛ぶときのような風切り音。
CRCK:ん? なんだろうこの音。
―風切り音。
ナツキ:(かすかな音)こっち。こっち。
CRCK:こっちから聞こえる。
ナツキ:(かすかな音)こっちだよ。お嬢さん。
CRCK:どこ? どこにいるの? (誘われてる)
ナツキ:(かすかな音)ここ、ここ。
CRCK:この扉から?
ナツキ:(かすかな音)開けてごらん。
CRCK:(意を決して、ドアを押す力み)
―鉄扉を開く音。ゴオオ…という地鳴りのような音。
―遠くでデータが消去される音(何かが崩壊するような音と、ノイズ)薄くあちらこちらからノイズや囁き。
CRCK:ここって…
ナツキ:ばあ。
CRCK:うわああああ
ナツキ:おお、いい反応。
CRCK:な、な、あんた、何!?
ナツキ:ようこそ、データの墓場へ。
―グリッチノイズ。ナツキの姿がブレる。
CRCK:え!?
ナツキ:いつつ(痛い)。あんた職員じゃないな。なんで管理者エリアなんかにいたの?
CRCK:それは……何で教えなきゃなんないの?
ナツキ:なんだよぉ、助けてあげようと思ったのに。
CRCK:助けなんていらない。
ナツキ:あー、そ。じゃ、バイバイ。
―ナツキの姿が掻き消える。ホラー的な風切り音。
CRCK:え、ちょっと! ……なんだったんだろ。
―笑い声や啜り泣きがかすかに聞こえる。
CRCK:不気味……こんなところにZIPのデータがあるとは思えないし……戻ろう。
―霞のようなものが巻き付いてくる。ホラー的な音。
デジタルシェルたち:アバター……アバターだ……
デジタルシェルたち:よこせ、よこせ
デジタルシェルたち:欲しいヨォ、体、欲しいヨォ
デジタルシェルたち:返してぇ……返してえ……
CRCK:何、なんなのこいつら! (ぷるぷる)
―ホラー的な啜り泣きと笑い声。
CRCK:離して! いや! 誰か、誰か助けて!
―グリッチノイズ。CRCKの姿が掻き消える。
CRCK:あ、あれ?
―遠くで啜り泣きと笑い声。
CRCK:どっかいった? なんで?
ナツキ:ばあ。
CRCK:うわあああ
ナツキ:2回目もいい反応。
CRCK:一体なんのつもり!?
ナツキ:やだなー助けてって言うから助けたんじゃん。
CRCK:え……
ナツキ:あいつらの座標をちょっとずらしたんだ。俺、ハッカーだったんだよね。
CRCK:そんなこと、できるの?
ナツキ:移動しながら話そうか。
―しゅぃんみたいな移動音
ナツキ:なんか探してるんだろ? なんだっけ? ZIPファイル?(圧縮ファイルのZIPの方)
CRCK:違う。ZIPっていう人の、生体データ。
ナツキ:(思い当たる節がある)ふうん。そいつ、もしかして量子テレポート実験の被害者? ならここにあると思うよ?
CRCK:ほんと!?なんでわかったの?
ナツキ:さっきのやつらも実験の被害者だからさ。
CRKC:被害者?
ナツキ:デジタルシェル現象、知らない?
CRCK:知らない……
ナツキ:じゃああんたは少なくともあのイカれ博士の関係者じゃないってことだ。
CRCK:なんなの、デジタルシェルって。
ナツキ:テレポート実験で、失敗した被験者の成れの果て。
CRCK:どういう、こと?
ナツキ:人体実験をして、テレポート先に体を再構築できなかったってことさ。肉体に戻れなかった生体データがバグとなって漂ってる、それがデジタルシェル。
CRCK:(怯え)そ、それって、ゆ、ゆ……
ナツキ:ゆーれいみたいなもん。
CRCK:ひっ。
ナツキ:だからみんな、体を求めてんのさぁ。俺もね。
CRCK:え…(うめき声)
―CRCKの首を締めるナツキ。
CRCK:(抵抗)離して!
ナツキ:アバターなんだから苦しくないだろ? さ、乗っ取らせてもらうよ。
CRCK:やめてよ!
―プログラムを探るような音。(ピコピコ、や、ノイズ)
ナツキ:(力を入れている)肉体は無理でも、アバターとアカウントさえあればDeep Seaの中で生きられる!
