お引越し中につき、あちこち工事がおわっておりません(特にショップ)。ネット声劇・個人での練習以外でご利用の際はご連絡くださいませ。

『世界の終わりで夜明け待つ』【不問4】50分

概要

2024年5~6月に開催された、机の上の地球儀様主催、【仮面台本企画】様に参加し提出した台本です。

机の上の地球儀様サイトはこちら

仮面台本企画とは?
◆8つの台本、8人のシナリオライター
誰が執筆したかわからない台本が8つ。

「誰がどの台本を書いたのか?」
を当てる、上演型台本クイズ企画です。

たくさんの方に上演いただきました!ありがとうございました。
バレっバレでしたが仮面をかぶるために、「舞台台本」の形式を取っています。バレっバレでしたが。

<あらすじ>
錬金術師であるネモは、人里を離れた山奥の洞窟で暮らしていた。外ではなんだか大きな戦争があったようだ。「科学の国」から、敵国の人間を殲滅するため派遣されたロボットのUBSTは、ネモを発見し殺そうとしたが、なんとネモは不老不死だったのだ。二人は奇妙な同居生活を始め、数十年が経過した。
ネモは暇を持て余し、「愛とはなにか」を知るために人工生命体「ホムンクルス」を作ろうとする。その作り方を教えてもらうため、知識の悪魔ストラスを呼び出した。こうして、錬金術師とロボット、悪魔による”子育て”が始まったのだった……。

  • 所要時間:約50分
  • 人数:不問4
  • ジャンル:SF、ファンタジー

登場人物

  • ネモ
    本名ノーム・ネモフィラ。魔術師は契約以外で本名を名乗らないため「ネモ」で通している。とある魔術学院の卒業生。魔術より錬金術のほうに興味を持ち、錬金術師となった。現在は錬金術であり医者。かつて助けたかった大切な人を失い、情緒が欠けてしまった。
  • UBST
    ユービスト。どこかから来た人工知能搭載の自律型戦術兵器ロボット。人の心のようなシステムを持っているようだ。
  • ホムンクルス
    ネモに造られた人工生命体。ネモの知識を継承しているが、いろいろなことを自分で知りたがる。好奇心旺盛。思春期。
  • ストラス
    知識の悪魔。ネモと契約している。植物学、鉱物学、天文学に詳しい。フクロウ、またはカラスをモチーフにした姿を好む。

本編

【1】

 実験器具、書物など、雑多なものが置かれたテーブルに試験管やフラスコが印象的に並んでいる。洞窟のような薄暗い空間。
 人型ロボット(UBST)が体育座りで座っている。
 フードを被ったネモが登場。ランプに火を灯していく。

ネモ:(M)光。粒子でもあり、波でもある。電磁波のうち、目に見える部分。
ネモ:フォトン。光子(こうし)。光の粒。秒速約30万Kmで進む。
ネモ:はるか彼方へ旅をして、夜明けと共に降り注ぐ。
ネモ:光、希望。光、恩寵。光、宇宙。
ネモ:光。命。
ネモ:光。すなわち…

 ネモ、フードをとる。

ネモ:ユービスト。起動。

 人型ロボットが動き出す。

UBST:起動コマンド認識。おはよう、ネモ。

ネモ:ウサギが罠にかかってた。捌いて。

UBST:お任せください!

  日常の動作を行うネモとUBST。

UBST:近頃は忘れずに食べ物をとってきてえらいですねェ!

ネモ:お前がうるさいから。

UBST:血と骨と肉に分割! 内臓は塩漬けにしましょう! レバーをクレバーに保存!
 
ネモ:なんでもいい。

UBST:全く作りがいのない! 人体に害のない安全なお食事をご提供! ユービストレストラン!

ネモ:お前、ユーモアのパラメータ下がってない? 親父ギャグっていうんだよそれ。

UBST:ネモ! これは人間的に食べられる草なんですか? すっごいしおしお。

ネモ:放射線量は問題ない。毒もない。味は知らない。

UBST:なるほど! ではこの自律型戦術兵器UBST(ユービスト)、愛情を込めてお料理いたします!

ネモ:食事なんていらないっていつも言ってるのに。

UBST:なにか食べないと、人間であることを忘れるでしょうあなた! ただでさえ不老不死なんだから!……っていつも言ってるのに!

ネモ:…………お前アンドロイドのくせに、愛情がわかるの。

UBST:会話の順序が突然逆行することにも慣れましたよ。わたくしは最新の人工知能を搭載してますからね、学習することができるんです。ゴホン。わたくしが知っているのは「お料理をする」というフレーズが「愛情を込めた」「愛情たっぷりの」といった愛にまつわる文言とよく一緒に使われるということだけです!

