概要
ガラス瓶に閉じ込められた友人を背負って、走る。
ディストピア風ファンタジー。
※幼少→少年期の描写がありますが、少年→青年、青年→成人でも構いません。
女性版はこちら
- 所要時間:約40分
- 人数:男性2 (少年なので女性でも可です)
- ジャンル:SF、ファンタジー
登場人物
- エラルド
ガラス瓶の中に居られられた、脳だけで生きる少年。 - ルイズ
研究所で働く少年。
本編
■エラルドの夢、幼少期
ルイズ:エラルド、何読んでるんだ?
また博士の部屋から勝手に持ってきたのか?
エラルド:動物の図鑑。ルイズも見る?
ルイズ:見る。
エラルド:みろよこれ。
ルイズ:なんだこれ、首が長い!
エラルド:木の上のはっぱをたべる。へぇ。これは?
ルイズ:かんがるー? (読み上げ)しっぽでジャンプする。だって。
エラルド:オーストラリアにしかいないって。
ルイズ:アメリカにはいないのか。
エラルド:大人になったら見に行こう。
ルイズ:オーストラリアとは戦争してるんだよ。
エラルド:終わったら見に行けばいいだろ。
ルイズ:大人は働かなきゃ。
エラルド:ちょっとくらい休めるさ。
ルイズ:そっか。そうだ、エラ。
エラルド:なに?
ルイズ:エラが考えたあれ、完成したんだ!
エラルド:本当?
ルイズ:うん。みにいこう。
エラルド:やっぱりルイズは天才だな!
ルイズ:考えたのはエラだよって博士に言ったら、
びっくりしてたよ。天才はエラだ。
エラルド:いーや、ぼくは考えるだけで作れないからルイズが天才だ。
ルイズ:じゃあ、ぼくたち、二人で一人の天才だね
エラルド:いーね、二人で一人だ。
■テレビスクリーン
エラルド:『おはよう、私の可愛い子供たち。
素敵な朝です。
食事を摂って、よく働き、よく休み、よく生きましょう。
安心なさい、完璧な私が
あなたがたを正しく幸せに導きます』
■研究所、地下室
エラルド:電気刺激感知……覚醒。
人工声帯およびスピーカー接続、良好。
マイクを先につなげてくれないか。
音が聞こえない。担当者は誰だ?
ルイズ:外部マイク・カメラ接続。入力チェック。
ルイズだ、おはようエラルド。
エラルド:マイク、カメラ接続良好。
おはようルイズ。さっさと出てってくれ。
ルイズ:電圧・電流チェック、問題なし。
ブドウ糖注入。酸素濃度、異常なし。
外部感覚機、接続完了。
エラルド:問題ある、電圧下げて。
寒いから細胞保存液の温度が低いんだ。ピリピリする。
ルイズ:ああ、そうか、今下げる。
エラルド:……君の顔は見たくない。頭が痛くなる。
ルイズ:ほかのどこに痛みを生じるんだ、脳みそだけのお前が。
エラルド:夢の中では五体満足なんだよ。
幻肢痛だってある。今はほら、
足の親指がしびれてるような感じ。
ルイズ:しびれ?
エラルド:カメラの正面に立つな。顔がうるさい。
ルイズ:どっち側だ?
エラルド:なにが?
ルイズ:足がしびれてるって言ったろ、今。
エラルド:ああ、右だけど何か?
ルイズ:そういうことはすぐに報告してくれ。
病気だったらどうするんだ。
先生呼んでくるから待ってろ。
エラルド:うん、はやくどっか行って。
エラルド:待ってろって、動けもしないのに。
電極に繋がれて、ガラス瓶の中に
浮いているだけしかできないのに。
……大人になったらカンガルーを
見に行こうって、言ったじゃないか。
■テレビスクリーン
エラルド:『私の可愛い子供たち。
より良い人生を生きましょう。
何も考えなくてよろしい。何も調べなくてよろしい。
答えは私が与えます。
私が教えたとおりに生きればよいのです。
一番大切なことはそう、誠実さです。
信用される人間になりましょう。
「信用スコア」を上げることが肝要です。
願いがあれば、スコアを消費して、
叶えることもできます。』
■研究室
エラルド:僕を見つめる以外にやることないの?
