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『それはとてもとても風の強い、軽やかな曇天の日』(女性ver) 【♂0:♀2】40分

概要

空艇士を目指す飛行士ジーナと整備士ルカ。二人ともアカデミアでは問題児として有名だった。空艇士になるにはギルドへの所属が必要だが、年に一度のコンテストレースで優勝すれば所属権が与えられる。飛ぶのがただ楽しいのだというジーナに振り回されながら、ルカは初心を取りもどす。レース当日、天候は大嵐。飛空艇には二人だけ。頼れるのは自分たちだけ。
※ボイコネ(アプリ)版から移植のため、オリジナルとト書きや一部セリフが異なる場合がございます。

  • 所要時間:約40分
  • 人数:2(♂0:♀2)
  • ジャンル:ファンタジー、友情、ジュブナイル、スチームパンク

登場人物

  • ジーナ・ジェイクス
       王立空艇アカデミアの学生。飛行科。「狂乱の風乗り」と噂されている。荒れた天候の日ほど燃える。飛空艇にのること自体を楽しみ、ずっと飛び続けていたいと思っている。勉強嫌いで実践で覚えてきた。コンテスト優勝による空艇士ギルドへの所属を目指す。2人上演時はコンテスト司会orギルド長を兼ねる。
  • ルカ・ハーシュマン
    王立空艇アカデミアの学生。整備科。「酔いどれ整備士」と呼ばれている。極度の船酔い体質。祖父が有名な飛行士。知識に対して貪欲で最新の論文雑誌などを購読しているため教師たちには嫌がられている。テストの成績は良い。2人上演時はコンテスト司会orギルド長を兼ねる。
  • コンテスト司会
    男女不問。
  • ギルド長
    男女不問。
【用語集】
  • 「飛空艇」蒸気機関と浮遊石のエネルギーで空を翔ける船。ばらばらになり空中を漂う島々を繋ぐ。
  • 「空艇士」飛空艇に乗る職業全般。飛行士(操舵手)、整備士、航空士(進路決定、航空記録)など。人々の憧れであり、給与もよい。
  • 「王立空艇アカデミア」空艇士を育成する機関。貴族や上流階級の子女が多く入学する。
  • 「空艇士ギルド」空艇士に対して仕事を斡旋する組織。人員も紹介してくれる。空艇士としてチームを組み、自由に仕事を得るためにはギルドへの所属が不可欠。

本編

■アバンタイトル
  飛空艇上のジーナとルカ

ジーナ「うっふふ!これくらいの風、乗りこなせなくてどうするっての!」

ルカ「バカじゃないの!? バッカじゃないの!?」

ジーナ「良い風ねえ!!飛びがいがあるわぁ!!」

ルカ「うっぷ!」

ジーナ「ちょっとバケツに吐きなさいよ!?」

ルカ「おぇ」

■タイトルコール

ルカ『それはとてもとても風の強い、軽やかな曇天の日』

■アカデミア内、カフェテリア、昼

ジーナ「ルカ・ハーシュマンってアンタ?」

ルカ「そうだけど……あー、君、ジーナ・ジェイクス?」

ジーナ「おー! アタシのこと知ってるゥ?なら話が早い」

   ジーナ、ルカの隣の席に座る。

ルカ「断る」

ジーナ「はっや」

ルカ「噂になってるよ。 “狂乱の風乗り”がチームメイトを探してるって。
ついでに軒並み断られているとも」

ジーナ「そうなのよ!ねえ、ハーシュマン」

ルカ「断る」

ジーナ「……アンタの噂も聞いてるわよ? ”酔いどれ整備士”」

ルカ「……だからなに」

ジーナ「フン、アタシは次のコンテストレースで絶対に優勝する。
アタシより早く飛べるやつなんて今この町にはいないからねェ!」

ルカ「その自信どっからくるわけ……」

ジーナ「ああん?それが事実だからよ。
でも1人じゃ出場出来ない。最低でも飛行士と整備士が必要よ」

ルカ「出場資格はね。実質2人で飛ばすのは無理。で、何人集まってるって?」

ジーナ「アタシとアンタの2人」

   ルカ、立ちあがる。

ルカ「話にならない。他当たって」
ジーナ「人数だけあわせればいいのよ! 