CRCK:やめて!
―グリッチノイズ。ナツキは弾かれる。
ナツキ:(悲鳴)
CRCK:(息切れ)
ナツキ:(驚き)お前、通常アカウントのセキュリティじゃねえじゃん。しかもA(エー)の一桁代で、アンナって……社長の……
CRCK:その名前で呼ばないで。私は、CRCK。今は、クラックだ。(首絞め引きずり)
ナツキ:……くそ、乗っ取れねえのかよ。チャンスかと思ったのに……
CRCK:…残念だったね。あたしが普通の利用者じゃなくて。
ナツキ:……。(しばらく見てて、ため息付いて消えようとする)
CRCK:(恐る恐る)ねえ。ちょっと。
ナツキ:……あ?
CRCK:……ZIPのデータがどこにあるか、心当たりがあるの?
ナツキ:……お前、今襲われたのに、キモ座りすぎじゃない?
CRCK:イヤ、乗っ取れないってわかったら怖くないなって。
ナツキ:……クソガキめ。ああ、俺はZIPってやつの話を、聞いたことがある。
CRCK:じゃあ、教えて。
ナツキ:こっちだ。
◾️S17 FACEの住処。
―ノック。合図のため特殊なリズム。
CRCK:ここは?
―扉が開く音。
FACE:ナツキ?
ナツキ:よう、FACE。
CRCK:FACE!? FACEって、あのFACE?
FACE:やあ、CRCK。こっちの姿では初めましてだね。そろそろくる頃だと思ってたよ。
―扉が閉まる音。
CRCK:つまり、どこかの病院に入院してるっていうのは「全くの嘘」で、FACE自身も実験に失敗した、デジタルシェルで。ここからレプリカにアクセスしてたってこと?
FACE:さすがCRCK。理解が早いね。
ナツキ:俺はお前らが知り合いだっつーことにびっくりだよ。
CRCK:あんたも、名前、ハシモトナツキって、ZIPの本名じゃん! しかも犯罪者ってなに!?
ナツキ:そりゃ、市民番号を買うなんて犯罪者じゃなきゃしねーだろーよ。俺の本名はもう警察にマークされてて使えないからさ。ハシモトナツキの市民番号を買ったってわけ。
CRCK:(ZIPのために怒る)あんたのせいで!
ナツキ:何?
CRCK:あんたが情報を買ったからZIPはスラムなんかで生きるハメになったんだろ!
ナツキ:勘違いすんなよ、そもそもどうなるかも考えず端金欲しさに市民番号を売ったのはバカなハシモトナツキ本人。俺はバイヤーから買っただけ。
CRCK:くっ……。
ナツキ:いやー、女っぽい名前で助かったわ。戸籍情報的には男だから捕まるまでに大分時間稼ぎができた。
FACE:それでも結局捕まって無期懲役だけどね。
ナツキ:実験に協力したら罪が軽くなるっていうから被検体になってやったのにこのザマだよ。
CRCK:返して。ZIPの名前と情報を。
ナツキ:なんで?
CRCK:戸籍とか、情報が返ってくれば、もう、ZIPは自分が何者か悩まずに済むでしょ。
ナツキ:お前さんもバカだね。ハシモトナツキという人間は、無期懲役中の犯罪者なわけ。そんなデータ返されても、一生サツに追われるだけだよ。
CRCK:でも!
ナツキ:名前や情報なんてただの識別記号さ。自分が誰かは、自分で決めんだよ。俺は天才ハッカーで、サイバー犯罪者。そうやって稼いで生きるって決めた。名前が変わろうが、市民番号が変わろうが、それだけわかってれば十分。
CRCK:……。
FACE:まあまあ、喧嘩はその辺で。
CRCK:喧嘩じゃない!
FACE:喧嘩じゃないの?
ナツキ:FACE、お前だって尋常じゃないぜ。そのZIPってやつ友達だって言ってたじゃん。どうなるかわかってて装置に入れるなんてさ。
CRCK:そうだよ。しかも肉体消しといてデータは保護するって何考えてんの?