ネモ:愛たっぷり……。

UBST:わたくしの分析によると、ネモの生活には愛が不足していますネ。たとえばロボット用の食事を作ってみてはどうでしょう? 愛情を込めて。

ネモ:あー、えっと、つまり、電池をつくれってこと?

UBST:Exactly! バッテリーの残りは40%であります! まあそれだけあればあと30年は動けますがね。

ネモ:お前の動力って、原子力電池でしょ。そんなもんこの洞窟じゃ作れないよ。

UBST:そこを愛の力でなんとか! 

ネモ:んー。賢者の石で代用できるかな、いやでも熱源を電気に変換する半導体は必要か。

UBST:あっ、あ、ちょっとぉ、すみません。肩のところに油をさしていただけませんか。

ネモ:ああうん。ちょっと待って。

  ネモ、固まったUBSTに油をさす。

ネモ:……ねえユービスト。愛ってなに?

UBST:エ?

ネモ:自分が持っているどの書物にも、愛なんてものについて書いてないんだ。どういう成分なのかとか、どういう構造なのかとか。

UBST:そりゃあなた……錬金術と科学に関する書物しか持ってないからでしょ。小説でも読んでみたらどうです?

ネモ:……

UBST:それはどういう表情ですか? うまく読み取れませんでした。

ネモ:……

UBST:ンー。それか、そうですねえ、子供を育ててみるとか。

ネモ:子供。

 ネモ、UBST、部屋の中を歩き回る
 UBSTの演説中にネモは召喚を行い、ストラスを呼び出す。表現方法は自由。

UBST:2XXX年(にせんえっくすねん)! 愚かな人間はデッカイ戦争でデッカイ爆弾をバカスカ打ちまくり共倒れ、なんやかんやあって地上から人間はいなくなった! 正確にはどこかで生きてるかも 。まあでもネモとわたくしには見つけられていません。そんなかんじ!

UBST:わたくしは終戦間際に作られた戦術アンドロイド兵器UBST(ユービスト)。敵地に乗り込み破壊工作! 自律可能な人工知能を搭載し、臨機応変に作戦を実行いたします。はてさて、ただいまここいら一帯に住む人間の、殲滅作戦を実行中であります。レーダーを頼りに最後の人間を排除すべく山の奥深くに誘われ、そこで出会ったこの引きこもり、いや、隠者、いや賢者! いやいや稀代の錬金術師ネモ!

UBST:このヤローがなんと不老不死! 切っても刺しても煮ても焼いても溺れさせても毒も電気も効きません。これじゃあわたくし、お国に帰れねえ! ってんで、科学の国からやってきたこのユービスト、錬金術とかいう時代錯誤なものに没頭するおかしな人間と一緒に暮らし始めたわけでございます。

ストラス:誰に向けて喋ってるんだい?

UBST:未来の君へ!

ストラス:それは結構。……ずいぶんと久しぶりに呼び出してくれたじゃないか、ノーム。

ネモ:お忘れかもしれないけどネモって呼んでくれる? ストラス。

ストラス:失敬。ごきげんよう、ネモ。

ネモ:ごきげんよう。

UBST:ワーーーッ!?

ネモ:なに?

UBST:ふふふふーあーゆー!? いや、ワッツあーゆー!

ストラス:おやあ、これは面白いね。金属の人形が話している。

UBST:人間に見えるのに、人間レーダーに反応がない!

ストラス:ステンレス鋼(こう)、樹脂、いや、ゴムか。心の臓は、ニッケルと、ああ、ダイヤモンド! いや面白いね、このおもちゃ。

UBST:な、なんでわたくしの構成物質がわかるんです!?

ストラス:それは、そうだねえ、視えているからさ。

UBST:なんですって!! えっち!!

ネモ:あれ、ユービストとストラスって会わせたことなかったっけ。

ストラス:君ね、僕を呼んだの130年ぶりだよ。

UBST:もう50年も一緒に暮らしてるのにまだ知らないことがあったなんて!

ネモ:そんなに経ってた?

ストラス:僕は寂しかったよ、ネモ。他の契約者はみんな死んでしまって君しか残っていないのに、君ったら僕のこと忘れてるんだから。

ネモ:だって聞きたいこともうなかったし。魔法だって使ってないからさ。科学の方が面白くて。

ストラス:可愛くなくなったな。見た目は変わらないのに。

UBST:待って待って、昔馴染みみたいに話を進めるのはヤメテクダサイ。私をハブにしないで。

ネモ:ハブ……? お前は蛇じゃなくてロボットだろ。

UBST:除け者にしないでって意味です、若者言葉が通じないんだから全く!

