概要
政府軍の襲撃により師匠を喪った少年・キッドは、命からがら逃げだしたのち、砂漠で気を失ってしまう。目覚めると手足を縛られ、幌馬車に乗せられていた。彼を拾った反乱軍の運び屋・ヨシュアはキッドの師匠・ラルフに恩があるという。キッドは生きる意味を失い殺してほしいと懇願するが、ヨシュアは彼を反乱軍基地でかくまうことに決めた。
- 所要時間:約15分
- 人数:3(♂3)
- ジャンル:シリアス、ファンタジー、
登場人物
- ベッカ
スラム街育ちの元泥棒の少女。幼いころラルフに拾われて測量と地図製作の旅に同行。ある街に滞在中政府軍の襲撃を受け師匠を喪う。 - ラルフ
測量士。世界地図を作るのが夢。政府の命で地図製作の旅を始めたが、命にない小さな町の地図も書く。政府軍の襲撃で死亡。(3人での上演時はラストで門兵のセリフを兼ねる。) - ヨシュア
反乱軍の一員。物資調達がもっぱらの仕事。故郷を政府軍に潰されたがラルフの地図により逃げ出すことができた。 - 門兵
反乱軍の一員。基地となっている都市の城門を守る。3セリフ。3人での上演の場合ラルフとの兼ね役。
本編
□酒場、キッドの記憶
ラルフ:「さて、時間だ」
キッド:(幼)「えー! まだ食ってる……」
ラルフ:「行くぞキッド」
キッド:(幼)「待ってよぉ! ラルフ!」
□タイトルコール
キッド:『砂上のマピニオン』
□砂漠、昼間
朦朧としながら砂漠を歩くキッド。
キッド:「……はあ、はあ」
水筒を傾けるが水が出てこない。
キッド:「水……」
キッド:「くっそが」
キッド倒れ込む。
キッド:「も、動けねぇ……は、あちぃなあ、クソ」
□夢1、どこかの町の広場
遠くにいる幼いキッドに、地面に杖を立て声をかけるラルフ。
ラルフ:「角度は、と…よし。キッドいいぞ、こい!」
歩数を数えながらラルフの方に歩き出すキッド。
キッド:(幼)「いち、にい、さん、し、ご、」
キッド:(幼)「………ごじゅうはち!」
ラルフ:「やりなおし! さっきは六十三だったろう!」
キッド:(幼)「五十八も六十三も大して変わんねーよ!」
ラルフ:「二百メートルになったら大ズレだぞ小僧。
ラルフ: 正確な測量は正確な歩幅から! めざせ六十歩だ!やりなおし!」
キッド:(幼)「くそジジイ!」
ラルフ:「うるせえ糞ガキ!」
□夢2、戦火の都市アルテナ
腹を撃たれ倒れたラルフに縋るキッド。
ラルフ:「……さて、ごふ、時間だ」
キッド:「ラルフ、おい、止まれ、止まってくれよ! おいラルフ!」
ラルフ:「……キッド、お前は……歩き続けろ……いいな」
キッド:「いやだ、おい! くそじじい! ……ッ師匠!」
□砂漠、幌馬車の荷台の上
ラバに引かれた幌馬車が、がたがた音を立てる。
顔の下半分を薄布で隠した男が御者をしている。
その中で目を覚ますキッド。手足を縛られている。
キッド:「……っはあ、はあ、あ?幌馬車?何だこの縄っ」
ヨシュア:「目が覚めたかよ、ガキンチョ!」
キッド:「誰だテメー」
ヨシュア:「俺はヨシュア。お前ラルフの子?」
キッド:「……ちげえけど。師匠の知り合い?」
ヨシュア:「まあな、昔世話になったんだよ」
キッド:「なんで俺が師匠と繋がってるってわかったんだよ」
ヨシュア:「これ」
キッド:「あっ、それ、師匠の時計……」
ヨシュア:「あーーああ〜ラルフの関係者じゃなかったら
身ぐるみ剥いで売っぱらえたのに〜」
キッド:「……そうすれば」
ヨシュア:「はァ?」
キッド:「師匠は死んだ」
ヨシュア:「……その話、聞かせてもらおうか」
□野外、夜。
地面に座り、話す二人。火を焚いて食事をしている。
ヨシュア:「食わねぇのか」
キッド:「そんな気分じゃない」
ヨシュア:「茶ァくらい飲め。干からびちまうぜ。」
キッド:「……(飲み込み)ふう」
ヨシュア:「それにしても、政府軍がもうそこまで」
キッド:「あぁ。アルテナは占拠された。あちこちに罠をしかけて、
住民の大半は裏道から逃がしたけど、俺たちは……」
ヨシュア:「地の利こそが武器。よく言ってたなぁ。
ヤツらが躍起になってラルフを追っかけるわけだ」
キッド:「俺は地下道から……」
ヨシュア:「よく生き残ったじゃねぇか」
キッド:「ふざけんな、なにがよく生き残っただよ」
ヨシュア:「な、どうした? 落ち着けよ」
キッド:「俺が、俺が死ねばよかった」
ヨシュア:「……」
キッド:「俺なんか、ただの薄汚い泥棒だぞ、師匠が、
師匠が生きてたら、もっとみんなを助けられて、
もっと、俺じゃなくて、生きるべき人が生きられた!