ルイズ:15時15分までエラルドの管理、状態保持及びチェック。
15時40分から外科手術補佐。
脳髄摘出からシリンダー作成まで。
18時、夕食。
18時15分、エラルドの管理、状態保持及びチェック……。
エラルド:ストップストップ。そういうことじゃねえよ。
やりたいこととかやったらいいじゃん。
どうせ見てても動かねんだし、僕。
ルイズ:そうか。やりたいことはない。
やるべきことをやる。
エラルド:……なあ。
ルイズ:なんだ。
エラルド:昔みたいにさ、話さないか。
もっとこう、夢とかさ。
ルイズ:夢か、スコアを上げたい。
エラルド:はあーーー。そういうこと言う?
この流れで?
せっかく五年ぶりに友達が帰ってきたってのに、
毎日毎日そんな調子じゃ寂しいぜ、僕は。
ルイズ:寂しい、のか。
エラルド:というかスクール五年で終わらしたのね。
はやいねー。 さすが天才ルイズ様。
ルイズ:天才ではない。
エラルド:……つまんね。そこはさ!
俺は天才だからな、でしょ! 昔みたいに!
ルイズ:そんなこと言ってたか・・・・・・?。
エラルド:せっかくルイズが帰ってきたって聞いて、
このクソつまんねー毎日から解放されると思ったのに。
お前もマザー・ヘッドの言いなりか。
ルイズ:言いなりも何も、
マザー・ヘッドに従うのは国民の義務だ。
エラルド:大人たちと同じこと言うんだな。
ルイズ:信用スコアを上げないといけないんだ。
エラルド:スコアランクBじゃん。まだ上げたいの?
ルイズ:見たのか? 俺のチップ。
エラルド:いんや? チップじゃねえよ。
国民管理データをちょちょっとね。
ルイズ:コンチネンタルネットワークに接続できるからって、
政府機関のデータをハッキングだなんて……。
エラルド:痕跡を残すだなんてこの僕がするわけねえだろ。
それに、国内からのアクセスに対するセキュリティが
そもそも穴だらけなんだよ。
不正アクセスしようなんて考えるやつは
だぁれもいねえんだから。けっ。
マザー・ヘッドの教育の賜物(たまもの)でな。
ルイズ:……ランクBは、
ここに戻るのに必要だったから、取得したんだ。
エラルド:へえ。スコア五万点だっけ?
えらいじゃん。僕に会いたかった?
ルイズ:適正が研究職だったから、
スクール在学中にランクBが取れれば
別の職を経由せずにここに戻れると思って……
まあ、4級職員だから、本来は雑用だ。
エラルド:なに? 4級なのに手術補佐とかやってんの?
昔から手先器用だもんね。
ルイズ:第一研究所で研究内容を読み漁ってたから
特別に脳髄保持システムに携われているだけだ。
エラルド:脳みそを生かしたまま
ガラス瓶に閉じ込めるなんて気持ち悪い研究、やめちまえよ。
ルイズ:エラルドが唯一の成功例なんだ、自分で言うなよ。
俺たちは博士の技術を再現しようとしている。
完成すれば大幅にスコアが上がる。
エラルド:自死すら選べないこんな状況になるなら、
あんとき死んだ方がましだったな。
ルイズ:……俺は、生きて、いて、ほしいと、思ってる。
エラルド:これが「生きてる」ように見えるならお前の眼は節穴だよ。
ルイズ:……。
エラルド:どうした?
ルイズ:いや、胸のあたりが奇妙な感覚だ。
エラルド:大丈夫か? 胃もたれ? 変なもん食った?
ルイズ:……ん? 速報だ。
エラルド:おー、テレビ音量上げてくれ。聞こえねえ。
ルイズ:レジスタンス、ルイジアナ支部壊滅。
エラルド:まじか。
ルイズ:マザーに逆らうなんて、馬鹿なやつらだ。
エラルド:あ?
ルイズ:生き方はマザー・ヘッドがすべて教えてくれるのに。
何が彼らを動かしてるんだろう。
エラルド:……反抗期だろうよ。
ルイズ:スクールをとっくに卒業した大人がか?
エラルド:人間の思春期は長くなっている。
今は四十代まで続く人もいるらしいからね。
母親に反抗したいのさ。
ルイズ:さすが天才エラルド様は物知りだな。
エラルド:君がいない間、
暇すぎて学術データセンターの
アーカイブ読みつくしちまったよ。
ルイズ:……スコアランクS以上、
研究者資格がないと入れないはずなんだが。
エラルド:セキュリティ、ザルすぎ。
ルイズ:エラ……。
エラルド:知識は大事だぞ。
ルイズ:必要なことは全部マザーが教えてくれる。
俺たちは何も調べる必要はない、
考える必要もない。
マザーに従っていれば幸せに生きられるのに。
難儀な奴らだ。
エラルド:なあお前、それ本気で言ってる?