ジーナ「アタシが全部やるから、なんならアンタは乗ってるだけでいい! 
整備士なんていてもいなくても一緒よ。おねがーい」

ルカ「チッ」

ジーナ「悪い話じゃないでしょ?アンタだってコンテストで優勝できれば」

ルカ「断る。僕は、空を飛ぶのは嫌いなんだ」

   始業5分前のチャイム。

ルカN『王立空艇アカデミア。
石炭と蒸気で飛ぶ船を操る技術を学ぶ場所。
飛行士、整備士、航空士のクラスに別れ、
空艇士ギルドへの所属を賭けて、僕達学生は、
日々切磋琢磨している』

■図書室
   ルカのあとを付きまとうジーナ。

ジーナ「ねえねえねえ」

ルカ「うるさい、いてもいなくても変わらないなら他を当たって」

ジーナ「出られるやつはもうみんな組んじゃってるわよ、おねがい!」

ルカ「図書室ではお静かに。迷惑。
……そんなに空艇コンテストが大事?」

ジーナ「あたりまえじゃないの!あ、ごめんなさい」

ルカ「普通に、最終試験で所属できればいいじゃない」

ジーナ「バカ言わないで、最終試験は成績順でしょ、
アタシがそんな頭いいわけないじゃん!」

ルカ「それは知ってる」

ジーナ「アンタだって教師に嫌われてるって有名よ?
コンテスト優勝して見返したいとか思わないわけ?」

ルカ「言ったと思うけど。飛ぶのは嫌いだって」

ジーナ「ジャンガリ・ハーシュマンの孫が?」

   ルカ、足を止めて振り返る。

ルカ「……知ってたの」

ジーナ「知ってるに決まってる!
航空士一族ハーシュマン家唯一の飛行士よ。
アタシは本は嫌いだけどお爺さんのは全部読んだ!
教科書なんて当てにならない。実際飛べばハプニングだらけよ。
お爺さんの本には、いかにそれに対処するかが書いてある。
まさにアタシが求めてたモノ!」

ルカ「なんでそんなに飛行士になりたいのさ」

ジーナ「はぁ?なんでそんなこと聞くのよ」

ルカ「名声? 栄誉? 権力?」

ジーナ「はっ!くだらないわね。
……アタシはね、飛ぶのが好きなのよ」

ルカ「……はぁ?」

ジーナ「風を受けるのが気持ちいい! 
大荒れの嵐を乗りこなすスリル!! 飛ぶのって最高でしょ!」

ルカ「……え、それだけ?」

ジーナ「なによ、不十分?」

ルカ「こう、もっとチヤホヤされたいとか、人気職業だから自慢出来るとか」

ジーナ「全く興味ナシ。そんな理由で空艇士になる奴いるの?」

ルカ「ここに来てる人たちの半分以上はそうだよ……」

ジーナ「アンタも?というかハーシュマン家なのに整備士なのね」

ルカ「僕は……親が……。はぁ、整備士を選んだのは、給料がいいから」

ジーナ「そ。ま、アンタの理由はなんでもいい。
アタシはいつまでも飛んでいたい。
でも資格がないと自由には飛べない。
だからその資格が欲しい。
コンテストで優勝すればそれが手に入る。簡単な話よ」

ルカ「……ジェイクス、君、噂通りバカなんだね」

ジーナ「まあ否定は出来ないわね」

ルカ「ふん。僕が乗るに値するか、みてあげるよ」

ジーナ「はぁ!? なによその態度」

ルカ「そっちこそ。
この僕がタダで船の状態を見てやるって言ってんの、感謝しろ」

ジーナ「……いいでしょう! 明日休みね?
アタシの船はデルタポッド、1のPよ」

ルカ「了解」

■スカイポッド(飛空艇保管施設)
  船内を確認したルカ、梯子を降りてくる。

ルカ「……一通り見させてもらった」

ジーナ「どう、アタシの相棒は!かっこいいでしょ!」

ルカ「まあ、本業じゃないにしては頑張ってるほうじゃない」

ジーナ「はぁ?」

ルカ「右ウィング接続部の金具の劣化が激しい。
これは変えないといつ事故るかわからないね。
左はエンジンの汚れが払いきれてない。
こういうとこで水分やオイルがほこりを含んでダマになる。
あと浮遊石も両方変えるか、研磨かけてチャージした方がいいね。
とくに船尾、細かいヒビが内側に入ってるのわかる?
あんまり荒いことすると割れるよ」