FACE:うん……ごめん。
CRCK:謝る人は私じゃないでしょ。説明して。
FACE:……テクノメイト社が研究を打ち切ってからも、父さんは量子テレポートの研究を続けていたんだ。研究資金が尽きて検体が買えなくなり、父さんは僕を被験体にした。
ナツキ:あの博士、囚人を買うなんてやべえやつだとは思ってたけど、自分のガキまで使うとは。
FACE:研究用のアカウントを消される前にこの削除データパーティションに、検体の生体データを保存してた。うちには人間一人分のデータを保存できるサーバーなんてなかったから、テクノメイトのサーバーを借りたんだ。ここは削除されたデータが一時的に保存される場所で、管理者も見にこない。ナツキにハッキングを教わったから出来たことだ。
ナツキ:最初の頃は生体データを作成するのにめちゃめちゃ時間かかって暇だったからなあー。あっちこち電極さしてさ。
FACE:ナツキが消えて、そのあと数人の実験も失敗して。いよいよ僕の番になった。それで、僕は死んだ。
CRCK:死んだ?
FACE:今の僕は記憶と人格をデータとして引き継いでそれっぽく動いてるだけで、肉体を持っていた頃の自分から、意識を引き継いでないんだ。
CRCK:はえ? ん? ほえ?
ナツキ:量子テレポってのは、成功したって一回死ぬんだよ。元々の物体を一回壊して、全く同じコピーを別の場所に生成する技術だから、それであたかも物が移動したように見えるだけなんだ。
CRCK:……全く同じコピーならその人なんじゃないの? なんで1回死ぬの?
ナツキ:バカだねぇ。主観で考えてみろ。いま物事を考えているところのお前はいなくなっちまうんだよ。
CRCK:??
ナツキ:ダメだこいつ分かってねえや。
CRCK:あのー、ねえ、怖かった?
ナツキ:あ? ……怖かったよ。体が分解されて、意識が消える瞬間。あのビームクッソ痛えし。
CRCK:……。
FACE:僕たちが生体実験を始めたから、テクノメイト社の社長は、研究を中止したんだ。人間に適用してはならない技術だって。
ナツキ:まともな倫理観をお持ちってわけだ。
CRCK:それで・・・・・・なんでZIPの体をあんたのお父さんの材料にしたか、まだ聞いてないよ。
FACE:……会いたかったからだよ。父さんに。成人男性の量子量がまかなえれば誰でもよかったんだ。ZIPを狙ったわけじゃない。
CRCK:はあ?
FACE:まさかZIPが引っかかるなんて思わなかったんだよ。
CRCK:止めればよかったじゃん。
FACE:ほんとに、僕って最低だ……父さんに、会いたいという気持ちが、勝っちゃった。もう一度、名前を呼んで欲しかったんだよ……。
CRCK:(共感できるけど複雑)FACE……。
FACE:でも、父さんは一度も僕を呼ばなかったし、「もう一度実験できる」っていった。だからあれは、父さんじゃない。父さんはとっくの昔に死んじゃったんだ。
CRCK:あんたのお父さんを呼び戻したように、ZIPも戻せるんだよね?
ナツキ:そうだ、そこだよ。これまで人体実験は全て失敗したのに、なんで博士の時は成功したんだ?
FACE:別の場所に転移させず、同じ装置内に生成したから、量子揺らぎの状態を保つことができ、うまく観測できたんだと思う。
CRCK:ゆらぎ・・・?かんそく・・・?
ナツキ:知らねえか?生きてもいて死んでもいる猫の話。
CRCK:あ、あーーシュレッダーの猫??
FACE:シュレディンガーね。
ナツキ:細切れにしてどうする。
CRCK:もう!詳しい仕組みは言われてもわかんないってば!結局どうすればいいの!?
FACE: やり方を教えるよ。覚えられるかい、CRCK?
CRCK:……やるに決まってるでしょ!
■S18 データ墓場外。
―崩壊やグリッチノイズ。データ墓場の中でデータがめちゃめちゃ消えているような表現。
ナツキ:急げ急げ!
CRCK:あのイカれ博士を装置に押し込んで、ビーム浴びせて、プログラム書き換えて、ZIPのデータ呼び出してえーとえとえと……
―デジタルシェルの襲いかかってくるホラー的な風切り音。
ナツキ:お前らはおとなしく消えてな!
―ナツキがデジタルシェルを飛ばす(ビビ、シュンっみたいな音)
―CRCKはFACEがCRCKへのチャットに送ったプログラムを覚えようとしている。
CRCK:ああーープログラムなんてすぐ覚えらんないよお! 現実でも視界の中にチャット欄開ければいいのに!