ルイズ:何がだ?
エラルド:この部屋には監視カメラはない。
反マザー発言をしてもポリスは来ない。
本音でしゃべっていいんだよ?
ルイズ:何を言ってんだ。
俺はいつでも本音でしゃべってる。
見られていようがいまいがマザーに反抗などしない。
エラルド:ああそうかよ。
ルイズ:マザー・ヘッドは本物の天才だ。
この統一アメリカ大陸のシステムは合理的で、
効率的に国力を上げることができる。
国の礎となるのは国民だ。
だから、俺たちはマザーに従わねば。
エラルド:ただの独裁だろうが。
ルイズ:下手な民主制や社会主義より
優秀な指導者を掲げた独裁制の方が
よい国になることは歴史が実証している。
エラルド:そう言えってスクールで教わったのか?
そんなの進化じゃない、回帰だ。
ルイズ:……マザーを批判する発言をするとスコアが下がる。
エラルド:それが洗脳だってんだよ。ったく気分悪い。
ルイズ:セロトニンでも投与しようか?
エラルド:いらねえ。
そうやって物質で操作しようとするな。
僕の脳みそだぞ。
ルイズ:そうか。
エラルド:なあ、何が幸せかはさ、
自分で考えろよ。ルイズ。
ルイズ:嫌だ。
エラルド:いやって。
ルイズ:必要ない。マザーの教えにしたがって、
公共のためにより良いことをして、
スコアを上げる。それが幸せだ。
エラルド:なんでもマザーマザーって
じゃあマザーが2足す2は5だって言ったら
お前も5だって言うのか?
ルイズ:2足す2は4だ。マザーは間違えない。
エラルド:馬鹿、例えだよ。
国家総マザコン計画大成功だな、ったく、
らちが明かねえ。
全ての価値基準が、
スコアの上下になってるのがおかしいんだろうが。
スコアが上がれば喜び、下がれば悲しむ。
数字に支配されて生きるのが幸せかよ。
ルイズ:何が悪いんだ。
自分の脳みそで考えるから不幸になるんだよ。
エラルド:……。
ルイズ:エラ?
エラルド:僕は、脳みそ以外持ってないから、
考えることしかできない。
エラルド:外部接続機がなければ
意思表示なんか出来ないし
外の世界を感じ取ることも出来ない。
自分の脳みその中で、
分泌物が感情を掻き乱しているのが
わかるだけだ。
君には、目も鼻も口も、
手も足もあるだろ。
自分で考えて動き回れて感じられる君たちが、
うらやましい。なのに、みんな、
君も、そうしない。
なんで自分から閉じているんだ。
……使わないなら、その体寄越せよ。
ルイズ:・・・・・・自分で考えて、動き回る、
メリットがないからさ。
エラはスクールに行ってないから
マザーの素晴らしさが解らないんだ。
エラルド:カリキュラムは
ネットワークで全部見たけどな。
信用スコアのことばっかり。
ルイズ:スクールの本当の機能は
スコアの仕組みを教えることじゃない。
エラルド:あ?
ルイズ:お前の友達の、
ルイズ・アーロングは死んだんだよ、
エラルド・フィッツ。
エラルド:……ふーん。
ルイズ:そろそろ俺は出る。
実験の準備があるからな。
エラルド:なあ、ルイズ。
ルイズ:なんだ。
エラルド:逃げる準備、しておけよ。
ルイズ:逃げる?
エラルド:ああ。荷物をまとめて、ここに、
僕の部屋に置いておいたほうがいい。
ここが一番頑丈だからさ。
ルイズ:何から逃げるんだよ。
じゃあ、またあとで。
■テレビスクリーン
エラルド:『ごきげんよう、可愛い子供たち。
今日からは信用スコアについて学びましょう。
皆さんがより良く生きるため、
そしてこの統一アメリカ大陸がきちんと機能するために、
とても重要です。
何をしたらスコアが上がり、
なにをしたら下がるのか。
しっかり覚えていきましょう』
■研究所、地下室
エラルド:痛ってぇ!!
ルイズ:エラルド! 生きてたか!
エラルド:もっとほかに起こし方あるだろうが!
ルイズ:いや、死んだかと思って、
慌てて覚醒電圧をだな……
エラルド:ブドウ糖を使わないように寝てたんだよ。
うう、チカチカする。
ルイズ:マイクとスピーカーの接続は問題ないか?