ストラス:ハハハ面白いねこいつ。

UBST:ええ、わたくしユーモア度設定80%なので!

ネモ:えっと、ストラス、こいつはユービストっていって、なんだろ、自律術式を組み込んだパペットみたいなやつ。人間の科学力の最高峰。

UBST:最高峰、そう言われると、えへ、照れますね……。

ストラス:パペットのくせにすっごい人間臭い。気持ちわる。

UBST:ひど。

ネモ:えー、ユービスト、こちらはストラス。知識の悪魔。こいつと契約したがために自分は不老不死になった。

ストラス:どうも。

UBST:どうも。ん?

ストラス:どうかしたかな?

UBST:……あんたのせいかーーー!

ストラス:おっと、どうしたどうした、どうどうどう。

UBST:あんたのせいでネモは不老不死で! 私は国に帰れない!

ストラス:お、論理が飛んでいるね。水平思考ゲーム? 国に帰ることに意味はありますか?

UBST:いい質問ですね! いいえです! って違ーーう!

ストラス:ノリツッコミもできるのかこの人形。人間はすごいねえ

ネモ:すごいでしょう。

UBST:あーーーー! エラー発生! エラー発生!

ストラス:それで? 何か聞きたいことがあって僕を呼び出したんだろう? 天文学、鉱物学、植物学。全部教えたと思ったんだけどね。

ネモ:そうなんだよストラス。自分も教わったと思ってた。でも全然想像がつかないんだ。

ストラス:君の魂と引き換えに全ての知識をさずけると約束した。なんでも聞いてくれ。

ネモ:子供ってどうやって作るの?

  固まるストラスとUBST

UBST:マジで言ってます? え、一度もそういうコトありませんでした? 人生で?

ネモ:そういうコト?

ストラス:あー、ネモ、あれだよ、セックス。

ネモ:……

UBST:ネモ? おーい、ネモー。だめだこれフリーズしてますね。

ストラス:この手の話だめなんだこの子。

UBST:こんだけ生きててこの話題ここまで避けてくることできます? ロボットだって知ってるのに? あれ、でも固まるってことは性行為については理解している?

ストラス:いや、性行為によって子供が生まれることはネモだって理解しているさ。単語に過剰反応しただけで。

ネモ:あのさ

UBST:復活した。

ネモ:聞きたいのは番(つがい)なしで子供作る方法なんだけど。

UBST:ツガイって、生々しいですね。

ネモ:だって自分以外にもう人間いないじゃん。

ストラス:んー。ではこれを試してみるかい?

 ストラス、本を出す。

ネモ:「ものの本性について」パラケルスス著。

ストラス:人工生命、ホムンクルスの作り方が載っている。

UBST:ホムンクルスう?

ネモ:どれ…ああ、このページか。蒸留器に人間の精液を、せいえき

UBST:またフリーズした。ウブすぎません?

ストラス:かわいいだろう?

UBST:どこが?

  
 暗転。

【2】
  一ヶ月後。誰もいない薄暗い洞窟内。試験管の中に光が灯る。声だけが聞こえる。

ホムンクルス:ん、んあー、あ、あー?

ホムンクルス:なにここ。狭。おーい! 

ホムンクルス:おーい! 誰かいないのかよー!

  沈黙。

ホムンクルス:誰もいないのかよー…

ホムンクルス:誰かー。

ホムンクルス:……ざわざわ。モヤモヤ、んー。痛い。

ホムンクルス:あったかぁい。すやー。(寝た)

  しばらくして、UBSTとストラスが戻ってくる。

UBST:もうそろそろ40日ですけど、なんにも変化ありませんよ。ほんとにあんなオカルトで生命が生まれるとでも思ってんですか?

ストラス:思ってないよ、僕は知識のひとつとして教えただけさ。だって人類が既に解明したじゃないか、命の発生について。

UBST:そうですとも! 絶え間ない科学の進歩によって発見したのです! 精子と卵子がドッキングして遺伝子情報が完成、その後細胞分裂によって生命は発生するんですよ!

ストラス:ドッキングって、ネモの前で言うんじゃないよ、またフリーズする。

UBST:生命科学はやってないんですかあの人。

ストラス:ところで科学では、細胞分裂の過程のどこで、魂が宿るとするんだい?

UBST:はあ? 魂?

ストラス:だって細胞が一個から二個、二個から四個、八個、十六個、と倍々に増えて、いつか母親の腹や卵、種の中でその生物の形になり、生まれる。ただの細胞の塊と、魂を持った生命体はどこで線引きをするんだ?