俺が死ぬべきだった!」
ヨシュア:「……はぁ」
食器を置きヨシュアに詰め寄るキッド。
キッド:「なあ、あんた、欲しいんだろ!? 金が!
殺してくれよ」
自分の荷物袋を引き寄せて道具を取り出し見せながら。
キッド:「全部持っていっていいからさ、時計も、
羅針盤杖(らしんばんじょう)も、鉄鎖(てっさ)も、
半円(はんえん)方位盤(ほういばん)も、
地図、インク、ほら、これも、紙!
貴重だろ!? 売れるぜ! 殺してくれよ!なあ!!」
ヨシュア、キッドをはたく。手で音出し。
キッドは受ける息が出来れば。
ヨシュア:「俺は、お前がどこで野垂れ死のうとどうでもいい」
キッド:「……」
ヨシュア:「でも、ラルフが生かしたんなら、お前を生かす」
キッド:「なん、で」
ヨシュア:「昔、救ってもらったから」
ヨシュア:「だから、この時計はお前が持っておけ」
懐中時計をキッドの手に握らせる。
□夢3 高台、夜明け頃
ラルフ:「さて、時間だ!」
キッド:(幼)「まだくらいよラルフ」
ラルフ:「もうすぐだ」
キッド:(幼)「何がーーー腹減ったよぉ」
ラルフ:「ほら、もうすぐ明るくなる」
太陽が昇る。
キッド:(幼)「すげぇ」
ラルフ:「ここがこの街で一番高いところだそうだ」
キッド:(幼)「……おぉ」
ラルフ:「……キッド、お前の目には何が映る」
キッド:(幼)「エーット、あそこの市場でリンゴを盗んだら、
その裏を通ってこう、右の小道を入って、
あっち側の路地裏らへんで追っ手を撒けるかな、とか」
ラルフ:「なんで路地裏で撒けると思う?」
キッド:(幼)「え? 昨日通ったじゃんあそこ。だいぶ入り組んでたよね。
出口と分岐点さえ押さえればそんな難しくはないけど」
ラルフ:「はっはっはっは! すばらしい!
一度通っただけなのにあれがあの道だと分かったのか!
やはり逃げ道に関しては物覚えいいなお前!」
キッド:(幼)「盗みの算段を褒められたのは初めてだよ」
ラルフ:「いいんだよ。今日はここからスケッチだ」
キッド:(幼)「はーい」
□砂漠、幌馬車
キッド:「この揺れどうにかなんないの?」
ヨシュア:「荷物と一緒に乗せてやってんだ、感謝しろォ。」
キッド:「尻が三つに割れるぜ・・・」
ヨシュア:「勘違いすんなよ、お前を生かすのはお前のためじゃない。
ラルフのためだ」
キッド:「……あぁ?」
ヨシュア:「お前が死んだら、ラルフも、
本当に死んじまうって事だよ」
キッド:「意味わかんね」
ヨシュア:「わかんないなら黙って生かされとけよ、ガキンチョ」
キッド:「……もう生きる理由なんてねぇよ」
ヨシュア:「ふん。本当にラルフの弟子かよ?
