この世とあの世の狭間に位置する図書館。そこには、あらゆる魂が生きた記録が収められている。
あなたの物語は、今、どのあたりなのでしょう。
本編
図書館に入ってきたお客様を迎える司書。
こんにちは。ようこそ、黄昏図書館へ。
ご利用は・・・二度目ですね?
当館少々、他の図書館とは使い方が異なりますので、
ご説明させていただきます。
恐れ入りますがお名前をお伺いしても?
お客様が名前を答える。
ありがとうございます。こちらへどうぞ。
この棚が、あなたが読むことのできる範囲でございます。
他の本は読めません。なぜなら、「貴方の物語ではないから」です。
それでは、ごゆっくり、お楽しみください。
お客様を案内した部屋から退出。司書、モノローグ
人が、黄昏図書館にたどり着く条件は三つ。
一、生まれるとき
二、死ぬとき
三、心が折れそうなとき
はじめは、生を受けるその瞬間。
新しい本が生まれ、
その本を自らの手で書棚に納めに訪れる。
最後は、生を終えるその瞬間。
今回の物語を記した本に署名し、
完成させるために訪れる。
一生で訪れる回数は最も少なくて2回。
生きている間にここに来るということは、
大きな選択を迫られているとき。
ワゴンを押しながら再びお客様がいる部屋へ入室。
失礼します。紅茶を淹れましたので、いかがですか?
数冊の本がお客様の座る机に積まれている。
読むの、お早いんですね。面白いですか?
ふふ。なにか、お悩みを解決するヒントがあるといいんですが。
「なんで悩んでるってわかったんですか?」と質問される。
なぜ悩んでいるかわかったか?解りますとも。
ご安心ください。
私はなにもお聞きいたしませんので。
心行くまで読書をお楽しみください。
客「この本なんですけど」
この本ですか?
客「ほかの本は完結しているのに、途中から真っ白なんです」と問われる。
何故途中までなのか知りたいと。
本を閉じ、大げさに演じるように語りだす。
まず、この棚に並んでいるのは、
貴方と同じ魂を共有した、貴方でない方々の物語です。
難しかったですかね。
俗な言い方をすれば、貴方の前世たち、です。
そしてこの書きかけの本は、貴方の物語。
ところで、良い物語というのは、
ほとんどの場合、構成がきちんとされているということはご存知ですか?
様々な呼び方があるのですが、
なじみ深いのは「三部構成」、
あるいは、「起承転結」、でしょうか。
起では世界観や状況、問題、目的が明かされ、
承で物語が進んでいきます。
転で問題が解決するのか、
目的が達成するのか・失敗するのかの答えが出て、
結では、それを踏まえて世界や人物がどのように変化したかを描く。
手法はさまざまなのでこの限りではないんですがね。
一般に分量比としては、全体の四分の一が起、
半分が承、転と結で残り四分の一、となることが多いようです。
お客様の方に向き直る。
あなたは。
なにか大きな失敗をしたようだ。
それで、この生を終わらせるか迷っている。
この、最後のページに署名をすることで、
この本を完成させてしまうこともできます。
しかし見たところ・・・。
あなたの物語は、三分の一ほどが埋まっていますね。ふむ。
私は冒険活劇が特に好きなのですが、
はじめのうち、主人公一行は得てして困難の嵐に見舞われる。
それがだんだんと力をつけ、知恵をつけ、
困難をクリアして、やっとのことで最終難関にたどり着く。
そこでそれまでの集大成が試される。
使い古された構造ではありますが、
王道というものにはどうしてこうも心惹かれてしまうのか。
お客様の目をのぞき込む。
あなたの物語は、今、どのあたりなんでしょうね。
お客様から体を離して通常の口調に戻る。
もし、署名をしたいのであれば、受付カウンターでお待ちしております。
ワゴンを押して退出の瞬間、思い出したように付け足す。
そうそう、その本を棚に戻して出てゆかれるのであれば、
次にお目見えするそのときは、是非、
貴方の物語を、直接お聞かせ願いたい。
どうぞ。決めるのは、主人公の、あなたです。
カウンターで一人冷めた紅茶を啜り本を読む司書。
まあ、綺麗ごとも綺麗ごと、
気休めも気休めですが、
そんな言葉でも気が楽になるのなら良いでしょう?
私も、ここに「駄作」が増えるのは本意ではありませんので。
19.12.18.