ジーナ「んん? なによ文句つけんの」
ルカ「文句つけるというか、
単純に整備がなってないって指摘だよ。……いい船なのに」

ジーナ「……いい船?」

ルカ「小型バトルシップ、
ローダー社のホッジソン・ホーク三十二年モデルがベースだね。
このシリーズは今はもう生産されていないけど耐久力と旋回が売り。
ローダーはいい船作るよね。
細かいところまで手作業だし、バランス感覚がずば抜けている。
コスパばっかりの大手に潰されたのが本当に残念。
機関室はだいぶ改造されているみたいだけど君がやったの?
動かしてないからわからないけど、おそらくホッジソンの弱点だった
熱伝導効率の悪さが改善されてるはず」

ジーナ「譲り受けたのよ……機関室は前の持ち主がやったんでしょ」

ルカ「そう。スピード狂だって聞いてたから
てっきり最近流行りのレースシップにでも乗ってるのかと思った」

ジーナ「貰い物ってのもあるけど、
軽くて薄いやつじゃアタシの飛び方についてこられないのよね。
だから、こいつは最高の相棒よ」

ルカ「少し古い型ではあるけれど名機だよ。ホッジソン・ホークは」

ジーナ「……アンタすごいわね」

ルカ「なにが?」

ジーナ「えっと、こんな短時間で
船の状態から型番から何まで言い当てるなんて」

ルカ「僕、整備士なんだけど。これくらいできて当然だよ」

ジーナ「そうなの? 今まで乗せた整備士で一番目ざとかったわよ」

ルカ「めざと……まあ、よく言われるからいいよ」

ジーナ「あ、いや、ごめんなさい。いい意味でよ」

ルカ「どんな不備も見逃しちゃダメなんだ、整備士は。
命にかかわるから」

ジーナ「……」

ルカ「色んなチームでご自慢の船に乗ってきたけど、
大体僕が指摘するとうっとおしがるの。
そして降ろされる。うざいってさ」

ジーナ「なるほどね」

ルカ「酔いどれ整備士っていうのは、
まあ、体調もあるけど、自分に酔ってるって言われたんだ。
でも僕を乗せるというなら、最高の整備をする。
それが僕のプライド」

ジーナ「なによ、飛ぶの嫌いなんじゃなかったの」

ルカ「飛ぶのは嫌いだよめっちゃ船酔いするし」

ジーナ「……ねえ、もう一度お願いするわ。私の船に乗ってくれない?」

ルカ「……いいよ」

■飛行場、朝
   強い風が吹いている。船をすでに準備しているジーナ。

ルカ「ふわぁ……」

ジーナ「ハァイ! 調子はどう?」

ルカ「眠い」

ジーナ「あらあら!それはよかったわ」

ルカ「何がだよまったく」

ジーナ「絶好の飛行日和ね!」

ルカ「だから何がだよ。風は強いし、
空なんて年がら年中厚雲に覆われてるじゃない」

