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『とある錬金術師の傍白』【不1】5分

とある世界、とある時代。とある町の錬金術師。

本編  

  蓄音機に向かい、文書を読み上げる。

人類は、驕り(おごり)と怒りによって自らを滅ぼした。
大いなる宇宙に足を踏み入れた我々が、
最も小さな量子の世界を垣間見た我々が、
今になって、石に縋るとは情けないことかぎりない。

連綿(れんめん)と紡いできた叡智(えいち)を
肩を貸し続けてくれた巨人を
我々は自ら手にかけたのだ。

これを書き残すことで
新しい人類が再び同じあやまちを侵すくらいなら
いっそ喪われた方が良いと言う理性と
偉人たちの、そして名も残らぬ先人たちの生きた証を、
何も語らずして朽ちるなどとうてい出来ぬと
そう叫ぶ本心との葛藤を、
あえて記す。

しかし

私は信じる。
この石版を手にし、解き明かす君(きみ)は、きっと賢い。

君よ。
賢くあれ。
正しくあれ。
正しさとは何かと問い続ける賢さを持て。
賢さとは何かと悩み続ける勇気を持て。

アインシュタインにも、エジソンにもなれやしなかった
ただ、憶えることが得意なだけだった
そんな矮小(わいしょう)な私でさえもまた、
一人の科学者であったのだ。

君よ、ユーモアの欠片があるならば
この記録は「ノンエメラルド・タブレット」などと呼んでくれたまえ。
天界に待つヘルメスへの良い土産となろう。

長くなってしまったが
我々がたどり着いた時点での
真実にして、嘘偽りなく、
確実にして、最も真正(しんしょう)なことを、
私の記憶の限り
私が時間に許される限り
以下に記す。

願わくば、君の科学の旅に、幸あらんことを。

「ノンエメラルド・タブレット碑、序文」

  文書を机に置き、背もたれにもたれかかって一人で話し出す。

うーん。
カガク。カガクシャ。ウチュウ。リョウシ。

幼少より何度読み返しても全くわからない。
アインシュタイン、エジソン、ヘルメスは、名前かな?

んー。
カガクっていうのは、錬金術とは違うモノなのかなァ。

石板と言えど、実際にあるのは書き写しとされる文書だけ。
父さんは誰かが創作したんだと言ってるけど、自分はそうは思えない。
我がラステラ家が保有する三枚の文書。
序文、そして、二枚の「法則の書」。

所々出てくる、
ひこうき、てれびじょん、れいぞうこ
こんぴゅーたー、ぽりえちれん
すまーとほん、じーぴーえす
ああ、なんの事だか、全くわからない。

けど……すごくワクワクする響きだ。
このカガクシャさんの口ぶりだとまだまだ先は長そうだが、
続きは一体、何処にあるんだろうねぇ。

この人は何を残したかったのか。
何に命をかけたのか。
どうして憤って(いきどおって)いたのか。
自分はそれがとても気になる。
……もしかして、これがカガクシャってやつの気持ち?

んー。解んないや。
でも、明日は、ほんのすこし分かるかもしれない。

さて、助手君がそろそろうるさいので夕飯を食べることにする。
ちゃぁんと録音できたのかどうか、確かめるのは、デザートのあとにしよう。
最近、王都では砂糖が手に入りやすくなったそうでねぇ。
今日はおばあ様が甘いライスプディングを持ってきてくれたらしいから、とても楽しみだ。
助手君もおばあさまのようにスウィーツづくりにはまってくれればいいのに。

  再び蓄音機に向かって実験の記録を吹き込む。

えー、理論上は、この円盤に触れている針が自分の声を刻み付けたはずだ。
なんてったって世界初の、蓄音機だからね。
皆を集めてパァッとお披露目すべきだ。

そうだろう、カガクシャさん。

ああそれから、いつかの未来にこれを聞く、
錬金術師の諸君、または発明家の諸君。

君たちの知識の旅に、幸あらんことを。

えーっと、今日は、
ソフィア歴 625年、麦の季節、13の日。
ニコ・ラステラ。

2021.10.01.

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