UBST:それはー、んー? 細胞のひとつひとつが生命なのでは? しかし細胞に意思は無い……そもそも魂の存在を定義しないと科学的に論じることはできませんよ。

ストラス:たしかにそうだ。そういう曖昧なものに対して答えるのは科学は得意では無い。実はあれはね、魂だけを作るやり方なんだ。

ホムンクルス:そうなの?

UBST:………
ストラス:………

 UBST、ストラス、周りを警戒する。

ホムンクルス:うるさいから起きちゃったよー。ねーここから出してー。

UBST:まさか

ストラス:そのまさかだ

UBST:マジですか?

ストラス:精液の代わりにエリクサーとネモの血液を使ったのが悪かったんじゃないかな。

UBST:なんでそんなもん持ってんです

ストラス:ネモが昔作ったやつ。

   2人、顔を見合わせて叫ぶ。

UBST・ストラス:ネモーーー! 生まれたーーーー!

   ストラスの独白中、UBSTとネモは試験管の中の光を世話し、試験管からフラスコへ、フラスコから大きなガラス瓶へ移し替えていく。
   最終的に人サイズの容器の中に人間の姿となったホムンクルスが現れる。光るものを持っている。
 
ストラス:人間の精液を40日間密閉し腐敗させると、透明で人の形をした、物質でないものが現れる。それに毎日人間の血液を与え、馬の胎内と同等の温度で保温し、さらに40週間保存すると人間の子供ができる。と、錬金術師パラケルススは書き残した。もちろんそんなものは今日日科学によって否定されている。卵子の存在が発見されていなかった頃の言説だ。

ストラス:しかし僕が選んだネモ、いいやここはあえて本名で紹介させていただこう。稀代の錬金術師、ノーム・ネモフィラは成し遂げてしまったのだ! どうやったかはここでは省かせてもらうよ。誰が見ているともわからないところで発表して成果を盗まれても大変だ。こうしてネモは錬金術師たちが夢見た境地、すなわち賢者の石、霊薬エリクサー、そして人工生命ホムンクルスの生成。これらを全て達成した。さすが僕が選んだネモ! この僕が選んだんだからね!

ネモ:居心地はどう、ホムンクルス。

ホムンクルス:悪くないね。座れるし。

ネモ:よかった。

ホムンクルス:引っ越しも慣れたもんだなー。おかげでここまで大きくなりました。サンキュー、ママ。

ネモ:ママって呼ばれるのも慣れてきたよ。

ホムンクルス:おう、慣れろ慣れろ。

UBST:いや馴れ馴れしいな!

ホムンクルス:なんだよユービー。うるさいなー。

UBST:せめてネモのことは敬いなさいよ! 親だよ!

ホムンクルス:うっせえな! 産んでくれとか頼んでねえし! 

ネモ:……

UBST:こら! なんですかその言い方は!

ホムンクルス:うぜえ!

UBST:反抗期!!

ホムンクルス:なあネモ。いつになったらここから出してくれんの?

ネモ:……無理だ。お前の存在は曖昧で、殻がないと霧散してしまう。ホムンクルス。フラスコの中の小人。その名の通り、フラスコから出れば生きられない。

ホムンクルス:はん、どれだけ引越ししても、容器の形状が変わっても、一生なにかの瓶の中か。

ストラス:他の生物だって同じさ。

ホムンクルス:あ?

ストラス:肉体というフラスコに閉じ込められているだけ。植物もね。

ネモ:……。

ホムンクルス:人間は、自由になりたいとおもわねえの? ネモ。

ネモ:どうだろう。考えたこと無かった。

ホムンクルス:私は、自由になりたい。ガラスの中はいやだ。体が欲しい。ここじゃこの身に触れるものは冷たいケイ素だけだ。知りたい。もっと知りたい。触ってみたい。温度を感じたい。匂いを嗅いでみたい。頼む、頼むよぉママ。

ネモ:……わかった。

  研究に没頭するネモ。ネモとホムンクルスの世話をするUBST。見守るストラス。
  ストラスだけがゆったりと動く。初めは瓶の中からネモをからかう素振りを見せるホムンクルス。
  次第にネモとホムンクルスの距離は離れていく。ネモ、フードを被ってUBSTと共に退場。

【3】

   ストラス、椅子に座って読書をしている。

ホムンクルス:暇。

ストラス:……。

ホムンクルス:材料探しってどこまで行ってんだよー

ストラス:さあ。

ホムンクルス:なあストラス、ネモいない間にちょっとえっちなはなししてくれよ。フンコロガシの交尾とか。

ストラス:趣味が悪い。

ホムンクルス:暇なんだよー

ストラス:お前と話すことに意味を見出せない。

ホムンクルス:あ? なんで?