ナツキ:メガネ型端末は持ってねえのかよ! 「テクノメイト」のお嬢さん!
CRCK:(はっとする)持ってるわ!!
ナツキ:よし! なら覚えるのは最低限の構造にしとけ! 英語は!?
CRCK:できる!
ナツキ:オッケー!プログラムは言語だ、「言いたいこと」を正しく認識するんだ!
CRCK:やってみる!
―デジタルシェルを飛ばす音。
ナツキ:管理エリアへのドアだ、消去の波に追いつかれる前にここから出ろ! ZIPのデータを解凍したせいで保存容量オーバーしてんだ!古いデータから消えてってる!
CRCK:全部消えそうな勢いだけど!?
ナツキ:そんくらいでかいんだよ人体の量子データってやつは!
CRCK:FACEはどうなるの!?
ナツキ:わかんねえ! あの小屋は保護がかかってた!けどっ
CRCK:飲み込まれてたじゃん!
ナツキ:今は考えるな! いけ!
―デジタルシェルを飛ばす音。
CRCK:あんたは!
ナツキ:俺はどうせデジタルシェルだ、身体データは消滅したし、記憶データもあっちこっち抜けてる。本名も覚えてない。
CRCK:じゃあなんで助けてくれたの
ナツキ:最後に人助けしてみたかっただけだ、そうすれば、消えるのも怖くねーだろ。
CRCK:買ったのがZIPのデータで良かったね。
ナツキ:あ?
CRCK:何でもない! ありがとう、ナツキ!
ー鉄製のドアが閉まる
ナツキ:(きょとんとしてから微笑んで)……ああ、頑張れよ、CRCK。
―データが消去されていく音。
■S19 ニュース
―ニュースっぽいジングル。
ニュースキャスター:数日前に行方不明となり保護された、テクノメイト社令嬢、コモン・アンナさんが、またしても失踪し、捜索願いが出されてます。今回は本人の直筆で、「探さないでください。誘拐じゃないので心配しないで」と書き置きがあり、家出の線で捜索中とのことです。
―BGM FO。
■S20 カブキチョウスラム
―だる目のBGM。
―ぴよぴよみたいな鳥の声。
ヨドバシ:なあー、オオクボ巡査。
オオクボ:なんです? ヨドバシ巡査部長。ボクのイケメンさについて語りたいって? そんなぁ、えへ、いや、ンンッ、どうぞ!
ヨドバシ:最近さあ、静かだよなあ。カブキチョウ。
オオクボ:なっ……ボクの顔に対するマダムたちの黄色い悲鳴が、ヨドバシ巡査部長には聞こえていないと? ふっ、良い耳鼻科を紹介します、よ☆
ヨドバシ:あのーなんだっけ、落書き小僧。あいつと、その取り巻きの、ロボット小僧と、じゃじゃ馬娘。あいつら、最近見ないよなあ。
オオクボ:四日前くらいに仲良くボムってました、よ☆ タグがその辺に残ってるじゃあありませんか!
ヨドバシ:あ? お前、読めんの、落書き。
オオクボ:ええ! Zip、FACE,CRCKでしょ? イカしたグラフィティをやるから覚えてますよ。ま、ボクのかっこよさには及びませんが、ね!
ヨドバシ:あー、あの落書きグラフィティっていうんだ。……ん?
―目の前をCRCKが走って通り過ぎようとするのを、腕を掴んで止める。(息ADください)
CRCK:いった(痛い)
ヨドバシ:ごめんねえ、お嬢さん。
CRCK:あ、あの、私急いでるんですけど。離してください。
ヨドバシ:君、その服、捜索願出されてる子じゃ−−
オオクボ:やあ! CRCK! 最近見なかったじゃないか! ぼくに会いたくなっちゃったの、カナ!?
CRCK:(変な声)え、あっ違いますぅ。
オオクボ:(ショックを受けた変な声)
ヨドバシ:オオクボ巡査、あのじゃじゃ馬娘はこんな小綺麗な服着れねえだろ、スラムの子だぞ。
オオクボ:いいやボクにはわかるっ、同じ瞳の輝きがっ!
CRCK:すみません、ほんと急いでて(腕を抜こうとして引っ張る)
ヨドバシ:まあいい、親御さんとこ連れてくぞ。
CRCK:嫌! 離して!
オオクボ:ヨドバシ巡査部長! 嫌がる女の子を無理に引っ張るのはイケメン警官の流儀に反しますっ!