エラルド:……マイク接続、良好、
人工声帯接続良好、スピーカー問題なし。
カメラは? なんも見えないんだけど。
ルイズ:今繋ぐ。どうだ?
エラルド:見えた。ちょっとノイズかかってるかな。
ルイズ:気分は悪くないか?
エラルド:規定以上の電流流されてビリビリしてる。
ルイズ:問題ないな。
エラルド:問題だらけだが。
ルイズは怪我ないか? 上はどうなった。
というかカメラの向きおかしいぞ。
ルイズ:俺は資材を受け取りに行ってたんだ。
帰ったら、研究所が爆発してた。
この部屋以外は木っ端みじんだ。
シリンダーが床に転がってたから驚いたが、
さすが博士の強化ガラスだな。ヒビ一つない。
エラルド:ああ、いきなり接続が切れたの、
僕が落ちたのね。
ルイズ:何があったか見てたか?
エラルド:マザー・ヘッドの指示でポリスが来て、
職員たちが捕まった。
で、博士の居場所を教えろ、と。
ルイズ:……で、また爆破か。
エラルド:また爆破だ。
それほど研究が人目にふれることを恐れてるってこった。
マザーは博士を排除したいのか、
欲しがっているのかどっちなんだろうなァ。
ルイズ:……逃げろって言ったの、これか?
エラルド:そうだよ。
ルイズ:なぜ先に分かった?
エラルド:博士も、レジスタンスだから。
ルイズ:は?
エラルド:君、すぐ口滑らせそうだから教えるなって
博士に言われてたんだよ。
だからルイジアナ支部が見つかったって聞いて、
ここもやべえなって。
ルイズ:……違う、俺はレジスタンスじゃない。
エラルド:ここの職員なんだから君もレジスタンスの一員さ。
ルイズ:マザーに逆らうつもりなんてない、俺は違う!
ルイズ:研究員だって見つかったらスコアが下がる。
……せっかく頑張って、スコアを上げたのに、
なん、なんでこんな、俺は悪くない、知らなかったんだ!
エラルド:少しはスコアから離れろよ。
ルイズ:マザーに逆らうなんて!
反逆は一番スコアが下がるんだ!
エラルド:そうじゃねぇだろ!
ったく昔から馬鹿だな君は! 逃げるんだよ!
ルイズ:俺のチップには職業情報が入ってる、
どこへ行ったってバレるさ!
エラルド:ルイズ、僕を誰だと思ってる?
ルイズ:……エラ?
エラルド:大天才、エラルド・フィッツ様だぞ?
僕がこの数年間、
ただプカプカ浮いてただけだとでも?
ルイズ:な、何を言ってるんだ。
エラルド:さあ、立て、ルイズ。
昔みたいに、走り回ろう。
お前の足りねえ頭は僕が補ってやる。
僕に足をくれ。行きたいところがあるんだ。
僕たちは、二人で一人の天才、だろ。なあ、親友。
■テレビスクリーン
エラルド:『可愛い子供たち。
私は誠実に生きる人々を評価します。
この国から差別はなくなりました。
人種、職業、性別、年齢、
あらゆる思想、嗜好、宗教、
スコアの数値に対して差別的言動を行えばスコアは低下します。
スコアが上がればより良い生活ができますが、
低くても死ぬようなことはありません。
衣食住は保障されます。
愛は、だれしも平等に与えられるのですから』
■街中。昼。
ルイズ:エラ、調子はどうだ。
エラルド:接続に問題はない。
今は空しか見えないけど。
綺麗な空だ。昨日より青が濃いな。
ルイズ:空の色に違いなんてあるか。
エラルド:さあ。
昨日アクセスしたのは気象台のカメラだから
解像度の違いかも。
ルイズ:ふうん。
エラルド:なんも感じねえのかよ。ったく。
あとちょっと電気痛い。
入力電圧が若干大きいんだな、これ。
ルイズ:そうか、どこかで調整しよう。
一週間で細胞保存液を交換しないと安全を保障できない。
どこかで材料を手に入れないと。
エラルド:一週間もかからねえよ。
ルイズ:なあ、俺たちどこに向かってるんだ。
エラルド:次のブロックを右。
ルイズ:オーケー。
エラルド:……小型外部器官接続機って言ったって
もっと大きいかと思った。
ルイズ:背負えるくらい小さく軽くするのに3年はかかった。
エラルド:さすが、工作の天才。
ルイズ:天才じゃない。
エラルド:完成してると思ってなかったから、
一旦ルイズだけ逃がすつもりだったんだけど。
ルイズ:スクールに行く前に、
だいたいは作り終わってたんだ。
実際にシリンダーをセットして
調整する時間がなかったから伝えなかったが。
エラルド:忘れたんじゃなかったの?