ストラス:ホムンクルスは生成に使われた体液の持ち主と同じ知識を有して生まれる。つまり、お前はネモと同じ知識を持っているということ。

ホムンクルス:なんだぁバレてんのかよ。

ストラス:それに。生物は生まれてから周りにいる同種の言動を模倣して学んでいく。お前の周りにはネモとUBST、そして僕しかいないわけだ。その誰とも似つかない性格。お前、誰だ。

ホムンクルス:ククククク

ストラス:なにがおかしい。

ホムンクルス:それであんた私を警戒してんのか、はは! やっと納得が行った。

ストラス:……

ホムンクルス:答えは今あんた自分で言ったよ、ストラス。そう。私は模倣している。ネモの知識、いや、記憶に最も残っている人物の言動を。

ストラス:まさか、フォトン……か…

ホムンクルス:そ。あんたに魂を売るほど大切だったフォトン。そいつのために命も時間も全てをかけたのに、ネモを置いておっちんじまったフォトン。あと数日、エリクサーが早くできていれば助けられたのに、運命とは残酷だなあ。

ストラス:ネモの記憶を持ちながらよくそのような口を利けるものだ。

ホムンクルス:知識は引き継いでいるが感情や意味は知らない。だからその時ネモがどんな気持ちだったかなんてわからんし、そのことがネモにどんな影響を与えたのかもわからん。

ストラス:ほお。

ホムンクルス:ほおー? 私に興味湧いてきた?

ストラス:少しは。

ホムンクルス:じゃあ、もいっこ面白い話をしてやる。ストラスゥ。なんであんたがずっと帰らないのか気づいたぜ。

ストラス:ふむ。

ホムンクルス:監視してんだろ。

ストラス:はは、どうしてそう思う?

ホムンクルス:あんた私を見るときの目つきが露骨なんだよ。UBSTは機械だから相手になることは無いが、私がもしこのガラス瓶を出て肉体を持ったら、ネモに対してどう出るか。それが気がかりでたまらない。玩具をとられたくないわけだ。

ストラス:ハハハハハ。面白いことを言うね。

ホムンクルス:あんたネモに恋してんだ。

ストラス:根拠は。

ホムンクルス:あいつの記憶からみたあんたの表情。

ストラス:聡いねえ。そうだ。だが僕がここにいる理由は間違っている。帰らなければ一緒に過ごせるだろう? ただそれだけさ。お前に嫉妬する必要はない。

ホムンクルス:はあん?

ストラス:僕はもうネモの魂を手に入れたんだから。

ホムンクルス:うっわー。余裕かよ。

ストラス:残念だったねぇ。

ホムンクルス:ネモの気持ちがあんたに向いてなくてもいいの?

ストラス:構わない。僕の手元にありさえすれば。

ホムンクルス:束縛体質かよ! 悪魔の思考回路わかんねー

ストラス:なんとでも。

  しばし沈黙。

ホムンクルス:なあ、ネモはなんで私を作ったんだ? 記憶から理由が導けない。

ストラス:……フォトンを救えなかったからさ。

ホムンクルス:因果関係が謎。

ストラス:大切な人の病を治そうと、悪魔と契約し、魂と時間を僕に奪われて、不老不死になり、薬はできたが大切な人は救えず、周囲の人間は死んでいき、不気味だという声に耐えきれなくなって山の奥に引き篭もり、研究に没頭して成果だけ発表し続けた。フォトンを救えなかったから。多くの病気は治療可能なものになったが、ネモはひとりぼっちだ。誰かを愛することはもうしないと、あの日に決めてしまったから。

ホムンクルス:だから、それでなんで私を産むことになるんだって言ってんのー

ストラス:それは本人に聞け。

ホムンクルス:ちぇー

  溶暗

【4】
 ネモとUBST、登場。あたりを見回したり草を摘んだりしている。

UBST:相変わらずの曇り空ですねぇ。

ネモ:核の冬はもう少し続くよ。

UBST:日照不足で植物がしおしお。

ネモ:太陽光は地球におけるエネルギーの根源だ。全ては太陽から始まる。我々は光によって生かされてきた。それが途絶えた今、この星は確実に死へ向かう。

UBST:あ、これじゃないですか?

ネモ:いや、これもヨモギだね。

UBST:またかー。そもそもこの辺に生えてるんですかねえ、トリカブト。

ネモ:だいぶ植生が変わっちゃったからね。

UBST:そんで、蛇の毒袋に、ハチの針、夾竹桃(きょうちくとう)にトリカブト、あとなんかよくわからない豆になんかよくわからない球根、これで一体なにを作るんです?