ヨドバシ:めんどくせーなこいつら。
オオクボ:CRCK、ZIPとFACEはどうしたんだい? 最近グラフィティを描いてないじゃないか。新作楽しみにしてたんだよ☆
CRCK:二人を知ってるの?
オオクボ:ああ! イケメン警官は担当地域に住む人々を覚えているの、さ!☆
CRCK:……お巡りさん、私がZIPを助けるのを手伝ってください、お願いします!
ヨドバシ:市民番号のない、怪しい人物をなんで警察が助けないといけないんだ。
CRCK:……えっ、あの、それは
ヨドバシ:隠れて犯罪の準備でもしてたか?
CRCK:ち、違う!
オオクボ:まあまあヨドバシ巡査部長!
ヨドバシ:なんだオオクボ巡査。
オオクボ:ボクが見てきますよ! 親御さんに届けるのはその後でもいいでしょう!
ヨドバシ:お前なあ。
オオクボ:だってぼくはイケメン警官ですからね! イケメン警官は困っている少女を放っておかないんですよ! オジサン警官とは違ってね!
ヨドバシ:んなっ
CRCK:お巡りさん素敵……!
オオクボ:もう一声ッ!
CRCK:イケメンのっ、お巡りさんっ!
オオクボ:もう一声ッ!
CRCK:カブキチョウ1イケメンのっ、誰もが振り返るイケメンお巡りさんっ! 助けてっ!
オオクボ:うーーーーーーーーん! ボクに! 任せて!
ヨドバシ:……はあー。
■S21 量子テレポ装置の隠し場
―重たいドアが開く音。
マイズナー博士:おや?
CRCK:マイズナー博士。量子テレポート研究は父が開発停止を命じたはずです。
マイズナー博士:……ああ、もしかして謝礼金を持ってきてくれたのかな? それか研究再開の許可を?
CRCK:許可するわけないでしょ!
マイズナー博士:どうして? わからないなあ。量子テレポートが可能になれば、人類は大きく前進するんだよ。世界は小さくなり、月にすら一瞬で行ける。
CRCK:Deep Seaじゃダメなの? オンラインの世界で、なんだってできるようになったじゃない! 味も匂いも感じられるようになった!
マイズナー博士:この肉体で感じることが大事なんじゃないか。
CRCK:え?
マイズナー博士:ヘッドギアの電極から脳に与えられる電気刺激の情報が、「体験」と呼べるか? 感じたいじゃないか。サバンナの香りを、南極の冷たさを、ローマの美食を、そして、月の重力を! 全て、この体で感じたい! そのための転送技術だ。この装置が移動コストをゼロにする!
CRCK:物は送れても、人は送れない!
マイズナー博士:いずれできるようになる! 君は、地球から大気圏を突破し、宇宙へ出るときの加速度による人体への負荷がどれほどのものかわかるか? 私の体は訓練に耐えられずたったそれだけで!私はパイロットになれなかった/しかし!直接宇宙ステーションへテレポートすれば、誰もが宇宙を感じることができるようになるのだよ!
CRCK:コストはゼロにならない! この技術は危険すぎる! だからあんたもFACEも、そのほかの被験者も体を失ったんじゃないの!
マイズナー博士:FACEとは誰だ?
CRCK:え。
マイズナー博士:助手にそんなのがいたかな。まあいい。いつの世も革新的な発明は、庶民には受け入れられないものだ。さあ、実験を始めよう。こっちに来るんだ。
CRCK:いや、触んないでよ!
マイズナー博士:(心底不思議そうに)なぜ嫌がるんだ? 量子テレポート実験の、初の成功例になるんだよ。
CRCK:成功すれば、でしょ! 実験台になるなんて嫌! 助けて! 殺されるぅ!
−銃を構える音。
ヨドバシ:そこまでだ。マイズナー博士、その子を離しなさい。
オオクボ:あっ、えっと、手を離せ!
−銃声。
CRCK:ヒィ!
マイズナー博士:おっと。
ヨドバシ:なんで撃った!
オオクボ:(真剣に)セーフティ外して引き金引いたらほんとに弾出るのかなって。
ヨドバシ:セーフティ外して引き金引いたら弾は出るの! 警察はね撃つ前に色々規則があるんだからね、バカすか撃たないの習ったでしょ!