ジーナ「そう言っておいた方が楽しいでしょ」

ルカ「なんでもいいや。はやく飛ばそう」

  船に乗り込む二人。ルカ、各所にバケツを置き始める。

ジーナ「なによ、そのバケツ」

ルカ「ゲロ処理用」

ジーナ「アー…… 船酔い、って、マジで吐くやつ?」

ルカ「うん」

ジーナ「大丈夫なの」

ルカ「……じゃあ、機関室にいるから伝声管で指示して」

ジーナ「はいはい」

   エンジンが起動。

ジーナ「いい?ハーシュマン」

ルカ「(伝声管)炉は温まってるよ。どうぞ」  

ジーナ「よし! 行くわよ!」

   飛空艇が飛ぶ。

ルカ「(伝声管)蒸気機関異常なし、エンジン動作異常なし、
浮遊石稼働開始、異常なし」

ジーナ「計器異常なし、進路北西。南南東の風、10ノット」

ルカ「(伝声管)やっぱり右ウィングは早急に修繕したほうがいいよ。少し変な音がする」

ジーナ「わかった…… なんとかするわ」

ルカ「(伝声管)まあ、結構高額になるし、大変なのはわかるけ…… う゛っ」

ジーナ「ちょっとなに」

ルカ「(伝声管、小さく)……うおぇ」

ジーナ「あぁ!? 吐いたの!?ねえ!? 大丈夫なんでしょうね!?」

ルカ「(伝声管)だ、だいじょう…… うっぷ」

ジーナ「アンタじゃないわよ、
アタシのフェルナンドを穢してないでしょうね!?」

ルカ「(伝声管)ちゃんとバケツに吐いたよ……フェルナンドって?」

ジーナ「もう、頼むわよ……この船の名前よ」

ルカ「(伝声管)ハッ……男の名前つけちゃうタイプね」

ジーナ「呆れてるわね? 兄貴の名前よ」

ルカ「(伝声管)……ブラコン?」

ジーナ「うっさい!!」

   ジーナ、勢いよく舵輪を回す。
   船が大きく揺れる。

ルカ「(伝声管)うわっ……と、
ちょっと! 旋回するなら言ってよ!?」

ジーナ「ふんっ!!」

ルカ「(伝声管)……さすがホッジソン・ホーク、滑らかな旋回だね。
しかし君の技術もある。離陸してから揺れが少ないし、
この角度で急旋回に入るのはいくら小型艇とはいえ難しい」

ジーナ「認めてもいいのよ、アタシが最高の風乗りだって」

ルカ「(伝声管)悪いけど、僕のなかで最高はじいちゃんだから。
……君はせいぜい狂乱の風乗りどまりだよ」

ジーナ「あははは! まあ、ジャンガリおじいさまには勝てないわ!」


ルカ(N)『コンテストレース。
それは、空艇士ギルドへの所属を目指す、
全ての者達に平等に開かれた唯一の門戸(もんこ)。
優勝チームと準優勝チームは、
出自、所属、階級に関わらずギルドに所属できる。