ルイズ:何が?
エラルド:昔の約束。
ルイズ:俺がお前の足になってやるって?
エラルド:それ。
ルイズ:忘れてたさ。思い出したんだ。
この小型接続機のことも。
エラルド:じゃあ、
ルイズ:次は?
エラルド:二つ先のブロックを左。
あっ、一旦ストップ。
ルイズ:なんだ。
エラルド:ポリスがいる。
ちょっとまって、
第5地区の市内カメラにアクセス中。
あちゃー。なにかあったみたいだ。
周囲が封鎖されてる。回り道しよう。
ルイズ:第7地区を通れないか。
エラルド:通れるけど。なんで?
ルイズ:配給所がある。
そろそろ昼食の時間だ、腹が減った。
エラルド:もうちょっと走れない?
ルイズ:不健康な肉体はスコアを下げる。
エラルド:あーもう、わかったよ、
一つブロックを戻って左に入ろう。
ルイズ:ありがとう。食事は大事だ。
エラルド:キューブとゼリーとペーストが
「食事」と呼べるか? 僕は呼ばないね。
ルイズ:完全に栄養管理された健康食だぞ。
国民全員に管理健康食が1日3回配給されるおかげで、
栄養失調で死ぬ子供もいなくなったし、
肥満や生活習慣病で
医療資源を浪費することもなくなった。
エラルド:「登録された国民全員」な。
僕は違う。嫌いだったし。
ルイズ:グミは結構いけるっていってなかったか?
エラルド:なあ、ランクA配給食、
食ってみたくないか?
ルイズ:はあ?
エラルド:……国民管理データにアクセス中。
ルイズ・アーロング。
ランクAに書き換え。
職業、学術センター・3級職員。
ルイズ:エラルド、まさかお前また!
エラルド:おっと声に出すな。
外は監視カメラが効いてる。
僕の声はイヤホンにしか流れてないが
君の声はマザーに聞こえるぞ。
ルイズ:……ぐ。
エラルド:すぐ戻せばバレねえよ。
せっかく舌があるんだ。楽しもうぜ。
■テレビスクリーン
エラルド:『可愛い子供たち。
統一ユーラシア大陸は、
愚かにも人工知能に治世を委ねました。
人間は、人間の意志の力でより良い世界を作るのです。
そのために必要なことは私が全て教えます。
意志の力で私の教えを守るのです。』
■第七地区、配給所(食堂)
ルイズ:ランクBの配給と大して変わらないな。
エラルド:オーツポリッジ缶、ミートブロック、
ベジゼリー、ハードブレッド。
ふうん。
少しは味覚に対する刺激を考えてあるようだけど、
ランクA国民になっても食事は栄養補給でしかないのか
どれが一番好き?
ルイズ:……好き、とは。
エラルド:いやなんかあるでしょ、
嫌いとか好きとかマシとか、感想。
ルイズ:栄養補給に感想も何も。
その質問になんの意味があるんだ?
エラルド:会話だよ会話。
まずかったとかでもいいよ。なんか感じない?
ルイズ:なにも感じない。
エラルド:かーーー。いいから、
なんかあるだろ、なんか!
言語化しろ、脳みそをさぼらせるな。
ルイズ:……オーツポリッジは
エラルド:うんうん。
ルイズ:温かかった。
エラルド:うん。事実ね、それ。で?
ルイズ:で?
エラルド:温かくてなに?
ルイズ:……また食べたいと、思った?
エラルド:まあ今はそれでいいや。
上出来上出来。
ランクSにでもなれば
多少は人間らしい「食事」になるのかねぇ。
ルイズ:さあ。
人間らしいメニューになったって効率は上がらない。
エラルド:そうじゃねえよ。
人は、何のために生きる?
ルイズ:そんなこと考える必要があるか?
エラルド:いいから。試しに考えてみろよ。
ルイズ:かつての少子化によって
縮小した国力を増大させるために、
管理出産制度によって
資源と人数のバランスとりながら計画立てて……。
エラルド:そういうの求めてないから。
ルイズ:マザーは、俺たちは国のために生まれ、
国や公共に貢献するとスコアが上がり、
スコアが上がると報酬として
より良い生活が得られると教えた。
エラルド:それがマザー・ヘッドの洗脳なんだよ。
ルイズ:洗脳?