オオクボ:巡査部長、ボク、実戦で銃使ったことないんですよ。
ヨドバシ:じゃあもう下がっててくれ!
マイズナー博士:これは、公権力の圧力ではないのかい? 私は一体何罪に問われるのかな?
ヨドバシ:被験者の同意なくして実験に参加させるのは、人権の侵害ですよ。
マイズナー博士:人権よりももっと大事な実験なんだがね。それがわからないようだ。
CRCK:(もがく)(FACEのレプリカが近くにあることに気づく)
ヨドバシ:それでもこの国はまだ法治国家だからね。憲法が人権を保証する限り、私はその子を守るよ。
オオクボ:博士、お願いだ。……ボクのイケメンさに免じて、その子を離してくれないだろう、か!
ヨドバシ:(クソデカため息)
マイズナー博士:全く。話にならない。実験参加への同意を取得すれば良いのだろう?
CRCK:(首を掴んで持ち上げられる)ああ!
オオクボ:あわわわ!
マイズナー博士:「同意する」と言いなさい。
CRCK:(苦しい息)
ヨドバシ:その子を降ろせ!
マイズナー博士:降ろすさ。「同意する」と言えばね。
CRCK:くっ(足でレプリカを起動する)
FACE:ハロー、ワールド。グルーヴテック・レプリカmk3(マークスリー)スタンバイ。
マイズナー博士:ん?
FACE:接続(ジャック・イン)
―レプリカが立ち上がる機械音。
―レプリカ、無言で博士の腕を掴み、締め上げる
マイズナー博士:(痛みでうめく)
−博士、手を離してしまい、CRCKは尻餅をつく。どさっという音。
CRCK:いったたた、FACE!
ヨドバシ:今だ! 取り押さえろ!
オオクボ:ヒャい!(油断してた)
―レプリカ、手を離す。
ヨドバシ:せい!(一本背負)
マイズナー博士:(背中を打って息を吐き出す)
CRCK:こっち、ここに入れて!
―CRCK、ポータルを開ける。
ヨドバシ:ふん!(博士を担ぎ上げる)
マイズナー博士:(背中を打った衝撃から復帰してない様子で)お、降ろしたまえ! 同意しないと実験してはいけないのではないのかね!? 私の人権は!
ヨドバシ:うるせぇ!
―どさっとポータルに投げ入れる。
―レプリカの足音。
CRCK:えっ?
―レプリカが無言でポータルのドアを閉め、扉にロックをかけ、扉を押さえる。
マイズナー博士:開けろ! ここからだせ!
CRCK:FACE?
―レプリカは答えない。
ヨドバシ:ったく、老体に無茶させんじゃないよ。(息切れしている)
オオクボ:ボクはどうすれば!?
CRCK:何もしないで!
―CRCK、メガネ型端末を起動して、プログラミングを書き換えていく。タイピング音。
CRCK:転送位置は同じにして、参照データをZIPのファイルパスに、ビームの出力を設定して……
マイズナー博士:やめろ! 私以外が操作すれば失敗する! やめるんだ!
CRCK:おだまり!
-起動レバーを上げる。ビームがチャージを始める。
マイズナー博士:馬鹿者! 停止しろ小娘が!
FACE:父さん。
マイズナー博士:誰だお前は! 父と呼ばれる筋合いはない!
FACE:最後まで、名前を呼んでくれなかったね。
マイズナー博士:だから誰だお前は! やめろ、やめろ!
―ビームが照射され、チュンっと意外とアホな音を立ててマイズナー博士が消える。
―ぼこぼこと音を立てて肉体が構築されていく。
CRCK:お願い、成功して……!
■S22 ポータルの中。精神世界。
―無音。怖くなるほどの無音。
ZIP:ここは、どこだ。俺は……
マイズナー博士:やあ。
ZIP:あんたは、あ、ああ! よくもやってくれたなこの野郎!
マイズナー博士:その節はどうも。親切な君に頼みがあるんだ。もう一度助けて欲しいんだよ。
ZIP:いや、助けようとしたとこで気絶したんだぞ。今どうなってるか説明が先だろ。
マイズナー博士:気絶ではない。君は、死んだんだ。私たちは今、そうだねえ、君にもわかるように非科学的な言葉で説明するならば、精神の世界にいる。
ZIP:はあ?
―不快な音が鳴り始める。
ZIP:なんだこの音。うわっ
―ZIPの精神が引っ張られる、ズアッみたいな音。
マイズナー博士:肉体の構築が始まった。
ZIP:肉体の構築?