名声、栄誉、収入。空艇士は、憧れの職業。
そして、空に魅入られた者達が挑む、最後の希望』

■シーン1 図書館

ジーナ「つまり、ほかのチームをぶっ倒して、
一番にゴールすればいいんでしょ?」

ルカ「まあ、ものすごい簡略化すればそうだけど、
他の飛空艇に対する攻撃は違反だよ」

ジーナ「つまんないわねぇ。飛び方に規定はなかったわよね」

ルカ「授業じゃないしジェイクスみたいな
定石はずれの飛び方でも問題ない。
チェックポイントさえ通過すればね」

ジーナ「嫌味? 酔いどれルカさん?」

ルカ「嫌味だよ。よく分かったね偉い偉い。さて、作戦だ。
通常最低三人チームのところ僕達は二人で飛ばさなきゃならない」

■シーン2 食堂
  メモを書きながら紅茶を啜るルカ。

ルカ「こうやって、翼の形状を整えることで
翼の上下で空気の圧力に差が生まれ、
飛空艇が自然に浮き上がる。
つまり、浮遊石の消費エネルギーを抑えられる」

   ジーナ、サンドイッチをほおばりながらしゃべる。

ジーナ「はぁー。ぜんっぜん理解出来ないんだけど、
そんなの聞いた事ないわよ」

ルカ「一か月前に刊行された論文雑誌で発表されたんだ」

  ジーナ、飲み込んだ。

ジーナ「すごいねルカ」

ルカ「自分で言ってたじゃないか、教科書なんて役に立たないって」

ジーナ「いやぁ、アタシほとんどトライアンドエラーの独学だからぁ
……素直に尊敬するわ」

ルカ「……君の口からそんな言葉が出ると気持ち悪いね」

ジーナ「ほめてんでしょ!?」

■シーン3 飛空艇内

ルカ「おえっ」

ジーナ「ちょっとバケツッ……」

   ルカ、床に吐く。

ジーナ「あ」

ルカ「……ごめん」

ジーナ「ふ、あははははは!」

ルカ「……なにさ」

ジーナ「いや、ふふふ、今までの整備士はねぇ、
アタシの操舵が乱暴だって文句言うんだけどぉ」

ルカ「(小声)そのとおりだけど」

ジーナ「アンタはアタシを責めないなって思って」

ルカ「船酔いは僕の問題だし、あんまりに酷ければ怒るけど、はぁ、
操舵手の飛び方に耐える調整をするのが、うぷ、仕事だし」

ジーナ「……くっ、あーあー、次はちゃんとバケツに吐きなさいよ」

■スカイポッド、夜
  船を整備しているルカ。

ジーナ「ねえ、気になってたんだけど」

ルカ「なに。大きいレンチとって」

ジーナ「あー……」

ジーナ「はい。その、いつも見てるノート、だいぶ古くない?って」

ルカ「……見る?」

ジーナ「ん?」

ルカ「気になるなら見ていいよ。青いパーツとって」

ジーナ「えっと……」

ジーナ「はい。いいの?」

ルカ「ん。大声出さないでね」

  ジーナ、ルカの古いノートを手に取り開く。
  黙って読み進める。ページを捲る音と工具の音。

ジーナ「あ、こ、これってお爺さんの?」

ルカ「そうだよ」

ジーナ「すっごおおおおい」

ルカ「大声出すなって言ったでしょ!」

ジーナ「えええ!?なにこれ、知識の宝庫じゃない……」

ルカ「なにかヒントがないか、見返してるんだ」

ジーナ「でもお爺さんは飛行士でしょ?」

ルカ「じいちゃんはどこのポジションもひととおり全部できたよ。
僕も幼い頃、色々と教えこまれたし」

ジーナ:「……マジぃ?」

ルカ「それでもチームだから、人の仕事を取ったりしない。
チームがいるから自分の仕事に集中出来るって、いつも言ってた」

ジーナ「……やっぱすごいな、ジャンガリおじいさま」

ルカ「……新聞では、嵐に巻き込まれて墜落、って報道されたけど」

ジーナ「覚えてるわ。酷かったわね、あの日は」

ルカ「あの程度の嵐でじいちゃんがヘマするわけない。
……じいちゃんが死んだのは、整備ミスのせいだよ」

ジーナ「そうなの」
ルカ「回収された機体を見せてもらった。
大破してはいたけど、内部機関に異常があった。
甘いよねぇ。信頼がなにさ。
慢心したんだ、同乗してた整備士が」

ジーナ「……それで整備士に?」

ルカ「もともとは飛行士になりたかったんだけど。
……高いところから落ちれば人は簡単に死ぬ。
だから、整備が一番大事なんだ」

ジーナ「……なるほど」

ルカ「君が整備士なんていてもいなくても変わらないって言った時、
正直ひっぱたいてやろうかと思ったよ」

ジーナ「それは、悪かったわよ」

ルカ「……もういいよ」

   ページを捲るジーナ。

ジーナ「このスケッチ」

ルカ「あぁ…… 雲の上の風景と、浮遊大陸」

ジーナ「……雲の上、なんてあるのかしら」

ルカ「父さんも母さんも想像じゃないかって言うけど、僕は信じてる。
じいちゃんは、この世界を覆うあの灰色の天井を、突破したんだって」

ジーナ「……すごいわ」

ルカ「あー、そうだ、これが見たかったんだよ、最初は。
はは。幼い頃の純粋さゆえだね」

ジーナ「……」

■コンテストレース会場、朝
  司会がアナウンスをする。
司会「おあつまりの皆様、お待たせいたしました。
あいにくの天候ですが、空艇士にとって嵐は日常茶飯事。
第五十六回空艇コンテストレース、開催いたします!