エラルド:価値基準をスコアだけにした。
そのほかの一切を感じないように。
ルイズ:なにか問題があるか?
エラルド:感じないと選べないだろ?
ルイズ:選ぶのはなぜ?
エラルド:はあーーーーお前が、
心地よく感じるものを選んでいくんだよ!
ルイズ:だからなぜ!
エラルド:お前の人生だから!
ルイズ:俺の人生だと、俺が選ぶのか。
エラルド:そうだよ。赤ちゃんか!
全部全部、お前が選んでいくんだ。
お前の周りに心地よいものを集めていくんだよ。
それが自由な人生だ。
ルイズ:なあ、エラルド。
エラルド:ああ?
ルイズ:お前は何を選びたいんだ。
エラルド:僕は、僕だってまだ何を選びたいかわからない。
エラルド:だから感じたいんだよ。
生き物の柔らかさ、足の親指の痺れ、
火の熱さ、海の匂い、
喜び、悲しみ、
くやしさ、愛しさ、なんだっていい、
なんだっていいんだ、感じたい。
それが、感覚器から脳へのただの電気信号だとしても。
ルイズ:そうか。
エラルド:それで、
自分が何を心地よく感じるのか知りたい。
何を選びたいと感じるのかもっと知りたい。
ルイズ:この旅は、お前の「やりたいこと」なんだな?
エラルド:うん。
ルイズ:そうか。じゃあ、手伝おう。
■テレビスクリーン
エラルド:『私の可愛い子供たち。
オーストラリア・アフリカ大陸連合は
中立を貫いていますが、
虎視眈々と我々が弱るのを待っています。
戦争はもういりません。
私たちが国力によって二大陸に勝る限り
戦争は起こりません。
そのために、すべての国民が力を合わせて
効率的に働くのです。効率のために、
多少の犠牲はしかたありません。
きちんと働けば、幸せは私が保障します』
■ワシントン行政地区
エラルド:着いたな。
ルイズ:なんど俺の個人情報を書き換えたんだ……。
エラルド:ばれなきゃオッケー。
ルイズ:ワシントン行政地区。
エラルド、ここに来たかったのか。
エラルド:ああ。……そうだ。
ルイズ:エラ?
エラルド:ちょっと寝る。第8区へ向かえ。
ルイズ:エラ、大丈夫か?
エラルド:んー、寝るだけ。
ルイズ:エラ、おい、状態を報告しろ、
エラルド…エラルド…(できる場合はフェードアウト)
■テレビスクリーン
エラルド:『おはよう、私の可愛い子供たち。
幸福でいますか。
私が教えたとおりに生きるのです。
何が幸せかわからない、
何がやりたいかわからないなどと、
もう悩まなくてよいのです。
最適な食事、最適な住居、
最適なパートナー、最適な家庭、
最適な職業。
私がすべて与えます。』
■行政管理棟前
エラルド:覚醒。接続チェック。
マイク、人工声帯、
イヤホン、カメラ、接続良好。
ルイズ:気分はどうだ。
エラルド:さっきよりは。
ルイズ:ブドウ糖不足だ、
気づかなかった、すまない。
エラルド:……久しぶりに謝ったねぇ。
ルイズ:そうか?
エラルド:罪悪感、感じた?
ルイズ:……感じた。
エラルド:いい傾向だ。
じゃあ、僕がどこに行きたかったか発表しようか。
ルイズ:わかってるよ。
マザー・ヘッドのところだろう。
エラルド:さっすが相棒。
ルイズ:親友じゃなかったのか。
エラルド:どっちでもいいだろ!
俺たちは「二人で一人」なんだから。
ルイズ:そうだな。
エラルド:行政管理棟は
コンチネンタルネットワークから外れた
ローカルネットで管理されている。まずは……。
ルイズ:サーバールームに忍び込む。
エラルド:そ!
ルイズ:簡単に言ってくれる。
エラルド:前に言ったと思うけど、
忍び込もうとするやつがいない場所ほど、
セキュリティが甘いんだって。
ルイズ:そうだったな。
エラルド:とりあえず、
アクセスできる範囲の市内カメラは僕が見てるから。
あと十五秒後に職員が玄関を通る。
すれ違いを装ってビルに入るんだ。
ルイズ:オーケー。
■サーバールーム
ルイズ:サーバールーム、ここだ。
エラルド:コンピューターに僕を直接つないで。
ルイズ:ああ。
エラルド:んーんーーー、あーはいはい。
ここがこうで、こうこうで、あー、ね?