マイズナー博士:遠隔地での肉体の再構築はこれまでも成功していたんだ。しかしどうやっても精神が宿らなかった。プログラムは正しかったし、脳も正しく再現されていたのにも関わらずだ。
ZIP:何言ってんだよあんた。
マイズナー博士:再構築された肉体に精神を宿すための鍵。データだけでなく、一度死んだ精神を呼び戻すための鍵。自らが体感してやっとわかった。やはり体験は偉大だ!
ZIP:ここはどこで、あんた誰で、この音はなんなんだよ!
マイズナー博士:ここは精神世界、この音は君の肉体が再構築される音。そして私は科学者、アレキサンダー・マイズナー。量子テレポーテーションを完成させる者さ!
ZIP:ああ?
マイズナー博士:肉体に宿るには! 宿らせる精神の強さが必要だった! 自分は誰で、どこに行きたくて、なんのために「そこ」に行かなければならないか! その意志の力が肉体と精神のリンクを作る!
ZIP:肉体と精神のリンク!?
マイズナー博士:今ポータル内に構築されている肉体は、君でもあり私でもある。二つの可能性が重なっているんだ。量子の重ね合わせ状態は、観測されて初めて、観測者にとってどちらかに確定する。こちらから、この存在が「私である」と誰かに観測させることができれば、この体に宿るのはマイズナーだと確定することができる! (笑い)こんなこと考えつきもしなかった! こちら側から働きかけることが必要だなんて!
ZIP:何言ってるかマジでわかんねえんだけど!
マイズナー博士:理解する必要はない。私が君の量子を有効活用してあげるよ。
ZIP:……つまり、俺の体を乗っ取るってことか?
マイズナー博士:非科学的に言えば、そうだね。
ZIP:いやいやいや! やらんが!
マイズナー博士:だが君は戻れない。自分が誰で、どこに行きたくて、なんのためにそこに行かなくてはならないか。私より強く思えないだろう。
ZIP:俺は、俺は誰だ……?
マイズナー博士:私には人類を一段階進化させるという使命がある。月に行くという欲望もね。
―ZIP、掴みかかる
マイズナー博士:離せ!
ZIP:俺は、CRCKとFACEのそばに行きたい!
マイズナー博士:ははは、足りないな! 思いの力が足りない! お前は誰だ!
ZIP:俺は、俺、俺はハシモト−−
ナツキ:ばあ。
マイズナー博士:お前、どうやってここに干渉を――
ナツキ:三度も殺されてたまるか、なあ、ハシモトナツキ。
ZIP:えっ
ナツキ:お前が名前を捨て、俺が買って、こいつに消された時に、ハシモトナツキはもう死んだよ。
ZIP:お前、もしかして―ー(あの時売った俺の名前を買ったヤツ?)
FACE:ZIP。
ZIP:FACE…?
FACE:きみはZIP。
ZIP:……俺はZIP。
マイズナー博士:この、ぐっ(苦しそう)
ナツキ:よくも俺たちをこんな姿にしてくれたなあ、博士。
FACE:父さん、もう終わりにしよう。
マイズナー博士:バカをいえ、お前たちの失敗は人類への貢献だ!
FACE:そうやって人の命を、無駄にしてきたんだよ、ぼくたちは。
マイズナー博士:(無視)(笑い)名前だけで勝てると思うな! お前は誰だ! 私はアレキサンダー・マイズナー! 天才科学者! (笑い)
ZIP:俺は誰だ、−−
―ポータルの中から外の声が聞こえる。ガラス越しにくぐもった声。
オオクボ:お? 今顔が見えたよ!
CRCK:どこ!?
―コンコンと装置のガラスを叩く。
オオクボ:やあZIPくん! 次のグラフィティはどこに書くんだい?
ヨドバシ:どうでもいいな!
CRCK:今言うことじゃないでしょ!
ZIP:……そうか、俺、グラフィティライターだ
マイズナー博士:何!?
FACE:観測、しちゃったね。
ZIP:俺はZIP、グラフィティライターだ、そして存在を叫ぶために、FACEとCRCKのもとに帰る!
マイズナー博士:この愚か者が!人類にとって、君と私のどちらが役に立つかわからないのか!
―父親セリフのリフレイン。「役に立たない息子だ」
ZIP:(振り切るように)ッ! 役に立たなきゃ存在しちゃいけねえのかよ!