今回出場いたしますのは、王立アカデミアより十五チーム、
一般参加七チーム。計二十二チーム、七十六名でございます。
例年通り、国内五か所のチェックポイントを回り、
一番目、二番目にゴールしたチームに空艇士ギルドへの所属権が与えられます。

チェックポイントを通りさえすれば、ルートは自由。
空艇士を目指す皆様方。健闘を祈ります。」

   観客の歓声。
   飛空艇内で歓声を聞く二人。

ジーナ「……チッ」

ルカ「(伝声管)なにイライラしてんの」

ジーナ「えっと…… さっきクラスのやつに絡まれて」

ルカ「(伝声管)はぁ、もしかして 、エレクトロウス家のご子息?」

ジーナ「うん。お貴族様のボンボンぼっちゃまめ。
アタシのフェルナンドをオンボロ呼ばわりしやがって。
なにが最新の電気エネルギー機関搭載よ、パパの功績じゃない!」

ルカ「(伝声管)電気エネルギーはまだまだ不安定だ。
実装にはもうすこし時間がかかるだろうね。
この天候だし、雷に打たれて誤作動をおこすのがオチさ」

ジーナ「雷?」

ルカ「(伝声管)雷も電気だよ」

ジーナ「そうなの!?」

ルカ「(伝声管)そうだよ。だから自分の仕事に集中してジェイクス」

ジーナ「……ねえ、そのジェイクスって呼ぶのいい加減やめない?」

ルカ「(伝声管)ふん。君を認めたら名前で呼んであげる」

司会「それでは、各機準備はよろしいでしょうか。
5、4、3、2、1」

   スタートの鐘が鳴る。

ジーナ「きたきた! いい風よ!!」

ルカ「(伝声管)最初から飛ばしすぎるなって昨日言ったでしょ!!」

ジーナ「いやあん! 楽しくて!」

ルカ「(伝声管)作戦忘れてないでしょうね!?」

ジーナ「低空飛行でしょ! 任せといて!」


■機関室
   しばらくとんだあと

ルカ「右舷(うげん)から一機接近。多分ぶつかってくる!」

ジーナ「(伝声管)おっと! あっぶな! 攻撃は違反じゃなかったわけ!?」

ルカ「ナイス回避、不慮の事故は攻撃にならない!」

ジーナ「(伝声管)くそったれ!」

ルカ「石炭と水の消費が激しい!落ち着いて!」

■操縦室
   しばらく飛んだあと。

ジーナ「第一チェックポイントが見えてきたわ!」

ルカ「(伝声管)了解。エンジンダウンに入る。
ポッドについたら僕はすぐ整備に入るから君は燃料を」

ジーナ「ラジャー!」

■第一チェックポイント
   周囲ではほかの参加者が
   船のチェックをしたりパーツを交換したりしている。

ジーナ「積み終わったわよ!」

ルカ「船体とくに異常なし。すぐいける…… おえっ」

ジーナ「ちょ、ちょっと」

ルカ「だ、だいじょうぶ」

ジーナ「離脱チームなし、アタシたち今六位よ」

   飛空艇に乗り込む二人。

ルカ「一位との差は?」

ジーナ「五分」

ルカ「ならいい。
すっ飛ばしてるチームは必ず息切れする。
第四までに三位につけばいい」

ジーナ「わかったわ」

■飛空艇内、機関室
   外では天候が崩れ雷雨と風の音がする。

ルカ「……はぁ、はぁ。うっ」

ジーナ「(伝声管)生きてる!? 水飲んでる?!」

ルカ「大丈夫だって。ルートは」

ジーナ「(伝声管)外れてないはずだけど、
嵐が強くなってきたわ! 荒れるわよ!」

ルカ「うっぷ…… りょーかい」

   急に船が揺れる。

ルカ「うっあ、あいつっ」

ジーナ「(伝声管)ひゃっはあああ!! 
いい風だわぁ!! 飛びがいがあるぅう!」

ルカ「だからどこがだよ! バカ!! 死ぬっ…… う」

ジーナ「(伝声管)これくらい乗りこなせなくてどうするってのよ!」

■第4チェックポイント

ルカ「うぷ……やっと第4ポイント」

ジーナ「ルカ、アンタ休んでなさい」

ルカ「はぁ?……チェック、しなきゃ、」

ジーナ「こっからが長くてきついの、
一番ヤバいときにぶっ倒れられたら困るわ。
ここは全チーム強制で一時間休憩だから。寝てなさい」

ルカ「……左右ウイング、可動部にオイルさして、
船尾浮遊石の台座のボルト締めて。水と石炭の補給も。
あと、二十分前に必ず起こして」

ジーナ「ええ、わかったわ」

ルカ「ミスったら殺す」

ジーナ「わかったわよ!」

■飛空艇内

ジーナ「調子はどう?」

ルカ「眠い」

ジーナ「それはよかった」

ルカ「何がだよ」

ジーナ「絶好の飛行日和ね」

ルカ「だから何がだよ。大嵐でしょうが」

ジーナ「そっちのほうが、燃えるでしょ?」

ルカ「なんでもいいや。はやく飛ばそう」

   ひどくなる嵐と雷。

ジーナ「あっははははは!! まぁた一機落ちた……」

   近くに落雷した音がする。

ジーナ「あっぶな!」

ジーナ「やば!?雷当たった!? ルカ!