ネモ:自分を殺すための薬。

UBST:!!!!?????

ネモ:どうしたの?

UBST:あんた死ねるんですか!?

ネモ:死ねないよ。ストラスと契約した時に時間止まってるから。

UBST:ですよね!?

ネモ:でも眠ることはできる。これは強力な睡眠薬の材料なんだ。眠りとは広義の死であると昔誰かに教わった。自分の精神を二度と目覚めないほど強く眠らせてしまえば、それは死と同義でしょ。

UBST:え、ネモ、死にたいんですか。ホムンクルスが生まれてからあんなに楽しそうだったのに。

ネモ:うーん。どうだろう。

UBST:なにがしたいのか全くわかりません!

ネモ:ホムンクルスがさ、体が欲しいって言うじゃん?

UBST:はい。言ってましたねえ。

ネモ:UBSTみたいにロボットに入れてやろうかとも考えたんだけど

UBST:まさかわたくしの体を!?

ネモ:体温を感じたいとか言ってたから、人間の体の方がいいんじゃないかと思ったんだよね。

UBST:ああよかった。なら錬金術で肉体を作ればいいのでは? 前やってましたよね?

ネモ:うん。でも朽ちるじゃん。

UBST:はい。

ネモ:放射能で汚染されたこの地球で、医者も薬も電気も食べ物もないこの地球で、朽ちる体では生きてはいけない。

UBST:それはもっともですが……

ネモ:だから朽ちない自分の体をあげようと思って。

UBST:はい!?!?

ネモ:え、ごめんどっかおかしかった?

UBST:全部! 全部おかしい! どうしてそうなる!

ネモ:いや、こんな世界に生み出してしまった命には、責任を持たないとと思って……

UBST:責任ったってそこまでしなくても

ネモ:自分がそうしたいんだ。あいつがこのあと楽しい時間を過ごせるように、いや違うな……楽しいものを見つけるのに時間がかかるだろうから、必要なものはなんでも用意すべきだと思うんだ。

UBST:……変わりましたね、ネモ。

ネモ:どうだろう。変われたかな、でもね、UBSTのおかげだ。ありがとう。

UBST:ううーん。

ネモ:自分が死んだら国に帰れるんだろ。あれ、でもこの体をホムンクルスが使うなら最後の一人、殺せてないのか

UBST:あのぉ、実は帰る国なんてとっくのとうにないんですよ。

ネモ:そうなんだ。

UBST:わたくしはロボットなので、使用者の命令に逆らえません。でもその命令を達成するまでの間、どのようにわたくしが過ごそうと構わない。だからあなたを殺すまでの期間、あなたと楽しく暮らすことを選びました。それだけです。

ネモ:ふ。ロボットのくせに。

UBST:最新型なので。

ネモ:そしたらまだ命令は達成できないわけだ?

UBST:そうなりますねぇ。

ネモ:じゃあさ、ひとつお願いがあるんだけど。

UBST:命令ですか?

ネモ:いや、お願い。お前の動力が続く限り、ホムンクルスをひとりにしないであげて。

UBST:……あと30年ぶんくらいしかありませんけどバッテリー。不老不死者には一瞬でしょう。

ネモ:十分。

【5】

  洞窟に戻ったUBSTとネモ。薬を煎じたり、ホムンクルスの世話をしたりしている。
  ストラスだけはゆっくりと眺めている。
  しばらくしてUBSTはスリープモードに。ストラスはどこかへ出かける。

ネモ:ホムンクルス。

ホムンクルス:ああ〜なんだよー

ネモ:体を用意するって約束だけど

ホムンクルス:準備できた? いつくれる?

ネモ:準備はできた。

ホムンクルス:ヒャッハーーー楽しみすぎるぅ

ネモ:それで、他に欲しいものはある?

ホムンクルス:あー他に?

ネモ:うん。

ホムンクルス:んー。欲しいものなあ。

ネモ:……ゆっくり考えて。体ができるまでもうちょっとだから。

ホムンクルス:おう。ネモは、なんかないのか?

ネモ:ん?

ホムンクルス:私にして欲しいこと、とか。

ネモ:どうした、急に。

ホムンクルス:いや。なんとなく。

ネモ:んー。そうだなぁ。

ホムンクルス:ゆっくりでいいけど。

ネモ:ふふ。じゃあ一つ質問に答えてもらおうかなぁ。

ホムンクルス:えぇ? 私の知識はネモのコピーだからな、あんたが知らないことは答えられないから意味ないと思うぞ。

ネモ:いいよ。それで。

ホムンクルス:じゃあ、ほい。なに?

ネモ:愛って、なんだと思う?