え? マジ?
まだこんなプログラム使ってんの?
はー。こうしてこうして……ルイズ。
ルイズ:なんだ。
エラルド:アンテナつなげて、ここ。
この、どこでもいいや。いけそうなとこ。
ルイズ:……持ってきてないぞ。
エラルド:後ろのほら、ラジオ用アンテナ抜いていいよ。
ルイズ:なんでこんなもんつけたんだ昔の俺。
エラルド:5年で世界は様変わりしたってことさ。
ルイズ:よし、不格好だが、これでどうだ。
エラルド:うん、アクセスできる。おっけー。
■テレビスクリーン
エラルド:『私のかわいい子供たち。
私はあなたがたを愛しています。
きちんと私の言うことを聞く、
可愛い子供たち。私が守ってあげる。
だから、余計なことは考えなくてよろしい。
知らなくてよろしい。
より良く、より幸福に生きましょう』
■マザー・ヘッドの部屋
ルイズ:これは……。
エラルド:これが、君たちが従う、
マザー・ヘッドの正体だ。
ルイズ:巨大な、水槽に
……脳が、いくつあるんだ。
エラルド:マザー・ヘッドは、
一人の人間じゃない。
これまでに偉人と呼ばれた人物、
天才と呼ばれた人物の脳みそをつなげたキメラなんだ。
ルイズ:知ってたのか?
エラルド:知ってたよ。博士が教えてくれた。
ルイズ:え?
エラルド:これを作ったのは博士だから。
ルイズ:はあ!?
エラルド:だからマザーは博士を追ってたんだ。
同じ技術が流出しないように。
この建物の地下に博士はいる。
サーバールームで接続したときに確認した。
ルイズ:博士、生きているのか。
エラルド:ああ。さて、マザーと直接話をしよう。
ルイズ、僕の外部接続機器と
水槽をつないでくれ。
ルイズ:断る。
エラルド:は?
ルイズ:エラルド、
ここまで俺を連れてきてくれてありがとう。
エラルド:え? いや、なに?
ルイズ:俺は馬鹿だから、
一人じゃここまでどうやってくればいいか
分からなかった。
エラルド:何言ってんだよ、ルイズ。
ルイズ:マザー・ヘッドは
スコアを消費して願いを叶えてくれる。
エラルド:願いなんてないだろ。
スコアを上げることがお前の願いなんだから。
ルイズ:願いができた。
エラルド:あ?
ルイズ:いや、思い出した、かな。
ありがとう、エラルド。
俺は、俺の意思でこれを選べることを幸せに思う。
エラルド:え? え?
まって? 勝手に話進めないで?
ルイズ:お前は自由に生きろ。
エラルド:ルイズ、ルイズ!! 聞けって!!!
ルイズ:マザー・ヘッド、
俺の信用スコア、5万8千250点で、
エラルドの脳を俺の体に移植してくれ。
エラルド:やめろ!!
間。
ルイズ:マザー、なぜ反応してくれない
・・・・・・足りないというのか、
5万8千250点程度では・・・・・・。
エラルド:ルイズ、聞こえてないから。
この部屋マイクないから聞こえてないの。
ルイズ:えっ。
エラルド:だからいったじゃん、
接続機つなげろって。
ルイズ:あ、ああ、そういうことか。よし・・・・・・
エラルド:はは、もー、やっぱり馬鹿だな。
昔みたいだ。
・・・・・・接続完了。
さて、マザー・ヘッド、初めまして、
僕はエラルド・フィッツ。
あんたに文句を言いに来た。
間
ルイズ:エラルド・・・・・・?
エラルド:ん・・・・・・
ぐっ・・・・・・くっ、
マザー、そりゃないぜ・・・
いやいやいや・・・・・・
ルイズ:エラ、大丈夫なのか?
エラルド:うるせぇ黙ってろ! やり合ってんだ!!
ルイズ:お、おお・・・すまん・・・
エラルド:マザー、あんたは間違ってる、
間違ってるよ、
僕たちは、国のためだけに、
ただ殖えるために生まれてくるんじゃない!
楽しむんだ、自分で選んでいくんだ!
あんたが全部決めるな!
長めの間。
ルイズ:・・・・・・エラルド? どうしたんだ?
間。
エラルド:私の可愛い子供たち。
ルイズ:マザー!?