ルカ「……」

ジーナ「ねえ、起きてる?」

ルカ「……」

ジーナ「……ちょっと! ルカ! 
大丈夫? 生きてるんでしょうね!?」

ルカ「(反応なし or 金属を二回たたく音)」

ジーナ「これはヤバいわね……ちょっと辛抱しなさいよ!」

ルカ「(反応なし or 金属を一回たたく音)」

ジーナ「嵐なんてね!アタシの敵じゃないのよ!」

■雲の上、甲板
  甲板に寝かされているルカ。

ルカ「……ん、え」

ジーナ「目ェ覚めた?」

ルカ「僕死んだ?」

ジーナ「というか気絶」

ルカ「ここどこ、眩しくて目が…… 整備、整備しなきゃ」

ジーナ「ジャイロ飛行中よ、安心して。そんなことより見なさいよ!」

ルカ「へ」

ルカ「……嘘」

ジーナ「これが、灰色の天井の上」

ルカ「……海?」

ジーナ「雲でしょ」

ルカ「……あついね」

ジーナ「太陽が近いからね」

ルカ「青い…… 青と、白しかない」

ジーナ「おじいさんのスケッチ、こんな色だったのね」

ルカ「雲の、上」

ジーナ「あっはー!最高ね!!」

ルカ「……最高だ」

ジーナ「……いいでしょ、飛ぶのは」

ルカ「いいね」

ジーナ「だからやめられないのよねぇ!」

ルカ「これが、じいちゃんがみた景色」

ジーナ「命かけたくなるのもわかるわよね」

ルカ「まあ、わからなくもない」

ジーナ「素直じゃないんだから」

   (アドリブ)笑いあう

ルカ「うっ」

ジーナ「ちょ、ちょちょちょバケツバケツ」

   しばらくして、
   ジーナ、地図を広げ現在位置を確認する。

ジーナ「そろそろ第5チェックポイントのはずよ。降りるわ」

ルカ「(伝声管)わかった」

ジーナ「つかまってなさい!」

   嵐の中へ再び突入する飛空艇

ルカ「(伝声管)揺れおかしくない!?」

ジーナ「フェルナンドお願い持ってちょうだい!」

ルカ「(伝声管)計器はどうなってる!?」

ジーナ「船体バランスが崩れてる!右舷エンジンがおかしいみたい!」

ルカ「(伝声管)なんだって」

   ドアを強く開け操舵室に入るルカ。

ルカ「ロープと酸素マスク!!」

ジーナ「何する気よ!?」

ルカ「直すんだよ!」

ジーナ「こんな中で!?」

ルカ「やんなきゃ死ぬんだ!」

  腹にロープを巻き、柱に括り付ける
  ドアを開ける。強い風が吹く。

ルカ「くっ」

ルカ「どこ、どこだッ!オイル漏れ? それとも」

ルカ「浮遊結晶にヒビ……エンジンも……。さっきの落雷か!」

   風雨の中、修復作業をするルカ。

ルカ「ジーナ!」

ジーナ「なに!?」

ルカ「終わった!!」

ジーナ「まだ傾いてるわよ!」

   ジーナがロープを引き操舵室に戻ってくるルカ。

ルカ「浮遊結晶にヒビ、右舷蒸気エンジン部がやられた!
今完全に修復するのは不可能、
とりあえずワイヤーとパテで固定してる。

いまのところ出火はないけど
蒸気機関との接続不良可能性あり。どうする」

ジーナ「ジャンガリお爺さまならどうする」