マイズナー博士:くそ、くそ!
ナツキ:博士ぇ〜一緒に行こうぜ、データ墓場へ。
―音が収束し始める
FACE:ごめんね、ZIP。
ZIP:FACE、今戻るから、あっちで会おう。
FACE:うん。CRCKが待ってる。
ZIP:お前は? 待っててくれないのか?
FACE:うん。
ZIP:FACE?
FACE:ZIP、君と会えて良かった。名前をくれてありがとう。
ZIP:おい、何言ってんだよ、FACE。
FACE:僕はFACEとして生きたよ。最後まで。
ZIP:これからも生きるんだよ。病院にいるんだろ? 会いに行くよ。
FACE:病院にはいないんだ。
ZIP:じゃあどこにいんだよ。
FACE:もうどこにもいないんだよ。
ZIP:何言ってるかわかんねーよ。
FACE:僕は、ずっと嘘を生きてた。でも、FACEとしての言葉は、本物だったよ。
ZIP:なあ、FACE
FACE:さよなら。相棒。
ZIP:……ああ。さよなら。
■S23 ポータルの隠し場所
―レプリカが倒れる。
―ポータルのドアが開く。しゅううう・・・と煙が出る。
ヨドバシ:成功、したのか?
CRCK:……ZIP?
ZIP:……さみいな! なんか服くれよ、CRCK。
CRCK:ZIPぅううううう!
―SE 抱きつく。
ZIP:うお!? おい、離れろ、俺、裸だから今!
CRCK:ぎゃあ!
ヨドバシ:落書き小僧。これ着とけ。
―コートを投げる。
ZIP:おまわりのおっさん? なんでここに。
―コートを着る衣擦れ。
CRCK:助けてくれたんだよ。二人とも。
オオクボ:やあナイトシンガー。
ZIP:やっぱあんたか、夜中の視線は。
オオクボ:グラフィティはイカしてるけど、リリックはあんま上手くないよね! 君! あ、次の絵はデカいのをたのむよ?君の作品の前で自撮りするとイイネが伸びるんだよね。
ZIP:ほっとけ。FACEは?
CRCK:あー、えっと、
―レプリカを指差すCRCK。
CRCK:レプリカ、電源入れても接続してこなくて。多分、もう……
Zip:(理解した)……そう、か。
■S24 外。―カラスの鳴き声。
CRCK:ZIP、これからどうするの?
ZIP:どうするかな。
CRCK:なんだかんだZIPってなんでもできちゃうからなー。
ZIP:俺さ、
CRCK:うん?
ZIP:自分が何者かって、誰かが決めてくれるんだと思ってた。いい会社に入って、どこかの部署に配属されて、役職とか肩書がついて、「自分はこれだ」って思えるようになるんだと思ってた。そのために、どんな役を振られてもいいように、なんでもできるようにしてきた。
CRCK:そうなんだ。
ZIP:でも違うな。自分で、何者であるか、何でありたいか、決めないといけないんだ。
CRCK:……ZIPは、何でありたいの?
ZIP:俺、グラフィティライターでありたい。
CRCK:……。
ZIP:(恥ずかし笑い)やべえこと言ったかな。(ひとりごと気味)
CRCK:じゃーあたしも、社長令嬢やーめるっ!
ZIP:は?
CRCK:シャチョーになる!
ZIP:え、テクノメイトの?
CRCK:違うって! 謎のグラフィティライター、いや、ストリートアーティスト、ZIPの活動をサポートする会社!
ZIP:お前、それでいいのかよ。何の役にも立たないぞ。
CRCK:イケメンお巡りさんが言ってたじゃん。ZIPのグラフィティと一緒に自撮りするといいねが伸びるって。人の心を動かせるってことは、なにかの役に立ってるんじゃないっ? 逆にさ、どうやったら人の役に立つか、考えていこうよ。
ZIP:……俺についてきたら、多分、苦しいぞ。
CRCK:何してもきっと苦しいよ。せっかく苦しむならさ、一緒に楽しいことしようよ!
ZIP:お前、バカだなあ。
CRCK:これから賢くなるっ!
ZIP:そうか。じゃあ、よろしくな……社長サン。
CRCK:(笑う)
―夕空のスラム街に、ZIPとCRCKの影が伸びていく。
終わり。
2025.04.16
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