ホムンクルス:……。

ネモ:答えられる?

ホムンクルス:ずるいぞ。

ネモ:(優しく笑いながら)勝った

ホムンクルス:なんの勝負だよ!

ネモ:こっちの話。

ホムンクルス:自分が答えられないことを聞くなよな!

ネモ:いいや。君は知っているよ。すでに、知っている。知識は揃っている。気づかなかっただけだ。あとは、そうだな。決意して、それを行うだけ。

ホムンクルス:どういう意味?

ネモ:ここまでしか教えてあげない。

ホムンクルス:けー! 親ぶりやがって!

ネモ:ありがとう。

ホムンクルス:あ?

ネモ:親と呼んでくれて。

ホムンクルス:うぜー!

ネモ:反抗期。

ホムンクルス:じゃあじゃあ! 欲しいもの! もういっこある!

ネモ:なに?

ホムンクルス:名前。

ネモ:名前?

ホムンクルス:ずっとホムンクルスじゃ、「ニンゲン」って呼ばれてるようなもんなんだよ。私だけの、固有のものが欲しい。

ネモ:そうか。そうだね。じゃあ、考えとく。

ホムンクルス:カッケーのを頼む!

ネモ:わかったわかった。

   暗転。

【6】
 フードを被ってローブを着た人物(ホムンクルス)が寝ている。UBSTとストラスがガラス瓶から光をフードの中に移す。

ホムンクルス:終わったか?

UBST:終わりましたよぉ! 久しぶりの引っ越しでしたねえ。

ホムンクルス:うわ、なんだこれ、重た!

 ホムンクルスは寝転がったままジタバタしている。

ストラス:それが重力だ。知識にはあっても感覚は知らなかったろう。

ホムンクルス:うえー、どうやって起きるのこれ。

UBST:世話が焼けますねえ。ほら。

   UBST、手を引っ張って起こしてやる。

ホムンクルス:おー、さんきゅ。んお、掴まれている!

UBST:掴んでますからね。

ホムンクルス:硬えなユービー。

UBST:ロボットですからね!

ホムンクルス:お、お、なんか、こう、動けってやったら動くんだな、すげえ、人体すげえ。……うわ!

   ホムンクルス、立とうとして膝をつき、ハイハイのような体勢になっている。

UBST:全く。我々ロボットだって二足歩行ができるようになるまで何十年もかかったんですからね! 意志と体が連動するようになるまでトレーニングが必要かもしれません。

ホムンクルス:おー、でもいいなこれ、色々、なんか、なんだこれ、ゾワゾワする。

ストラス:寒いのか?

ホムンクルス:寒い、か、これ。

ストラス:ほら。

   ストラス、上着をかける。

ホムンクルス:これはー柔らかい、だな。うん。で、ネモは?

UBST:あーそれがー

ストラス:……

ホムンクルス:名前をもらう約束してるんだよ。

ホムンクルス:……どこにいんの?

ストラス:……手紙を預かった。ネモから。

ホムンクルス:手紙ぃ?直接いえばいいじゃん。

ストラス:ほら。

ホムンクルス:(読む)……。

   ホムンクルス、手紙を読み終わる。

ホムンクルス:私の名前、フォトン。苗字が必要なら、ネモフィラ。フォトン・ネモフィラ。だって。

UBST:いいですねぇ、ホムンクルスって長いなってちょっと思ってたんですよ。フォトン、フォトン。

ホムンクルス:昔、好きだったやつの名前つけることあるぅ?

ストラス:人間くさいな。

ホムンクルス:執着すごくない? あと、なに、この体、ネモのってどういうこと。

UBST:文字通りです。本人が決めたんですよ。

ホムンクルス:頭いいのにばかすぎない?

UBST:あなたが、ものに触れたい、感じたいと言ったからじゃないですか。人形ではなく、肉体を与えるべきだって、こうなっちゃったんです。

ホムンクルス:私は、ネモに、触れてみたかったのに。

ストラス:……。

ホムンクルス:人間に触れてみたかった。記憶の中の、知識の上でのネモは、フォトンの腕の中で笑ってた。だから、それを、感じてみたかったのに。

UBST:アー。んー。えー。ストラス?

ストラス:……おいで。

ホムンクルス:あんたはネモじゃないだろ。

   ストラスに抱きしめられるフォトン。

ホムンクルス:冷たい。

ストラス:悪魔だから。

UBST:あー。んー。えーい!

 

  2人に抱きつくUBST。以下、3人は任意のところで離れてかまわない。

ホムンクルス:あったかいけど硬い

UBST:ロボットですから!

ストラス:フォトン。体も、名前も、愛だよ。ネモの。

ホムンクルス:愛ってなに。色々与えていなくなること?