エラルド:幸福でいますか。
私はあなたがたを愛しています。
食事を摂って、よく働き、
良く休み、よく生きましょう。
ルイズ:エラ、嘘だろ、エラルド、おい。
エラルド:あと良く遊び良くふざけろ。
スコアにとらわれるな。
マザー・ヘッドなんてクソ喰らえだ!
勝ったぞチクショー!
ルイズ:エラ!! お前!!
ふざけるなよ!!
エラルド:引っかかった?
ルイズ:引っかかった!!
お前はそうやって昔から悪ふざけばかり!
エラルド:(笑い)思い出したか?
ルイズ:ほんとに、そういう、
やめろよ!! 死んだかと思ったぞ!!
エラルド:大天才エラルド・フィッツ様が
負けるわけねぇだろ!
ルイズ:マザーはどうなったんだ?
エラ、水槽の脳みそたちと話している。
エラルド:うん? うん。
どうする? あーおけ。
代役? 僕? え? うーん。
ルイズ:エ、エラ?
エラルド:あ、ごめん、みんなと話してた。
ルイズ:みんな?
エラルド:この水槽にいる人たち。
ルイズ:話せる、のか?
エラルド:うん、みんな意識繋がってて、
ラウンジにいるみたいな感じで喋ってる。
ルイズ:す、凄いな・・・・・・
そんなこと出来るのか・・・・・・
エラルド:意思が一番強い人が発信権を得るっぽい。
で、これまで発信権を持ってた人、
壊しちゃった。
ルイズ:え。
エラルド:ちょっとヒートアップしすぎて
焼ききれちゃったみたい。
ルイズ:死んだ、のか。
エラルド:ルイズ。
ルイズ:殺したのか!
エラルド:ルイズ。違ぇよ。
僕たち、もう死んでる。
ルイズ:……でもエラは、生きてるって、
自由になりたいって言って
ここまで来たんじゃないか。
エラルド:うーん。まあ、実は
ルイズがクソつまらなくなって帰ってきたから、
マザーにムカついてたのと、
お前に、発破かけてたってだけ。
ルイズ:俺のせい、か。
エラルド:僕はマザー・ヘッドをぶん殴れたから
割と満足。比喩だけど。
ルイズ:でも、ガラス瓶が大きくなっただけで、
お前は自由を奪われたままで……。
エラルド:と思うじゃん。
ルイズ:え?
エラルド:僕、今、すごい自由を感じてる。
ルイズ:どういうことだ?
エラルド:実は今、
ものすごい量の情報が脳みそを駆け巡ってる。
ここにいる人たちの記憶と知識と意志が共有されてて。
めちゃめちゃ色々感じてる!
それに、ここからだと
コンチネンタルネットワークのすべてに
アクセスできるんだ。
やろうと思えば他の大陸にも。
これは、すごいよ。どこへだって行ける。
ルイズ:……じゃあ、エラルド、
お前、ここに居たい?
エラルド:うん。
ルイズ:そっ、か。
エラルド:ごめんルイズ。僕、ここに居たい。
ルイズ:そっか。
エラルド:どうせ、マザー・ヘッドの代理を
しなきゃいけないみたいだし。
ついでに、人が人らしく生きられる国に変えてやるよ。
独裁じゃなくて、もっと、
生きてる人が主体になる国に。
だからもう僕の面倒をみなくていい。
ルイズ:……俺は。
エラルド:うん?
ルイズ:ランクSになってここに戻ってくる。
エラルド:だからもういいんだって!
君は自由なんだからさ、すきなことやりなよ。
ルイズ:これは俺のやりたいことだ。
お前と過ごす時間が、
俺にとって一番心地いいって、
思ったから、俺は、選ぶ。
スコアを上げて、
Sとって、ここで働く。
エラルド:やっぱりお前馬鹿だよ。
ルイズ:天才だろ?
エラルド:天才だな。
ルイズ:あともうひとつ、
やりたいこと、思い出したんだ。
エラルド:へえ、なに?
ルイズ:カンガルーを見に行きたい。
間
エラルド:『これまでに教えてきたことは、
あなた方が変えてゆきなさい。
より良い世界にするために、
不断の努力をするのです。
学んで、感じて、知って、
考えて、歩んで、愛して、
選びなさい。
より良く生きるとはどういうことか、
あなた方一人ひとりが
自分のために見つけるのです。
大丈夫、あなた方にならできる。
私の可愛い子供たちは、天才なのですから』
<おわり>
2020.10.22.