こんなヒョロチビが」
キッド:「うるせぇハゲ」
ヨシュア:「いつか殺す」
キッド:「だから今殺せって」
ヨシュア:「いつかだよ、今じゃない」
キッド:「……なあ、ヨシュア、さん。
なんで師匠は、殺されなきゃならなかった」
ヨシュア:「あぁ? そんなことも知らずに弟子やってたのかよ」
キッド:「……教えてくれなかったんだ」
ヨシュア:「……あいつの教育方針は『見て盗め、やって覚えろ』だからな。
いいか、地図っていうのは、情報なんだ。
そして、情報には価値がある」
キッド:「情報」
ヨシュア:「俺は、イシドラの出身だ」
キッド:「イシドラって……あの、大火の」
ヨシュア:「そう。反乱軍の拠点だった。
火事は自然発生だなんて言われてるけど、政府軍の仕業。
あのあと軍がやってきて、真っ平らにされた。
もうあそこに人は住んでない」
キッド:「そんな、ありかよ」
ヨシュア:「なんでもアリさ。
でもなぁ、死者は一人もいなかったんだ」
キッド:「え、マジか」
ヨシュア:「ラルフの地図があったから」
キッド:「……」
ヨシュア:「ラルフは地図に、細道、水路、裏道、水場、
地下倉庫や、倒壊しそうな所を記してくれていた。
イシドラではそれを書き写して、みんなが持っていた。
だから直ぐに逃げられた」
キッド:「でも、あんたらの街は」
ヨシュア:「そうだな。なくなっちまったし、
住人もバラバラになっちまった。でもほら、広げてみろよ。」
ヨシュア、ポケットから地図を出し渡す。
キッド:「ん……これが、イシドラ?」
ヨシュア:「そう。俺たちの故郷は、ここに確かにあったんだ」
キッド:「……」
ヨシュア:「わかるか?地図が厄介なもので、
俺たちにとっては武器にもなるってことが」
キッド:「わかった、けど、俺は」
ヨシュア:「ふん、お前が何を思おうと、引きずってでも書かせるぜ」
キッド:「……」
時間経過後。幌馬車の荷台に寝転んで、時計をぶらぶらさせるキッド。
ヨシュア:「こりゃあ、着くのは夜になっちまいそうだな」
キッド:「なぁ、俺たち、どこに向かってるんだ」
ヨシュア:「俺たちの基地。そこならとりあえずかくまえるからな」
キッド:「ふぅん……」
ヨシュア:「あとその時計、直しておいたぞ」
キッド:「え」
ヨシュア:「蓋が歪んでて開かなかったんだろ?」
キッド:「そう、だけど」
ヨシュア:「開けてみろよ」
キッド:「……」
懐中時計の蓋を開くと小さく折りたたまれた紙が入っている。
キッド:「紙……?」
ラルフの手紙(冒頭とラストはキッドが読み上げる)
キッド:「キッドへ。
この時計をお前に託すのは、お前とはぐれるときだ。
測量や製図のことだけじゃない。
旅をするためのいろいろな知識を与えてきた。
ラルフ:まあお前は逃げ道以外のことに関しては覚えが悪いから、
どれだけそのおつむに詰まっているかは心配だがな。
だが、もし私から離れても、その技術がお前を助けてくれるだろう。
私の夢をお前に背負わせはしない。
お前は生きるためにその技術を使いなさい。
測量士を名乗りなさい。その肩書もお前の命を助けるはずだ。
キッド、お前はもうスラムの泥棒ではない。
なんならウォーカーを名乗ってもいいぞ!
歩みなさい。その足を使え。
歩く意味など問うな。ただ進め。
困ったら、トゥーラン、ジバダ、リスモスを訪ねなさい。
古い知り合いが数人いる。手を貸してくれるはずだ。
リスモスには私の姉がいるから、まずはそこを目指すといい。
食べ物に困ったら、時計と羅針盤は売ってしまいなさい。
当分食いつなげる値段にはなるだろう。
お前なら星の導きが読めるはずだ。
もしはぐれても、歩いていればどこかで必ず出会うはずだ。
なんたって、この世界はまん丸だからな!
キッド:そして、私は世界のすべてを描く男だ!
さて、時間だ。また会おう、待ってるぞ。
ラルフ・ウォーカー」
手紙を読み終え、数秒開け。
泣くのをこらえるキッド。
キッド:「ばか師匠」
ヨシュア:「……」
キッド:「どこで待ってんだよ」
ヨシュア:「……ここじゃない、どこかだよ」
キッド:「ばか師匠」
□城門前、夜
ヨシュア:「そろそろ着くぞ」
キッド:「あぁ」
ヨシュア:「いいか、反乱軍だって甘くはない。
ここで生きるには、自分の有用性を示すしかない」
キッド:「わかってる」
門兵 :「許可証と名を」
ヨシュア:「こんばんは。ほら、許可証だ。ヨシュア・ハーネット」
門兵 :「よう、ヨシュア。毎度ご苦労さん。酒は手に入ったか?」
ヨシュア:「安酒しかねぇよ。今回は代わりに肉がある」
門兵 :「いいねえ……で、 そっちのガキは」
ヨシュア:「自分で名乗れ」
キッド:「俺は、キッド……キッド・ウォーカー。測量士だ」
<おわり>