ストラス:さあ。答えはお前の中にしかない。

ホムンクルス:これからどうすればいい。

ストラス:自由だ。肉体というフラスコを手に入れた。お前はどこへでもいける。

ホムンクルス:自由ってもっといいもんだと思ってた。胸のあたりが、スッキリしない。

ストラス:それは不安だ。

ホムンクルス:不安かあ。嫌な感じだな。

UBST:知識を確かめる旅をするってのはどうです?

ホムンクルス:旅?

UBST:実を言うとわたくしもそろそろバッテリーをどうにかしたいんですよ。それでネモに頼んだんですがね、この洞窟の中じゃ原子力電池はつくれないって言うんですよ。作り方知ってます?

ホムンクルス:知ってるけど。

UBST:よかった! これまでお世話してきたわけですから、ちょっとはわたくしにも協力してくれません? わたくしのために、原子力電池を作れる施設を探しがてら、世界を見て回る。楽しそうでしょう?

ホムンクルス:……まあ、暇だしな。いいかも。

UBST:そう言ってくれると思いました!

ホムンクルス:「愛」とはなにか、も、見つけなきゃいけないし。

UBST:なんせわたくしにとっても子供のようなものですからねえ、あなたの思考回路くらいわかるんですよ、ええ!

ホムンクルス:うぜーー!

UBST:反抗期!

ホムンクルス:ストラスは?

ストラス:僕は帰るよ。地獄に。

ホムンクルス:あんたを呼びたい時はどうしたらいい?

ストラス:召喚の儀を行えば悪魔や精霊を呼ぶことはできるが、フォトン、お前とは契約していないから僕を指定して呼び出すことはできない。

ホムンクルス:ふーん。そっか。じゃあ、お別れ?

ストラス:そうだね。

ホムンクルス:清々する?

ストラス:いや、少しは情が移った。

ホムンクルス:愛した?

ストラス:愛と情は違う。

ホムンクルス:チェー。

【7】
  旅の準備を終えたUBSTとフォトン。見送るストラス。洞窟の中のものには埃よけの布がかかっている。

ホムンクルス:行くぞー!ユービー!

UBST:ハイハイ、ちょっとオイルを差しますから待って!

ホムンクルス:昨日やっとけよな!!

ストラス:いってらっしゃい。

ホムンクルス:……行ってきます!

UBST:あっ、待ってって!待ってって言ったでしょフォトン!

  UBSTとホムンクルス、退場。光の玉がストラスの周りに灯る。ネモ役が操作する。

ストラス:ネモ、いや、ノーム。これでよかったのか?

ネモ:うん。もう十分すぎるほど生きた。

ストラス:魂を抜くためとはいえ、あんなに強い薬を使うなんて……

ネモ:魂と肉体のリンクを切らなきゃいけなかったからさ。体ごと地獄に行かないならこうするしかないでしょ。

ストラス:まったく天才だね。

ネモ:フォトンを育てて気づいたんだけど

ストラス:ん?

ネモ:ストラスって自分のこと結構好きなんじゃないかって。

ストラス:いやそんなことは

ネモ:だって自由にさせてくれてたでしょ。悪魔と契約したら、魂食べられちゃったり、行動を支配されたり、使役されたり、魔力搾取されたり、大変だから本契約はするなって聞いてたのにさあ、何にもしない上に、知識を授けてくれるんだから。

ストラス:僕はそういう野蛮なことは好みじゃない。

ネモ:召喚しないと来ないのも、自分が穏やかに過ごせるようにしてくれてたんだなって。

ストラス:……そんな簡単なことを愛と呼ぶな。

ネモ:いいんだよ、誰かを生かそうとする行い、それを愛と呼ぶ。と、自分は定義した。そこには、害する行為をしないということも含まれる。だからさ、ありがとう。

ストラス:ううん……

ネモ:変な顔ー。

   ストラスとネモ、ランプを消していく。

ストラス:(M)光。粒子でもあり、波でもある。電磁波のうち、目に見える部分。
ストラス:フォトン。光子(こうし)。光の粒。秒速約30万Kmで進む。
ストラス:はるか彼方へ旅をして、夜明けと共に降り注ぐ。

ネモ:光、希望。光、恩寵。光、宇宙。
ネモ:光。命。
ネモ:太陽の届かない世界で、はるか彼方へ旅をして。夜明けのごとく降り注ぎ、命を繋ぐ営みを、幸せを願う試みを、
ネモ:模倣して、繰り返して、途絶えさせないように。もらったものを、与えるように。
ネモ:光。すなわち…

<おわり>

2024.03.28.

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