ルカ「右舷エンジンを止めて、左舷のみで飛行する」

ジーナ「よし」

ルカ「できるの?」

ジーナ「やんなきゃ死ぬんでしょ」

■操舵室

ルカ「(伝声管)右舷エンジンへのパワー供給停止、左舷の出力は?」

ジーナ「二十ノット

ルカ「(伝声管)了解」

ジーナ「左舷エンジンを下向きに」

ルカ「(伝声管)了解、もうしてる」

ジーナ「さすがだわ!」

ジーナ「証明してあげる、アタシが最高の風乗りだってね!」

   ジーナ、目を凝らして第5チェックポイントを探す

ジーナ「見えた!! 第5チェックポイントよ!!」

ルカ「(伝声管)止められるの!?」

ジーナ「通常着陸は無理!!
旋回しつつ高度を下げ、一度着水してからポッドに入るわ!」

ルカ「(伝声管)了解!
左舷エンジン一時停止、浮遊石稼働率上昇」

   エンジンが止まり魔法石が起動、光が強くなる。

ジーナ「左舷逆噴射用意、タイミング合わせて!」
ルカ「(伝声管)まかせて」

   再びエンジンが吹く。

ジーナ「いくわよ!」

  大きな水音を立てて海に着水する飛空艇。
  嵐が少し静まってくる。

ジーナ「う……いきてる」

ルカ「(伝声管)……生きてる」

ジーナ「……はぁ」

ルカ「……」

ジーナ「ぷっ」

ルカ「(伝声管)くっ、ふふふ」

ジーナ「あっははっはははは!はーーーーー生きてる」

ルカ「(伝声管)生きてるね……うぇっ」

ジーナ「……ねえ」

ルカ「(伝声管)早く船を上げないと酸が、おえぇ」

ジーナ「はぁ……」

■最終地点
   ファンファーレが鳴り響く。観客の歓声と拍手が聞こえる。

ジーナ「いやぁ、信じらんないわねぇ」

ルカ「なにが。ニヤケ顔キモイ」

ジーナ「しょーがないじゃない」

ルカ「準備されてたリペアパーツで
応急処置できたからよかったよほんと。
まぁ、そもそも、
第五ポイントまでたどり着けたのが僕たちだけって、
アホみたいだよね」

ジーナ「気概ないわね、あれくらいの風で」

ルカ「わりと稀に見る大嵐だったけど」

ジーナ「ふっ、狂乱の風乗りとはアタシの事よ」

ルカ「プロは安全運転するんだよバカジーナ」

ジーナ「えっ、ねえ!? 今ジーナって」

ギルド長「ジーナ・ジェイクス、ルカ・ハーシュマン、前へ。」
ギルド長

ギルド長「第五十六回空挺コンテストレースにおいて、
優秀な成績を収めた貴殿らを、
王立空艇士ギルドの一員としてここに認める。
貴殿らの今後の働きに期待する。おめでとう」

拍手が大きくなる。

■飛空艇、甲板
ジーナ「浮遊大陸、見たいんでしょ?」

ルカ「……うん」

ジーナ「連れてってあげるわよ。
アタシは、飛びたい。それだけ」

ルカ「……しょうがないなあ、付き合ってあげるよ」

ジーナ『それは、とてもとても風の強い、軽やかな曇天の日』

《おわり》 

18.10.13
検索用:それかろ

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