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『とある小説家の所述』【♀1】5分

とある世界、とある時代。とある街の小説家。

本編

◆机に向かい、羽ペンで文章を書いていく女。

「彼は、舵輪を目いっぱい回した。その掛け声に合わせて、エンジンが、唸り声を上げる」

うーん。この表現も最近使いすぎてるわね。たまには直接的なのもありかしら。

「エンジンから、熱い蒸気が噴き出す」

「船が雲を切ったあとには」

あとには、んー。
あの光景を、どうやって文字にしよう。

◆◆◆

取材内容が元ネタとはいえ、せっかく小説にするんだから脚色は必要よねえ。

「ハッハー! 俺に着いてこられるやつぁ、めったにいねえ。お前、一体何もんだ?」

ふふ、また怒られちゃうかしら。俺はこんなこと言わねえぞって。
まあいいわ。どうせ居ないんだし。旅先で私の本を買って読んで悶えて頂戴。

◆ペンを置く。

……いつ帰ってくるのかしらね。そろそろ、ネタなくなっちゃうわよ。

◆◆◆

私の中のあなたはどんどん変わっていく。

だって、物語のヒーローはかっこよくなくちゃ。

読者が求める主人公は、逆境を笑って乗り越えて、力強く前に進んでいく、そういう存在。
私が描く(えがく)、架空のあなたに、本当のあの人が塗り替えられていく。

◆◆◆

あーくそ、思い出したら腹立ってきた!
子供をほっぽって世界一周の旅だなんて、忘れられたって仕方ないんだからね!
そうよ、あいつ、そもそもこんなにかっこよくない!
服はいっつもヨレヨレだし、ずーっとお酒飲んでるし、仕事の愚痴ばっかり。
無精髭! ぼさぼさ頭! たばこくさい!

……。

みーんな、騙されてる。

ふん。私がちゃーんとカッコよく書いたからね。そう。だーれもしらない。
あいつが、船を降りたらダメダメで、生活能力皆無のポンコツヤローだって、だーれもしらない。
私しか知らない。まったく。
……(ためいき)

◆再びペンを握る。

「船が、雲を切った後には」
一本の、いや、長く伸びた、うーん。
ひとすじ、一筋の、雲、が
一筋の……船雲(ふなぐも)が
伸びる、引かれる……続く、落ちる、浮かぶ……違うな。
残る。……残される。

一筋の船雲が、残されていた。

◆◆◆

「さあ、想像の、翼を広げて。あなたは、どこへだって行ける」

ハリソン・ジェイン、著、と。
はー、できた。締め切り間に合ったー。
そろそろ迎えに行かないと。いっつも子供預かってもらって申し訳ない。
……。

◆完成した原稿をなでる。

あなたから聞いた話に、どれだけ嘘を織り交ぜたらいいの。
この最新巻なんて、ほぼ私の妄想なんだからね。
早く続きを聞かせてよ。あの頃みたいに、小さなベッドで。
ランプと、冒険譚。私たちにはそれだけでよかった。

◆◆◆

あーあ、あなたのファンの、ただのハリエットに戻りたい。
なによ、ハリソン・ジェインって。男の名前が欲しいって言ったのは私だけど、ネーミングセンスないんじゃないのあいつ!
ペンネームで縛るなんて。ひどい男。

◆◆◆

そうだ、次は女の子を主人公にしようかしら。
そーよ、それがいいわ。男ばっかり書いていたら飽きちゃうしね!
物語の中でくらい、女の子が活躍したっていいじゃない!
そしたら、いつか本当に……。

ううん。私にできるのは、ペンを握ることだけ。
未来に羽ばたくのは、他の子に譲るわ。
ああ、私ったら、大事なサインを忘れてる。

◆もう一度原稿に向き直る。

「あなたがたの想像の旅に、幸あらんことを。
ハリソンから、すべての子供たちに、愛をこめて」

◆おわり。

2022/5/13

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